流離の海―私本平家物語 (中公文庫)

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著者 : 澤田ふじ子
  • 中央公論新社 (2000年8月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (642ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122036949

流離の海―私本平家物語 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  •  俊寛の侍童・有王を主人公に、俊寛やその娘、悲田院の人々との関わりを軸に、末法の世に生きる者たちの姿を描いた歴史小説。
     地文に作者の顔や時代が覗く史伝形式で、種々の文献を踏まえたであろう、重厚で細緻な筆致は格調高い。
     しかし、平家物語に痕跡はあっても名の知られぬヒロインを採り上げるなど試みの面は良いと思うが、全般的に人物評価に偏りが見られるのが気に掛かる。
     主人公(とその周辺)をひたすら持ち上げる一方で、平清盛批判一辺倒が鼻につき、脇役とはいえ、限られた角度でしか人間を捉えようとしない書き様が、惜しいことこの上ない。
     重源像の描写については慎重を期しながら、清盛像に関しては頑迷なステレオタイプから全く脱していない辺り、考察における比重の不均衡さは否めない。
     小松家、特に平維盛に好意的にスポットを当てようとする下りはまだしも、肝心な人間性の魅力が描き切れていないため、却って(益々)彼の株を下げる結果にもなってしまっている。
     また、平家に敵対する側にこそ真善美があるとでもいうような位置づけや、政争に敗れた者たちへの憐憫をむやみに誘おうとする流れは、宗教的見解よりも、寧ろ物書きのあざとさが窺えて、居心地の悪さを掻き立てる。
     いわゆる歴史小説の書き方には、史実上の人物の一部に肩入れし過ぎず、彼らの功罪を等しく客観的に洞察し、中庸的な見地に立とうする場合と、逆に、特定の人物への肯否に固執し、柔軟な視点が疎かになる場合とに大別される。
     かの「新平家物語」ですらその例に漏れず、この作品もまた、どちらかと言えば後者の方に属すると見なさざるを得ない。

  •  平家物語を庶民の姿や生活を通して描いた作品。悲田院で育った有王が、平家転覆のかどで島流しあった主人の帰りを待つところから物語ははじまる。主人の娘のかぐやは心労のため眼をわずらい、お付の乳母にも逃げられ、最後には淡い恋心を抱く有王だけが彼女の支えとなる。有王は身分の違いから本心は打ち明けられず、それでも健気にかぐやに尽くす。一途に彼女を思う気持ちは伝わり、二人の思いは通じ合うのか。平安時代のラブストーリーとして読み始める。

     物語の背景は源平合戦で世の中が乱れる中、当時の人々の生活が偲ばれる、武士の政権争いの巻き添えをくう庶民は悲劇的だ。今で言えば政権交代時の有様なのか。まだ現代は民主的に事が運ぶため戦にはならないだけましだと思う。いつの時代も庶民の生活は置いてけぼりであることは否めない。

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流離の海―私本平家物語 (中公文庫)の作品紹介

俊寛の娘でありながら、乳母の裏切りにあい悲田院に身を寄せるようになったかぐやは、やがて従者だった有王の思いを受け入れる…。絶望の果てに希望は見えるのか。源平合戦の乱世に翻弄されながら、苛酷な「人の世の海」を泳いでゆく人々の姿を、圧倒的な筆で描いた、著者の代表作といえる一巻。

流離の海―私本平家物語 (中公文庫)はこんな本です

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