背教者ユリアヌス (下) (中公文庫)

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著者 : 辻邦生
  • 中央公論新社 (1975年2月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (438ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122001831

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背教者ユリアヌス (下) (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • 全3巻というボリュームですが、読めちゃいます。例えば江戸を舞台とする歴史小説などの面白さとは違う類いの面白さです。
    ユリアヌスは地上の美しさをこんなにも愛でる人なのに、その崇高すぎる思想は地上から離れているような気がして、彼の宿命を皮肉に感じました。

  • 高校時代の同級生がZ会のペンネームに本書の題名を使っていたのでやけに記憶に残っていたのだが、塩野七生のローマ人の物語の中で久しぶりに名前を目にした時に、その生涯に無性に興味が湧いてきた。

    第19代のローマ皇帝となるユリアヌスは、大帝コンスタンティヌス亡き後、猜疑心に煽られた次代皇帝で従兄弟でもあるコンスタンティウスにより、父や家族を殺害される。
    難を逃れた兄ガルスとともに永く幽閉されるもその間に学問に傾倒していき、皇族とは無縁の人生を歩んでいくはずだった。
    学問に没頭してく中で古き時代のローマの合理的な運営の仕方、パックス・ロマーナによる平和な時代に強く惹かれていく反面、勢力を強めていくキリスト教に対しては、その盲目的な信仰の在り方に非合理を感じていく。
    皇帝に取り立てられた兄ガルスの失脚と同時に、皇帝周辺のキリスト教信者たちから追い詰められるも、論理だった弁明と思わぬ助けにより窮地を脱したユリアヌスは、一転してガリア統治を任される副帝として派遣され、その思慮深さ、冷静な判断力に基づく軍事的才能を開花させガリア平定を成し遂げる。
    その後、またしても皇帝を焚き付けたキリスト教徒たちは、ユリアヌスを謀反人として貶めることに成功するが、雌雄を決しようと東のペルシャ戦線から帰還する途上、病に倒れた皇帝は死の間際に後継としてユリアヌスを指名する。

    ローマの理想を掲げて皇帝としての統治を推し進めようとするユリアヌスだが、そこにはどうしても相容れぬキリスト教の信条と古代ローマ文化の葛藤が横たわるのだが、最終的にはそれが彼を追い詰めていくことにもつながるのであった。

    哲人皇帝として名高いマルクス・アウレリウスに比しても決して劣らなかった知性と、軍事的才能に恵まれ、高潔な人柄でも知られ、強い責任感をも有していたユリアヌス。
    キリスト教が広まる以前のローマだったら、必ずや賢人皇帝の一人に数えられたであろうことは間違いない。
    生まれてくる時代を誤ったとしか言いようがなく、読後には強く寂寥の思いが残る。

    塩野氏の著書では十分に味わえなかったユリアヌスの深い人間的な側面、叙事的な構成で描かれたストーリー、情景をまざまざと思い浮かべさせる著者の筆力、とどれをとっても一級品の小説。
    四十年以上も昔の日本で、これだけ深いローマの物語が描かれているとはまさに驚き。
    今年読んだ中でも上位を争う素晴らしい小説であった。

  • カバーから:永遠のローマよ。日の神は今わが生を見棄てられた!ペルシア兵の槍に斃れたユリアヌスは、皇帝旗に包まれてメソポタミアの砂漠へと消えてゆく。

  • 不遇の境遇からローマ帝国皇帝にまで登りつめ、そしてペルシア遠征の地で32歳で命を落とした「背教者」ユリアヌス。その生涯を叙事詩的なスケールで描く大河小説。上中下合わせて1000ページと大部だけれど、全然苦にならない、どんどん読んでいける。
    作中でのユリアヌスは、秩序を何よりも重んじる人物として描かれる。理性に基づいた人間の営みが、社会に国家に秩序をもたらすという信念のもとローマ帝国を運営していこうとする。その信念は時に夢想的なほどに理想主義。そうした彼が理想としたのはギリシャ的な哲学の世界であり、マルクス・アウレリウス・アントニヌスのような哲人皇帝による政治。だからこそ、キリスト教徒はそうした古典的な秩序美しい秩序を乱す存在として、ユリアヌスには映った。秩序のうえの寛容さでもってキリスト教も受け入れようとするものの、彼の理想主義的な政策は時に世に受け入れられないが、それでも邁進する。
    これら信仰同士、政治同士、あるいは信仰と政治の相克を見事に描いているところが、ただスケールの大きな歴史小説とは一線を画している点。ただ単に主人公がどうしたどう考えたではなくて、それらの背景にあるより大きく根深い構造を掘り出してこそ、こうした小説には意義があると思う。

