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この作品に関連する談話室の質問
みんなの感想・レビュー・書評
原文に忠実な訳であるため、とても難しかった。しかし、季節の移ろいの描写、衣服の描写は写実的でとても美しかった。助川先生のご著書『光源氏になってはいけない』の中にも描写力の際立たしいところが書かれてあったが、全くその通りであると思う。また、自分が年を取ったからか、源氏の女性たちに同情する気持ちも浮かぶ。それだけ心理描写にも長けているのだろう。個人的には円地訳よりのめり込める気がした。二巻にも期待。
この、いはゆる「谷崎源氏」は五冊に渡るが、煩雑を避けるため、一巻から五巻までまとめてレヴューすることにする。
原文の流麗さを損なはず、的確な注釈を用いて現代人にも無理なく読める。
原作に忠実な訳です。
現代語訳とは言うものの、読みづらいです。
女性の訳者が多いなか、男性が訳したということで面白味がありました。
※(巻1)以降省略※
取り合えず巻5まで大人買いしてみた。高い、、、ま、いいか。給料日だし。ダグラスアダムス読み終わったら読む予定。
読み終わった。源氏がアグレッシブ過ぎて読み疲れる。
巻一 目次
新々約源氏物語序
例言
桐 壺
帚 木
空 蝉
夕 顔
若 紫
末摘花
紅葉賀
花 宴
葵
賢 木
花散里
ずいぶんと時間がかかったけれど、やっと谷崎潤一郎訳?の「源氏物語」を読み終えた。ほかの本を読み始めるとここには戻れないと思い、一筋に読んだ。もっとも、途中で読書じゃないあれこれに逃げたけれど(^^;)
そう、逃げました。名前がや名称や呼び方が違うので誰が誰だかわかりにくかったのがその第一の原因。
第二には暮らし方の贅沢さがあまりにも市井の庶民とかけ離れているために感情移入が出来なかったと言える。だから、身分の低い人たちの部分は面白く読めた。読めたけれど訳者の見下げた視線がなんだかなぁ、だ。
第三は敬語の使われ方。多分、当時の正しさにのっとっているのだろうが、尊敬語と謙譲語と可能、使役の差がわかりにくかった。
まだ「帚木」(男たちの言いぐさがうるせえ!と思いつつ面白い)までしか読んでないけど、うっとりする。現代語訳というのが全く意識されずにすんなり言葉が入ってくる。このなよなよとしたまったく平等ではない世界が、美しい者だけが物語に愛され、犠牲になれる世界が文字越しにはこんなにも心地いい。(末摘花は、例外、かな?)谷崎は吉野葛・蘆刈やこの源氏の訳や、毒気のない方が特に好きかも知れない。(春琴抄だって好きだけどね)そろそろ夕顔が・・・な所まで進みました。7/31ずうううううううっと残していた賢木と花散里を読み終えやっとやっと大つごもりの読了です。場面場面で言いたいことはあるけど、とにかくたおやかで女性の黒髪が夢のように知らず触れてくるような。素晴らしい小説です。来年は二巻、いやせめて三巻まで・・・。
一巻のみ代表で。読んでないのはまずいかな、と思って読んでみた。
なぜこの訳かというと、原文の雰囲気が消えちゃうのがいやだったから。
結果、主語を探して文を読み直すはめになったりしたけど、後悔はない。
浮気したりロリコンっぽかったりするところが気になって光源氏を軽侮していたけど、
まじめに読んでみると女癖云々を飛び越えて楽しむことができた。
こっそり現代の様子と引き比べてあの人はこのタイプだな、とか野暮や読み方も出来ます。
昨年は与謝野晶子の全訳源氏物語を読みました。海外で暮らす女性として、源氏を読み込んでみるのもいいなと思い、一年ごとに様々な作家が翻訳してきた源氏を読もうと決めました。 今年は谷崎、来年は田辺聖子、再来年は寂聴先生という計画です。 谷崎源氏の特徴は、まえがきで本人が書いている通り、原作に則って主語を明確に書いていないことと、「日本語の美しい特徴の一つ」である敬語を丁寧に訳し込んでいること。 ... 続きを読む »
平安時代中期に成立した、日本の長編物語、小説。この物語の本来の題名がなんであったのかは明らかではない。54帖より成り、写本・版本により多少の違いはあるもののおおむね100万文字に及ぶ[1]長篇で、800首弱の和歌を含む典型的な王朝物語。






