花鳥風月の科学 (中公文庫 ま 34-3)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (436ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122043824

感想・レビュー・書評

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  • 花鳥風月は、『美しい自然の景色やそれを重んじる風流を意味する。』と
    ウィキペディアには書いてある。
    日本の文化の 象徴的な言葉として使われる。

    読み始めると、
    『花鳥風月の科学』は、ミステリーのような展開となる。

    女性のあわれ、無常で死ぬ。
    男のアッパレ、戦場で死ぬ。
    おなじことなのだとはじまる・・・対。

    山、道、神、風、鳥、花、仏、時、夢、月
    の10個のワードを 多面的にとらえていく、
    それが、重層的な展開になり、
    万葉の世界から、中国、インドまでまきこんで、
    日本の中に流れ込んだ文脈を説明し、科学する。

    山への畏怖。
    道がつながり、まじわる情報が流れる。
    神が音づれる。マレビトのおとづれ。
    見えない風をみる。言葉は風にまう『言の葉』。
    鳥を追いかける。神の使い。
    花は 咲く、サキ、エネルギーのぎりぎりが。
    仏、釈迦そしてダルマロード。
    時は、ウツロイ。間も時をあらわす。
    そして、夢で、それまでの言葉たちが、集合し、
    真と片とになる。パリティの崩壊が片を求める。
    そして、月を狂おしく想う。

    時間と空間を駆け巡り。
    花鳥風月の宇宙が広大な視野で眺めることができる。
    私は、読み終わって、
    また、山の上に立って、同じように繰り返して読み始める。
    このループは、きわめて心地がいい。

    『見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕ぐれ』
    藤原定家

    花が一面咲いている ピンク色に染まっている山と・・・
    紅葉で真っ赤に燃える山と・・・
    夕暮れにくれなじんで、オレンジ色に輝く山が・・
    一瞬にしてみることができる。

    この感性のすばらしさに・・・ただただ、茫然とする。

  • 「花鳥風月」に代表される日本文化の重要な十のキーワードをとりあげ、歴史・文学・科学などさまざまな角度から分析、その底流にひそむ「日本的なるもの」の姿を抉出させる。著者一流の切り口が冴えわたる、卓抜の日本文化論。

    「日本人に昔から備わっている宗教観や風物を尊ぶ気持ちを、なんとなくでなくきちんと説明してみせようという一冊だ。花鳥風月という、それ自体に素敵な雰囲気のある、雅だがあいまいな言葉を、科学はもちろんのこと、民俗学や個展の知識まで総動員して説明していく。」
    ・安藤サクラさんの愛読書らしい。「自分に信仰心はないが、人が仏様い自然に手をあわせる感覚に興味があり、その「感覚的なものを科学的に解明してくれる」のではないかと本書を読んだそうだ(『ダ・ヴィンチ』17年1月号インタビューより)
    (『あの人が好きっていうから・・有名人の愛読書50冊読んでみた』ブルボン小林 中央公論新社の紹介より)

  • <星と星座>
    松岡正剛の連載している「千夜千冊」は題名に偽りありだ。
    何故なら、既に「千七百夜千七百冊」になっているのだから。
    碩学松岡正剛が厳選した世界の知的遺産1700冊を、松岡の解説によって理解できる。松岡による最良の読書ガイドだ。
    この「千夜千冊」(「千七百夜千七百冊」)に取り上げられた一冊一冊を漆黒の宇宙に輝く無数の恒星と考えてみよう。
    そうすると、本書を含めた松岡の著作全ては、その恒星を結びつけて描く星座と見做すことが出来る。
    星と星を結び宇宙に別の姿を浮かび上がらせる星座。
    その結び付け方は無限だ。
    したがって、星座=著作は無限に生み出される。
    宇宙に煌めく星々に星座を読み取る行為を、松岡は「編集」と呼んでいる。
    なべて編集」こそが「創造性」の発露なのだ。
    その「編集」という知的鋭意を担う者は「エディトリアル•ディレクター」と呼ばれる。
    本書は、松岡正剛という「エディトリアル•ディレクター」の生み出した星座の一つだと言える。

    人は「千夜千冊」を毎晩ひとつひとつ読むことで、3年掛ければ(今や毎日読んでも5年掛かるが)、一つ一つの恒星(知の達成)の歴史と構造の多くを理解することが出来る。
    それだけで実に深い世界が開示されることは間違いないのだが、その恒星と別の恒星を「編集」作業によって結びつけることで、全く思っても見なかった視点による、新たな世界を開示してくれるのが松岡の著作なのだ。

    どういうことか?
    本書からひとつ例を上げてみよう。
    日本文化のシステム「花鳥風月」の一つ「鳥」を語る中での話だ。
    日本の「鳥」居の朱色は水銀(硫化水銀)によって生み出されているという話から、話題は空海に飛ぶ。
    空海が高野山を結界したことは有名だ。
    高野山には空海の開いた金剛峯寺がある。
    何故、空海は数ある山の中から高野山を選んだのか?
    伝承によると、空海は高野山を支配するニブツヒメと交渉して、高野山を開山したことになっている。
    このニブツヒメは「丹生都姫」と書かれる。
    丹生とは水銀のことだ。
    高野山には丹生=水銀の巨大鉱脈があるのだ。
    ニブツヒメとは、その高野山の水銀鉱脈を支配する一族だったと、松岡は推理する。
    松岡の「編集」作業はそれにとどまらない。
    そこから、「科学」的視点が導入されるのだ。
    高野山は地理的にどんな場所なのか?
    世界最大級の大断層である中央構造線のど真ん中にあるのだ。
    (中央構造線は九州から諏訪湖まで1000キロも続く断層だ。諏訪湖はもう一つの断層、フォッサマグナと交差する。こうして諏訪湖の重要性が浮かび上がるが、それは本書のテーマではない)
    現代でも人は何かを求めて、空海が開いた四国八十八か所の霊場を巡る。
    その八十八箇所の三割以上が中央構造線に属する水銀鉱山の上に点在している。
    これは偶然ではあり得ない。
    空海は、水銀という鉱物資源を求める「山師」、「弘法大師」ならぬ「丹生太子」でもあったというのが、本書では明言してはいないが、松岡の空海理解なのだ。