  • 皇帝への登極、内なるガラリヤ人との争いと、ペルシアへの外征。
    多元主義・寛容・知識主義が単純化さらた真理(と思われるもの)に敗れていく様をローマの哲人皇帝の終局の姿を写し絵にしながら描ききった傑作。
    極論や止揚を求めない単純主義に勝てないと分かりながらも、相克する矛盾を抱えつつ生きる知識人の辻邦夫御大の理想像がここにあります。

  • 前皇帝の崩御によりユリアヌスは皇帝の地位についた。
    ユリアヌスは哲学的思想によりローマ帝国の腐敗した政治の改革を目指した。最期はペルシア遠征中、志半ばで倒れた。

    人の在るべき姿を描いた作品。まさに思わず息を呑んでしまうほどの名句がたくさん出てくる。
    上巻は何だかパッとしない雰囲気だったが、尻上がりに面白くなってきた。我慢して読破した甲斐があった。哲学という分野も中々捨て難いと思った。


    人間は永遠に未完成のものかも知れぬ。永遠に完成に向かって走りつづけるものかも知れぬ。だが、それは走っているのだ。そのことが肝心なのだ


    寛容とは、その無制限な横暴を見て見ぬふりをすることではない。もしこの寛容の背後に、寛容をもたらした精神の火が燃えていないのなら、それは無責任の傍観に等しい。寛容が寛容であるためには、それを支える確たる精神が目覚めているのでなければならぬ

  • 2013/10/31完讀

    尤利安平定高盧後,在ルテティア(現在的巴黎)宮殿指揮政事。皇后死後,因為饞言,皇帝又命令尤利安把高盧軍隊精銳全數送到東方對抗波斯,拒絕就當作是叛亂。高盧軍隊群情激憤,要求將尤利安拱為新皇帝。尤利安心中懷抱著理想,認為正義就是自由,但正義不應該用不正的手段去保護(基督教當時有很多教派在論戰,打著真理的口號互相屠殺),真理不會用鮮血弄髒自己的雙手。正義應該就是自由,也只會存在於自由之中。「自由があるからこそ、人間の秩序に意味があるのだ。」於是尤利安接受推舉,他認為,復興神殿,及羅馬古來的傳統與秩序是自己的使命:「私はローマ帝国古来の精神の秩序をもたらすために生まれたのだ」。哲學,是發現、洞察與追求不可撼動的存在的理法,羅馬的秩序就是沿著這些理法來治理國家,順應實際上的需求:「真の仕事と呼ぶものは、そうした理法の中に入って、それに則って事を処理するなのだ。だから、この理法のなかで仕事する人間こそ真の人間と呼ぶにふさわしい。そこでは身分の上下があろうはずはない。みんな兄弟姉妹なのだ。」

    尤利安認為,像基督徒一樣,拋棄理性,把一切拋出去交給神有多輕鬆愉快,但是人不該連自己思考的力量都放棄,把一切都丟給神,人應該自己負責,挑起世間的重任。基督教認為正義是由神實現的,人不可能實現這個東西。「なるほど、人間は取るに足りぬ存在だ。人間の意志など飴ン棒のようにねじまげられるかもしれなね。だが、それにもかかわらず、人間は〈よきもの〉を求めて努力するのだ。…人間が永遠に未完成のものかもしれぬ。永遠に完成に向かって走り続けるものかも知れぬ。だが、それは走っているのだ。そこことが肝心なのだ。」「ひょうっとしたらローマは光ではなく、光であろうとする意志である。こうした北風に吹かれて行軍していること自体、そうした光であることへ向かっての疾走かもしれぬ。おそらくそうした意志を放棄しない以上、ローマは光となるかもしれない」

    經過多次與コンスタンティヌス皇帝交涉均觸礁後,尤利安決定先發制人,出兵前往君士坦丁堡。一開始戰況非常有利,但漸漸後方遭受皇帝布妥的陰謀接二連三地襲擊及斷糧。尤利安覺得無論結局如何,都是諸神的旨意,他也欣然接受,他開始繼續撰寫弁明書的檄文,訴諸天下正義。皇帝在361年春天徵發大軍攻擊尤利安。但異樣的緩慢速度後來謎底揭曉,皇帝コンスタンティヌス於11月駕崩。儘管移動宮廷中仍有以宦者エウビウス為首的反對勢力與基督教徒存在,但風向漸漸轉變為支持尤利安繼位。12月尤利安進入君士坦丁堡。

