目まいのする散歩 (中公文庫)

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著者 : 武田泰淳
  • 中央公論新社 (1978年5月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (209ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122005341

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目まいのする散歩 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • すでに病を患ってからの武田氏の作品であるが、どこまでも客観的で、それでいて日々の散歩、暮らし、旅行のさまが読むものを引き込む。愛妻の百合子さんの『富士日記』の描写、まるで自分も居合わせていたかのような感覚をもたらす、とは対照的に冷めた目線でありながら、(何しろ自分の娘のことを”赤ん坊”だの”幼女”だのと描き、通常では笑い事では済まされないことをネタとして使っている。)やはり一緒に散歩に付き合ったような読後感をもたらす不思議な作品であると感じた。終戦直後の混乱期の食料事情などを読むと、『富士日記』の食生活がどれほど豊かなものであったかも想像に難くない。
    『目まいのする散歩』、『富士日記』どちらを先に読んでも、単独で読んでももちろん良いが、この2つの作品が切っても切れない関係で結ばれていることは間違いない。

  • 持病持ちの男の病弱な日常

  • 自分も散歩が好きなので、なんとなく話に共感が持てた。
    様々な散歩が紹介されていたが、自分も、年を重ねても、穏やかに散歩をしていたいものだと感じた。

  • 散歩って難しい。

  • 今日(6/5)、小川洋子さんのラジオ番組
    「パナソニック メロディアス ライブラリー」で
    この本が取り上げられていたので読みました。 

    小川さんのこの番組は日曜の朝よく聴いています。
    あんた高峰三枝子か、っていうくらいお上品な
    小川さんの口調がもう癖になって癖になって、
    岩井志麻子さんと同じ岡山出身だっていうことが
    信じられなくなるくらいです。
    岡山もいろいろなんですね。

    この『目まいのする散歩』は
    晩年の武田泰淳が妻百合子に支えられながら
    明治神宮や靖国神社や日本武道館などを歩きまわって
    思索にふける、死が身近にあるエッセイです。
    しかし後の方になると散歩は抽象的な意味に変り、
    娘の花が幼かったころのこと、
    闇市での百合子とのなれそめ、
    『犬が星見た』でおなじみのロシア紀行などへ
    話が移っていきます。
    目次を見ると

    目まいのする散歩
    笑い男の散歩
    貯金のある散歩
    あぶない散歩
    いりみだれた散歩
    鬼姫の散歩
    船の散歩
    安全な散歩?

    の八章に分れています。

    最初の「目まいのする散歩」で印象的なのは、
    明治神宮の西洋式庭園ののどかな風景を描写しながら
    (それはいちゃついている若い男女だったり、
     野外授業を受けている画学生だったり、
     オカリナをひょろひょろと吹いている少女だったり)

    「あまり、あたり一面ひろびろとしていて静かなので、却って「ああ、世はなべてこともなし」 という感じは起きない。むしろ、静かにざわついているような気がする」

    という一節です。
    (小川さんもここが気になったようで、うれしかった)

    この本は泰淳の百合子ウォッチングを
    楽しむ本でもあります。
    「笑い男の散歩」のこんな文章。

    「どこを散歩しても、どこのベンチに腰かけても、病後の私は笑ったような、笑わないような顔つきをしている。意思表示をするため「ウフフ」と笑い声に似た、はっきりしない声を出す癖がついてしまった。(略)女房は「笑ったような顔をしてるけど、本当はそうじゃあなくて、ただ、そういう顔をしているのね」と名言を吐いた。たとえば「あたしも今に死ぬのね。イヤだなあ。いつ死ぬのかしら」と、死にそうもない顔つきで女房に問いかけられるさいは、笑ったような笑わないような表情で「ウフフ」と答えるのが、目下のところ一番無難である」

