富士日記 下巻 改版 (中公文庫 た 15-8)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (483ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122028739

作品紹介・あらすじ

夫武田泰淳の取材旅行に同行したり口述筆記をしたりする傍ら、特異の発想と感受と表現の絶妙なハーモニーをもって、日々の暮らしの中の生を鮮明に浮き彫りにし、森羅万象や世事万端を貫く洞察により事物の本質を衝く白眉の日記。

感想・レビュー・書評

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  • 下巻は昭和四十四年七月から昭和五十一年九月まで。

    「帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。」
    この日記がどう閉じられるかわかっているだけに切ない一文。
    やんちゃな仔猫のタマが新たに家族に加わるが、
    反比例するように夫・泰淳氏は衰弱していく。
    それに伴い日記も飛び気味になり、内容も簡素になっていく。

    富士日記はどの本にも似ていない不思議な魅力がある。
    無邪気ゆえに毒があって、でも従順で献身的。
    読んでいるうちにどんどん武田百合子が好きになってしまう。

  • 私たちの日常はものすごく単純だ。毎日毎日同じことを繰り返すばかりで、一体どこに向かっているのか、いつ終わりが来るのか…そんなことを考えていると、もうどうしようもなくなってくる。だけど、例えば最愛の人との暮らしをテーマにおいて人生を眺めてみると必ず起承転結のドラマが出来上がる。誰の人生だって、必ずドラマなのだ。ハッピーエンド、アンハッピーエンド…。とにかく生きてる奇跡がドラマになっていくのだ。

  • 夫・武田泰淳を見送るまでの数年。自分の切なさや悲しさを描くのではなく、淡々と夫の姿を見つめている、そこにこの人の強さと美しさがある。

  • 「忙しくてくたびれて」日記を付けられなかった二年間を経てふたたび丹念に綴られる最後の一年間。昭和四十四年七月から五十一年九月までの日記。
    最後の方は弱ってきているのがわかってちょっと苦しい。その事実を書かなくても百合子さんの文章から何か伝わるものがある。悲喜交々おかしみがあって芳醇な日々。こんな日記を書ける人になりたい。

  • 図書館で借りて途中まで読んだけど読み終わらないまま返却。あらためて借りたらメモしていたページがあわない。前回借りたのが新版(2018年発行)で、こちらは1997年発行の改版だった。どこがどう違うかわからないけれど最初から読み直す。

    『富士日記』は武田泰淳が亡くなったあと昭和51年7月から9月の日記を追悼号に寄稿したのが始まりらしいですが、その時期はいわば「最後の夏」であり、昭和46年10月に武田泰淳が倒れてからは体調を気づかいながら暮らしているようなところもあり、『富士日記』の中でも暗い雰囲気が漂う。それでも注目されたというのはやはり百合子さん独特の視点、ユニークさが光っていたんではと思います。

    四十雀が「蛙か、ソフィアローレンのような顔になる」とか、子犬が「ふなふなふなふな歩いて」いるとか、「女の下着のような藤色の空」とか、もう一文がすごい。

    2020年に上巻、2022年に中巻、2023年に下巻と3年かけて読了したわけですが、13年間くらいの日記なので13年ぐらいかけて読むのが理想的なのかもしれない。
    下巻の最後のほうは、武田さんの体調が悪くなっていくと同時に、もうすぐ読み終わってしまうと思うと読み進めるのが辛かったです。


    以下、引用。

    13
    ネズミの毒餌を皿に入れておいたら一粒もなくなっていた。そしてそれは一粒のこらず麦わら帽子のつばの上に移っていた。この前には大箱マッチの中に移っていたこともある。私にはネズミの気持が判らない。

    14
    私は夏になりかかるころから盛夏が好きだ。陽にあたっても、水を飲んでも、ごはんを食べても、息をしても、それらはみんな栄養になって体が吸いとってゆくような感じがする。

    新宿中央線のホーム階段下の通路は、新聞紙を敷いて腰をおろして待つ若い男女と家族連れで一杯だ。疎開中、焼跡に用事があり空襲下の東京に何度か出てきたことがあった。防空頭巾を背負い、水筒を肩から斜にかけ、罹災証明書と切符をしっかり持って、この新宿駅の通路に並んだことをひょっと思い出す。
    リュックを背負って待っているこれらの若い男女と、あまり変りはなかったようだ。

    20
    リスは自然食がイヤなのだ。生まれてからいままで仕方がないから自然食を食べていたのであって、やっぱり、黒パンより白パン、チーズ、ハンバーグの手をかけた洋食が食べたいのだ。

