新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

  • 1084人登録
  • 3.61評価
    • (60)
    • (93)
    • (147)
    • (13)
    • (3)
  • 92レビュー
制作 : Machiavelli  池田 廉 
  • 中央公論新社 (2002年4月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122040120

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
J・モーティマー...
ウンベルト エー...
ヘミングウェイ
遠藤 周作
デール カーネギ...
フランツ・カフカ
有効な右矢印 無効な右矢印

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)の感想・レビュー・書評

  • 『君主論』が書かれたのは16世紀のイタリアである。この時代のイタリアには統一された国民国家というものが存在せず、都市国家がそれぞれ君主を擁き、領土の奪い合いをしていた。また、隣国のドイツ、フランス、スペインなどもイタリア都市国家に対する領土的野心を隠していなかった。その中で国家を統治する君主は、国内を統治するとともに外敵からその領土を守らなければならない状況に置かれていたと言える。『君主論』の著者マキャベリは、フィレンツェの書記官としての経験から、この時代の君主が持つべき資質や行動について、自らが師事しようとする君主に対して売り込みを目的としてまとめたものである。

    『君主論』は、群雄割拠のイタリアの君主として国を治めるにあたっては、権謀詐術を用いて、臣下や民衆に恐れられる存在となるべきであると説く。そこで描かれる君主像は「恐れられるリーダー」と言える。誠実であるよりも、奸計を張り巡らせ、結果として裏切りなどを行ったとしても、成果によってはそれもよしとするものである。典型的には次のような箇所にその思想はあらわれている。

    「愛されるより恐れられるほうが、はるかに安全である。…人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである。その理由は、人間はもともと邪なものであるから、ただ恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害のからむ機械がやってくれば、たちまち断ち切ってしまう。ところが、恐れている人については、処刑の恐怖がつきまとうから、あなたは見離されることがない。… 君主は、たとえ愛されていなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」

    これは弱肉強食の世界において有効なものと言えるかもしれない。有名な「狐とライオン」の譬えがマキャベリの理想とする君主像を表している。狐のように頭を使い奸計を巡らしたり危機をうまくはぐらかしたりする一方で、ときにはライオンのように力強く武力や権力をもって相手をねじ伏せることが必要だとする。

    「名君は、信義を守るのが自分に不利をまねくとき、あるいは、約束したときの動機が、すでになくなったときは、信義を守れるものではないし、守るべきものでもない」とマキャベリが書くとき、明らかに『武士道』で優先されているような騎士の倫理よりも実利を上に置いている。倫理が実利につながる場合においてのみそれは守られるべきものであるとして、明確に現実と道徳との上下関係が存在している。それは次の言葉でも繰り返される - 「りっぱな気質をそなえていて、後生大事に守っていくというのは有害だ。そなえているように思わせること、それが有益なのだ、と。たとえば慈悲深いだとか、信義に厚いとか、人情味があるとか、裏表がないとか敬虔だとか、そう思わせなければならない」

    「君主にとって、信義を守り奸計を弄せず、公明正大に生きるのがどれほど称賛されるのかは、誰もが知っている。だが、現代の経験の教えるところでは、信義などほとんど気にかけず、奸計をめぐらして、人々の頭を混乱させた君主のほうが、むしろ大きな事業(戦争)をやりとげている」とマキャベリが書くとき、世間においては『武士道』のようなフェアであることが大切だとする考え方が確固としてあることを知りながらも、あえてそれが現実的にはマイナスであるというのである。「武士に二言はない」として、それを至高とする考え方とは正反対である。「ほかの誰かをえらくする原因をこしらえる人は、自滅する」とまで言うと、それはやはり一度の失敗が取返しのつかないこととなる当時のイタリア都市国家の権力の世界の話であり、現代社会の中ではやはり苛烈な部分を含むように感じてしまうのだろう。

    これを単純化してとらえると、『武士道』が性善説に立つのに対して、『君主... 続きを読む

  • マキアヴェリの『君主論』は、NHKの番組「100de名著」で放送があり見逃してしまった。
    政変にともない追放処分を受けわずか5ヶ月のうちに書きあげ、本そのものはマキアヴェリの生前には刊行されなかったという。為政者に献辞しようとした、26章からなる政治論文。
     
    「君主は、たとえ愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」
    「大事業はすべてけちとみられる人物によってしかなしとげられない」
    「人間は恐れている人より愛情をかけてくれる人を傷つける」
    ・・・・など現代にも通用することも云われている。

