統治論 (中公クラシックス W 49)

著者 :
  • 中央公論新社
3.50
  • (1)
  • (1)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 62
感想 : 2
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121600981

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • り、同時に自分自身の保全が脅かされない限り、できるだけ他の人々をも保全すべきである。人間は生来、すべて自由であり、平等であり、独立しているのだから、誰も同意しない限り、自然状態を脱し、他人の政治的な権力に服従させられることはありえない。『人が生来の自由を放棄し、市民社会の拘束を受けるようになる唯一の方法は他人と合意して一つの共同社会に加入し、結合することであるが、その目的はそれぞれの所有物を安全に享受し、社会外の人に対してより大きな安全性を保つことを通じて、相互に快適で安全で平和な生活を送ること(P100)』である。この目的のための主要な手段はその社会で確立された法である。そのため、すべての国家が立てるべき第一の基本的な実定法は、立法権を確立することである。この立法権は、たんに国家の最高の権力であるばかりでなく、協働社会によってひとたび委ねられた人々の手中にあっては、神聖かつ普遍のものである。
    ただし、たしかに立法権は国家における最高権力であるのだが、それは、どんなに大きくても、社会の公共の福祉に限定される。それは『ただ保全以外のどんな目的ももたない権力(P140)』である。
     最後に抵抗権について。もしも、人々の同意によって統治を託されている為政者や国王が人々の生命や自由や財物などへの所有権を不当に奪おうとしたならば、それはそもそも社会形成の動機に反することであり、よって自然法に反することであるゆえに、『人々は為政者や国王に対して抵抗してよい(P14)』のである。このとき、各個人が社会に入った時に社会に委ねた権力は、支配者の手から人々の手に戻るのである。そして、国民は思考の存在として行動する権利を持ち、立法権を自分たちの手の中に持ち続けるか、あるいは新しい統治の形態を樹立するか、あるいはまた、旧い統治のまま立法権を新しい人々の手に委ねるか、自分たちがよいと思うところに従って決定する権利を持つのである。 

ロックの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×