チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本 (中公文庫)

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制作 : ヘレーン・ハンフ  江藤 淳 
  • 中央公論社 (1984年10月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122011632

チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 往復書簡集。
    テレビドラマの脚本家ヘレーンと古書専門店の店員フランク、他にも二人の友人達との手紙のやりとりが収録されている。

    始まりは古書の注文の手紙。手紙の内容はどんどん親密になっていき、文面からは本への愛情と相手への思いやりが伝わってくる。
    素敵な本との出会いに喜ぶヘレーンの手紙を読んでいると、私まで嬉しくなってしまう。

    後半なかなか会いに行かないヘレーンにやきもきしたけれど、彼女が友人に宛てた手紙に書いた「たぶん行っても行かなくても同じことだという気がします」という言葉を読んで納得した。
    お金や仕事の問題で行けなかっただけではなくて、いつの間にか彼女は(もしかしたら彼女を待っている人達も)会いに行く必要性を感じなくなっていたんだ。
    会って話すこと以上に手紙から伝わることが大きいと感じたのではないかと思う。

    手紙をもらった時の嬉しさと、書いている時のワクワクした気持ちを思い出した。
    随分長いこと離れていたけど、この本を読んで手紙を書きたくなった。

  • 古書好きなアメリカ人女性と、イギリスの古書店マークス社との間で交わされた、
    二十年に渡る往復書簡集。
    やりとりから垣間見える本への愛情とワクワク感。
    そして何より相手に対する信頼と思いやり。
    読み進めれば進めるほど登場する全ての人物に愛着が湧き、温かい気持ちになるのでした。

    以下、解説からの引用になりますが…
    『世の中が荒れ果て、悪意と敵意に占領され、
    人と人との間の信頼が軽んじられるような風潮がさかんな現代にあってこそ、
    このようなささやかな本の存在意義は大きいように思われる』
    …ほんとその通りだなと思います。

  • ニューヨークに住む本好きの女性がロンドンの古書店に送った一通の手紙、そこから始まった20年に及ぶ手紙の行き来。
    ユーモアに溢れ素敵な本に出会えたことを心の底から喜び、残念な本と出会ってしまったことへの落胆も隠さずぶつけるヘレーンの筆に笑みがこぼれます。そして対する古書店のドエル氏のある種の真面目さと、へレーンのユーモアを受け取るユーモア性のある返信に心温まります。そこには本を通じて感じ得る信頼と友情があったのでしょう。ヘレーンは買い物制限のあったロンドンの友のために缶詰などを送り、ドエル氏は家族の様子を知らせクリスマスのカードを送ります。

    そして今回読んだこの本は、なんと前の持ち主によって線が引かれメモ書きが為されたいわゆる痕跡本だったのです。気になる箇所に線が引かれ、感想や調べたことが余白に記されていたのです。普段ならば本を読む時の邪魔にも思えるそれらの痕跡が、この本にいたっては知らぬ人との本を通じたやり取りにも思えたのです。そこが気になりましたか、そう感じましたかと、どこの誰かも知らぬ時間も空間も越えた相手とともに読むような面白さを味わいました。

  • イギリスの古書店マークス社とアメリカの本好き女性との往復書簡集。「書物を愛する人のための本」と題にあるように、本が好きな人の心を惹く内容。扱われる本に英文学が多く、自分も知っているものがけっこうあって楽しかった。名前しか知らないようなものも多かったけど。

    手紙だからそう思ったのかどうかはわからないが、翻訳ものに感じる文章のごつごつした感じをかなり直接に感じた。そしてそのことがどこかなつかしい感覚を自分の中から呼び起こす。この本の中にはよくヘレーンがマークス社に対して「送ってくれた本が違う」といって怒るところなどがある。その怒り方、文となって出てきた言葉はやはり日本語を使う私の感覚からはかなりずれたものの言い方のように感じる。欧米の人の怒り方の方が、もっと倫理的というか姿勢がしっかりとしていて(裏にキリスト教の雰囲気を感じ取っているのだろうか)昔から連綿と引き継がれてきたもの言い方、という感じがする。もっと小さい頃に外国の本を読んでいた頃に「外国の人は日本人と怒り方からして違うのだろうか」とぼんやりと思っていたことなどが思い出されてくる。この書物が書かれた土地の物理的な遠さまで、そんなところに感じているのかもしれない。この本の余白の多さが不思議と「外国で書かれたもの」一般に対する感想を引き起こした。

