日日雑記 (中公文庫)

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著者 : 武田百合子
  • 中央公論社 (1997年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122027961

日日雑記 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • 恋人が貸してくれたから、というのもあるのでしょうが、
    ・・・・・こんな女、好きになるに決まっているじゃないか!
    という勝手な嫉妬。
    こんな、魅力的な人は怖い。

  • ねばっこくない。見た物をそのまま言葉に書き取った文章。

  • 武田百合子さんのエッセイ。生前最後の著作。表紙写真は 娘の花さん。昔から 知ってる 友達のお母さんみたいな文章

    序文「いなくなった人たちに」で始まる。雑記のように見えて、生と死が どのエッセイにも盛り込まれている気がする

    映画、外食、人の観察が好きみたい

  • この著作でも、『遊覧日記』などと同じように、武田百合子さんの観察力がすみずみまで発揮されています。そして、その観察眼は、周りの人たちや事物のみならず、自分や娘にまで及んでいます。

    武田百合子さんの対象を見る視点はその細部を含めた切り取り方がとてもいいのですが、一方で、好きなもの、嫌いなものがはっきりしていて、好きなものへのあたたかさもじんわりと響いてきます。

  • さらりと読みやすい文章だと油断すると、あっという間に足元をとられ飲み込まれて流されてしまいそうになる。その感覚にぞくりとする。

  • 大切にとっておいた武田百合子の最後の本.また読み返せばいいのだけれど,これでもう,新しい本に出会うことはないと思うと,寂しいね.

  • 「ある日」で始まる日記。武田百合子最後の書籍。
    どこかに出掛けた話や食べたもの・見たものの話が多いが、
    身近な人たち(愛猫のタマを含む)に先立たれて残されてしまった寂しさが全体に漂う。

    娘の花との親子関係が対等な感じが素敵。

  • 作家によっては読者側の脳の働きがその本を読む専用の仕様にカスタマイズされていくような気持ちになるときがある。
    彼女の正月の話を目で追いながら、頭の中があれやこれや動いていく。そしていったんそうなってしまうと、ずるずると引き込まれていくのだ。
    彼女は武田泰淳の奥さんだが、この世界観というか空気はどちらかというと、川上弘美、さらにいえばそれに連なる内田百閒を思い起こさせる。
    ひょうひょうとした語り口と、悲しいことを書いていてもどこかユーモラスな視点。
    湯治場にいって、そこの常連に熱心に入っているから自分は長生きだと自慢されて、娘が後で母親に一日中風呂につかっているだけで過ごして長生きといっても何もできないじゃないかと指摘したり、仲良しアヒルの光景にほのぼのしてたら実は食べられる運命だと教えられたり。
    また、このアヒルが夜の池に浮かんでいる情景の描写がすばらしいから余計ブラックでおかしい。
    特に飼い猫の晩年と死についての描写はいい。
    もう動けなくなった猫の言葉もかわいらしく、消えゆく愛するものへのいとおしみがよく出ている。
    その猫が死に亡き泰淳と猫との思い出に泣きながらペット霊園にいって、焼き場のおっちゃんに尻尾の骨をほめてもらい、大事に飼っていたんだね、と言われる。
    そして猫の葬式代を友人の猫の葬式代と比較して、それが相場なんだろうと納得し、骨をほめてくれたことを思い出す。
    やはり、内田百閒ぽいなぁ。
    もっと読みたい。
    しかし、これは最後のエッセイでこれ以降は無い。
    残りは数冊、また脳みそを切り替える時間の余裕ができたときに少しずつ読みたい。

  • ある日。
    という書き出しで一日いちにちのことを綴っている。生活のあれこれを表しているのに、文章から受ける印象はとても客観的で視覚的。読んでいるとその場面が立ち現われるような思いがする。
    それは著者が感情をあまり交えずに書いているからだ。日記のような体裁だけれど、豊かで正直な喜怒哀楽が省かれた文章は淡白で、たとえば歴史上の誰かの人生をたどっているような、そんな読み物になっている。

  • ごく普通の毎日を綴ったエッセイですが、視点がいいなと思います。食べたものなんかも、特別なものではないはずなのにとてもおいしそうだと感じます。

  • 文章も視線も淡々とクールなのに、とても少し高めの体温を感じる。こんなふうに眺めて、こんなふうに日々を綴れるといいな、と思う。

  • 時間があったので一気に読んだが、
    だからなのか、あまり残らない。

    少し油断をすると、エッセイという事もあり、
    頭に入らず目で追うだけになってしまう。

    だけどここまでセンスのある文章は
    たまらない。映画をよく見る。

  • 冷静な視線と穏やかな口調。
    時々入る口の悪さにたまらなくドキドキする。

  • 晩年の作品とのことだが、それまでと変わらず、色々なモノを見、色々なモノを感じ、それらが淡々とした文章でかかれている。
    シンとしている文章。

    この人自身は、きっと情熱的で皮肉屋で自由で、そんな人なんだろうけれど(勝手な想像)、この人の書く物は乾いた砂のように湿り気がなくて静かだ。
    なんでだろう。