    一度読んだぐらいでは理解できない結構難解である。訳注を捲っては読み戻るので一苦労(^_^;)
    解説は解り易かった。巻末に重要語句索引、人名索引があり役に立つと思う。

  • もっと過激な内容かと思ったが、そうでもなかった。15世紀から16世紀にかけてのイタリアの状況を例に君主のあり方を説く。イタリア半島の統一がなされず有力者が割拠する中で臣下が書いた君主に向けた君主のための書。

  • 権謀術数の限りが露悪的に書かれているのかと思えば、当時著者が直接見聞したことを元に、君主としてやってはいけないこと、やらなくてはいけないことを具体的事象に照らして書いてある。

    非常に実践的な内容で、現代のノウハウ本に近いのではないだろうか。

    日常生活に応用できるかは疑問だが、国際関係には参考になりそうだし、実際に参考にしている指導者(独裁者?)はいるかもしれない。

    本書がいう「現代」が今から約500年前の16世紀初頭であることをたびたび思い出す必要がある。

  • 新訳のためか、とても読みやすい。著者が持ち出す「現代史」は中世イタリアの戦国時代なので、ドラマのよう。そして説明の方法は、場合わけを多用し、あいまいさがない。古さをまったく感じず、飽きずに読めた。
    度々でてきた、チェーザレ・ボルジア。より深く知りたいので、塩野先生の『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』をあたろうと思う。

  • 世界を獲るためのリーダー論を学んだ
    橋下徹や柳井正がマキャベリズムを体現している。即効性には劣るものの、意外と楽しい

  • 評判が良いというので読んでみたものの、あまりスッと頭に入ってこない・・・

    なぜだか考えてみたが、まず世界史の基礎知識が自分にないので、登場人物が誰が誰だかわからず、全くイメージがわかない。この年代で覚えているのは五賢帝ぐらい。。。

    いまひとつピンとこなかったが本棚には置いておくことにする。

  • 「語録」を読んで、元ネタを読もうと購読。確かに今にも通ずる真髄・真実が列挙されていて、リーダーや組織の長には参考になる。一方、この本が書かれた時代背景(戦乱期)まで考慮すると、やや厳しすぎる面も。この年で読んでおいて損はない。

  • 齋藤孝著『大人のための書く全技術』40冊―39

    読みやすい文章の白眉。
    目次が常に文章で書かれていて、その目次を読むだけで、その項目が何についてかかられているのか、何を問題としているのかほとんどわかってしまう。

  • 堅そうな本だったので倫理の授業以来触れることもなかったが、非常に面白かった。愛読書としたい。
    君主はどのように権威を保持し、人を動かしたか。なぜうまくいったか、失敗したかなど性悪説をもとに書かれている。倫理観とはまた異なる位置づけなのか。興味深い内容だった。

  • 前近代的な思想の中にも、現代に通ずるエッセンスが。

    ▼メモ

    "ともかく心得なくてはいけないのは 、新しい制度を独り率先してもちこむことほど 、この世でむずかしい企てはないのだ"

    "すべて国の重要な土台となるのは 、よい法律としっかりした武力である 。"

    "見くびられるのは 、あとで (第一五 、一九章 )論じるとおり 、君主が厳に戒めなくてはいけない汚名の一つである 。"

    "君主は歴史書に親しみ 、読書をとおして 、英傑のしとげた行いを 、考察することが肝心である 。戦争にさいして 、彼らがどういう指揮をしたかを知り 、勝ち負けの原因がどこにあったかを検討して 、勝者の例を鑑とし 、敗者の例を避けねばならない 。"

    "君主たる者は 、自分の領民を結束させ 、忠誠を誓わすためには 、冷酷だなどの悪評をなんら気にかけるべきではない"

    "全面的に運命に依存してしまう君主は 、運命が変われば滅びるということ 。また 、時勢とともに 、自分のやり方を一致させた人は成功し 、逆に 、時代と自分の行き方がかみ合わない者は不幸になるということ 、そこにある 。"

