嵯峨野明月記 (中公文庫 つ 3-8)

著者 :
  • 中央公論新社
4.22
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感想 : 19
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  • Amazon.co.jp ・本 (440ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122017375

作品紹介・あらすじ

は、開版者角倉素庵の創意により、琳派の能書家本阿弥光悦と名高い絵師俵屋宗達の工夫が凝らされた、わが国の書巻史上燦然と輝く豪華本である。17世紀、豊臣氏の壊滅から徳川幕府が政権をかためる慶長・元和の時代。変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求めて作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。芸術の永遠性を描く、壮大な歴史長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 信長の死から豊臣の滅亡まで戦国末期。本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の視点からそれぞれの家業への取組みと押さえ難い芸術への衝動が語られます。3人の人生が奇跡のように交わって生まれたのが「嵯峨本」です。利休のさびから織部の綺麗さびへと美意識が変わるなか、紙・文字・挿画と洗練を極めた王朝文学の製本出版に不易の美を見出します。開陳される辻邦生の芸術観や美意識は、あたかも日本文化に詳しい外国人が書いた小説を翻訳されたものかと見紛う濃密な文体で、全編改行が一切ありません。がっぷり四つで読み切りました。

  • 大当たりでした。おもしろかった。時間をおいて再読したい。たぶん、その時々の状況で、感じ取れることがずいぶんとちがうと思います。そういう深さがある小説だと思います。
    実は、書き方が独特ということもあって、読み始めたときはとっつきにくくて、もうやめようかなあなんて思ったこともありました。でも、しばらくしたらすごくおもしろくなって、夢中のまま読了しました。
    日本の歴史を題材にした小説は苦手だと思っていたのですが、それも覆されました。
    なにがどうすごいかを詳述するのは野暮ですが、この小説には、いろんなひとの生きざまが描かれていて、自分はどう生きるのか、生きていくうえでなにを軸に据えるのか、ということを考えさせてくれました。【2019年5月22日読了】

  • 元亀天正の信長の勃興から、本能寺の変、関ケ原をへて徳川の御代へと大きく揺れ動いた時代、日本書誌上、もっとも豪華と言われる本が出版された。「嵯峨本」とも「角倉本」とも称される書物。恥ずかしながらこの小説を読むまでまったく存在を知りませんでした。
    本書はその嵯峨本の成立に深くかかわった三人の男たちの物語。
    流麗な書をものした本阿弥光悦、下絵は琳派の俵屋宗達。二人の天才を結びつけた版元は高名な企業家を父にもつ角倉素庵。
    物語は、三人の男たちの独白で織りなされる。一の声は「私」こと光悦。二の声は「おれ」の宗達。三の声は「わたし」素庵。
    私たち読者は、闇につつまれた一室で、彼らの声に耳をかたむけることで、信長や光秀、秀吉といった為政者の興亡や世の中の動きをたどりながら、三人の内面の深化や美への情熱を追体験する。
    このあたり、遠くヨーロッパからやってきた宣教師の視点から信長の生涯を追った「安土往還記」と手法は同じで、美しく端整な文体で読者を物語世界に引き込んでくれる。
    三人の語りの色彩の違いゆえ、最初は読み進めるのに苦労するけれど、中盤以降、その違いが逆に物語に深みをあたえ、フィナーレに向け大きな流れを形作っていく。
    夜の帳、月を眺めつつ読むには最適の一冊。

  • 今年の夏の長編読書は辻邦生の嵯峨野明月記.しばらく前に買ってあったのだが,まったく,改行のない文章の密度に,なかなか読み始める機会が来なかった.
    さて,実際に読み始めてみると,小説世界にすっかり入り込み,電車の中で,あるいは夜の時間に,本を開くのが楽しみでならなかった.

    一の声が本阿弥光悦,二の声が俵屋宗達,三の声が角倉素庵.この三つの声が,交互に語り合うことで話が進む.信長の時代から,秀吉を経て,江戸初期に至る時代を背景に,自分の芸術,学問の獲得に格闘する三つの声.はじめは全く違うテーマを奏でているのだが,それに少しずつ響き合う様子が生まれてきて,三人の力で嵯峨本とよばれる豪華な装丁の活字本を作るクライマックスに至る.この構成を考えた作者はきっと,バッハを意識していたと思う.

