みんな山が大好きだった

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122042124

感想・レビュー・書評

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  • まさしくアルピニストへの鎮魂歌というような作品です。
    私は純インドア人間なので、山に赴き危険をおかす気持ちはちょっと理解できないのですが、下界での生活は整えられすぎていて満足出来ない、死と隣り合わせにあってこそ生の実感があるというような感覚は頭では理解出来る。
    ある意味自分に正直な生き様と言えるかと思う。
    山際さんの人間という生き物への目線が好きです。

  • 山に憑かれ山に倒れたアルピニストたちを描く。山際淳司が闘病中に執筆した遺作。

    単に登山の本かと思い深く考えず読む。思いのほかシリアスな内容。

    究極の正にデスマッチ。困難な条件での登山を繰り返し命を落とした登山家ラアルピニストたちの壮絶な人生。

    スポーツノンフィクションの名手だけに、「登山」という体を使う行動についての深い洞察が素晴らしい。

    筆者が46歳で病死したこともあり、人生について深く考えさせられる。平凡に生きるだけが人生ではない。

  • 山際淳司の遺作となったこの文庫は、ピンからキリまで、そして著者自身が書くことが叶わず、夫人が執筆されたあとがきまでまるごと楽しめる作品です。
    特に、松濤明の遺書の引用など、衝撃的で、全編通して感じる山男のロマンや不器用さが刺激的であり魅力的。
     作中で著者は、よく自嘲気味に「わざわざ苦しまず、街に出れば楽しみにあふれている」「今は若者を中心にコミュニケーションの時代になりつつある」
    だから、死と隣り合わせでただ頂上へ登ることためだけに自らに苦行を課す山男の気持ちは、ただ一人になることを望み一人で死んでいく単独行者の気持ちは、理解できないだろう、と述べる。
    書かれたのが1983年であり、そこから30年近くたった今、今はコミュニケーションの時代だろうか。また少し、違うはずだ。
    だからこの本を読む意味がある。山男たちの価値観は、この本一冊でも古くは昭和初期から、おおよそ80年分の山男たちのエッセンスが凝縮されているのだから、ブレが無い。
    その鏡として著者が用いた若者や、街は大きく変わった。
    30年前にこの本を読んだ人とは感想が違うだろうし、今この本を手に取る僕らは恐らく著者が想定したであろう読者ではない。
    だから、よりシンプルに、より研ぎ澄まされてアルピニストの抱える喜びや悲しみが強く伝わってくる気がする。
    30年前の原稿だけれども、もしかしたら今が一番の読み時かもしれないです。

  • 星は2と3の間・・・・かな。ダヴィンチで「周囲に勧めまくってる」とあったので。最近「アイガー北壁」も見たし。山を愛し山に散った登山家たちの話です。いや、どうかなあ。私が女のせいかもしれないが。山は好きだしその魅力もよくわかるのですが、社会的には仕事・家庭より山ってエゴイストじゃない?いやそういう話じゃない。私も「譲れない大事なもの」ありますが、そのエゴを自覚してるし彼らもそうだと思うのでそれはそれでいいのですが、彼らを擁護するスタンスの語り口に疑問を感じました。淡々と語ってくれないものかね。「町の中ではよどんで腐ってる気がする。山で岩に取り付いてるときが生きてる気がする」そりゃそうでしょうよ。パチンコジャンキーと耽溺の点でどう違うのかと。トイレやフロに本を持ち込む活字中毒とどう違うのかと。美化はしないでくれ彼らも本意じゃないと思うぞ。

  • 山際さんのスポーツノンフィクションといえば野球が挙げられますが、実は山岳ものが裏メニューとして素晴らしいのです。そして、この本はちょっとセンチメンタルな書名に改題されていて…語尾からお察しのとおり、そういうクライマーの物語を集めています。