    娘から「ニヒルな女だった」と言われた百合子。
    それを見守る泰淳。この夫婦はいいなあ。
    二人とも妙な色気がある。

    泰淳はこのころ自分で筆が持てない状態だったので
    百合子が口述筆記をしています。
    だからこんなおかしな事態にもなるわけで。

    「しがみつくようにごみ箱の上にのり、なにやら罵りわめいている彼女をひきずりおろし、私は、深夜の神田街を歩いて行く。彼女の紙は黒く長く垂れていたので、私は、その髪をひっつかんで歩いたような記憶がある。(私が、ひっぱってと口述すると、彼女は、ひっつかんだのだ、といって訂正した。)」

    変な夫婦だよね、といいながら笑顔になる私。
    「鬼姫の散歩」の鬼姫とは百合子のことなのです。

    しかしこんな夫婦に育てられた娘も災難で、

    「女房の留守の間に、木炭や、自分のうんこや、口紅も食べた。それでもおなかはこわしたことがない」

    なんて書かれているけど、おいおい。

    私が帰ってくるまでここを動かないように、
    という娘への命令を百合子がすっかり忘れてしまい、
    花が夕方になるまで待っていた際は、
    いっしょに遊んでいた梅崎春生の息子が
    「あんなひどい親はない。花ちゃんがかわいそうだ」
    と涙を浮べて訴えたのだそうな。
    これを本人に口述筆記させるって、どんなプレイ?
    この花ちゃんは、の... 続きを読む

  • 泰淳氏の文章のリズムは、百合子さんのそれとよく似ているなあ…と思った。
    この作品も、口述筆記で、百合子さんが原稿用紙に書き写した物らしい。
    長年、泰淳氏の作品を口述筆記して、そのリズムが百合子さんに染み込んでいったのだろうな…と思う。

    百合子氏が『犬が星見た』に書いたロシア旅行の様子も書かれている。
    泰淳氏にとっては、海外旅行も"散歩"なのだ。

    最近は"散歩"の専門雑誌も出ているくらいで、近所を歩く程度の物を散歩というのはおこがましくなった。

  • 富士日記のあとがきで紹介されていた本
    泰淳の視点での百合子さんが描かれているため、富士日記を合わせて同時に読み進めている

  • 読書日記。
    読んだつもりで実はまだ読んでなかった本のひとつでした。

    ふしぎな散歩がいろいろ。

    たゆたうように読むのに向いている。
    主人公(作者?)は眼となる。
    その眼はずりずりと徘徊しながら、ものごとの表面を眺め、どこか奥の方にもぐりこんでいく。
    そのずりずりした愉しみ。

    ★目まいのする散歩

    何が描かれているかというよりも、雰囲気を味わうのがいい。
    いい言葉もたくさんあるのだが。
    ぼんやりとして、ものうい感覚。
    人生の終末を予感させる寂寥感。
    そして、どこかあきらめたような軽み。

    「すべてのことは、たいがい無事にすむものだ」と、いつも通りの結論に達した。そして、散歩というものが、自分にとって、容易ならざる意味をもっているな、と悟った。(p.11)

    あたり一面に、調和のとれているくせに何か神経を焦らだたせるざわめきが、みちひろがっていた。その焦らだつ神経は、私が生まれたときから維持されていて、地球上のざわめきと連絡のある、貴重な手がかりらしかった。(p.18)

    ★笑い男の散歩

    老学者と私は顔見知りなので、あいさつを交わすが、そのあいさつもお互いにどことなく頼りない。(p.30)

    ★貯金のある散歩
    ★あぶない散歩
    ★いりみだれた散歩
    ★鬼姫の散歩
    ★船の散歩
    ★安全な散歩?

    (2009年12月10日読了)

  • うーん。
    こういうの、あんまり好きじゃない。

  • 奥様がああいう方なので、もっと堅苦しい文章を書く人なのではと思いこんでいましたが、この本では違いました。わざわざとぼけて見せているというか。

  • 個人的な趣味だけど。人が散歩している映画。あるいはそのシーンが好き。ひとことで言ってしまうと人間の哀愁なんだけれど。武田泰淳の散歩は一見するとおいしいものやなつかしいものを眺めながらの気ままな散歩にみえるけど。彼はこの散歩に命を懸けている。哀愁って気持ちの強さから零れ落ちてくるものなんだろナ。

  • 百合子も天然だが、泰淳も実は...

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