    二十年にわたってやりとりを続ける、というのはなかなかすごいことのように思えるし、今から五十年も前だから、このようなやりとりが可能だったのだろうか?などと思ったりもする。いろんな条件が揃わないと、こういったやりとりは続かない気もするし、だからこそこうして読まれるような貴重な本となったのだが、やはりこういったやりとりにあこがれてしまうのである。

  • ユーモア溢れる率直な物言いのアメリカ人作家と、真面目で仕事熱心なイギリス人古書店員。二人と、その周囲の人たちが実際に交わした書簡集です。本の注文と発送から始まり、感謝とお礼のやり取り、家族や近況報告などの私的な文通へと変化していく、その緩やかな変化に親しみと憧れを覚えます。期待以上の本が届く感動と喜びは自分の体験にそのまま当てはめることができるし、これだけ素直に感謝され思いやってもらえたら、この人のためなら何でもしたいって思う気持ちになるのもよくわかる。まるで自分が手紙のやり取りをしている誰かになっているかのような一体感を味わえます。数々のイギリスの名著はタイトルも知らなかったものが多く、大きな書店ではじめて足を踏み入れたコーナーにいる気分。ただ、ヘレーンもこの手紙のやり取りが夢の世界であることに気がついているように感じました。手紙では一切触れられない、現実で起こる問題に耐えるための逃避先でもあったのではないかと。何度もイギリスに行こうとしながらその度に頓挫してしまう、その無自覚な原因に、夢を夢として残しておこうという気持ちがなかったか。全くの想像ですが、そう考えるとラストにはなんとも言い表しがたい余韻が漂います。その後のヘレーンが気になりつつも、後書きにもある通り後日談のないものが読めて良かった。

  • 本が大好きな人同士の文通は言葉が美しく、心地よく響きました。
    欲しいと思う本が手元に届き、開く時の気持ちはいつの時代も同じなんだなと思えた一冊。

  • 手紙による心暖まる交流は、20年も続いた。


    今じゃできないことだよなあと思う。今なら、お互いパソコン持ってたら顔見て話せるんだろうし。

  • 書物を愛する者たちとの心の交流を描いた友情録。

    この本は1人の女性と古書店店員との文通を記載した日記。
    本が好きな者同士で育まれた、客と従業員の枠を越えた友情の記録にも見受けられる。

    日記形式で読みやすく、また当時の時代背景がよくわかる文通内容。
    1人の女性はニューヨーク。古書店はイギリス。
    大陸を越えた20年の長い文通と、その中で本を愛する者だけが感じられる喜びと幸福を綴っている。

    淡々と綴られているような手紙でも、その中に細やかな喜びが混じっている。
    また女性が本を深く愛するあまりに描かれる描写が時にオーバーで面白い。

    この本ではたくさんの著名な本達が登場する。
    私はほとんど読んだことがない海外の作品ばかりだった。
    この本を手引きとして彼女が愛した古書を探して読んでみたい。
    私がまだまだ知らない本の世界があり奥深く羨望な眼差しを送ってしまう友情録だった。

  • 「ニューヨーク東95丁目14番地」から
    「ロンドン西中央2 チャリング・クロス街84番地」への
    最初の手紙は、1949年10月5日だった。

    新聞の広告で、マークス社が「絶版本を専門に扱っている」ことを知った
    ヘーレン・ハンフが、「今すぐにもほしい書籍のリスト」を
    送付したのだった。

    返信は10日後の10月25日。

    返信の署名は「古書専門店 マークス社 内 FPD」。

    ヘーレンが、「貧乏作家の古本好き」といったように
    最初から自分の内情を語るような少し砕けた手紙を送っているのに対し、
    FPDの返信は、最上級に丁寧だ。

    ヘーレンは、自分の注文に対応してくれている人が毎回同じ人であると
    気づくと、「マークス社御中」から「拝啓」へと宛名を変え、
    しかも、クリスマスだからとみんなにプレゼントまで贈る。

    そして、その後手紙は、FPDに宛てられることとなる。

    ヘーレンの手紙がますます砕けていくのに対し、
    「FPD」が、「フランク・ドエル」と署名するまでには
    2ヶ月の月日を要した。

    ヘーレンは、本が早く来れば、「スピード・アップさん」、
    本が遅ければ、「モノグサメ」などと宛名にも遊び心があるが、
    フランク・ドエルはずっと「ハンフ様」。

