鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)

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制作 : 川勝 平太 
  • 中央公論社 (1991年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122018006

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 戦国時代たけなわの1543年に伝来した鉄砲。この新奇な武器につき急速なキャッチアップを実現し、鉄砲を大量生産・保持した。ところが、江戸期に入り、これらの技術面での退歩の一方、他の民生技術(冶金・採鉱・水道設備等)は進歩を実現。西洋文明史から見て、余りに異質なこの江戸期の在りようを欧米社会に紹介する主意を持つ著作。まあ、戦争に明け暮れた17~18C欧米に比して、当時、日本に戦争しかけそうな国家群がなかったという地政学的事情を等閑視するゆえ、江戸期を現代核軍縮のモデルケースと見る本書の視座にはやや躊躇を。
    しかし、江戸期封建制を西欧社会との対比を念頭に置いて分析した議論は、なかなか面白い。というより、なかなか気づきにくい要素を拾い上げたという意味で有益。1991年(底本1984年)刊行。著者はダートマス大学英米文学教授。

  • 江戸時代の世界における特異性はわかる。でも本の中身は前文だけで十分だった。
    なんで鉄砲を捨てたのか、捨てる決断をするまでの過程や葛藤、結局社会にどんな変化が生まれたのか、あたりの考察が薄く感じた。

  • 歴史の復習にはなった。でもまあ、日本の事例から現代の軍縮につなげる知恵を見出すのは無理っぽいよな。せいぜい一つの象徴として語ることができるくらいで。

  • また、日本礼賛の書かと訝しく思っていたが、一度進んだ技術を捨てて平和にしかも 他の技術文化は進めながら暮らして行くことができた例として、鎖国後の日本が示されていた。訳者は、核爆弾の放棄が可能であるという主張として、本書を挙げているが、アメリカ人の著者であるのなら、むしろアメリカの銃社会とその放棄の議論の論拠としての方が、説得力があると思われるが、いかがであろう。

  • 4122018005 193p 1994・6・25 3版

  • 素直な気持からすっと読める本。日本史の研究家ではないことから、容易な言葉で分かりやすく日本の歴史などを紹介しているので、大変読みやすいし、すっと心に入ってくる。
    鉄砲伝来以来日本ではもちろん鉄砲を使っていただろうと勝手に思い込んでいる自分がいたことに気付く。言われてみれば江戸時代日本は空前の泰平の世を築きあげ、そこにはもちろん強力な武力などなかったのだ。だからこそペリー来航以来慌てて西洋列強の技術導入へと走ったのだ。当たり前のことが、日本人の視点では気付きにくい。外国から見ればこれが大変希有なことがよく分かる。
    さらに本書では日本人らしさを再発見できる。日本は鎖国をし、文明国から遅れを取った印象を受けるが決してそうではない。日本の技術レベルというのはいかなる時代でも最先端だったことが伺える。手先の器用さ、勤勉さはやはり世界一なんだということを改めて実感し、日本人としての自信を呼び起こされる。そして日本人の美徳として鉄砲を捨てるという行為に、筆者同様世界平和のための鍵を感じるのである。
    是非多くの人に読んでもらいたい一冊。

  • 17世紀初頭、日本は鉄砲(火縄銃)や大砲を捨て、古い武器(刀)の時代に逆戻りした。ヨーロッパではその後も武器の開発に余念がない中、200年を超える平和の時代を築いた。なぜ日本は武器を捨てられたのか?その謎に迫るところが、歴史のなぜ?の旅に出るようで、面白かった。このような時代を遡る(本書では、時計を逆に回すという言い方をしている)ようなことができた国は稀だという。そして、すべて戻ったわけではなく、鉄砲だけで、それ以外の技術、例えば、農具や農業、建築、土木の技術、文化は進化を遂げた。
    本書の中で指摘されている歴史学者アーノルド・トインビーの言葉はとても印象深い。引用すると、「もし過去300年の技術進歩を後戻りさせることの是非について、、多数決が可能ならば、多くのものが賛成票を投じるであろう。社会道徳が今日のごとく立ち遅れた状態にある中で、人類の生存を守りぬくために」。
    今の日本の状況を言い表しているではないか。原発の問題、ビッグデータ活用におけるプライバシーの考えなど、技術が先行してそれに見合った人々の心、倫理観が培われていない。江戸時代は決して技術が停滞していたのではなく、往々にして培われるのに時間のかかる倫理観に見合った速度で進化したという指摘は面白かった。あぁ、江戸時代はやはり素晴らしい。

  • Webコラムを読んでいてこの本のことに触れていた記事があり、おもしろそうだったので買って読んでみました。朝鮮戦争の従軍経験のあるアメリカ人学者で日本にも造詣の深い著者が、戦国時代から安土桃山時代にかけて質量とも世界最高レベルに達した日本の鉄砲技術が、江戸時代にほぼ完全に失われてしまったことに非常な興味を覚えて日本史を研究し、その考察の結果を現代の核軍縮にも活かすことができるのではないかとまとめられたものです。
    核軍縮に活かすことができるのかどうかは正直よくわかりませんが、種子島への鉄砲伝来は日本史の教科書に必ずといってもいいほど載っているのに、江戸時代に日本が鉄砲を「捨てた」経緯は日本史の記述としては見たことはなく、まさに目から鱗の話でした。平和のために殺傷力の強すぎる武器の保有と技術開発を意図的に捨てた日本の特異性というのは、たしかに実に興味深いものです。
    この本の原著の発刊当時、アメリカでもかなり話題になったもののようですが、日本人として、この視点はぜひ持っておきたいものだと思いました。短い本ですし、一読されることを強くおすすめします。

  • 軍事的・破壊的イノベーションを持つ銃器・原子力を放棄した、日本の価値観や道徳観(ただし今の日本ではなく、江戸幕府なのだが)に世界はもっと学ぶべきだ、という著者のイデオロギー。

    鉄砲は、武士の魂である刀に対し、大した修練を積むことなく強力な殺傷力を持つことが可能となり、権力者にとって士農工商という支配階級・ヒエラルキーを根底から覆す諸刃の剣だったということ。

    なるほど。既存のパラダイムを壊す、という意味で、鉄砲を受け入れた欧米では支配階級間の衝突・革命、反乱が起き、一方受け入れなかった江戸幕府は封建的な天下泰平が維持されたという見方も可能と言える。

  • 鉄砲は1543年に種子島に伝来した。織田信長と徳川家康の連合軍は、3000丁の鉄砲を使って武田の騎馬隊を殲滅した。16世紀末は日本が鉄砲を最も使っていた時代である。当時、日本ほど大量の鉄砲を保有していた国はほかになかったと言われる。その後、徳川幕府は250年間、鉄砲の量産・改良を停止させた。一方で徳川時代には、ゆっくりとではあったが、農機具などの開発は進められた。筆者によると、日本における鉄砲の歴史は、技術を選択してそれぞれについて開発を進めるか、廃棄するかをコントロールすることが可能であることを示していると言う。

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鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)の作品紹介

16世紀後半の日本は、非西欧圏で唯一、鉄砲の大量生産にもまさる鉄砲使用国となった。にも拘らず江戸時代を通じて日本人は鉄砲を捨てて刀剣の世界に舞い戻った。武器の歴史において起るべからざることが起ったのである。同時代の西欧では鉄砲の使用・拡大によって戦争に明け暮れていたことを考えると、この日本のが示唆するところは大きい。

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鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)のペーパーバック

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