古代研究〈3〉国文学の発生 (中公クラシックス)

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著者 : 折口信夫
  • 中央公論新社 (2003年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (289ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121600561

古代研究〈3〉国文学の発生 (中公クラシックス)の感想・レビュー・書評

  • ことばに対する驚きと情熱をもって臨む彼の姿はいつだって精神をくすぐる。彼の思考ははるかかなたへ向かっていくのに、研究である以上、論理でことばを尽くさねばならず、ことばの方が彼について来れないようなもどかしさが感じられる。
    この自分が話していることばは何だ。彼の出発点はここにある。この正体が知りたくて、彼はその始まりまで深く沈んでいく。奈良に都が置かれるよりもっと前、いったいそこにはどんなことばがあったのか。
    どうも、ことばの始まりには、何か未知なるものへの畏れや、その力にあやかろうとする思惑、与えられる喜び、そういう所から始まっているように、彼には思えたのだ。言霊。はじめにことばありき。ひとが必要に応じて、情報のために発したのではない。その存在を知ってしまったことによる人間の端的な驚きが音になってしまったのだ。
    そこからこの国の文学というものは広がっていった。ことばに触れる人間は畏怖と喜びをもって扱われる。倭政権はあるひとつのことばの信仰を持って支配に乗り出した。受け容れられたり、絶滅したり、混ざり合って新しいものになったり、そういうものをひとつひとつ縺れた糸をほどいていくように示せるのは、ひたむきにことばに向かっていく彼だから成せるのだと思う。
    そのように考えていくと、この国の短歌というものに必要なのは、ますらをぶりやたをやめぶりとかではなく、「細み」にならざるを得ない。これはおそらく、世阿弥の強さ・幽玄の考え方と同じものだろう。物事がそれ自体で在るということ、それ以上に何がいるだろうか。芸とはその存在に至る道だ。古代の歌人たちは、ひとりひとりがそうやってことばと共に生きて歌ってきた。そのことばへの信仰がなくなるその時、歌は死んでゆくのだろう。だが、信仰が忘れられることはなくなることではない。何かのはずみでふっと、そういうものは必ず漏れ出してくる。それらが一つの流れとなって、玉葉集・風雅集へと至るのだ。
    彼のたどる歴史は、そういうことばと共に生きたひとの精神の軌跡を辿ることだ。そういう歴史を一緒に辿っていくと、ことばが在るということばの尽きる場所に投げ出されてしまう。わからないからこそ、狂おしいほど渇望する。海の彼方からやって来たとしか彼には言いようがなかった。

  • (2010年渡辺正人先生推薦)


  • 【090712】芸は身を助ける


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    夕刊を開いて僕は驚いた。
    僕が送った人生相談に回答がついて記事になっていた。
    新聞の相談記事など自作自演だと信じていた。
    だが、自分の相談が取り上げられたことよって、僕の仮説が否定されてしまった。

    僕は学校を出てからいくつもの会社を転々とした。
    つい最近までは派遣社員として働いていた。
    しかし、このご時世だ。
    ご多分に漏れず職を失った。
    そんなわけで時間はたっぷりある。
    暇つぶしにシニカルに人生相談なんぞ投稿してみたのだ。

    「あなたのご相談を拝見して、ひとつ気になるのは、あなたの『好きなこと』、『やりたいこと』が、具体的に伝わってこない点です。
     明日に世界の終わりが来るのなら、あなたはいま何をしたいか考えて人生の道しるべにされてはいかがでしょう。」

    嗚呼。僕は頭を抱えた。それでは解決にならないのだ。
    僕のしたいことは決まっている。それでもどうにもならないのだ。
    そんなことを追求したってあなたの言うような人生なんておくれやしない。

    僕は女に成りたかった。
    いや、それは正しくない。女として生まれたかったというべきか。
    心は「女に生まれて男に仕えたい」と願っている。

    別段、性同一障害というわけではないと思う。
    自分は男だと思っているし、自覚している。
    いまの社会はやはり男性優位だし、男でよかったと思っている。
    それに僕は真っ当だ。
    例えば、女装マニヤの気持ちなんて露ほども分からない。女の服をきて化粧をした『男』ではないか。
    例えば、性転換をしたって入れ物の本質は『男』なのだ。女として生まれたわけじゃない。

    結局、古今東西の小説を読み耽り、その女主人公や登場する女達に自分を投影して嫉妬して屈折した想いを膨らませているだけだ。
    生産的じゃない。

    「女に生まれて男に仕えたい」
    僕は、何を願っているのだろう。確かに具体的に伝わりはしない。
    「仕える」とはなんだろう。流行のメイドになりたいわけじゃない。それならば執事で十分だ。
    瞼を閉じて想うのは饗宴でもてなしとして客人に捧げられる姿。
    「まれびとを迎えて、あるじする」
    素材としての僕(あたし)。

    男に身体を委ねてみるか。
    もしかしたら、僕の『好きなこと』、『やりたいこと』に近づけるかもしれない。
    でも・・・

    「芸(ゲイ)は身を助ける」

    笑。助けやしない。やめよう。僕はそう感じた。

  • 奥底から震えた。この出発は何を齎すかまだ知れぬが、いまだに寝ても醒めてもヲリクチさん。

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