    フランク・ドエルの手紙は、職場に写しを残していた手紙だから
    というのもあるのだけれど、なかなかくだけてはいかない。

    ヘーレンの手紙とは、ずっと違うトーンを貫いている。

    だが、冷たさは感じない。

    彼の、古書そのものと店の蔵書、
    自らの仕事に対する静かな愛情がそこにはある。

    そして、仕事として手紙を書きながらも、
    ヘーレンからの手紙を心から楽しんでいることが感じられるのだ。

    手紙は、本の注文がないときや本が入荷しないときは
    途切れるので不規則ではあるが、
    本を通した両者のつながりは、細く長く続いていく。

    宛名がついに「へーレン」になったのは、2年以上後のこと。

    「ハンフより(ヘーレンは友人に対してだけ使います)」と
    ヘーレンが署名をしたから。

    ヘーレンには古書店のほかの店員も手紙を書いていたり、
    ヘーレンからは、当時の配給制だった英国ではなかなか手に入りづらい
    肉やストッキングや卵を送っていたり、
    英国からヘーレンへ手作りのクリスマスプレゼントが届いたりと、
    彼らのつながりは、古書店員と顧客の関係を超えていく。

    ところが、彼らは互いに会うことを切望していながら、
    どうしてもそれがなかなか実現しない。

    ヘーレンが渡英するためのお金をためていると、
    住んでいるアパートが取り壊しになり、
    ためていたお金は引越し費用にしなければならなくなったり、
    歯が悪くなり、治療をしなければならなくなったりといった具合だ。

    この往復書簡は、いつもとは異なる不思議な、
    距離感覚、時間感覚、読書感覚を呼び覚ます。

    ヘーレンの心の距離感では、歩いていける本屋よりも
    チャリング・クロス街の方が近いのだ。

    だが、物理的な距離に加えて条件が合わないという意味では、
    チャリング・クロス街はあまりに遠い。

    本を頼んでから届くまでの時間間隔も全く違う。

    2年以上も前に頼んだ本が手に入ったからと送られてくるのだ。

    また、本自体も、大量生産されているようなタイプの本ではなくて、
    その1冊1冊が代わりがなくて貴重なものばかり。

    へーレンは、図書館ですでに借りて自分で読んで
    心底気に入った本を買い求める主義。

    前の持ち主がその本に残した痕跡-何度も読んだところが
    勝手に開いてしまうような癖や余白の落書き-が大好きなのだ。

    もちろん、数少ない気に入った本を大切に何度も読み返して味わう。

    私は、タドキストだし、本に人の痕跡は要らないと思う
    (どこが気に入るかは私が決めるのだ!)し、
    趣味としての読書だけでなく情報としての読書もしているから
    少ないお気に入り本だけでは満足しないし、
    欲しいときにすぐ来ないと困ると思うし、再読する本は数少ない。

    ほぼすべてにおいて彼女と私は異なるけれど、
    本に対する愛情表現が異なるだけで、本が好きなことはもちろんだし、
    文章に気持ちをめいっぱい載せることが好きなことは大きく一致した。

    そして、物の交換だけでなく、
    心の交流も求めている存在であることも同じだと思った。

    私が書いているのは、ほとんどが「電子メール」であって
    「手紙」ではないかもしれないけれど、
    そういうところを超えて、
    お手紙って、テキストでの自己表現の交換って素敵かも、
    と思わせてくれた。

    ブログ書きの私は、ブログに書かれているテキストは
    思う以上に自分を表現していて、
    この書評だって、書評の顔して自分語りをしていて、
    そこからどうしようもなく逃れられないのだと自覚もしている。

    リアルで会わなければ分からないことも確かに多いが、
    それでも、
    テキストの情報量が動画のそれを越えてしまう事だってあるはずだ。

    ヘーレンとフランクは、本を通して確かにつながっていて、
    ある意味で、誰よりも側にいたのだと思った。「ニューヨーク東95丁目14番地」から
    「ロンドン西中央2 チャリング・クロス街84番地」への
    最初の手紙は、1949年10月5日だった。

    新聞の広告で、マークス社が「絶版本を専門に扱っている」ことを知った
    ヘーレン・ハンフが、「今すぐにもほしい書籍のリスト」を
    送付したのだった。

    返信は10日後の10月25日。

    返信の署名は「古書専門店 マークス社 内 FPD」。

    ヘーレンが、「貧乏作家の古本好き」といったように
    最初から自分の内情を語るような少し砕けた手紙を送っているのに対し、
    FPDの返信は、最上級に丁寧だ。

    ヘーレンは、自分の注文に対応してくれている人が毎回同じ人であると
    気づくと、「マークス社御中」から「拝啓」へと宛名を変え、
    しかも、クリスマスだからとみんなにプレゼントまで贈る。

