田端文士村 (中公文庫)

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著者 : 近藤富枝
  • 中央公論新社 (2003年12月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122043022

田端文士村 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • ある作品を読むとき、同時代の作家同士のつながりまでは読み取れない。
    芥川龍之介によって賑やかになる田端。その顛末とは。

  • みづからを詩のうちに見てこの世をば去りにし心あはれとぞ思ふ
       香取秀真

     「本郷菊富士ホテル」など、作家たちの交流を活写した文壇資料で知られる近藤富枝。その名著「田端文士村」には、北海道とも縁のある香取秀真の短歌が引用されている。
     1874(明治7)年、千葉生まれの香取は、日本鋳金界の第一人者である。1909(明治42)年、東京の田端に移住。それは、室蘭の輪西屯田兵記念碑を鋳造するべく、広い作業場を求めての転居だった。数年後、芥川龍之介が隣家に移り住んだ。以降、文人、美術家たちが多く住み、いわゆる〈田端文士村〉が形成されていった。
     香取は根岸短歌会に初回から参加した歌人でもあった。だが、若き芸術家としての生活は苦しく、歌作の余裕は次第に失われていった。正岡子規にあてた手紙には、最初の妻が貧しさに耐えかね、乳飲み子を置いて家出してしまったという歌もある。

      鬼にかも似たるあが妻うまし子の乳飲児すてゝいでし鬼妻

     のち生活は安定し、身寄りのないお年寄りを引き取るなど、侠気【おとこぎ】のある人物だったという。芥川は香取を「隣の先生」と呼び、親しく交際。歌にもその名を詠み込んでいる。

      雨の音の竹の落葉にやむ時は鋳物師秀真が槌の音聞ゆ
        芥川龍之介

     掲出歌は、その芥川が自死した際の挽歌。「あはれ」の語がしみる。
     文化勲章を受勲した翌年の、54年に没。享年80。東京都北区にある田端文士村記念館は、いつかぜひ訪れてみたい。

    (2012年6月17日掲載)

     昨年、初めて東京都北区の田端駅に降り立ちました! 
     ほんの少し歩きましたが、ものすごく狭くて入り組んだ道に呆然……
    芥川が住んでいたあたりは、かろうじてわかりましたが、ゆっくり訪れたいものです。

  • 昨年、糸瓜忌(正岡子規命日)に田端へ墓参した際に購入。芥川はじめとする文士・芸術家は田端に多く住んだ。

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田端文士村 (中公文庫)の作品紹介

大正三年、田端に居を定めた巨星・芥川龍之介を慕い集う室生犀星、萩原朔太郎、堀辰雄、中野重治ら多くの俊秀たち。美術村田端をたちまち文士村に変貌させた人間芥川の魔術師的魅力に迫り、芸術家たちの濃密な交流を活写する。膨大な資料と証言でまとめあげた澄江堂サロン物語。

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