残響 (中公文庫 ほ 12-4)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122039278

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  • なんか理屈っぽくってダラダラした感じが肌に合わなかった。

  • 時間の同時性について考えると
    ぼくは胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

     無機質に水道水の流れる音しか響かない部屋で
     ぼくはもう15分ものあいだ洗い物をしている。
     「そんなの5分もかからないよ、CMの間に終わっちゃうわ」
     そう言う会社の同僚は、生活感のないスマートな顔立ちを
     しているよなって、その輪郭を思い出していた。

     その時彼女は、Bill EvansのWhen I Fall In Loveが
     しっとりと鳴り響く御茶ノ水のbarの片隅で
     ほとんど中身が減らないグラスを退屈そうにいじりながら、
     「一番好きなカクテルはウォッカトニックだよ。
      酒と女の子だけ、シンプルで透明にお付き合いしたいんだ」
     などと気障な台詞を吐いていたのは、たしか夏に退社した
     二つ上の先輩だっけって、彼の唇をいじる癖を真似していた。

     その時二つ上の先輩だった彼は、
     今の会社における自分より社歴の長い部下の取り扱いについて
     熱いシャワーを浴びながら一通り考えていた。
     結局まとまらないままタオルで体や髪を拭いていて、
     既に缶ビールを片手にテレビのスイッチを入れていた。
     よく見かけるタレントが確定申告についてアピールしていて、
     そういえば、前の会社の退職手続きの時に
     「再就職しない場合、確定申告で税金が戻る場合があります」
     なんて人事の人間が偉そうに言っていたことを
     ほんの一瞬だけ、機械的に思い出していた。

     その時人事の人間は、ようやく終わった洗い物の一つに
     再び熱いコーヒーを注ぎ、一息入れようとパソコンの前で
     internetに接続する手続きをとろうとしている。
     知らない誰かが息づくこの世界で、自分を吐き出し
     現実逃避するのも悪くないなんて考えていた。

    ・・・決して交わり染まらない思考が水平的に折り重なる。
    どこかの時間軸のどこか一瞬間を起点として、
    もしぼくらが繋がるのであれば、それは何かの証なんだろか。
    不思議な感覚である。想いを馳せるという行為は、
    ちょっとぐらいは幸せにしてくれるような気もする。
    だけど、やはり切ない。切なさに圧倒される。
    違う空、違う街、違う言葉、違う習慣・・同じ時。
    あの子は何をしているのだろうか・・

著者プロフィール

1956年、山梨県に生まれる。小説家。早稲田大学政経学部卒業。1990年『プレーンソング』でデビュー。1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の閾(いき)』で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2018年『ハレルヤ』所収の「こことよそ」で川端康成文学賞を受賞。主な著書に、『生きる歓び』『カンバセイション・ピース』『書きあぐねている人のための小説入門』『小説の自由』『小説の誕生』ほか。

「2022年 『DEATHか裸(ら)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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