南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)

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著者 : 秦郁彦
  • 中央公論新社 (2007年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (370ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121907950

南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • 慰安婦問題について何冊か読んだときに、秦郁彦は朝鮮人慰安婦の強制連行について否定的だったので、そういう立場の人なんだと思い込んだ。で、南京事件について何冊か読む中で、事件を否定する側の代表のつもりで秦郁彦のこの本を選んだのだが、誤解だった。犠牲者の数こそ4万人(中国側の主張では30万人)と減らしているが、南京で旧日本軍が捕虜や民間人を対象とした虐殺、非行事件を起こしたことは動かせぬ事実である、と結論している。似た性格を持つ2つの事件について、それぞれ別の結論を出しているということは、主観にあまり左右されていないということなのかもしれない。この人の本をもう少し読んでみようかなという気になった。慰安婦や虐殺の被害者に対して妙に冷たい物言いをするのが気になるけれど。
    というわけでもう少し、南京事件について読まなければならないようだ。いわゆる「まぼろし派」の主張に、どの程度の説得力があるのか。

  • 南京大虐殺という耳に馴染んだ呼称には、戦前の日本の暗い側面を象徴する響きがあるが、もし関心を持つのなら、それが起こった要因や、具体的に何が行われたのかを知る姿勢が無ければ片手落ちかと思う。実際兵隊の軍紀の乱れは相当酷かったようだが、そもそも南京侵攻自体も中央の意向から逸脱した行為で、軍司令官レベルからしてタガが緩んでいたのが当時の陸軍の現状だった。大陸で多発した不祥事はその延長線上にあったと見る事が出来る。暴走の結果事態は泥沼化し、兵士は帰国も出来ず鬱屈が溜まる。補給も続かないから現地徴発という名の略奪とそれに伴う犯罪が当たり前になって、野蛮性の解放のハードルが低くなる。投降した大量の捕虜に与える食糧もなく、ゲリラを摘発しようにも民衆混じって見分けもつかないから、結局全部「やっちまえ」がもっとも理に適ってしまう。南京は首都だけに事態が大規模化し最大の汚点となったが、同類の蛮行は至る所にあったはずで、不幸な偶然が重なったというよりは、この時期の(軍部を統制出来ない政府、部下を統制出来ない軍内部という)日本の国情を鑑み、起こるべくして起こったという印象が強い。ただ日本軍=悪とラベリングするのは簡単で、そこに事実もあるにせよ、我々自身、残酷な行為に手を染めた人間の、ほんの数世代あとの子孫に過ぎない。そう身近に捉えたとき、南京事件は過去の話といっても、彼らがやった事は、我々もやり得る事だという戒めになる。それはやや極論としても、この暴虐から学ぶ価値と責務は確かにあるように思った。

  • 南京事件の歴史のみならず、その論争史まで含めて体系的に理解できた。難しい史実をニュートラルに扱っており、大変面白く読んだ。

  • 2007年刊。著者は千葉大学教授。日中戦争での南京攻略戦での虐殺事件に関し、不法殺害(=虐殺)は実在、その数は軍民併せて4万人とする見解を、多様な史料を引用して裏付けつつ検討。松井岩根日記改竄事件や南京事件ニセ現場写真に対する批判等、マボロシ派にも「大」虐殺派にも批判の眼を向ける。多様な史料の引用は良。本書の中で印象的なのは、南京事件のことを告白する日本兵の多さであり、「自白は証拠の女王」との観点からみて不存在論の展開は無理ありすぎの感が…。加え、おそらく未来永劫確定が不可なのは「強姦」件数であろう。
    なお、本書が紹介する偕行社「南京戦史」も読んでみたいところ。そもそも偕公社は、陸軍士官学校卒業生等軍関係者の親睦団体。同社が出した「南京戦史」では陸軍従軍者からの聞き取りも踏まえ、1万数千人の虐殺ありとの立場を開陳しているらしい。

  • 1986年刊行書籍に2007年増補改訂版。
    秦郁彦の事実検証と論拠については、何度読んでも感服するし史観もほぼ賛同するのだけど、何でこの人はしばしば産経系や歴史修正主義陣営と行動を共にするのだろう?
    事実認定については意見をリベラル派と一にするのに、秦郁彦が右派に属しているように見える不思議。
    もうちっと、著作を読み込まないとあかんかな。

  • 南京事件については「あった」「なかった」とか数字的な論争ばかりが目についていたのでさして読もうとは思わなかったけれど、「なるべく事実関係を知っておきたい」と思い、実証主義論者として有名な秦郁彦氏の著作を手にとった。

    本書では、いわゆる『南京事件(南京アトローシティ)』の要因を重層的なものとして捉えている。簡単にあげてみると 1.中国軍の退却に伴う厳しい追撃戦と、どの部隊が南京に「一番乗り」できるか、という現地軍の風潮。2.松井石根上海派遣軍司令官(のち中支那方面軍司令官)の南京入城に対する断固たる執念。3.戦友を殺された日本兵の中国兵に対する復讐心。4.「糧食ヲ敵中ニ求ム」という補給思想の軽視。これらが南京事件の遠因だとする。つまり、南京入城とともに将兵たちのフラストレーションが爆発した、ということだろう。

    さらに、敗残兵の掃討(強行日程のために慎重さを欠く)、国際法で禁じられている捕虜の殺害(「大体捕虜トハセヌ方針」という師団長もいたほどだという)などがあげられている。数字的検討については、現地軍や将兵の日記・回顧録、外国人による証言等を主に典拠にあげ、史料批判を含んだ実証的な検討を行なっている。

