季節の記憶 (中公文庫)

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著者 : 保坂和志
  • 中央公論新社 (1999年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122034976

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季節の記憶 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • 保坂和志さんの小説ははじめて読むのだけれど、独特な文体と、細やかな描写と、思索的な登場人物とか、全部が好みで最初から最後まで楽しめて、ところで何も起こらない。特別な出来事を強いて言えば、主メンバー4人以外の人物、つまりナッちゃん親子とかエビノキさんとか、二階堂君とか、杏子さん等等の登場で、あとは日課の散歩に出かけたり、思索的な会話だったり、そんな感じで物語は進んでいく。

    退屈と感じるか否か、二極端にわかれると思うけど、私は後者。こういう、何も特別なことが起こらないような、物語の目的というか、起承転結というか、そういうものがはっきりとしていないふわ〜ふわ〜した感じ。日常のある数日をぴゅっと摘みとったような小説が、すきなんだな〜と思った。

    (文体は真似てみようと思ったけど、なかなか難しい。)

  • 一見すると何気ない日常の話のようだけど、世界や人を観察する冷静な視点にハッとさせられる。
    独特の文体は慣れればテンポが心地よく、キャラの濃い登場人物と合わさって、すらすらと気持よく読む事ができる。
    しかし時に読む速度を落として、主人公の周りの景色や音、思い出している過去や、思いを馳せている時間をじっくり想像する事がこの本を楽しむポイントだと思う。
    忘れた頃に読みなおすとその度に新たな発見がある小説。

  • この小説には、僕がいいなあーと思う人々の会話があり、思考のプロセスの記述がある。

    例えば、ある物事を見たり考えるときに、「Aかもしれないし、Bかもしれないし、でも本当のところはわからない」とか平気で言ったりする。でも、これって僕らの日常でよくあること。全てをはっきりさせないというか、はっきりできないものがあるというか、客観的にしまいこめようとすると実はしまえなくって、そこにある種の寛容を見出したりする。

    「なぜこうなっているのだろう」、とか「あなたの考え方っていつもそう・・・」といった会話の中で、お互いの理解を深めたり、そして自分への理解を深めたりする。ちょっと理屈っぽくもあるが、そんな時間を過ごすのも良いだろう。

    この小説はおおよそそういう会話で成り立っている。逆に、それ以外のストーリーはあまりないと言ってもいいくらい。大事件が起きる訳でもなく、・・・でも日常の中での考えが綴られていく・・・。

    言葉について面白いことが書いてあった。「言語の機能とは何かといえば抽象化とか象徴化とかのことで・・・」「だから文字をもった人間は次々に抽象と抽象を結び合わせて膨大の情報を処理して保存していくわけで、そうして文字によって強化された言語の脳はとても強くなって、他の視覚、聴覚、嗅覚、触覚なんかの生の感覚を抑圧する」(以上、抜粋)などとある。

    僕は、「人は言語を上手く使わないとコミュニケーションできない」と思っているけれど、人が五感を通じて得た感情を口に出すことの重要さ、も同時に考えてみた。確かに動物などに比べたら、人の五感って鈍いことが多いのだろうけど、一方で、抽象でも何でも「人に伝えたい」と思う気持ちから五感を働かせたりするのではないか。そして、五感だけでなく、考えを巡らすことができるのも人間だ。

    詳しくは僕のブログ:http://d.hatena.ne.jp/ninja_hattorikun/20071117/1256349229

  • この話には、猫は登場しない。なのに、なんでカテゴリーが猫なのかっていうと、保坂さんの小説には、猫が登場してもしなくても、首をかしげながら、きょとん?とみつめてる猫の眼差しの存在を、勝手に感じるから。

  • 約10年振りに再読。初見ほど夢中にならなかったのは、スマホ依存が加速してるかな。でも相変わらず、この生活がうらやましい

  • くいちゃんはとても自然に育てられていて、こういう記憶を重ねてくいちゃんは大人になっていく。

  • もし「本当の小説」という理想みたいなものがあるなら、この小説はそれに近いものの一つだ。

  • 妻と離婚し鎌倉に移り住んだ「僕」とその子クイちゃん、そしてご近所さんの美紗ちゃんと兄であり育ての親である松井さんたちとの交流、そして秋から冬に移ろっていく鎌倉の山や海といった風景が淡々と描かれる。

