- Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
- / ISBN・EAN: 9784122043817
感想・レビュー・書評
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長澤雅彦監督の「ココニイルコト」が好きで、なんとなく気持ちが沈んだときに見ては元気づけられてきた。この大好きな映画の原作が「なんといふ空」だと知ったのはだいぶ後になってからだった。
女性の書くエッセイは恋愛の指南書のようなイメージが強いため、あまり手にすることがなかったので、このエッセイも原作だけ読めばいいだろうと思っていた。「ココニイルコト」は145分の映画で原作はなんと3ページ。これには驚いたけれど、しっかりと凝縮されているのにはもっと驚いた。映画の好きなシーンが次々と蘇り145分と同じ満足感を得ることができた。
そして著者の文の運びがわたし好みであったせいもあり、気づくとあとがきまで読みすすんでいた。
著者には失礼な言い方になるかもしれないが「作家」という肩書きよりも編集者としての経験が長かったせいか先輩OLの話を聞くような感覚で読んでいた。どの話もどこか潔く、サバサバした感じを受けるのだけど、なにかとても深い部分になにかがあるような感じ…それはちょうどぽっかりと空いた心の隙間のようなもので、それが著者の言うところの「なんといふ空」なのかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
映画 『ココニイルコト』 をDVDで見た後に、原案が
読みたくなり購入した本です。
ノンフィクション『絶対音感』の著者・最相葉月の1500字の
エッセイから生まれたこの映画は、とてつもなく私好みで
あります。
主演は、真中瞳と堺雅人。台詞のない笑福亭鶴瓶がラストに
決めてくれます。大阪弁の「ま、ええんとちゃいますか…」。
どんな状況でも心がこの状態なら、御の字です。
115分の映画を見た後に、最相葉月さんの下記エッセイを
読むとほとんどのシーンがフラッシュバックしてきます。
【わが心の町 大阪君のこと/最相葉月】
通天閣と阪急ブレーブスと明石天文台をこよなく愛した友人がいた。
彼の名を大阪君という。
昭和六十二年の春、私が勤めていた大阪の広告会社のテレビ部に
新人として配属されてきた。
DCブランドに身をかため、もつれそうなほど長い足でゆったり歩く姿は創刊されて間もない「メンズ・ノンノ」誌のモデル阿部寛にそっくりで、先輩0Lたちは一刻も早くお近づきになりたいわと騷然としたものだった。
席が隣だった私は一足先に彼と話す機会を得て、いつしか互いの趣味談義となった。
「古いもん集めんのが好きなんすわ、はあ」
名前のとおり生まれも育ちも大阪とはいえ、ルックスからは想像つかぬほどテンポのずれた関西弁に思わずずっこけた。
聞けば、通天閣で有名な新世界に懇意にしている古道具屋があり、週末に出かけては古レコードを眺めているのだという。
特に昭和三、四十年代の歌謡曲に関心があるらしく、矢吹健の「あなたのブルース」や西郷輝彦の「星娘」が好きだといった。
ハンサムはイケスカン奴が多いという偏見があった私は、なんや意外にええ奴やんかと好感を持った。
仕事の方は今ひとつ要領が悪く、上司にいつもシャキッとせえと怒られていたが、将来はきっと味のあるいい営業マンになるだろうと思っていた。
いつだったか、会社の飲み会に大阪君がひどく遅刻してきたことがあった。
目を真っ赤にし、席についてがらも終始無言。理由は聞かなかったが、次の日の朝刊を見てはっとした。彼が好きな阪急ブレーブスの球団最後の試合が行われていたのである。西宮球場から四時間かけて泣きながら歩いて帰ってきたと後で知った。
なんちゅう奴っちゃとあきれた。
それから間もなく大阪君は私を新世界に連れていってくれた。この町はどこか女の一人歩きを拒む殺伐とした雰囲気があるが、彼にとってはわが家の庭も同然。
一着三百円のズボンを売る屋台が並ぶトンネルや、将棋道場を覗く
立ち見客で賑わうジャンジャン横丁をくぐり抜け、自慢の古道具屋へと案内された。薄暗い店内には洋タンスや蓄音機、SP盤のレコードなどがあり、大阪君の目はみるみるうちに輝きだした。
「会社の顔と違うやん」というと嬉しそうに徴笑んだ。
その晩は安くて有名な「づぽらや」でふぐをたらふく食べ、通天閣をパックに写真を撮った。
その冬、大阪君は死んだ。心筋梗塞だった。
社の先輩と私と三人でカラオケで騷いだ翌朝の出来事だった。
なんちゅう奴っちゃと絶句した。星が好ぎだった彼のために、ご両親は明石天支台の隣の寺に墓を建てた。
あれから十数年。通天閣を見るたび、彼が最後の晩に唄った「星娘」の歌詞が「ほしむすめーええん、ほしむすめーええん」と私の心の中でリフレインする。
こんなんやけど、まだ生きててええんやろかと聞くと、いつも通天閣はこう答えてくれる。
「好きなように生きたらええんちゃいますか、はあ」
無責任だけど温かな大阪君の顔をして……。 -
エッセイはあまり読まない私が気に入った作品。
切なくて、懐かしいようで、読み進めるのももったいなくて、読み終わったあとは寂しいようで前のページをめくった本。