新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

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制作 : Machiavelli  池田 廉 
  • 中央公論新社 (2002年4月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122040120

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)の感想・レビュー・書評

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  • 『君主論』が書かれたのは16世紀のイタリアである。この時代のイタリアには統一された国民国家というものが存在せず、都市国家がそれぞれ君主を擁き、領土の奪い合いをしていた。また、隣国のドイツ、フランス、スペインなどもイタリア都市国家に対する領土的野心を隠していなかった。その中で国家を統治する君主は、国内を統治するとともに外敵からその領土を守らなければならない状況に置かれていたと言える。『君主論』の著者マキャベリは、フィレンツェの書記官としての経験から、この時代の君主が持つべき資質や行動について、自らが師事しようとする君主に対して売り込みを目的としてまとめたものである。

    『君主論』は、群雄割拠のイタリアの君主として国を治めるにあたっては、権謀詐術を用いて、臣下や民衆に恐れられる存在となるべきであると説く。そこで描かれる君主像は「恐れられるリーダー」と言える。誠実であるよりも、奸計を張り巡らせ、結果として裏切りなどを行ったとしても、成果によってはそれもよしとするものである。典型的には次のような箇所にその思想はあらわれている。

    「愛されるより恐れられるほうが、はるかに安全である。…人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである。その理由は、人間はもともと邪なものであるから、ただ恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害のからむ機械がやってくれば、たちまち断ち切ってしまう。ところが、恐れている人については、処刑の恐怖がつきまとうから、あなたは見離されることがない。… 君主は、たとえ愛されていなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」

    これは弱肉強食の世界において有効なものと言えるかもしれない。有名な「狐とライオン」の譬えがマキャベリの理想とする君主像を表している。狐のように頭を使い奸計を巡らしたり危機をうまくはぐらかしたりする一方で、ときにはライオンのように力強く武力や権力をもって相手をねじ伏せることが必要だとする。

    「名君は、信義を守るのが自分に不利をまねくとき、あるいは、約束したときの動機が、すでになくなったときは、信義を守れるものではないし、守るべきものでもない」とマキャベリが書くとき、明らかに『武士道』で優先されているような騎士の倫理よりも実利を上に置いている。倫理が実利につながる場合においてのみそれは守られるべきものであるとして、明確に現実と道徳との上下関係が存在している。それは次の言葉でも繰り返される - 「りっぱな気質をそなえていて、後生大事に守っていくというのは有害だ。そなえているように思わせること、それが有益なのだ、と。たとえば慈悲深いだとか、信義に厚いとか、人情味があるとか、裏表がないとか敬虔だとか、そう思わせなければならない」

    「君主にとって、信義を守り奸計を弄せず、公明正大に生きるのがどれほど称賛されるのかは、誰もが知っている。だが、現代の経験の教えるところでは、信義などほとんど気にかけず、奸計をめぐらして、人々の頭を混乱させた君主のほうが、むしろ大きな事業(戦争)をやりとげている」とマキャベリが書くとき、世間においては『武士道』のようなフェアであることが大切だとする考え方が確固としてあることを知りながらも、あえてそれが現実的にはマイナスであるというのである。「武士に二言はない」として、それを至高とする考え方とは正反対である。「ほかの誰かをえらくする原因をこしらえる人は、自滅する」とまで言うと、それはやはり一度の失敗が取返しのつかないこととなる当時のイタリア都市国家の権力の世界の話であり、現代社会の中ではやはり苛烈な部分を含むように感じてしまうのだろう。

    これを単純化してとらえると、『武士道』が性善説に立つのに対して、『君主論』が性悪説に立っているのだと言える。「ほかの誰かをえらくする原因をこしらえる人は、自滅するということだ」や「だまそうと思う人にとって、だまされる人間はざらに見つかる」という『君主論』にある言葉は、『君主論』が性悪説に立っていることの証左でもある。君主が「性悪」であることを積極的に肯定さえしている。君主の目的は、国と政権の維持であり、それがすべてに優先される。

    「君主は戦いに勝ち、そしてひたすら国を維持してほしい。そうすれば、彼のとった手段は、つねにりっぱと評価され、だれからもほめそやされる。大衆はつねに、外見だけを見て、また出来事の結果によって、判断してしまうものだ。しかも、世の中にいるのは大衆ばかりだ。大多数の人が拠りどころをもってしまえば、少数の者がそこに割り込む余地はない」

    「国」を「企業」に、「君主」を「経営者」に変えると『君主論』が説くところは現代においても当てはめて考えられるところが多い。冷酷さと決断力は必要であるが、一方で仲間や部下や社員に畏敬を受けて管理するのかはいつのときにも重要な課題である。また、君主が変わった後の統治に関しては、M&A後のPMI(Post Merger Integration)に関する助言と取ることができるだろう。「征服者はとうぜんやるべき加害行為を決然としてやることで、しかもしのすべてを一気呵成におこない、日々それを蒸し返さないことだ。...要するに加害行為は、一気にやってしまわなくてはいけない。...これに引きかえ、恩恵は、よりよく人に味わってもらうように、小出しにやらなくてはいけない」というのは、ひどいけれどもひとつの真実を含んでいる。また、兵力を傭兵で賄うのか、自国で兵士を育成するのかという議論に関しては、競争相手と戦うためのリソースのアウトソースをどこまでとし、どのように管理するのかという重要な議論にもつながってくる。