    22
    警察に行くと外川さんも悪いということで、罰金三千円、免許停止四十日間となった。四十日というのは何とも辛い。外川さんの家には消防署長の表彰状が沢山あるから、それを持っていってみせて、「マケてくれや」と頼むと、やっと二十日にしてやると言う。二十日でも仕事に車を使うので困ってしまう。「あと一枚表彰状を持ってくれば、もっとマケてくれるか」と言ったら、それはもうダメだと言われた。

    28
    黄色い嘴は、親鳥よりも大きく裂けていて、蛙か、ソフィア・ローレンのような顔になる。

    70
    はじめて疎開先へ出発する電車の中では元気のよかった学童たちが、だんだん衣服も粗末になり痩せほそってくるのがうつっている。あのころの日本人の表情、体格、動作、訓練風景など、ひところサイケという言葉が流行したが、サイケというのをことさらにわざわざやらなくたって、あのころは皆、サイケだった。

    76
    夕方のある時間。入り日は一瞬白熱光のように輝いたと思ったら、湧いてきた高原一帯の霧をオレンジに染めた。オレンジのもやの中にうっすらと林の影が漂うように浮いているだけ。夢を見ているようなふしぎな景色。「夕方はここらもコペンハーゲンのようになるわね」。主人は女言葉で私のそばにきて言う。

    84
    ゼンマイ仕掛のおもちゃのような小犬は、二匹ともピンクのリボンをつけて、門の前のごろごろした石の道へ出て、ふなふなふなふな歩いていた。

    97
    雨はやまずに夜も降り続く。雨量は少なく、屋根にぽとぽとと音がするくらい。ときどき、庭のバラスをふんで下りてくる人の足音のように聞える。人が死んだ知らせの電報を、下の村の郵便局から配達しにきたのではないかと、ふっと思ってしまう。

    108
    今日の演習を見ていると、仮想敵は日本人の暴徒、その暴徒は学生、ということをはっきり見せてくれたから、何だか怖い。

    122
    樹海の紅葉は、この分なら十一月のはじめまでは続きそうだ。きわだって美しく紅葉するので、いつも目印にして憶えている山の中腹の一本の樹や樹海の中の蔦は、今年もちゃんといつものところにある。何だか安心する。

    125
    門まで上ってきて、「早く帰ってこい。スピードを出すんじゃない」と、難しいことをいって見送ってくれた。

    126
    帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。

    131
    夕飯の支度をしておいてから門まで上ると、西の空は火事のように赤く、西の山々は黒い切り抜き絵のようだ。

    136
    「自分のネチョリンコンのときは見えないからいいけど、人のネチョリンコンはへんてこだものねえ。ポルノなんか平気で見てるのに、どうしてほんものは気持わるいのかしら」
    「他人の情熱はこっけいに見えるのさ」

    144
    陽は早々と大室山のあたりに沈むが、そのあと、真黒な連山のまわりの空は赤々と、次第に橙色、真鍮色と変りながら、ながいこと夕焼が続く。山は鉄かなんかで出来ているよう。空は陶板のよう。空も山もかちんかちんの景色。「百合子が怒っているような景色だ」。テラスから眺めていた主人言う。

    147
    今日は一日、降るともなくいつのまにか積ってゆく雪を、見るともなく見て暮した。何にもしないで。遠くをみているような頭の中の眼。

    166
    中央道の沿線は葉桜となった。新緑の芽は銀緑色、緑黄色、うすえんじ色、銀杯色。樹によって濃く淡く芽吹きの色がちがいながら、山や沢や丘を掩って汗ばむように煙っている。

    168
    「来年のことでしたら、このタンポポの方がたしかでございます。私の方はこの世にいないかもしれませんでございます」「では今年のうちにお礼しておきましょう」。

    184
    うす明るいうちから細い細い下弦の新月が西の中空に浮び、そのそばに大きな星が出た。その月も星も妙に赤味がかかって黄色い。回教徒の旗みたいだ。

    191
    吉田の洋品店、洋菓子店など、ハイカラな造りでハイカラな英語の名前の店の女店員は、ほかのハイカラでない店の女店員より、ずっと高慢で荒々しい態度だ。器量もいいからだろうが。

    204
    それが咲くときは、裳裾を長くひいた西洋貴婦人のようだと私は思っていた。「この山おだまきの株だけ名前をつけてやった。アンナカレニナ」。花の盛りのときに主人に言うと、主人は「ふん」といった風にして、見もしないし、感心もしなかった。

    209
    女の下着のような藤色の空。

    225
    燥ぐ(はしゃぐ)

    253
    外へ出てみると星が出ている。眼をいくらこすってみても、何度もそうしてみても、やっぱり星が一杯出ている。

    257
    嘘をついた人は残ることになると役人のような係の人がいったから私は「はい」といって残った。そしたら私と猫だけが残っていて、あとは皆乗ってしまった。私と猫二百匹位だけ残って船をぼんやり見ていた。