    ジェット気流が直接頭上をかすめて一瞬で身体を持っていかれる、雲と見えたものははるか上方の雪崩で巻き上がる雪、岸壁に途中まで垂れたザイル…冷静に読んでも読まなくても、アルティメットな状況。登頂と引き換えに自分の身体のパーツや仲間も失ったり、「どうしてここまで」という状況に挑む彼らは、沢木耕太郎さん『凍』の表現を借りれば、まさに「クライミング・バム(山登りバカ、くらいの意味)」です。

    個人的には、『ザイルのトップは譲れない』で、加藤保男さんがヒマラヤを軽々と飛び越えていくツルの群れに目をやるシーンが好きです。落ち着いた美しい情景ではあるけれど、なんだか切ない。『いくつか越える山のために』の、「遭難」という事態を真正面から見つめる態度は、近ごろの登山ブームにはちょっとカラいかもしれません。思い入れはあるけれど、極力前へ出ないようにする筆致が山際さんらしいな、と思いました。そうはいっても珍しくご自身の経験をさしはさまれている章もあり、自分押し出しタイプの沢木耕太郎さん状態にちょっと見えるところも(笑)。そこを読んでいると、「俺ら、ぬるくねぇ?」と山際さんが後ろでじたばたしてらっしゃるのを感じるような気がします(絶対そんな言いかたじゃないけど、ニュアンス的に)。

    クライマーという人種の生きかたには泣きも同情もしないけど、絶対バカにもしない。日々グダグダゆるゆるで生きている私(笑)の背中に、ピシッと蹴りを入れてくれる本だな、と思いました。

  • 「山際淳司」の、先鋭的なアルピニストたちの生きざまを描いた山岳ノンフィクション作品『みんな山が大好きだった』を読みました。

    「笹本稜平」作品に続き、山岳関係の作品です。

    -----story-------------
    生と死のきわどいつり橋をわたるように、高嶺を求めて氷壁にたち向かっていく先鋭的アルピニストたち。
    やがて彼らは雪煙のなかに消え去った…。
    名アルピニストたちの生と死を、限りない哀惜とともに検証する、「山際」ノンフィクションの名作。
    -----------------------

    山岳史に残るアルピニストたちの死を通して自由に生きることの意味を問うノンフィクション作品… 1983年(昭和58年)に発売された『山男たちの死に方 雪煙の彼方に何があるか』を改題して、文庫化した作品です。

     ■いまこそ鮮烈な生き方を――まえがき
     ■第1部 一瞬の生のきらめき
     ■第2章 ザイルのトップは譲れない
     ■第3章 未知の世界に向かって
     ■第4章 山を愛し山に死んだ
     ■第5章 夜明けの美しさのために
     ■第6章 孤高の人生をめざして
     ■第7章 いくつか越える山のために
     ■<参考文献>そして<山男の生き方を考える本>
     ■山際さん、ありがとう 犬塚幸子

    1934年(昭和9年)5月31日にエベレストで逝った「モーリス・ウィルソン」、
    1936年(昭和11年)1月に槍ヶ岳で逝った「加藤文太郎」、
    1949年(昭和24年)1月に槍ヶ岳で逝った「松濤明」、
    1951年(昭和26年)7月にナンダデヴィで逝った「ロジェ・デュプラ」、
    1957年(昭和32年)6月にチョゴリザで逝った「ヘルマン・ブール」、
    1980年(昭和55年)2月にグランド・ジョラスで逝った「森田勝」、
    1980年(昭和55年)4月にローツェで逝った「ニコラ・ジャジェール」、
    1982年(昭和57年)12月にエベレストで逝った「加藤保男」、
    1991年(平成3年)10月にウルタルⅡ峰で逝った「長谷川恒男」、

    等の山の魅力に取りつかれ、山に散っていった高名な登山家たちの壮絶な人生が描かれており、山岳史に残る彼らの死を通して、自由に生きることの意味を問うノンフィクションでしたね… 常に自分を極限状態にまで追い込み、誰も成し遂げていない登攀ルートを追い求め、真冬の断崖にいどみ、酸素ボンベ無しで8,000メートルを超える山頂へ挑戦する、、、

