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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
吉本ばななをはじめて読んでみる。
大なり小なり女の人はこういうこと考えてるんだろうな、
なんて妙に納得。
何度も読み返したくなる物語です。
どうしてこんなにこの作品が好きなのか、自分でも説明できない。
ぎゅっと心をつかまれてしまいました。
ふとした時に思い出すあったかい言葉たちが埋め込まれてます。
私も彼とあまりに遠い遠距離で、お互い大好きだったまま別れた経験があります。読んでいて別れる日を指折り数えていたあの頃を思い出し、胸が張り裂けそうになりました。
この小説に出会えてよかったと心から思いました。
ものすごく久しぶりに吉本ばなな作品を読んだ。もしかして高校生ぶりかもしれない。高校生の頃は図書館にあったのを片っ端から読んでいた。思春期の心に、吉本ばななの言葉は気持ちよかった。
いま改めて向き合ってみると、頭の中の余計なものが邪魔をして、素直に読めなかったりした。実生活でもやもやとかかえているものを、吹き飛ばしはできなかった。
ただ、はっとする表現や文章にどきりとさせられる気持ちよさはやっぱりあった。
「もっともありふれたものともっとも通俗的なものでできている森があって、その豊かな土の中のほんの少し奥に、なにかみんなが知っているがうまく取り出せないものが、小骨のようにひっかかっているのだ」それを上手く取り出すのが絵をかくことだ、と続く。それは小説でも同じで、吉本ばななはそれを上手くできる人なんだなあと思う。いいなあ。
ハチみたいな人と付き合いたい。
ふわふわ、ゆるーく、生きているようでしっかり芯をもって、いろんなものをきちんと心底愛している人。
いや、自分がそうゆう人になりたいのかな。
お気に入りを2箇所抜粋。
「南の島にいるような贅沢なかんじだった。セックスもあるし、星空もあるし、果物もあるし、海にもでることができる。そういう感じだった。」
「月も星もハチの世界から見ると違った。今日の月も明日の月も同じだなんて絶対におもえなくなった。」
「
やっぱり私はよしもとばななの作品が好きなんだなあと再認識。
マオとハチが作り出す世界が美しすぎた。
そして、本の折込の細工にも感動。
大好きな一冊になりました。
やっぱり私は吉本ばななが好きになれないらしい。
なんでかな、入ってこないんです。
ストーリーも感情も、なんだか軽々しいものに思えてしまうのです。
だからイメージ出来ない、インドも東京副都心も二人のいたアパートも暑さも寒さも、そしてハチも。
例えばカミュの『異邦人』を読んだ時なんか、灼熱の太陽にジリジリ焼かれるイメージがしっかりあったのに。
でも、17歳の少女が語り手であるということを踏まえたら、これは適切な文章であり表現なのかもしれない。
溢れ出す感情や研ぎ澄まされた感覚、それを表現するにはあまりに幼い17歳という年齢。
そういうことなのかも知れない。
個人的には「おかあさん」がメインの小説を読んでみたいです。
主人公の不安定さが好き。他の人よりも引いた目で世の中を見ているようで、でも誰かのことを好きになったり嫌いになったりまだ幼くて柔らかい。
ハチと彼女は一心同体のようなのに、悲しみに暮れるタイミングがあわないのがリアルだなと思った。それを受け止めるのってたぶん本当はもっと難しい。
タイムリミットが、なくてはならない要素である関係。寂しいけど綺麗。
「なんか食う?」
「胸がいっぱいでとても。」
この会話がやさしくていとしいものに溢れていて好きだ。
出産した病院で、入院が長引いたときに、病院にやってきた
移動図書館で借りて読みました。
なんとなくタイトルに惹かれたのと、著者の作品に興味があった
から。
恋愛小説ですが、設定が普通の恋愛パターンと違っていて、
面白かったです。
この本について、アメブロでも書いています。
http://ameblo.jp/waremoko-tadoku/entry-10460512563.html
『サウスポイント』のあとがきで、
『ハチ公の最後の恋人』の後日談と知り、
再読に踏み切りました。
最初に読んだのは大学時代で、
あまり印象に残らないぼんやりした印象でしたが、
(特に学生時代は初期作品が大好きだったので……)
『サウスポイント』を読了した今、再読すると、
ぐいぐいと内容が体内に入り込んできました。
「あぁ、そういうことだったのか」
「そういうふうに人は横にも縦にもつながっていくのか」
なんと『ハチ公』を読んだことで、
『サウスポイント』の内容もさらに体内に吸収成功。
単品で読むよりも、セットで読むことで
ばなな女史の書きたいことが伝わってくるような気がします。
季節は夏。
読む時期もちょうどよかったかな。
吉本ばななの、恋愛の空気感が好きです。今作よりも『哀しい予感』や『キッチン』のほうが好きかもしれません。
大好きな人と嫌いになったわけじゃないのに、別れるというのは本当に辛い。そういう痛みが分からない人とは分かり合えない気がする。
吉本ばななの、感覚をそのまま文字に置き換えたような意味がほとんどない文章に憧れを抱いていた
けれどこの物語ではなぜかその文章が自己満足に見える
どこかで文章という媒体に意味を求めているからだろうか?
今までと変わらず感覚を文字にしているのだけど、文章として破綻している
「文章」という土台に「感覚」をのせるためには、「文字」にする際のルールにやはり従わなければならないのでは
文章に気をとられてストーリーを楽しむことができなかった
吉本ばななの小説は、デトックス。
一緒に朝日を拝んで、夜を迎えて、夜明けを待って。読んでいるうちにからだの老廃物とかが消えていくような気がする。
いまの人に見えないものが見えてる。ずっとずっと昔の人が見えてたものが見えてる。目で見てなくても見えてる。
非現実を書きつらねて重ねて、そうして最後の一文ですごくリアルな石を置いていく、そのバランス感覚に心底惚れる。
とぎれとぎれに読んだから後半間延びした印象になってしまったけれど、終わり方がとても素敵。

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