    マキャベリズムの問題として、よく引き合いに出されるのは、恐怖政治を肯定する部分である。具体的な例では、「一つの悪徳を行使しなくては、政権の存亡にかかわる容易ならざるばあいには、悪徳の評判など、かまわず受けるがよい」というような言葉である。冷酷さが、結果を伴うのであれば、それはリーダーとして当然の行動であるというものだ。平時と有事というものがあるのであれば、マキャベリズムは有事の際のリーダーシップのあり方であるとも言えるのかもしれない。それは一種の覚悟の形式なのかとも思えた。

    この歳まで古典として認識しているがゆえにおそらく読むことがなかった『君主論』だが、いったん読んでみると問題意識は意外に現代と共通するところも多い。一方で、もはやこの考え方を直接的に取ることは個人的にも世間的にもつらいことのように思える。それでも、そのエッセンスは人間の一面の真実を捉えたものであるとして認識をしておくべきことのように思える。もしもワンタイムのゲームのプレイヤであるならば、マキャベリの説く行動指針は合理的であるとも思うのだ。狐とライオンではないが、羊ばかりでは何も動きはしないのだから。



    ※マキャベリが理想の君主像ともみなしたチェザーレ・ボルジアが病に倒れて早世したり、メディチ家の勃興などが君主論の背景にはある。今まで、この頃の欧州については全く興味がなかったのだけれども、少し面白いかなと思えた。同じ時期にルネサンスが起き、ミケランジェロやダビンチが同じ時期に同じ場所にいたのだなとも。

  • マキアヴェリの『君主論』は、NHKの番組「100de名著」で放送があり見逃してしまった。
    政変にともない追放処分を受けわずか5ヶ月のうちに書きあげ、本そのものはマキアヴェリの生前には刊行されなかったという。為政者に献辞しようとした、26章からなる政治論文。
     
    「君主は、たとえ愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」
    「大事業はすべてけちとみられる人物によってしかなしとげられない」
    「人間は恐れている人より愛情をかけてくれる人を傷つける」
    ・・・・など現代にも通用することも云われている。

    一度読んだぐらいでは理解できない結構難解である。訳注を捲っては読み戻るので一苦労(^_^;)
    解説は解り易かった。巻末に重要語句索引、人名索引があり役に立つと思う。

  • 立憲君主制ならいざしらず民主的なプロセスを経ないで武力を統率するものが国を率いる場合の合理的な当然の帰結が書かれてある。現代において、いかに文民統制が重要か再認識させられる。シビアな状況から考えれば合理的に思えることが暗い気持ちを呼び起こす。このような体制の国家にどう対処するのか平和を希求すると同時によく考えないといけないと思った。

  • 何で手にとったのか忘れたけど、君主論。そこまで長くないけど、文章が若干読みにくい。
    リーダーは一度読むと良いかもしれない。
    ただ、僕も理解できてないから来年くらいにまた読もうかな。

  • もっと過激な内容かと思ったが、そうでもなかった。15世紀から16世紀にかけてのイタリアの状況を例に君主のあり方を説く。イタリア半島の統一がなされず有力者が割拠する中で臣下が書いた君主に向けた君主のための書。

  • 権謀術数の限りが露悪的に書かれているのかと思えば、当時著者が直接見聞したことを元に、君主としてやってはいけないこと、やらなくてはいけないことを具体的事象に照らして書いてある。

    非常に実践的な内容で、現代のノウハウ本に近いのではないだろうか。

    日常生活に応用できるかは疑問だが、国際関係には参考になりそうだし、実際に参考にしている指導者(独裁者?)はいるかもしれない。

    本書がいう「現代」が今から約500年前の16世紀初頭であることをたびたび思い出す必要がある。

  • 新訳のためか、とても読みやすい。著者が持ち出す「現代史」は中世イタリアの戦国時代なので、ドラマのよう。そして説明の方法は、場合わけを多用し、あいまいさがない。古さをまったく感じず、飽きずに読めた。
    度々でてきた、チェーザレ・ボルジア。より深く知りたいので、塩野先生の『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』をあたろうと思う。

  • 世界を獲るためのリーダー論を学んだ
    橋下徹や柳井正がマキャベリズムを体現している。即効性には劣るものの、意外と楽しい

  • 評判が良いというので読んでみたものの、あまりスッと頭に入ってこない・・・

    なぜだか考えてみたが、まず世界史の基礎知識が自分にないので、登場人物が誰が誰だかわからず、全くイメージがわかない。この年代で覚えているのは五賢帝ぐらい。。。

    いまひとつピンとこなかったが本棚には置いておくことにする。

  • 「語録」を読んで、元ネタを読もうと購読。確かに今にも通ずる真髄・真実が列挙されていて、リーダーや組織の長には参考になる。一方、この本が書かれた時代背景(戦乱期)まで考慮すると、やや厳しすぎる面も。この年で読んでおいて損はない。

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中庸が最高の徳とされてきた中世イタリアで、上に立つ者の資質を根底から再考した、歴史を超える普遍的な論考。君主は善悪ではなく人間性をみて他人の行動を予測し、常に臨戦態勢であるべきと大胆に提言する。

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