    そして、その後手紙は、FPDに宛てられることとなる。

    ヘーレンの手紙がますます砕けていくのに対し、
    「FPD」が、「フランク・ドエル」と署名するまでには
    2ヶ月の月日を要した。

    ヘーレンは、本が早く来れば、「スピード・アップさん」、
    本が遅ければ、「モノグサメ」などと宛名にも遊び心があるが、
    フランク・ドエルはずっと「ハンフ様」。

    フランク・ドエルの手紙は、職場に写しを残していた手紙だから
    というのもあるのだけれど、なかなかくだけてはいかない。

    ヘーレンの手紙とは、ずっと違うトーンを貫いている。

    だが、冷たさは感じない。

    彼の、古書そのものと店の蔵書、
    自らの仕事に対する静かな愛情がそこにはある。

    そして、仕事として手紙を書きながらも、
    ヘーレンからの手紙を心から楽しんでいることが感じられるのだ。

    手紙は、本の注文がないときや本が入荷しないときは
    途切れるので不規則ではあるが、
    本を通した両者のつながりは、細く長く続いていく。

    宛名がついに「へーレン」になったのは、2年以上後のこと。

    「ハンフより(ヘーレンは友人に対してだけ使います)」と
    ヘーレンが署名をしたから。

    ヘーレンには古書店のほかの店員も手紙を書いていたり、
    ヘーレンからは、当時の配給制だった英国ではなかなか手に入りづらい
    肉やストッキングや卵を送っていたり、
    英国からヘーレンへ手作りのクリスマスプレゼントが届いたりと、
    彼らのつながりは、古書店員と顧客の関係を超えていく。

    ところが、彼らは互いに会うことを切望していながら、
    どうしてもそれがなかなか実現しない。

    ヘーレンが渡英するためのお金をためていると、
    住んでいるアパートが取り壊しになり、
    ためていたお金は引越し費用にしなければならなくなったり、
    歯が悪くなり、治療をしなければならなくなったりといった具合だ。

    この往復書簡は、いつもとは異なる不思議な、
    距離感覚、時間感覚、読書感覚を呼び覚ます。

    ヘーレンの心の距離感では、歩いていける本屋よりも
    チャリング・クロス街の方が近いのだ。

    だが、物理的な距離に加えて条件が合わないという意味では、
    チャリング・クロス街はあまりに遠い。

    本を頼んでから届くまでの時間間隔も全く違う。

    2年以上も前に頼んだ本が手に入ったからと送られてくるのだ。

    また、本自体も、大量生産されているようなタイプの本ではなくて、
    その1冊1冊が代わりがなくて貴重なものばかり。

    へーレンは、図書館ですでに借りて自分で読んで
    心底気に入った本を買い求める主義。

    前の持ち主がその本に残した痕跡-何度も読んだところが
    勝手に開いてしまうような癖や余白の落書き-が大好きなのだ。

    もちろん、数少ない気に入った本を大切に何度も読み返して味わう。

    私は、タドキストだし、本に人の痕跡は要らないと思う
    (どこが気に入るかは私が決めるのだ!)し、
    趣味としての読書だけでなく情報としての読書もしているから
    少ないお気に入り本だけでは満足しないし、
    欲しいときにすぐ来ないと困ると思うし、再読する本は数少ない。

    ほぼすべてにおいて彼女と私は異なるけれど、
    本に対する愛情表現が異なるだけで、本が好きなことはもちろんだし、
    文章に気持ちをめいっぱい載せることが好きなことは大きく一致した。

    そして、物の交換だけでなく、
    心の交流も求めている存在であることも同じだと思った。

    私が書いているのは、ほとんどが「電子メール」であって
    「手紙」ではないかもしれないけれど、
    そういうところを超えて、
    お手紙って、テキストでの自己表現の交換って素敵かも、
    と思わせてくれた。

    ブログ書きの私は、ブログに書かれているテキストは
    思う以上に自分を表現していて、
    この書評だって、書評の顔して自分語りをしていて、
    そこからどうしようもなく逃れられないのだと自覚もしている。

    リアルで会わなければ分からないことも確かに多いが、
    それでも、
    テキストの情報量が動画のそれを越えてしまう事だってあるはずだ。

    ヘーレンとフランクは、本を通して確かにつながっていて、
    ある意味で、誰よりも側にいたのだと思った。

  • 本をより好きになる、より大切にしたくなる本。暖かい気持ちになった。荒れた気分の時に読むと良いと思う。
    読んでみたい本が一気に増えたけど、簡単には買えなさそう…

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