    283
    咲ききった桜は夜になると、庭のあちこちに大きなぼんぼりを灯しているようだった。「何故、そんなに咲くの? バカだねえ」と、そばに寄って桜に言ってやる。今年の桜も充分に見た。

    291
    雨が降るたびに、草はのび、葉や枝はひろがり、緑は深まってきて、時間が刻々過ぎ去ってゆく。毎年私は年をとって、死ぬときにびっくりするのだ、きっと。

    299
    隣りの食堂のテレビはテレビ体操をやっている。老夫婦は並んでぺたっと坐り、首をのばしてじいっと視入っている。晩ごはんのとき、その話をすると「テレビ体操はじっとみてるだけで自分も運動したようになるんだ。じっとみつめているとテレビで体操してる人と同じところに力が入ってくるわけだ。俺なんぞもよくみてるよ。みてるだけで体操したと同じになるんだ」と主人は言った。

    302
    タマはワグナーがかかったら外へとび出ていった。怒られているように思ったらしい。

    326
    かぼちゃの花をみると、灯りがついているような気がいつもする。

    朝ごはんのとき、西の原っぱに虹が低くゆるゆるとたつ。ごはんを食べながら見ている。「この景色、あすこからここまで全部あたしのもんだぞ」と言うと、主人は知らん顔をしていた。また始まったというような顔。

    371
    「生きているということが体には毒なんだからなあ」

    389
    管理所にプロパンガスを頼んだらすぐ持ってきた。神さまみたいに早かった。

    393
    私は「とうちゃん、あたしが死んだらお通夜のとき『ふるえて眠れ』をかけておくれ。いる人皆で合唱しておくれ」と、負けずに言った。

    397
    東京ははじめて真夏の空で、東京に居残るこの人たちは気のせいか、ぼんやりしてみえる。町を歩いている人も気が抜けたようにみえる。

    401
    吉田の町の民家の垣根に咲いているコスモスやひまわりや立ち葵は、去年と同じ場所に同じ花が咲いている。黒い傘をさして歩いているお婆さんや、真新しい夏の帽子をかぶった幼女など、去年と同じところにいるみたい。

    409
    台所の椅子に腰かけて、ドアを開けておいて、夕焼や花の様子を眺めたりしながら煮物をする、この、ゴットファーザーのような気分。

    424
    三時にタイヤキを食べるとき「タイヤキがこんなにうまいなんて知らなかった。何でも馬鹿にしたもんではない」と、私に訓示を垂れる。私は「生れてから、一度もタイヤキを馬鹿にしたことはない」と言う。

    428
    また来年ね、といって車を見送る。来年、変らずに元気でここに来ているだろうか。そのことは思わないで、毎日毎日暮すのだ。


  • 下巻では、間に中断期間を挟んで、昭和44年7月から51年9月までの日記が収められています。

    とくに後半に入ると、夫の武田泰淳の病状がしだいに悪化していることが日々の記録としてのこされており、その過程をゆっくりと下っていくのを現実の生活のなかで見つめつづけていた著者の記述に心を揺さぶられます。

  • 文学

  • 武田百合子 「 富士日記 」下巻に 全てが詰まっている良書。上中巻は 。日々の天候、献立、買い物、会話、出来事を綴った上品な日記だが、下巻は抒情詩のように 風景と心情を表現している。そのほか 出版経緯、日記を書かなかった期間や夫の死についての補記や あとがき、水上勉氏の解説を読むと 家族の幸せ記録だったことが よくわかる

    気になった言葉
    「一輪 狂い咲きのボケの花」「夜 満天の星」「濃いインク色の空」「品川あんか」「エログロ」


    「他人の情熱はこっけいに見える」
    「日光が照り渡ると安心する〜幸福を感じる」

    「一本の樹は 今年もちゃんといつものところにある。何だか安心する」
    「気の遠くなるまで拡がった濃紺の海と、絶壁の眼の下に砕けるソーダ水のような波の泡」
    「海と山と平地の色は真暗闇の同じ色で、町の灯りは星とつながっている」

  • 自身の心情、感性、主観に真っ向から向き合う潔さ、度胸を感じました。後半になるにつれ胸が苦しくなる最終巻。

  • 終わりが近づくにつれ胸がつまってくる。

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著者プロフィール

武田百合子
一九二五(大正一四)年、神奈川県横浜市生まれ。旧制高女卒業。五一年、作家の武田泰淳と結婚。取材旅行の運転や口述筆記など、夫の仕事を助けた。七七年、夫の没後に発表した『富士日記』により、田村俊子賞を、七九年、『犬が星見た――ロシア旅行』で、読売文学賞を受賞。他の作品に、『ことばの食卓』『遊覧日記』『日日雑記』『あの頃――単行本未収録エッセイ集』がある。九三(平成五)年死去。

「2023年 『日日雑記 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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