    緻密で理知的な文章,難しい漢字(私には読めない,意味がわからない漢字がたくさんあった.何度,漢和辞典を引いたことか!)と,本書を読むにはいろいろ高いハードルがあるが,最近の小説に物足りなさを感じている人や,辻邦生の初期の「夏の砦」「回廊にて」を好きだった人には,大きな読書の楽しみを約束する本である.

  • 京において、性格も生まれも異なる三人の男たちがロマンを求めて結集する。
    書の本阿弥光悦、絵の俵屋宗達、出版の角倉与一だ。
    角倉与一には、ビジネスマンと営業マンの血が流れていて親近感を覚えさせる。

    ある境地を求める三人の波乱に満ちた人生を通して、作者辻邦生の理想を目指す。
    この理想追求の姿勢は、「西行花伝」で更にレベルアップすることで、一つの達成を見たと言える。
    その意味では、本書は「西行花伝」に向けての大きなステップだと言える。
    すべてを一人称で語るスタイルは「西行花伝」でも踏襲される。

    辻には恋愛小説家としての血が脈々と流れており、「西行花伝」では、西行と待賢門院との恋愛が印象的に語られているが、本書では、本阿弥光悦と月明の女との恋愛、角倉と梅毒の太夫との恋愛が物語に彩りを与えている。

    信長の天下取りと没落、秀吉の天下取りと没落(朝鮮出兵の悲惨) 、家康の台頭という、兵馬が行き過ぎる時代の中で、京の街と人は、いかに逞しく生きたか、という物語でもある。
    京都人には「紅旗征戎我がことにあらず」の伝統が脈々と流れできるのだ。

    戦乱の時代を生き切り、すべてを見た男が、次々と不要なものを捨てていく中で、森羅万象に解き放たれ、一体化する喜悦の境地に至る。
    それが、辻邦生の理想とする境地なのだ。

  • 「嵯峨本」と呼ばれる豪華本の制作にたずさわった本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の三人の物語です。

    三人の登場人物が交替に語り手を務めて、戦国時代から江戸時代にかけての激動の時代を彼らがどのように生き、それぞれの立場から芸術に対してどのようにかかわっていったのかということがえがかれています。

    現実の事象をえがきとるのではなく、みずからの心のなかに生じるかたちを筆によってえがきだすことをめざす天才肌の宗達と、実業家として学問や芸術へのみずからのあこがれを抑えつつ、優れた芸術をこの世界にのこすために力を尽くした素庵の物語がわかりやすいのに対して、光悦の物語はすこしむずかしく感じました。土岐民部の妻との関係などは、ややメロドラマ的な印象もあって読みやすいのですが、そうした移ろいやすい現実に対して、彼のなかで芸術の世界がどのように位置づけられていたのか、もうすこし明確に叙述してほしかったように感じました。

    三人の語りが交互に織り成される構成もおもしろく、いつかまた読み返してみたいと思える作品でした。

  • 「嵯峨野明月記」辻邦生著、中公文庫、1990.08.10
    440p ¥765 C1193 (2021.02.27読了)(2021.02.21拝借)(1990.08.20/再版)

