人間の集団について―ベトナムから考える (中公文庫)

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著者 : 司馬遼太郎
  • 中央公論社 (1996年9月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (309ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122026841

人間の集団について―ベトナムから考える (中公文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 司馬遼太郎さんの本を初めて読んだ。そこまで考えるか、っていうくらい現地で見聞きしたことから論理展開していく感じがすごいなぁと思った。ベトナム戦争のこと、自分は全然知らないんだとも思わされた。

  • 今から45年近く前に書かれた司馬遼太郎氏のエッセイ。
    このエッセイは1970年代、アメリカ主導のベトナム戦争が失敗し、アメリカは撤退したが、ベトナム戦争は内戦の様相を持って継続されている時のもの。氏がベトナムを訪問し、そこから感じたことを歴史的洞察を添えて語っている。

    人間の集団という表題のテーマが直接的に語られることはないが、底抜けに人のいいベトナム人が同民族同士でよく分からないもののために殺し合うという歯痒い気持ちが語られている。

    またベトナム戦争というものの異常さというものにも語られ、自分達の捻り出せる力を超えた力を持ててしまうことの恐ろしさについても語られている。

    この本を通じて、ベトナム人ほど日本人に近い民族はないのかもしれないと思ったし、国家の成り立ちや成熟にはその国が持つ歴史が重要であると感じた。

  • 昭和48年サンケイ新聞に連載されたエッセー。米国が撤退した後、ベトナム戦争末期に南ベトナムのサイゴン、メコンデルタを訪問し、3ヶ月間滞在した著者の、ベトナム紀行&ベトナム論。
    素朴で穏やか、植物的なベトナム人と、資本主義のイデオロギーに煽られた激しい内戦の強烈なコントラスト。著者は、どこか懐かしく、ほのぼのとするベトナム人気質は、古き日本に通じるものがあるという。
    著者は、現在のベトナムをどう見るのだろうか?

  • 1973年、米軍の最後の部隊が撤退して3日後にサイゴン入りをしたという司馬遼太郎の紀行記。

    私は去年よりベトナム戦争に興味を持ってちょくちょく映画や本を観たり読んだりしているのだが、そんな中でもこの本は非常に面白かった。
    ベトナムという国の気質と状況が司馬さんなりに分析されているのはもちろんとても面白いのだが、それ以上に、タイトルのとおり「人間の集団」がもたらす市民への、ひいては<われわれ>への力について書かれており、とても感傷的な気分になった。

    「ことわっておかねばならないが、私は解放戦線をののしっているのではなく、政治が至上のものだという政治正義という、内実は人間に対して悪魔的なものかもしれない観念をののしっているのである」

    おそらく、私はこのような文章がとても好きなのだろう。そして、ベトナム戦争においてのベトナムが描かれるとき、それはとても色濃く表れるような気がする。それは民衆のいじらしさだとか、生活のたくましさだとか、そういうものを賛美している文章という意味では決してない。しかし、人間をしょせん欲望の塊だと嘆くものでもない。
    それは、素朴な暮らし――作中の言葉で言えば、食べる・寝る・愛する・祈るなど――を奪われてもなお、人間の尊厳を守り律する何かである。ベトナム戦争におけるベトナムの人々を読むとき、私はそれをとても感じるのだ。

    「――ベトナムはどうなるのであろうか。
     ということを、サイゴンにいるあいだじゅう考え、ひとにもきいたが、ついに答えがなかった。いまのままでは、ハノイとサイゴンとそして解放戦線がたがいに殺しあってついには一人残らず死んでしまう以外の見通しはない」

    当時と今の状況は大きく変わっており、司馬さんの予測が現在と異なっている部分もあるものの、それを含めて、多くを考えさせられる本だった。
    あるいはそれは、被害者面をした一方的な見方かもしれない。事実、私の中でベトナムがどんどん優しく、懐かしくなってゆくのを、一体どうしたものかなぁと思う。しかし、これを機に歴史に興味を持ち始めたので、これからもベトナム戦争だけでなくいろいろな本を読んでいきたい。

  • 15/7/20読了

  • 内戦下のヴェトナムの取材を通して、国際政治、20世紀のアジア、人間の集団などにまつわる問題を論じています。

    読んでいて少し衝撃を受けたのは、料理屋で給仕をしている男性が著者に語った言葉です。24歳の時に日本軍が故郷に入るのを見たというその男性は、「あれからもう二十八年になります。まだベトナムでは戦争がつづいているのです」と語ったといいます。

    太平洋戦争から朝鮮戦争を経てヴェトナム戦争に至るまで、アジア・太平洋地域で起こった一連の戦争を、「三十年戦争」と捉える観点があるということは知っていたのですが、それは日本のアジアへの侵攻からポツダム宣言の受諾を経て、アメリカとソ連の冷戦に至るまでの国際政治の流れを把握する、大きな枠組みを設定したときに初めて見えてくるものだと思っていました。ところが、くだんのヴェトナム人にとって、それはけっして国際関係を鳥瞰する抽象的な捉え方ではなかった、むしろはっきりとした実感を伴う見方だったと知って、驚いたしだいです。

    もう一点気になったのは、巻末の「解説」の中で、フランス文学者の桑原武夫が述べている言葉です。桑原は、「私はつねづね日本に政治史や政治学説史の研究は盛んだが、現実の政治評論は乏しいのではないかと思っていた」と語ります。しかし、このことはむしろ逆の方向から捉えるべきではないでしょうか。つまり、自分の立っている場所から同心円状に理解を広げていくような情緒的な政治評論ばかりが溢れていて、政治史を踏まえて他者の立ち位置から見えてくる風景を理解しようとする努力が十分におこなわれてこなかったのではないかと考えます。

    先のヴェトナム人の男性は、典型的な日本人が自分の立っている場所から同心円的に理解を広げていくことによっては捉えがたい、「他者」としてのヴェトナム人の生の声を語っているのではないかという気がします。

  • 戦争中のベトナムで書いた評論、随想の本。
    いつもながらの見事な司馬遼節でベトナム人の性格、傾向、その歴史などを分析している。

    一つ気をつけたいのが、良くも悪くも共産主義の実態やその終焉がまだ見えなかった時に書かれているということ。
    時代の空気というものが臨場感を持って伝わってくる良書だと思いました。

  • 現在のメコンデルタってどうなってるんでしょうか

  • 米軍が去った後のベトナムを司馬遼太郎が訪ね、ベトナムという国家、民族を題材にし、人間の集団というものについて思索している。司馬遼太郎の視野の広さや洞察の深さを今まで以上に知らされる本でした。もっと歴史を勉強しようと気にさせられます。

  • もう何十年前になるだろう。
    ベトナムのハノイ。
    駅前のドンロイホテル。
    私はおなかをこわして、ベッドでこの本(中古)を読んでいた。私の中のアジアがそのとき目覚めた気がする。
    その後帰国してからアジア関連の本を400冊以上読んだ。

    結果、いま韓国関連の本にいきつき、韓国語を学ぶまでになっている。
    そのきっかけになった本です。

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