    尤利安開始進行各項改革,希望可以實現正義,達到簡素明快與效率。但沈痾已深,短時間內難以立竿見影。而他為了維持羅馬兼容並蓄的理想和精神,頒佈基督教的寬容令,但基督徒卻當作放任,完全不接受任何妥協,並且鄙夷權威,一味擁抱苦難、狂熱與不學無術,甚至常常破壞神廟。而羅馬的神官也散漫不積極。外患波斯開始叩關時,尤利安不得已,只好限縮基督徒的權利,但他還是想把基督徒嫌惡世界的觀念和眼光,拉回這個美好的世界來,讓他們學習在古希臘的甘美靜謐的睿智中活著,還是採取寬容的大方向,但這樣的步步退讓,引起軍隊的不滿。尤利安駐軍在アンティオキア(安條克)時,還是採取寬容原則,但基督徒屢次引起衝突,後來尤利安遷走聖人遺骸,他所修建的阿波羅神殿卻遭到縱火,基督徒都認為是神的旨意。後來查出似乎是一個主教所縱火,認為應鎮壓基督徒的鷹派及軍方抬頭,情況開始失控,脫離尤利安的掌握之外,又繼續被基督徒掣肘,但是他還是盡量採取理想主義的方法治理。尤利安進軍前往波斯帝國的首都,打算一舉解決外患問題,同時在軍營中撰寫與基督徒筆戰的文章。ディア在尤利安面前進行最後一次表演,這一段讀起來有點酸處。後來尤利安破釜沈舟打算去於別動隊會和,卻讓部隊在沙漠中迷路並且遭到波斯騎兵的攻擊,尤利安戰... 続きを読む

  • 意外と猥雑な東方キリスト教世界(アンティオキア)と、ストイックなローマ文化(ユリアヌス)の攻防が見もの。
    最後は若干メロドラマ入ってますが、それが返ってよみやすい。

  • (2013.07.02読了)(1999.11.04購入)

    【目次】
    第九章 ルテティアの丘で
    第十章 東方への道
    第十一章 異教の星
    第十二章 ダフネ炎上
    終章 落日の果て
    解説  篠田一士

    ☆関連図書(既読)
    「背教者ユリアヌス(上)」辻邦生著、中公文庫、1974.12.10
    「背教者ユリアヌス(中)」辻邦生著、中公文庫、1975.01.10
    「聖書の世界」月本昭男監修、光文社文庫、1987.12.20
    「プラトン『饗宴』」納富信留著、NHK出版、2013.07.01

    *本の表紙より*
    永遠のローマよ。日の神は今わが生を見棄てられた! ペルシア兵の槍に斃れたユリアヌスは、皇帝旗に包まれてメソポタミアの砂漠へと消えてゆく。
    毎日芸術賞にかがやく記念碑的大作!

  • 王家に生まれ、激動の生涯をたどったユリアヌスの肖像。一つの大河ドラマとして楽しめた。日本語が美しい。

  • 最高だった。。。

  • あとがきでわかった。叙事詩だね。
    でも生の謳歌とかでは哲学皇帝らしく生の存在を
    どう探求し議論するか的な文体はよかったが
    塩野さんの本にあったユリアヌスの最後の台詞以上を
    期待したのでちょっとしりすぼみ。

    ちなみに塩野さんのは下の記述。

    どうやらわたしにも、人生に別れを告げるときが
    きたようだ。わたしは常にわたしに生を恵んでくれた
    大いなる自然に相応のお返しをすることを願っていたので
    今は、それをできることを喜びに思っている。
    哲学では生は苦であり死はそれからの解放故に楽であると
    教える。また哲学は死を現世で業績をあげた人に神々が授ける
    最後の報償であるとしている。

    このあとにも続くけど以前、記述しておいたのはここまで。
    うーん、今の勉強したいけどローマに惹かれる〜。

  • ローマ帝国の中期、キリスト教が古代ローマの神々に取って代わる時代にその新しい宗教に抵抗した皇帝ユリアヌスの少年期から始まる歴史ドラマ。少年の成長譚を基本線に置きつつも、腐敗した社会のずる賢さや狂信的な宗教の怖さなどに対する批判、時代の流れに抗うことの難しさなどをテーマに含んでいる。情景描写の1つ1つが精緻で、それらが登場人物の心象風景を見事に映し出している。

  • 11/8/16
    コンスタンティウス帝への反乱。コンスタンティウスが死に皇帝に。ギリシア・ローマ神教の復興。ペルシア遠征。
    辻邦正の筆力に圧巻。ユリアヌスの理想を追求する統治法、キリスト教徒の不寛容さ、ペルシア遠征にて船に火を付けた時の追い詰められた気持ちなどが生々しい。