    【目次】
    第一部
    第二部
    解説  菅野昭正

    ☆関連図書(既読)
    「本阿弥行状記」中野孝次著、河出書房新社、1992.03.25
    「廻廊にて」辻邦生著、新潮社、1963.07.15
    「安土往還記」辻邦生著、新潮文庫、1972.04.25
    「若き日と文学と」北杜夫・辻邦生著、中公文庫、1974.06.10
    「背教者ユリアヌス(上)」辻邦生著、中公文庫、1974.12.10
    「背教者ユリアヌス(中)」辻邦生著、中公文庫、1975.01.10
    「背教者ユリアヌス(下)」辻邦生著、中公文庫、1975.02.10
    「風の琴」辻邦生著、文春文庫、1992.05.10
    「西行花伝」辻邦生著、新潮社、1995.04.30
    「花のレクイエム」辻邦生著・山本容子絵、新潮社、1996.11.15
    「美しい夏の行方」辻邦生著・堀本洋一写真、中公文庫、1999.07.18
    「生きて愛するために」辻邦生著、中公文庫、1999.10.18
    「若き日の友情」辻邦生・北杜夫著、新潮社、2010.07.29
    (「BOOK」データベースより)amazon
    〈嵯峨本〉は、開版者角倉素庵の創意により、琳派の能書家本阿弥光悦と名高い絵師俵屋宗達の工夫が凝らされた、わが国の書巻史上燦然と輝く豪華本である。17世紀、豊臣氏の壊滅から徳川幕府が政権をかためる慶長・元和の時代。変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求めて〈嵯峨本〉作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。芸術の永遠性を描く、壮大な歴史長篇。

  • 辻邦生 「 嵯峨野明月記 」

    面白かった。

    著者の人間観、事業観、死生観を 素庵、光悦、宗達の人物設定に取り込みながら、三人の精神が 近づき、結びつき 嵯峨本の創作に至る物語。

    権勢者の移り変わりに 虚無を感じた 創作者や民衆の 華麗、荘厳、簡素な世界を求める心が 嵯峨本につながった事を示唆


    著者の人生観(今という虚無感、存在感)
    *日の光〜今日あって明日は もう消え果てて存在しない
    *自分の生命に充実があれば それでいい

    一の声=私=本阿弥光悦
    *もう十分生きてきた〜戦乱に生きた人達を思い出す=自分の生涯をもう一度生きること
    *刀剣の鑑定〜代々の家訓を畏れ謹んで生きてきた〜政略軍事に関与しない家訓
    *母の落ち着いた慈悲と燃える心情
    *私には 平衡のとれた 静かな 端正な生活が必要

    二の声=おれ=俵屋宗達
    *おれは何も持っていない〜ただ絵筆を握るだけ
    *人間として生まれたのか疑わしい〜心に焼きついているのは 棄丸の輝く大きな眼
    *華麗で枯淡、幽玄、荘厳で簡素な世界を描きたい

    三の声=わたし=角倉素庵
    *古書や歌巻に生きるのが 使命
    *自分の中に争う二つの魂を感じる

  • 2015/08/04完讀

    本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵、嵯峨本。
    三人以第一人稱文體登場訴說三個人的人生、時代、想法、掙扎、執著。

    我慶幸又再遇到一個,錯過或許會後悔一輩子的作家。辻邦生的第一人稱文體相當出色(父親是薩摩琵琶的名家,所以他也偏好這種語り文体),在安土往還記裡已經令我感到相當驚豔,才讀完沒多久就想重讀;這本書稍微難讀,但更加可以感受他的功力,深度與廣度更是遠勝前書。原本以為主要是描寫三人合力作出一個作品,從各自分離到交集的過程,但其實作者是更加地針對藝術、文化、人生,甚至是生命的本質這件事進行挖掘,這部作品的哲學性更是讓作品更加昇華,實在令人佩服地五體投地。這真的是一本相當相當不簡單的傑作。其後座力之深,讓我不知如何評論。應該說,尚無足夠的功力評論,我只能仰望這部傑作,希望自己沒有忽略掉太多這部傑作的美好。

  • 嵯峨本を刊行した角倉素庵、俵屋宗達、本阿弥光悦を通した美の追及話。文章が綺麗。でもちょっと冗長過ぎるな。

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著者プロフィール

作家。1925年、東京生まれ。57年から61年までフランスに留学。63年、『廻廊にて』で近代文学賞を受賞。こののち、『安土往還記』『天草の雅歌』『背教者ユリアヌス』など、歴史小説をつぎつぎと発表。95年には『西行花伝』により谷崎潤一郎賞を受賞。人物の心情を清明な文体で描く長編を数多く著す一方で、『ある生涯の七つの場所』『楽興の時十二章』『十二の肖像画による十二の物語』など連作短編も得意とした。1999年没。

「2014年 『DVD&BOOK 愛蔵版 花のレクイエム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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