    ひとつのミスが死につながる… そこまでして彼らが求めるものは何なのか? ストイックに自分を律して、周囲から孤立し、孤独に耐えることによって強くなっていく。

    ここまで強くはなれないけれど、でも、憧れる部分があるのは事実ですね… 

     「人は何故山に登るのか」

    この疑問って、永遠に解けないのかもな… と思いながら読みました。

  • タイトルは「みんな山が好きだった」だけれど、
    山が好きとかそんな生易しいものじゃない。
    普通の生活には馴染めず、
    山に登らずにはいられない者たち。
    「山男たちの死に方 ~雪煙の彼方に何があるか~」
    元のタイトルの方が、
    この本の壮絶な内容をよく表している。
    山に生き、山で死んだ武骨な男たちの記録だ。

    山際淳司は穏やかでスマート、
    都会的で洗練された印象がある。
    でもこの人の根底には、
    間違いなく泥臭く煮えたぎる激情がある。
    爽やかな外見の下で、マグマが渦巻いている。

    危険が排除され快適で安全、
    そんな生活へのアンチテーゼがこの本にはある。
    この本が書かれた1995年から四半世紀、
    世の中はさらに便利になり、
    危険なもの鋭利なものは
    丁寧に取り除かれようとしている。
    人と人との間は滑らかに保たれ、
    穏やかな交流がもてはやされる。

    この文庫のあとがきを書く予定の中で、
    山際淳司は逝ったそうだ。
    だからあとがきを奥さんが書いている。
    まえがきで山際淳司は
    幸福な死に方について述べている。
    最後まで書き続けた彼の死は、
    幸福の中にあったと思いたい。

  • スローカーブをもう一球、が大変面白かった山際さんの本、ということで見つけた瞬間に即買い。有名なアルピニストの最期をノンフィクションで描く。男たちはなぜ危険とわかる山に登り、そして山に散っていったのか… その問いに答えはない。それは本人さえも明確な答えはなかったかもしれない。だからこそ、想像するのだ。死にゆく瞬間に何を思ったのか。何を考えたのか。後悔はしたのか。それとも自分の生き方を誇りに思ったのか。その美学を表現したのがこの本だと思う。自分は助かるかもしれない状況にもかかわらず、死を覚悟し友ととどまりつづけ殴り書きで最後の言葉を残す… 男の臭いダンディズム、では語れない儚くて潔い美しさがある。

  • 山で遭難や滑落して亡くなった名アルピニストたちの実話

    名アルピニストたちがいかに消えていったかを検証してるのですが 正直 本当の山好きじゃないと 面白くないかもしれません ^_^;
    ですので 今回の紹介の本は 勧めません ^_^;
    特に これから 山登りしようと考えてる人は読まない方が良いかも ^_^;

    でも 興味がある方は ぜひ 読んでみてください ^_^

    追信
    雪山に登る自分には 良かったと思います ^_^v

  • あまりスポーツドキュメント作品は読みません。ただ、沢木耕太郎さんの「敗れざる者たち」と山際淳司さんの「江夏の21球」は、記憶に残っています。今回の作品も面白かったです。山に魅せられた男たちの生き様や死に様が、作者の優しい視線で描かれています。私には到底できない生き方をした男たちに憧憬を感じました。

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著者プロフィール

作家。1948年神奈川県生まれ。中央大学法学部卒業後、ライターとして活動。80年「Sports Graphic Number」(文藝春秋)創刊号に掲載された短編ノンフィクション「江夏の21球」で注目を集める。81年同作が収録された『スローカーブを、もう一球』(角川書店)で第8回日本ノンフィクション賞を受賞。NHKのスポーツキャスターとしても活躍。95年5月29日没。著書多数。傑作選に『江夏の21球』『衣笠祥男 最後のシーズン』(いずれも角川新書)。

「2020年 『たった一人のオリンピック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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