黒船 (中公文庫 よ 13-9)

著者 :
  • 中央公論新社
3.67
  • (7)
  • (13)
  • (10)
  • (1)
  • (2)
本棚登録 : 141
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122021020

作品紹介・あらすじ

ペリー艦隊来航時、主席通詞としての重責を果たしながら、思いもかけぬ罪に問われて入牢すること四年余。その後、日本初の本格的な英和辞書「英和対訳袖珍辞書」を編纂した堀達之助。歴史の大転換期を生きた彼の劇的な生涯を通して、激動する時代の日本と日本人の姿を克明に描き尽くした雄編。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 江戸時代に黒船が来航した時に通訳として
    外交交渉の最前線にいた日本人の物語。

  • 『海の祭礼』でオランダ通詞森山栄之助を描いたとき、著者は同書に登場させた通詞堀達之助に「なにか物悲しい気配」を感じていたという。こうして堀達之助を主人公とする本書が成ったわけだが、確かに一読すると「人生の悲哀」のようなものが胸に迫る。後世から見れば達之助の業績は輝かしいものだ。長崎通詞きってのオランダ語通であり、それ故に黒船来航時には主席通詞に任ぜられた。アメリカ使節との交渉が、彼の"I can speak Dutch!"という呼びかけから始まったことは有名である。オランダ語の傍ら英語学習にも努め、日本初の本格的な英語辞書『英和対訳袖珍辞書』を完成させるとともに、各学校の英語学教授を歴任した。しかし、通詞の主導権は次第に長崎で米国人に英語を習った森山たち後輩に移っていく。思いもかけぬ罪を得て4年間の牢獄生活を強いられたこともあって、英語の文章能力には優れていたが会話能力を磨く機会がなく、英語通詞としては通用しないことが彼の自尊心を深く傷付けた。家庭生活においては早く妻を亡くし、長崎に養父母と子どもたちを残して出府してからはずっと独り身であった。新政府に出仕するとともに妻帯し、長らく忘れていた家庭の幸せを得るが、その妻も突然の病で亡くなってしまう。そして、ついに彼は全ての気力を失って職を辞し、老いさらばえてようやく長崎に帰ってくるのである。彼は獄中にあって、頼三樹三郎、橋本左内、吉田松陰だけでなく、多くの市井の人々の死出の旅路を見送った。戊辰戦争に身を投じたわけではないにせよ、多くの知己も失った。何かをつかんでもすぐに手から零れ落ちていくような虚無感が彼の心を蝕んでしまったのだろうか。これが著者のいう「物悲しい気配」だったのかもしれない。

  • 幕末が舞台の人物伝だが、歴史の立役者ではなく、通詞(通訳)を務めた主人公・堀の、悩み、妬み、喜び、悲しむ、等身大の姿が、その時代に身を置いているような、彼の人生を追体験させてくれるような小説。筆者・吉村昭さんの書は初読だが、本当に入念な取材が成されていることが伝わってくる。素晴らしい歴史小説でした。

  • 日米和親条約における通詞の一人(主に蘭語通訳)であった堀達之助の一代記。ほぼ日本で初の正統派英和辞典を編纂した人物でもある。とはいえ、決して順風満帆でも、また波瀾万丈のそれでもない。単に目立たぬ存在であったのみならず、脇の甘さから獄中生活を営み、他方、フロントランナーであった通詞としての立場は、蘭語から英語に切り替わる中で後輩に追い抜かれ、さらには打ち立てた業績も急展開する時代の流れの中で忘れさられていく。また傑出した能力はあっという間に時代遅れに…。とまあ時代と格闘した男の寂寥感ばかりが印象に。
    そういう意味で薩長や幕府の主要人物ではない人間に光を当てた点はともかく、例えば、日米和親条約関連、あるいは「最後の箱館奉行の日記」等を読破していれば、幕末情報としてそれほど新味な内容とは感じないかもしれない。また、諦嘆にすぎた心情描写も、物語としての面白さを損なっている感は拭い去れない。

