毒にも薬にもなる話 (中公文庫)

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著者 : 養老孟司
  • 中央公論新社 (2000年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122037496

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毒にも薬にもなる話 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • 養老孟司氏がさまざまなところで発表したエッセイをまとめた本です。

    中国、都市、学問、歴史、死など、テーマは多岐にわたっていますが、養老氏の根本的な主張は一貫しています。それを自分なりにまとめてみると、各人はそれぞれの考え方に従って現実を理解しており、その考え方に入ってこないものは理解できない、ということになるかと思います。だから、専門家にとっての現実はそれぞれ違う、ということになるのでしょう。

    さらに乱暴にまとめてしまうと、私たちは経験の中に筋道を通すことができれば理解することができる、筋道が通らないものは理解できない、ということになるのではないでしょうか。理解できるものとはそれぞれの「学問」であり、理解できないものとは「自然」あるいは「現実」です。そして、都市ではすべてが理解できるようなものとして設計されているので、都市化に住む現代人は死の問題にどう対処してよいのか分からなくなっていると養老氏は述べています。

    内田樹氏の「構造」は、これとほぼ同じことが考えられているのではないかという気がします。ただし内田氏の議論が、構造から他者論へと進んでいくのに対して、養老氏は徹底して実在論的な立場に立ちます。つまり、私たちの「構造」は「脳」であり、「意識」はその「機能」だと主張しています。もちろんこれは、素朴な自然科学的還元主義ではありません。私たちの理解は脳が作り出しているからこそ、私たちに理解できることは理解できるし、理解できないことは理解できない、という「唯脳論」が、養老氏の立場だということができるように思います。

    本書の後半で展開される「臨床諸学」の試みは、まさにそうした主張になっています。つまり、素朴な自然科学的還元主義は、人間の意識を脳の機能だと考えますが、そのように考える本人の脳を対象にすることはないと養老氏は指摘します。そこに、脳の理解を脳によって説明する「臨床諸学」が提唱されなければならない理由があります。

  • 「毒にも薬にもなる話」3

    著者 養老孟司
    出版 中央公論社

    p45より引用
    “しかし都市が都市のみで立ちはしないことは、
    それこそ鴨長明だって知っていたのである。”

    解剖学者である著者による、
    世界の出来事を独自の視点で分析した時評等をまとめた一冊。
    いじめの問題から未来についてまで、
    解剖学者らしく一つ一つ細かく分析・解説しておられます。

    上記の引用は、
    田舎は消えたと題する章の中の一文。
    今の状況を見ていると、
    身につまされる思いがします。
    今までの日常がいかに周囲の人たちに支えられているか、
    世界は持ちつ持たれつなんだなぁと改めて思います。
    その他の同著者の作品と比べて、
    文章が少し硬く感じられ読むのに疲れを感じました。
    特に後半の著者が提唱する臨床諸学の章は、
    論文みたいになっているので、
    より好みが分かれるのではないでしょうか。

    ーーーーー

  • 前半2章は社会時評。後半2章は「唯脳論」の敷衍になっている。社会時評は、出来事そのものは十数年前のことになってしまったが、述べられている意見はまだ古びていない。後半の「型を喪失した日本人」「臨床緒学の提唱」は必読。臨床と云っても患者が対象なのではなく、諸々の学問が対象になっている。歴史学を臨床的に扱うのが「臨床歴史学」になる。

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