    ちょっと一度読んだきりじゃわからんですね。とはいえ保坂和志の小説はいまいちピンと来ないから機会はないかもしれない……。

    〈僕が仕事をはじめるとさっき昼寝についたはずの息子がニンジャの格好で部屋に入ってきて、
    「ねえ、パパ、時間って、どういうの?」
    と言ったのだが〉

    という出だしから、「これはいける」と思ったんだけど、夜の短い時間にちょっとずつ読んでいき一週間かかってしまうと、出だしの「キラキラ」したものがどこかで抜け落ちてしまったという感じがする。

    息子がニンジャの格好して入ってくるなんて、結構シュールって思うんだけど、この作者は超現実的なものって嫌うよね。いや、ニンジャの格好をしているのは息子が「ミュータントタートルズ」にハマっているからで、そういう現実と地続きっていうことでは本来の意味で「超現実」(シュールレアリスム)っていうことになるのかな?何かでもちょっとねー。

    小説だから主人公や語り手が理想的である必要はもちろんないけれど、やはり「僕」という語り手の価値観に疑問を抱くとなんとなく居心地が悪くなる。
    「僕」も松井さんも没我を主張するけど、言うてもかなり我が強いと思う。美紗ちゃんがふたりは「特別」という言葉にすごくこだわるって言うくだりは気分がいいし、そこで小説の登場人物の相対化が行われている。

    美紗ちゃんのこの言葉に対して〈僕はうまく答えられずに笑ってごまかした〉とある。
    僕のあやふやな記憶では、この「僕」は「まあそうかもなあ」とか適当な相槌を打ったと思っていた。そういうことは実際描かれていないけど、この「僕」はその後で否定も肯定もせずだいたいこんな感想をもらすだろうと思う。

    たぶんここの部分に「僕」にとって言葉に還元しえない
    ものが含まれていて、それをあっさり〈笑ってごまかし〉ているんだけど……まあそういうものかもしれない。

    あと引っかかるのは、クイちゃんが「僕」に「アリのアリはいる?」と質問する箇所。
    例えば言葉を教えないというシュナイダー教育のような「僕」の考えには共感できる。
    でも「アリのアリはいるか」という質問に、おとぎ話ではなくあくまで事実でいくという姿勢には妙な圧迫感を覚えるのだ。

    「僕」は科学を信奉する人間だ。
    僕はアリのアリがいても、なんならアリのサイズの人間がいても別にいいんじゃないかと思う。地球で発見されていないだけで、火星にはいるかもしれないと思う。いや……でもそんなことはあり得ないのか。
    これは単に「僕は勉強ができない」ってだけの話なのかもしれない。

  • 何の展開もないまま、ダラダラと話が続く
    私小説的なお話。
    どこがいいのかサッパリ分からん。

  • 保坂和志「季節の記憶」http://www.chuko.co.jp/bunko/1999/09/203497.html … も読んだ。よかった。2回読んだ。成熟した者同士の人間関係とスーパー個人主義。うらやましい。文字や文章の力を否定するエピソードがここにも出てくる。文字が唯一のツールである小説家なのに面白い人だなあ(つづく

    平易な文章で淡々と日常を描きつつ全体に思想といくつかの世界観が漂っている。禅問答のようなやりとりがあり、精神世界と物質世界の交差があり。わたしに小説を読む愉しみを味わわせてくれる貴重な作家。この本で気付いたけどこの人の文章には比喩がない。だから読んでいて苛々しないんだな(おわり

  • 保坂和志「季節の記憶」http://www.chuko.co.jp/bunko/1999/09/203497.html … も読んだ。よかった。2回読んだ。成熟した者同士の人間関係とスーパー個人主義。うらやましい。文字や文章の力を否定するエピソードがここにも出てくる。文字が唯一のツールである小説家なのに面白い人だなあ(つづく