  • 平淡な言葉で日常を書き写していく、ただそれだけなのに凄い。

  • 「富士日記」はまだ読んでいない。
    とっておきにしてあって、まだ手をつけていないで楽しみにおいてある。
    先に読んだこの「日日雑記」は、武田百合子さんの最後のエッセイ集とのこと。
    この本の書籍版が刊行された1992年7月の、わずか10か月後に武田百合子さんは亡くなっています。

    もとの文章は雑誌の連載であって、最後の文章は1991年の4月だからもう少し前の時間ではあるけれど、そんな、人生の晩年を綴ったとは思えないほど、ここに登場する生活はいきいきとしていて、あまりにも普通なことに驚いてしまいます。

    それにしても、日常にこれほど「小事件」が起こるのは、その人の身の上が特殊だからなのか、とおもったりするけれど、やっぱり、どれだけのことがらを日常生活からすくい上げることができるのか、が境目なんだろうか。

    たまたま乗ったタクシーの運転手さんに身の上話をされて、目的地に着く頃には大泣きされて、なんて事件、自分には起きそうもない。
    やっぱり「小事件」は、人を選ぶのかな。

    水族館で水槽の中を泳ぐいきもの達を見て、自分ならば「あのイカ、おいしそう」とか「鯛ってきらきらきれいだなあ」ぐらいしか連想ができないのに、百合子さんは「飼うならこれだ」とか、「これは飼えない」とか、連れてくることを前提にチェックしているあたり、見学というものひとつとっても、人生の楽しみ方ってまだまだあるんだなあ、と思い知らされました。

    これだけ細かい「雑記」を読んでもしんどくないのは、感情がほとんど入り込んでこないから。
    だから淡々としている日常のように思えるけれど、そうでなければもっとぐったり疲れそう。

    そんなところが、武田百合子さんの日記を皆、好きだと思うところなのかな、と考えたりした。

    それにしても、お相撲さんの背中を見て、切り取ってカバンにして持ち歩きたい、だなんて。。。。もう、完敗です。

    これから相撲中継、そんな目で背中を品定めしちゃうよ~!

  • 「ある日。」そして改行から始まる武田百合子と娘Hの日々。この巻では富士日記の下巻に登場した猫の玉が19歳の長寿を全うする。『富士日記』の愛犬ポコの死の記述と違ってドライな文章。昭和天皇も文中で崩御するがこの記述もドライ。武田百合子の文章はドライというかダンディというか、目薬をさすように人、物、事を見渡し、記録していくところに魅力があるのだな、と、思う。大変な記憶力と再構成力だ。時々富士山麓にある山荘へ通い、夫の遺骨を分骨した京都へ出掛け、近所の代々木公園へ散歩、健康に食事をする、なんて素敵な日々でしょう。

  • いろんなことに向けられる目、そしてその描写が素晴らしい。
    武田百合子さんの言葉の選び方が大好きで、寝る前に読むと落ち着く。

  • ああ、心がぎゅっとする。こんな日記を書きたい。こんな風に生きたい。

  • 富士日記の中下より先にこちらを読んだら、「夫」も大岡さんも死んでしまい、ポコも出てこず、ひとりの人生を早回しで見てしまったようで寂しい。武田百合子さんのことだから、きっと管理人や外川さんもいて寂しくなかったのだろうと思いたいが、富士の山荘にひとりで登った気になって、やはり寂しい。読み終えると、「花子」になった気がして、とてつもなく寂しい。

  • 日記文学は好きな方だ。とりとめがなく、それでいて豊かさが溢れている。生活の豊かさである。富士日記を読む前に、どうしてだったか、たしかどこかで書評を読んだのか、とにかく日日雑記のほうを読みはじめた。ほとんどの日記が「ある日」と言う言葉からはじまって、それが延々並んでいる。各日の間隔も1行足らずで、読み進めていると、その日その日が目まぐるしく、すぐ次の「ある日」が始まるので、あ、もう次の日か、と思う。季節の言葉がたくさん出て来るのに、始まりはいつも「ある日」である。カバーの裏返したところに武田百合子の写真が載っていて、へえ、こんな顔してるのか、と思う。新宿が出て来ると、ああ、あそこか、と思う。読者に向けた説明らしい説明がなく、それでも数十日読むと、じわじわと浮かんでくる新しい日常が発見出来る。日常は繰り返しているからだと分かる。

  • ある日の出来事、印象に残ったこと。周囲の人々のこと。余計なものをそぎおとして書きとめられたあれこれからすけてみえる筆者の感覚がかっこいい、きもちいい。晩年の佐野洋子もそうだったけれど、よい日もそうでない日も、自らの老いをも淡々と受け入れ、自分の好みや感覚を誇らずさりとて卑下もせず率直で。

  • 天性の感性と、それを素直に言葉に綴る才能にため息がでる。
    読み進むくうちに作家に「百合子さん」と親しみを持っている自分に気がつく。日々起こる出来事に、どれだけの感情が動いているのかを改めて自分の心のうちに意識する。不思議なことに、全然似ていないのに自分の母親に会いたくなった。

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日日雑記 (中公文庫)の作品紹介

通信販売、水族館、美空ひばり公演、愛猫の死…世事万端に興味をもつ天性の無垢な芸術者が、身辺の出来事と折々の想いを、時には繊細な感性で、時には大胆な発想で、丹念につづった最後のエッセイ集。

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