日本の憑きもの―社会人類学的考察 (中公新書)

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著者 : 吉田禎吾
  • 中央公論新社 (1999年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121702999

日本の憑きもの―社会人類学的考察 (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 「どんな分野においても、成功した者は、あれは学閥のせいだ、親の七光りだ、特別な「ヒキ」があったからだ、何のかのと言われたりする。これは、あの家が財をなしたのはキツネのせいだ、ということと類似の思考様式ではなかろうか。」

  • 日本における憑き物信仰は江戸中期、村落内の貧富の格差の拡大の中で生またものである。そして、憑き物は個人ではなく家に憑くとされる。
    また、本書では憑き物信仰の社会的意義について、村落維持と不幸を説明する二点について、他の社会と比較しながら言及している。

  • 従来、民俗学の分野・領域で考察が進められていたこの分野を、社会人類学的な立場から検討しようとするのが本書の目的。
    憑きものの研究を通じて、日本の伝統的な価値観や意識の特質が捉えられると考える。構成は、序章と三章から成る。

    序章  「憑きもの」に憑かれて
    第一章 憑きものの正体と特色
    第二章 憑きもの筋
    第三章 憑きものの社会的意味

    第一章
    そもそも「憑く」とはどういうことか。憑きものに関する諸外国の事例も列挙しながら整理する。憑霊や精霊憑きには心的分離を伴う場合とそうでない場合とがあるという。
    また、憑きものの現象には、少なくとも四つの側面があるという。1観念内容、2信仰・観念内容に伴う行為的側面、3信仰・観念内容と人間関係や社会関係との結びつき(社会的側面)、4憑きもの信仰はどのような感情や性格、パーソナリティと結びついているのか(心理的側面)。
    そして、キツネ、イヌガミ、オサキと地域によって呼び名が異なる憑きもの、これは一体何なのか。憑かれるとどのようなことになるのか、また憑かれた場合の処置の仕方と防ぎ方について、目撃者の証言をもとに整理する。
    結果まとめると、日本の憑きものは、中国思想の影響が顕著である。また、家系・世帯との結びつきがあるが、個人での結びつきはなく、そこに性的な要素も関わってこない。イヌガミやオサキはネズミより大きくネコよりは小さいもののようだが、一般の人には見えないという話もある。

    第二章
    つきもの筋の家がどのように形成されてきたのか、山陰・四国・群馬などの地域での聞き取りを基に説明する。発生は江戸時代くらいまで遡れるようだ。基本的には外部から入村した者が経済的に成功することで、もともと住んでいた村民の嫉妬などをかい、病などの発生をもとに憑きもの筋とすることで定着するという。経済的成功の背景には、その頃より浸透してきた貨幣経済が関係するという。
    こうなると、持筋になるかならないかは、多分に人間の性格が左右しているのではないかと思う。そして実際そのように説明されている。また、都市生活ではあまりというか、ほとんど問題にならないが、相互扶助が不可欠の村では密接な関係が形成されやすいため、嫉妬なども起こりやすいのだろう。持筋の家が分家すれば、分家も持筋であり、持筋の嫁をもらえば同じような筋となり筋の家に嫁をやった家も、親戚が筋と縁組しても「灰色」や「ハンパ」としてグレーに扱われ、やがて筋となるという。一度筋になったら食い止めることが大変そう。そのせいか、憑きもの信仰がある村では、持筋は持筋同士、そうでないものはそうでないもの同士でかたまって住居を設けているそうだ。
    なお、山陰・四国では血族の中に憑きものが関係する(内在的性格)といい、群馬等の関東では憑きものが住む住居などに住むことで持筋となる(外在的性格)という点に差異があり、区別できるという。

    第三章
    つきものにはどのような意味があるのか。
    「憑く」のはどのような人なのか、「憑かれる」のはどのような人なのか、ケースを整理し傾向を探る。憑きもの信仰は易者や祈祷師がつくりだすのではなく、村落における具体的な人間関係であるようだ。この辺は二章でも説明していた。
    まだ、持筋が固定していなかった状況において、また階層の変動の激しかった時代において、村の既存の秩序に脅威を与えるような新興農家を「憑きもの筋」とすることが村落構造の維持、社会統制のメカニズムの一つとして作用したのではとする。その後、階層的な固定化が進み、家筋が固定化し、地主と小作人の関係が発展してくると、タテ関係がフォーマルに統制されるようになる。そうなると憑く、憑かれるの関係は、よその親方に仕える子方相互間に、言い換えるなら構造的に比較的曖昧な関係に起こりやすくなる。そ... 続きを読む

  • 歴史以外の本でこんなに積読したのはマレかも。国内各所で語られる憑き物についてその所以などを著者視点で書かれています。

  • 伝統社会の解体、都市化の進行とともに、キツネ憑き・イヌガミ憑きなどのいわゆる憑きもの現象は今や消失してしまった感がある。しかしこの現象の背後には意外にも、日本社会の家筋の問題を含む人間関係の祖型が匿されているのではないだろうか。憑きもの現象が濃密に残存していた村落への長年の調査と、外国の豊富な類例とを比較して考察した本書は、かつて日本民俗学が試みた領域への、社会人類学の側からの新しい照射である。

  • 良書。
    キツネ持ち、イヌガミ持ちなどと呼ばれる憑き物持ちの家と、それを抱える共同体を丹念に取材、考察。
    時間が進むほど失われる資料も多いだろうから、貴重な書のように思う。

    これの前にレヴィ=ストロースについての本を読んだせいか、著者も外側でなくその内側にいる人々の論理を探す人なんだな、と感じた。
    論理があるからといって、住人がそれを把握して伝承に加担するかはわからないが。

    つまり、これは妬む・妬まれる心理を精神的・身体的な症状へ顕在化し、集落のルール破りを罰するシステムだ。
    感情で規範を守らせるシステムってすごいな、と思うと同時になんだろうな。
    やはりドロドロしてる。

    邪視のシステム(見つめられると不運になる)も、これと同じで人の注目を浴びないように、なるべく妬まれないように、という抑止の効果がある。

    「社会が未開であればあるほど憑き物や妖術が多いというわけではない」
    「社会的相互作用が比較的少なく、接触が緊密でない世界、また社会的役割が明確に規定されている社会では妖術が少ない」
    逆の世界では、それらを補う役割を妖術が担っている、ということか。

    ブログ:
    http://haiiro-canvas.blogspot.jp/2014/10/blog-post_59.html

  • “日本の”とありますが、“人間の”と置き換えてもOK。影響範囲が地域によって個人・家族=血族とか変わるぐらいかもしれない。

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