    平易な文章で淡々と日常を描きつつ全体に思想といくつかの世界観が漂っている。禅問答のようなやりとりがあり、精神世界と物質世界の交差があり。わたしに小説を読む愉しみを味わわせてくれる貴重な作家。この本で気付いたけどこの人の文章には比喩がない。だから読んでいて苛々しないんだな(おわり

  • 毎日毎日、同じようなことが繰り返されていく。
    でもその一日一日のささいな出来事がちょっとずつ繋がっていたり、何人かの別の会話が自分の中でつながったり、
    そうやってどんどん面白くなって一気に読んで、読み終わってもまだ色々考え続けてしまってる。たのしかった!

  • 初めて読むこの筆者の本。
    何か起こるのかと想像しながら読み進めたが、途中から何も起こらない事に気付いた。
    それからは、とても穏やかに息子のクイちゃんに寄り添う様に読んでいたら、想像通りさくっと終わってしまって、読了後少し寂しくなった。
    続編でまた会えるのが楽しみ。

  • 『プレーンソング』を読んで、この作者の本とは気が合いそうだと思い読みはじめた二冊目。
    冒頭の息子の質問に対する向き合い方から掴まれ、読みすすめるのがすぐに楽しみになった。
    『プレーンソング』がほとんど穏やかで批判的な態度もあまりなかったのに対して、『季節の記憶』では、こういうことが嫌いとか、自分とはどう合わないか、という主張や分析があって、またそれに共感でき、安心する。ナッちゃんという人に対して結構批判的で、どこがどう合わないかってことをしっかり細かく説明しているわけでもなくて、いくつかの具体例が挙げられてるだけなんだけど、その根底にあるものが共有できた気持ちがして、主人公達と同じ視点に立ってこういう違和感を共有できることが嬉しかった。日常生活の人間関係の間ではそういった感性の共有ができるけど、小説でもそういう共有ができるのかと感動した。
    とにかく次から次に面白くて全然飽きない。この面白さをなんと言ったらいいかわからず、では裏表紙の紹介文はなんて書いてあるのかと思って読んだら、その面白さは説明されておらず、でもこの小説を説明するとしたらこの紹介文しかないような気もした。

  • 鎌倉に住む<僕>と息子の<クイちゃん>、そして便利屋をしている<松井さん>と<美紗ちゃん>兄妹。
    この4人の日々のちょっとした物語です。

    クイちゃんの質問は簡潔で、難問です。

    「時計は誰も見ていないときにも動いてる?」
    「紙をずうっとずうっと半分に切っていくとどう、なるの?」

    しかも、実際に切って見せた紙を前に、さらにこんな質問をされると、質問者クイちゃんの大物ぶりに脱帽です。

    「アリ(蟻)はもっと切る?」

    クイちゃんは幼稚園には通っておらず、字も書けません。
    同い年で幼稚園に通う女の子にそれを指摘され、クイちゃんが字に興味をもつという"事件"が起きました。

    この事件で、<僕>と<松井さん>を中心にちょとした論戦になります。考え方やものの見方を整理する対話です。

    なんてことないストーリーに深い味わい。
    実際に問われたら、言葉につまり、ゼロから考え始めなければならない深さです。

  • 初めての保坂小説。

     クイちゃんを中心にして、彼に関わる大人達がみんな魅力的。それだけでこの小説には「幸福」がある。
     5歳という年齢の子供が、何を感じ、何を考え、何を願い、何を求めるのか、ということを日常の一コマ一コマから丁寧に描き出していく。もちろん文章は、「大人側からの洞察」をもとに書かれていくのだが、みんなが子供の視点に立ってものを考えているため、クイちゃんが理解できるような「わかりやすい言葉」を紡ごうとする優しさが溢れているのだ。そしてゆっくりと進む季節の流れは、そのまま子供の成長する流れとなって描かれていく。