  • 目的のためには手段を選ばないとか、冷徹とか言われるけど、根幹には国を守ることを説いている。君主の立場を慮って書かれているので偏見が生まれたのだろう。

  • 文中の至る所に脚注が入っており、極めて読みづらい。
    内容的には面白いが、西洋史の知識があった方が楽しく読める。

    ・加害行為は一気にやってしまう必要がある
    ・傭兵はしょせん傭兵。自国民で編成された軍隊こそが一番重要
    ・君主は、かたときも軍事上の訓練を念頭から離してはならない
    ・君主は恐れられる存在でないといけない。愛される必要は必ずしもない。恐れられると、裏切られない

  • 傑作。世界の名著16.長きにわたりバッシングされてきた書物だという解説に驚いた。

  • チェーザレ関連読書。高校倫理以来の偶然の再会で、まさかマキャヴェリの『君主論』を読むことになろうとは。当時はマキャヴェリの坊主頭にしか興味はなかったのに。
    『君主論』は容赦なく次々とイタリア史上の人物の名を挙げていく。ヴァレンティーノ公(チェーザレ・ボルジア)はじめ、ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ(ユリウス2世)、アレクサンデル6世(ロドリーゴ・ボルジア)、サヴォナローラ、ルドヴィーゴ・スフォルツァ(イル・モーロ)らと彼らの支配域については、惣領氏の『チェーザレ 破壊の創造者』で得た前知識が大いに読書を助けてくれた。
    本書は1516年、ウルビーノ公ロレンツォ(1492-1519)へ献上するために書かれたもので、「歴史上の様々な君主および君主国を分析し、君主はどうあるものか、君主として権力を獲得し、また保持し続けるにはどのような力量が必要か」などが論じられている。まず、第1章の冒頭から違和感に気付くのだ。自分がこれを読んで一体何の意味があるのか、と。しかし、次々に繰り広げられるマキャヴェリの思い切りの良い主張に引き込まれていく。そして、例え君主にならずとも上に立つ人間のあるべき姿として応用すれば、次第に500年も前に書かれたものとは思えなくなる。下手に『君主論』の解釈本に手を出すより、頭の中で自分なりの解釈で現代版にしていく作業が面白かった。非常に読みやすい和訳であり、文中の「現代においては〜」と続く内容が、16世紀の出来事であることをついつい忘れてしまう。君主のあるべき姿を論ずる上で、人間の本質を冷静に分析しようとした著者だが、「目的のためには手段を選ばない」="マキャベリズム"が何故生まれたのかどうしてもピンと来ない。
    さて、マキャヴェリが理想の君主として、チェーザレ・ボルジアを挙げたということで興味を持った本書だが、思いのほか詳しくは書かれていなかった。より深めるために、塩野七生氏の『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』へと続きたい。そして、読みながらふと"兵法とは?"と思い付いたので、『孫子』へも近いうちに手を伸ばしたいと思う。もちろんただの原典訳本だ。

  • マキアヴェリの「君主論」とマルクスの「君主論」は、その題名と歴史的背景から避けられがちだが、一度は読むべきだろう。この新訳は非常に読み易い。

    マルクスが言うように「一度目は悲劇として二度目は喜劇として」歴史は繰り返す。古代から人間の本質は変わらないことを痛感する。と同時にマキアヴェリの洞察力に驚嘆させられる。

    中世の書物にも関わらず一切の古臭さも感じない。「君主論」というタイトルから権謀術数の負のイメージを持たれがちだが、事例分析による国を治める者の手法と心構えを説いている。威厳を保ちつつ恨みは買わない、愛されることと恐れられることどちらがいいか、など帝王学に特化した秀でた見識を得られる。

    民主主義が求められる現代国家への適用は難しいかもしれないが、強いリーダーが求められる企業へはむしろ君主論を忠実に実行することが強さに繋がるのかもしれない。

  • マキャヴェリの君主論というと「目的のためなら手段を選ばず」という印象が強い。
    しかし、彼はむしろ目的を達成するために手段をよくよく考えて選ぶべきだと主張しているように受け取った

    それにしても、やっぱりこういった古典を読むときには、
    書かれた当時の時代背景が頭に入っている必要があると毎回思うのである。
    本書にしても群有割拠であった当時のイタリア情勢や、
    中世社会の世相を多少なりとも知っておきたい。

    その辺も踏まえてみると、
    このような君主の出現によるこの地方の統一と平穏を望む
    マキャヴェリの願望の書とも思える。

    あと、巻末の索引が地味にありがたい。

  • 一般的にはあまり快く思われることのないニッコロ・マキャヴェッリの“再就職論文”君主論。
    現代の私達が読む分には恐らくそれほど違和感はない。極めて合理的、冷静かつ事実に基づいて君主たるものどうあるべきかという事を説いており、そこにはキレイ事や空論などは存在せずいちいちもっともな内容。