    やや細かい部分まで踏み込んでいるが、全体としてはわかりやすい論旨になっていると思う。ただ、強いていうならば、軍関係者による記録の史料批判が甘い部分もあるかもしれない。増補版も出ているようだが、こちらも賛否両論のようだ。しかし、概観をつかむ入門書としては良書と言えそう。笠原十九司氏の『南京事件』(岩波新書)もあわせて読むと比較できてよいかもしれない。

  • 論争史が増補されて増補版が出たのは2007年。気になっていたのに、読んだのは最近。秦郁彦さんはどちらかというと政府側というイメージがあったからだが、事実を重んじる人という印象はあった。今回、南京に初めて行き、大虐殺記念館を足早に訪れたのを機に読んでみた。日本では、いわゆる「大虐殺」肯定派と、大虐殺はなかったという派があって、その論争史も何種かでているほどだ。なかった派は「まぼろし派」とも言われるが、その人たちでさえ、虐殺自身を否定した人はほとんどいない。(それでも英語学の権威である渡部某などはなかったと喧伝している)事件の全貌を直接見た人もいないから、自分たちの部隊はそんなことはしていないとか、自分の親、親戚から聞いたこともないという人はもちろんいるだろうし、自分たちのやったことは恥故秘匿したいという人たちも多いだろう。しかし、あることを証明するのは簡単だが、ないことを証明するのはとてつもなく難しい。河村名古屋市長がないと言ったのは、誰か親戚のことばを受けたのだろうが、まったく歴史というものを知らない人のいうことばだ。秦さんによれば、一番信用のできる資料は憲兵隊によるものだが、それは隠匿か焼却されて見つけられないという。しかし、虐殺があったことは否定しようのない事実であって、現場にいた西洋人、日本人の兵隊、将校らの断片的な記録からも明らかである。一方、大虐殺派は中国人から取材するのはいいが、日本側資料とつきあわせる作業を怠っているという。まったく、一方聞いて沙汰するなである。問題は、いわゆる武器をすてて避難区へ入った兵隊たちをどうとらえるかである。この中には、大衆のふりをよそおい攻撃したものもいるという。それもあったろう。しかし、多くは捕虜をもてあまして処分したケースが多い。考えてみれば、南京に入った皇軍は現地調達を旨とし、なにも用意していなかったのだから。捕虜に食わせる食料などないのである。中国は30万の虐殺があったといい、この数字がいわば一人歩きしているが、数を問題にしていると堂々巡りになる。それより、南京入場において、はなはだしい狼藉、略奪、放火、強姦、虐殺があったことを認めることが第一歩ではないだろうか。

  • 南京留学を機に、勉強してみようと思い本書を選んだ。現代においては「虐殺」ばかりが取り上げられている。しかし、「事件」としても見なければならないと感じた。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    文庫&新書百冊(立花隆選)103
    あの戦争

  •  「南京大虐殺」については、2012年の2月にも河村名古屋市長が「南京大虐殺はなかった」と発言して物議をかもしたように、現在に至っても様々な意見が飛び交う「政治的テーマ」であるが、本書はその「南京大虐殺」の全貌を発掘・検証したものである。
     「盧溝橋から南京まで」「南京陥落」「検証-南京で何が起きたのか」の事実の発掘や、「数字的検討」「蛮行の構造」等の考察。また戦後の「東京裁判」や「南京事件論争史」などの経過までおさえた総括的な論考は、「南京事件」の全容がわかるものと思えた。
     当時の陸軍は「戦闘詳報」を上部機関に逐一報告しており、その大部分は終戦直後の焼却により紛失しているが,残存した「戦闘詳報」によっても、相当多くの「大虐殺」があったことは間違いがない。
     それがなぜ、いまだに「大虐殺はなかった」との「論争」が出てくるのか。
     本書の「論争史」を読むとその経過もよくわかるが、「虐殺派」「中間派」「マボロシ派」の論争を読むと、河村名古屋市長のような「マボロシ派」の論理は無理がありすぎて、別の思考があるのではないかと思わざるを得ないと思えた。
     それにしても、「論争」の中で、昭和59年(1984年)に旧陸軍士官の親睦団体「偕行社」が取り組んだ調査と研究であるが、「会員を中心とする参戦者の証言と戦闘詳報などの記録類を大規模に発掘整理し」、総括部分で畝本正巳氏が「虐殺数を三千乃至六千」、板倉由明氏が「一万三千」との虐殺数を発表し、両論併記するとともに、「中国人民に深く詫びるしかない。まこと相すまぬ、むごいことであった」と発表したという。当事者が行った検証であるだけに、納得する思いとともに、武人として過ちを認める勇気に感歎する思いも持った。
     本書は、歴史的事実を直視できる良書であると思う。「南京大虐殺はなかった」などという人々全員にはぜひ読んでもらいたいとは思うが、本件が歴史的事実ではなく、「政治的テーマ」となっている以上、無理だろうとも思えた。

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南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)の作品紹介

満州事変以来、十数年にわたって続いた中国侵略の中で、日本軍が最も責められるべき汚点を残した南京事件とは?日本軍の戦闘詳報、陣中日誌、参戦指揮官・兵士たちの日記など、多数の資料を軸に据え、事件の実態に迫る。初版刊行以降二十年余、虐殺の有無や被害者数など、国の内外で途切れることなく続いた論争の要点とその歴史的流れをまとめる章を新たに増補。日中双方の南京戦参加部隊の一覧、詳細な参考文献、人名索引を付す。

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