     途中、主人公の中野は松井さん兄妹をはじめ、多くの友人達といろいろな話題で議論を重ねるのだが、特に印象に残ったのが次の2つ。

     1つは、時間の意識を持っているのは人間だけで、言語が時間の次元を人間の中に作り出した、それこそが人間の内面なんだっていう話。「時間」の持つ2つの側面(生理的時間と心理的時間)は、神経科学のトピックスでもあるし、平野啓一郎の新作「Re: 依田氏からの依頼」でも主題となっていた。
     もう1つは、「言葉にならない気持ち」ではなくて、気持ちよりも先に言葉があるんだっていうこと。その、言葉から漏れる感じが「十一月」とか「木の芽どき」とか、「風立ちぬ」とかの「季節の間のズレ」なんだっていう話。こういう「言葉から漏れるもの」って不思議な癒しや快感を与えてくれるたりするんだ。松田聖子や山口百恵が歌ってたのも、そういう言葉から漏れるものだと思う。
     
     この小説は、子育て中だったり、これから父になり母になる、すべての大人に読んで欲しいと思った。豊かな生活こそが幸福なんだ。幸いにも子供と関わる仕事をできている自分の心にも沁みた。

  • ダラーっと続いて行くのでスピードが乗らず何度も中断してしまい読むのに時間を要した。初めてこういう何事もない本に出会った。次に読んだ時は何か違うかもしれない。年齢が必要か?(2013.4)

  • この作品に出てくる登場人物たちが本当に素敵で大好きです。主人公の中野さんに息子のくいちゃん、お隣の松井さん兄妹、散歩に行く途中に出会う鳥のおじさん・・・。
    こんな風に時間をじっくり積み重ねていきたい。

  • 保坂作品の特徴は思考すること。
    寝転がって読んでいたら、登場人物の思考に感動して思い切り飛び起きた。

  • のんびりとした気分になれる小説。
    本当になんにも起きない。主要な登場人物は程度の差こそあれ、浮き世離れしていて、そういう人たちが人間のあれこれをつらつらと考えたり語ったり。なんつーか、竹林の七賢みたいな感じ?
    世俗的でないだけにとっつきづらいところもあるけど、それゆえに独特の浮遊感を味わえる。新鮮なものの見方も興味深い。
    文章は冗長な感じで慣れるのがちょいと難か。

  • ほんっとうに何も起こらない話。
    なぜ文庫にまでなっているのか不思議。

    ただ、確かに何も起こらないのに読むのは苦痛ではない、という感じだった。
    読み終わるまでに相当時間はかかりましたが。

    こんな生活をするのはいいのかもな、という。

  • クイちゃんのような男の子を育ててみたいなあと思わせる。
    鎌倉が舞台で、ゆるやかで。

    ”散歩”が好きじゃない人には、退屈だと感じてしまうのかもしれないけど、”猫”の出番も少なく、保坂和志の本の中ではこれが一番好きだな。

  • ほとほとと日常が歩いていく。

  • 初めて読んだ保坂さんの小説。
    この本は、自分が国内を一人旅でふらふらしていた時にたまたま立ち寄った京都の古書店で購入したもの。古書店の店主さんに「旅先で読むのにオススメな本はありますか?」と尋ねて薦めてもらった一冊です。店主さん、素晴らしいチョイスでした。
    鎌倉を舞台に、一風変わった親子とその近所に住む一風変わった兄妹の交流が描かれる。
    主人公の中野と息子のクイちゃんの関係は微笑ましい。まだ幼く、何事にも興味を持つ息子と、その興味を肯定し疑問に真摯に答え続ける父親。文にしてしまえばそれだけなのだけれど、そのやり取りは温かく、優しい。
    そして近所に住む兄妹。賢く屁理屈の得意な兄も、気遣い上手でカラッとした妹も、どちらもが自分なりの軸を持ち、きちんと現実を生きている。
    この兄妹と主人公の三人で行われる、様々な話題への考察が最高にいい。何がいいって、答えがないところ。答えのない議論の先にあるのは、一つの真理だと思う。
    何かが起こるわけじゃなくて、のんびりとした時間が流れるだけ。ただそれだけなのに、こんなにも面白い物語が紡がれるのかと、驚嘆し感動しました。
    続編があるらしいので、読みたい。またこの四人に会えると思うだけで、心が温かくなる。
    何度も読み返したいと思える小説に久しぶりに出会えました。

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