    ■ポイント
    ・血が流れるほどのドラスティックな改革が必要なときもある、そのようなときは一気に、一瞬のうちにやってしまうことだ。また、略奪など君主の利権のための行為は一切やってはならない。恨みをかってしまえば、それは一生拭えぬ枷となって君主を苦しめる

    ・信頼のおける者数名にのみ自由に発言をさせ、議論させ、意見を出させる。その上で君主が独断でものごとを決める。

  • 政治とはリアリズム。「職業としての政治」と同じ考え方。ただし、より本書な方がダーティー。これは、書かれた当時、領土の死守と拡大が政治(君主)にとっての最重要課題の一つが故。

    君主を社長やボードと置き換えて読んでいた。同様の読まれ方はよくされているようで、著作もあるみたい。

    成果に焦点を当てており、ドラッガーも同様の主張していると言える。愛されるよりも恐れられよ。しかし、決して恨まれるな。至極納得がいく。

  • 権謀術数とのイメージが強いが国の平和と繁栄を望んでいるための手段として書かれている。理想論ではなくまさにステークホルダーの繁栄を求めるリアリズム。
    イタリアの歴史の知識があるともう少しすんなり頭に入ってくる。

  • もう一度じっくり読みたい

  • 目的のためには手段を選ばないみたいなイメージがあるらしいが、読んでみるとそんなことはまったくない。クールというか冷たい印象はあるけども、それは民に好かれようとか人気を取ろうとか考える暇があるなら統治者としてやるべきことをしっかりやれという、あまりにまっとう過ぎることを言ってるからだと思う。マキャベリの時代はとにかく領地争いや叛乱が頻発していたので、有事を前提とした論調になるのも不思議ではない。

    また、君主側が考える「君主らしさ」ではなく、民から見た君主という視点も含めてものを言っているので、「こういう君主は民にこう思われるのでこうせよ」という分かりやすい提言になっている。内容も難しくはない。

    アレクサンドル法王やチェーザレ・ボルジアなど、マキャベリと同時代の人名がよく登場するので、そのへんの人物や地名、歴史についてイメージや知識があるとより入って行きやすいと思う。

  • 君主としての資質や心構えなどが書かれている。
    君主ということは、その君主に賛同している人間、反対している人間、中立棚立場の人間、一見そう見えるけれど実は違う立場を取っている人間など、様々な考えの人間を統括する必要がある。
    よって、この本の考えをそのまま現在のリーダシップ論などに当てはめたり比較することは、それ自体に無理があると思う。
    しかし学ぶべきことは多く中世にこのようなことを考えまとめたことがマキャベリのすごいところだ。

    思慮深い君主は、国内の賢人を数名選び、彼らにだけ自由に真実を話すことを許す。ただし、自分がした問いに対しての話のみで、他の議論は許さない。彼らの話を聞いた上で決断は一人で下す。また彼ら以外の誰にも耳を貸さない。
    →現代は逆では?トップの周りが保身のため真実を話さず、下々のみが真実を話す。だから経営判断が現場の状況と乖離してしまう。

    「決断力のない君主は、多くの場合中立の道を選ぶ」
    「何かを説得するのは簡単だが、説得のままの状態に民衆を惹き付けておくのが難しい」
    「恩恵はよりよく人に味わってもらうように、小出しにやらなくてはいけない」
    「善い行いをすると広言する人間は、よからぬ多数の人々の中にあって破滅せざるをえない」
    「大事業は全てけちと見られる人物によってしかなしとげられない」
    「人間は恐れている人より愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つける」
    「君主は、狐とライオンに学ぶようにしなければいけない」
    「人間は邪悪なもので、あなたへの約束を忠実に守るものではない」
    「人間は、手にとって触れるよりも、目で見たことだけで判断してしまう」
    「運命は女神だから、打ちのめし、突きとばす必要がある」

全92件中 1 - 25件を表示

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)に関連するまとめ

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)の作品紹介

中庸が最高の徳とされてきた中世イタリアで、上に立つ者の資質を根底から再考した、歴史を超える普遍的な論考。君主は善悪ではなく人間性をみて他人の行動を予測し、常に臨戦態勢であるべきと大胆に提言する。

ツイートする