  • ローマ帝国の知識が全くない状態から読み始めたものの、とても楽しめた内容であった。

    キリスト教がいかようにして普及していったのか。
    国と宗教の関係等、今まで考えなかった視点での示唆が多くあった。


    とても良書だと思う。

  • 通勤時間中に夢中になって読み、駅に着くのが忌まわしく思われた。

  • 悲しくも美しい幕切れ。
    「なんという地上の美しさなのだろう」という台詞には、震えた。
    花鳥風月を愛で八百万の神と親しむローマ人の精神は、日本人と響き合うものがあるのかもしれない、とちょっと思った。

  • 日頃、遅読なのだが、この作品は三巻でひと月もかからなかった。
    通勤電車の中でも、ラッシュの中で読んでいたし、家に帰っても読み続けていた。
    印象は強烈であり、やはり辻文學だと再認識した。
    辻邦生の作品はほとんど読んでいるが、この作品は文藝作品として、作者の持ち味が遺憾なく発揮されていて、トップランクに入るだろう。

  • 上中巻に比べて下巻を読みきるのに時間がかかってしまった。
    皇帝になった後のユリアヌスは読むのが辛かった。
    中巻で引用したようなユリアヌスの思いは、政治の世界では通用しないんだなと思い知らされた。
    でも、たとえ綺麗ごとでしかないとしても、千年経っても実現できないとしても、あるべき姿を目指す、まさにその「意志」こそが重要なのだということが、強く印象に残った。

    登場人物の中で好きだったのは、ユリアヌスの親友ゾナス。くしゃくしゃの金髪と陽気な青い目、その描写が出てくると、何だかほっとした。

  • 学究肌の皇帝であったからこそ、ユリアヌスが求めた「理想の哲人政治」。  複雑怪奇な現代社会の政治にさらされている現代人の KiKi にとってはあまりに「夢想的」というか「理想主義的」な考え方・アプローチに見えなくもないユリアヌスの姿勢に、胸が痛むと共に、それでも「政治にこそ」このようなある種の理想主義は必要なものなのかもしれないと感じました。

    一般人の日々の生活は「理想ばかりは言っていられない」「理想だけではおなかいっぱいにはならない」「理想だけでは雨露を凌げない」という現実の重さ・・・・というか、生活の切実さがあるけれど、今だけではなく将来の礎ともなる「政治」にはもっともっと青臭さが必要なのかもしれません。

    (全文はブログにて)

  • 副帝としてガリアに赴いたユリアヌスの晩年(といっても30代前半です)を描く最終巻です。

    ガリアを意外な?軍事の才覚で治め、副帝として現地のガリア人社会の信任を得るユリアヌス。しかし、それは帝都にある皇帝に謀反の疑いを呼び起こすものでもあります。帝都のガリアに対する理不尽な指示に対し、ガリア人たちは「わが副帝を皇帝に」と擁立し、それやこれやでユリアヌスは帝都へ進軍(苦笑)。その流されようでいいのか?と見ていて思いながらも、その中には彼の伯父である皇帝に対する、一族を殺された恨みがわだかまっているのも事実であるわけで…複雑です。

    しかも皇帝は死の床で、ユリアヌスを皇帝に指名して崩御。図らずも(帝都に進軍してるんだからちょっと図ったかな:笑)ローマ帝国全土を預かる身となってしまいます。

    舞台となる宮廷のあるアンティオキアで、彼はさまざまな衝突を見ることになります。自分の連れてきたガリア人とアンティオキア人の気質や文化の違いからくる統治の難しさはもちろん、ローマ帝国(とユリアヌスの精神自身)を覆うギリシア・ローマの多神教とキリスト教の精神の衝突。政治勢力なら拮抗させてしまえばいいけれど、どちらかというと哲学の衝突になってしまい、それが軋轢以上のものを生みます。どちらもある面では正しく、ある面では受け入れがたい。ユリアヌスの独白を交えた(そしてほとんどの宮廷人に届かない)このあたりの描写が息苦しく迫ってきます。信仰についての切り口は違いますが、遠藤周作さんの「沈黙」に匹敵するのではないかと感じました。

    キリスト教に寛容の精神を見せつつも、現世を生きるローマの精神を尊んだがために「背教者」とあざけりを受ける皇帝は、徒労感にさいなまれながらの東方遠征に出発し…結末は史実のとおりです。

    3巻すべて読むと、1巻ごとにローマ帝国内部に渦巻く対立軸のようなものが描き分けられており、それがユリアヌスの心の中にもともと深く根を下ろしていたものを掘り出していくような印象を受けながら読みました。気品あふれる文体ながら、ある面でひどく残酷です。彼は何のために生きたのか、というやるせなさが沸く一方で、この大帝国はちょっとやそっとじゃ保てないのは当たり前か、とクールに考えたりもしました。

    久々に極上の作品を読みました。ありがとうございました!と言いたい作品ですので、この☆の数とします。

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