- Amazon.co.jp ・本 (337ページ)
- / ISBN・EAN: 9784122022874
作品紹介・あらすじ
「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。
感想・レビュー・書評
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言葉が消えると、物も消える。
最初に消えたのは「あ」だった。
「あ」が消えると、「朝日新聞」も配達されなくなった。
定食屋からは「からあげ」がなくなっただろうし、
「綾瀬はるか」「芦田愛菜」「阿部寛」なども見れなくなってしまう。
次に「ぱ」が消えたので、「朝」「パン」を食べることができなくなる。
「芦田愛菜」は「愛菜ちゃん」に、「パン」は「トースト」に言い換えればOKだが不便でしょうがない。
「あ」が消えると「ヴァ」や「ふぁ」も消える。
音は全部で152個としてあり、3分の2くらい消えても使える言葉だけでさほど違和感なく読める。
4分の3ほど消えると、さすがに日本語として苦しくなるし、言い換えことばに聞いたことがない表現も増えてくる。
本書は限られた言葉だけで、どこまで表現できるかの実験なので、小説の内容には気持ちが入り込めなかった。
先日の朝日新聞の夕刊に、核をなくすというマンガがあって、セリフに「か」と「く」が使えなくなっていた。
本書と同じような言葉遊び満載の作品は探せば他にもありそうだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
語彙力を鍛える方法として、制限をつけてみることもひとつの手であると思います。
例えば、普段何気なく使っている書き癖のようなもの、自分であれば、「確かに」という言葉が多く使われることがあるので、それを代用するかたちで、違う単語を考えてみる。
文を書くときに意識的に書いているつもりでも、実は半意識的な部分があって、何を書くかという点については、頭で考えているが、日頃使っているフレーズを、無意識のうちに使いまわしたように創作してしまう。
今こうして、同じ単語をなるべく使わないよう、気を使いながら並び替えてみるだけでも、日本語の文法そのものが危うくなるかもしれませんが、「捻り出す」という作業が生まれるのです。
さて、感想を書く前に、ゴタゴタと戯言を書いてしまいました。
この本は、単語ではなく、ひらがなが一文字ずつ消えていく世界で過ごすという話です。
消えていった「かな」は2度と復活することはなく、最初は「あ」から消えていく。
「あ」が消えたら、それだけでも相当苦労するのではないか、と思いきや、そんな心配をよそに、どんどん消えていく。
あまり使われていない「かな」から消えているという前提はあれど、普通に話が進んでいく様子を眺めて、改めて日本語の語彙の多さと、自分の手持ちの少なさを感じさせられます。
消していくにあたって、なぜかルールを作ったり、例外を使ったりしているのをみて、なんだか物語に巻き込まれた感があり、その制限の中で言葉を選ぶ世界に、ちょっとうっとりしながらも、実際にそうなったら面倒だなと。
そんなふうにして、この本にハマって、テンポよく読み切ることができました。
タイトルから中身が想像できない本は、クチコミからきっかけで読むことが多く、この本もそのひとつでした。
ついタイトル買いしてしまう自分にとって、見落としている名作が他にもあるかもしれない、とこういう本を読むと毎回思うのです。 -
じわじわと襲う喪失感と焦燥感、切なさと虚しさ。
大事なものは失ってから気づくと言うように、音が揃って存在する世界は「満ち足りた世界」だと、この実験を経て気づくことができました。 -
◯文字が徐々に消えていく小説で、いかなる内容を描写していくのか、興味深く読んでいたが、いささか小説として何をか感じるのは難しかった。
◯文字が減っていく中で、豊富な語彙力を駆使して文書を紡いでいく様は圧巻。また、物語としても展開が小説的に自然に進んでいくのも凄みを感じる。
◯少ない単語の中で展開されるシーンの一つ一つにも、少ない故に選ばれており、演出もそれに応じたものになっていると思われる。例えば、講演での
尊大な語り口や、言葉が足りないからこそ、悲しい伝記など、さすがと思う。
◯やはり表現の自由な小説を読みたい。他者への影響は多々あるかもしれないが、それをそれだけで受け取ることなく、読む側にとっても小説では自由でありたい。 -
マンガ「幽遊白書」で、私がいちばん好きな戦闘…それは、蔵馬と海藤の言葉によるバトルです。
確か1分につき、使えるひらがなが1文字ずつ消えていくなかでの戦いで、言葉遊びがすごく面白かったのです。
その元ネタになった小説がこちらの「口紅に残像を」だと知り、読んでみました。
なんとも実験的な小説で、ストーリーはかなり無理がありますが、それでも、だんだん少なくなる文字数で、ここまで書けるんだ…とおどろきました。
特に、主人公の情事シーンが圧巻…
たとえの応酬ばかりなのに、それがかえってものすごく色っぽくなっていて、もう降参!という感じでした。
ストーリーを求めたい人には向いていませんが、言葉と表現と小説の限界をみたい方は、一度その世界をのぞいてみてもよいかもしれません。
ただし、後半にいけばいくほど辞書は必須です。 -
「あ」が使えなくなると「愛」も「あなた」も使えなくなった。
文字が1文字ずつ消えてゆき、最終的には何も無くなるという斬新な小説。
驚くべきことに、この文字だらけの小説には最初から「あ」がないのだ。
愛、あなた、表す、あれ、あの、〜ある、明日… そんな馬鹿な!