  •  ペリー来航のおり主席通訳を勤めた堀達之助の数奇な生涯を辿ったおよそ400頁に及ぶ長編小説。この『黒船』に限らず吉村の小説はドキュメンタリー性が強く、全て実話ではないかと思ってしまう。これまでも『漂流』『破船』『三陸海岸大津波』などの吉村作品を読み感銘を受けてきた。従来は資料収集から現地調査など全て自ら行うところ、この作品に限っては堀の末裔から小説執筆を勧められ、資料の提供も受けたという。

     元々長崎でオランダ語の通訳をしていた堀が、黒船の来航によって江戸詰めとなる。そして最初のペリーとの交渉を通訳した。しかし英語の出来る下役にその立場を奪われたり、ドイツ商人とのやり取りであらぬ疑いをかけられ投獄される。しかし上役は庇ってくれない。やっと放免され、今度は英和辞書の編纂に尽力し完成をみる。その後函館へ転勤を命じられる。そして函館戦争に巻き込まれる。函館へ来る途中田名部で見初めた美也を娶るが数年で病死、堀は職を辞し故郷の長崎へ帰る。その後老いた堀は大阪に居住する四男のもとへ行き生涯を終える。

     現在放送中の大河ドラマ「花燃ゆ」では、幕末から明治にかけての様子を吉田松陰の妹文(ふみ)の目線で描いており、この小説『黒船』と重なる部分が多く、大変興味深く読むことができた。

     また堀が函館へ赴任するとき海路で向かうが、その時ここ八戸の鮫浦を経由していることに嬉しい気持ちになった。

     そうは言いながらも、妻美也を亡くす場面では、達之助と同様に涙を堪えることができなかった。感動的な物語であった。

  • 幕末の通訳(通詞)堀達之助の生涯を通して、鎖国時代から開国を向けた激動期の日本の世情を浮き彫りにした作品。

    通訳は、いつの世も黒子故の悲哀がついて周り、それは開国時期の日本でも同じだった・・・

  •  日本での初めて本格的な英和辞典をつくった堀達之助の物語である。長崎通詞の家に育った達之助は、ペリーとの交渉の日本側通訳として知られるが、蘭学から英学への流れの中で、英語の通訳としては若い通詞たちにおくれをとるようになっていた。そうするうち、達之助は、ドイツ人商人の幕府への手紙を私蔵したということで牢屋へ入れられてしまう。数年後かれを救ったのは古賀謹一郎で、古賀は達之助の才能を辞書編纂というかたちで生かそうとした。この辞書―英和対訳袖珍辞書は、ピカードの英蘭辞書を中核にし、英漢辞書、江戸蘭学の翻訳の伝統を生かすことで、予定よりも早い、文久2年(1862)に完成した。その発行部数は約200。現在その所在がわかるものは20部弱と言われている。達之助はこれによって栄誉を得るが、牢獄につながれ、しゃべる機会から遠ざかっていたことで、職位は高いにもかかわらず通詞としてはひけめを感じずにはいられなかった。やがてかれは函館に異動させられるが、そこで榎本武揚らとの戦闘にまきこまこまれ津軽へと逃げる。その地で子持ちの美しいみわを知り結婚し、函館にもどった2人は幸せな生活を送り出す。みわの存在は達之助にとって生き甲斐そのものであった。しかし、みわは急病にみまわれ死んでしまう。みわ亡きあとの達之助はその後長生きはするものの、亡骸のようなものであった。本書は、ふだん自ら史料発掘をする吉村昭が、堀達之助の子孫に史料を提供されて書いたもので、堀のもの悲しい生涯が十分に描かれている。今回は再読であるが、やはり一気に読んだ。

  • 2011.4.3(日)¥283。
    2011.5.24(火)。

    堀達之助。ペリー艦隊来航時、主席通詞。日本初の本格的な英和辞書「英和対訳袖珍辞書」を編纂。Wikipedia http://goo.gl/8uZVQ

  • 2008.1.8 古本

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉村昭の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×