よーし、私も「あ」抜きで行こう!
最初に消える文字が「ぱ」なら分かる。
『だって〝ぱ〟なら普通に文章を書くに◯たり、登場頻度が少ないのは◯きらか!』
もとい…
『だって、〝ぱ〟なら普通に文章を書きつづるに、登場頻度が少ないのは比較的に常』
つまり、こういうこと。
文字が消えると,語彙も失われる。
変わる語彙が必要となる。
1文字ずつ消えてゆく世界で、どんな物語が紡がれるのだろうと、読み出すと止まらなくなるけど、物語という物語は実はない。小説、壮大な言葉の戯れとして楽しむ一冊。
ただただ、作者の裁量に驚くことしかり。
1部でワクワクし、2部でからかわれているような気になり、3部で関心の唸りを発する。
今年の23冊目 -
アイディアすげーな...
ページが進むにつれて文字が一文字ずつ減っていくというルールの中で展開される物語。文字が消える順番は作者に委ねられる。それならうまいこといけるのかな?と思いつつも最初から「あ」は消えてる...。「まじかよ」という感想からスタート。
どんどん制限が厳しくなっていくのに官能描写でてきたり自叙伝が始まったりと使えない文字の代わりに豊富な語彙力を駆使しまくり。しかも自然な文章になるように工夫している...「いや無理やろ」と思ってたけどなんのその。ただただ感心。
さすがに最後は文章が不自然になったり意味をなさなくなってくるのだけど、きちっと最後の一文字が消えるまで書ききってる。なんという高尚な遊び! -
読書芸人でカズレーザーが紹介していた本。
「幽遊白書」の元ネタになったということで興味を持ち購入、読了。
「文字が一つ一つ失われていく」という非常に変わった小説。
しかも「会話文」だけでなく「すべての文書」から文字が消えていくという驚愕の設定。
「究極の実験的長篇小説」という言葉がとても巧く表現しているように思う。
文字が失われていくにも関わらず、多彩な文章表現で違和感無く物語を綴っていく筆力には、ただただ圧倒された。
特に瑠璃子と交わるシーンでは、普通の小説と大差無く、むしろさらに妖艶な雰囲気が出ているようにすら感じられた。
限定された条件だからこそ、本来持っているポテンシャルが余すところ無く発揮されていたようにも思う。
一方で、物語全体としては非常に動きが少なく、中盤からの中だるみ感は否めなかった。
個人的には「技巧に特化」し過ぎている感じが最後まで残り、全体として何となく薄っぺらく感じてしまった。
自分との相性はあまり良くなかったかも。
「筆力」を考慮し、全体評価としては3点とした。
<印象に残った言葉>
・実はこの小説の冒頭から、五つの母音のうちひとつがすでに失われているんだ。気がついていたかい(P21、津田)
・それはやはり、お傍にまいるからには、君の横に並んで、自分のからだをそっと横たえることになります。当然、そのまま何もしないでじっとしていることには耐えられないから、じわり、じわり、と自分の片手を、畳の上に投げ出された君の手に伸ばしていくことでしょう。その片手の先、鋭い触感の密なる部分が密なる部分にそっとさわって、それはつまりわたしと君のからだの史上最初の部分的つながりということになります。(P159、佐治)
<内容(Amazonより)>
「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。 -
この世から少しずつ文字が減っていく実験的小説。
「あ」が消えれば「あなた」と呼べなくなり、「ねえ」なんて声を掛けることになる。
言葉を制限されても物語を紡いでいける、作家の技量に感嘆する。
「XXが使えないからこの表現なのかな?」と推測するのも楽しかった。