    日本文化の謎を秘めた「鳥」居から、鉱物資源の水銀(丹生)へ、そこから空海伝承へ、その経済的解釈である錬金術の根拠としての鉱脈支配、更にそれが「ブラタモリ」的日本の断層(地理)に及ぶのだ。
    これこそが、松岡の描き出した「花鳥風月」の「科学」の事例だ。
    「花鳥風月」を「科学」の観点から見ることで、星々を科学のネットワークで結んで見せるアクロバティックな営為。
    その成果が、星座煌めく、魅惑の著書として結実したと言うことが少しは分かるのではないだろうか。

    本書を、日本文化に関するエンサイクロペディア(百科全書)と見做すことも出来る。
    エンサイクロペディアの内容全てを文庫本一冊に入れ込むことは到底出来ない。
    そこで松岡は本書を索引としてアレンジしてみせるのだ。
    索引とはいえ言え、先ほど空海と水銀の事例を紹介した通り、本書を読むだけで、奥深いエッセンスを十二分に味わうことは出来る。
    松岡の膨大な読書量と巨大な集積知識を使って、日本文化を科学という切り口で「編集」し、誰も見たことのない新たな星座=知のネットワークとして浮かび上がらせてくれるのだから。
    そして、もっと深く掘り下げたければ、「千夜千冊」に飛べば良い。そこから、更に専門書に沈潜していくことも自由だ。
    また、本書を使って、別の星座=知のネットワークを浮かび上がらせることも可能だ。
    流石、エディトリアル•ディレクターの著作だ。
    松岡正剛と言う稀代の読み手に知の最前線の読書をしてもらい、そのエッセンスを味わうばかりでなく、そこから導かれる新たな世界を目撃するのが読者と言うわけだ。

    松岡の提示する宇宙に煌めく星々の世界と、その星と星を自由に縦横に繋いで描き出して見せる見たこともない星座の世界。
    この縦横無尽の知的ネットワークは何かに似ている。
    人間の脳のネットワークに似ているのだ。
    松岡正剛の著作とは、脳のネットワークの縦横無尽なニューロンの結合を読み物として提示したものと言えるのではないか。

  • 「山」「神」「風」などモチーフごとに章立てされていて、楽しく読める。絵や俳句が趣味の人にはおすすめ。

  • 日本の伝記伝承モノに興味を持って読了。日本人が花、鳥、風、月、山、夢などをどう捉えてきたかを、伝承文化や古典、地名、風習などから掘り出して解説するもの。松岡正剛の著作は初めて。内容は日本人なら知っておくと良いと思わせるものが多く、興味深い。好きな人にはたまらないはずだが、作者の表現がややくどいかな。

  • 7/4 読了。

  • 正直、良く理解できなかった。もちろんこれは私めの理解力不足に起因するものではあるとは思う。
    一つ一つの章はまあ難しいというわけではなく理解可能な範囲ではあるのだが、総体として何が言いたいのか。カルチャーセンターでの「イメージの誕生」という講座を元にしているとのことで、講座自体を聞いていればもう少し判ったのかもしれないのだが。
    章立てされた一つずつのコンセプトは理解できるが、それが花鳥風月ということばで表現されるモノのコンセプトとしてどうまとめ上げられているのかが理解できません。かなりこった章立て「山 道 神 風 鳥 花 仏 時 夢 月」に編集の妙があるのだと思うのですが、もうこの順番が判らない。
    まあ、そういうことですがとりあえず知識は増えます。

  • 「『花鳥風月』に代表される日本文化の重要な10のキーワードを取り上げ、歴史・文学・科学などさまざまな角度から分析、その底流にひそむ『日本的なるもの』の姿を抉出させる。」(解説より)

    難しかった…。

  • タイトルが駄目。タイトルが内容とまったくあっていない、あるいはほんの一部分しかあらわしていないのが残念。「科学」と表現する必要があるのか?という。

    カルチャーセンターの講座の記録がもとだということで[p429]、全体的に思いつきのエッセイのような記述が納得。

    日本文化の歴史的な起源、発祥からみる(「山」から「都」へ[p16]など)だけではなく、科学的なエピソードもエッセイ的に取り込みながら、「景気」を盛りあうためのコミュニケーション様式、ユーザーインターフェースである「花鳥風月」に迫る。「隠れた次元」[p58]を浮き彫りにするよう。

    まさに知識人?で、一つのことに対して芋づる式に別の事柄が接続していく(「わたしはそれ[※『かげろふ日記』の作者が美人だということ]を知ったときにすぐに『五番町夕霧桜』の佐久間良子を思い浮かべた」[p370]など)。

    「はか」[p368]など、ことばをとりあげる箇所の多くが煩わしく感じる。しかし、「ウツる」というのが「移る」写る」「映る」であることから「花鳥風月」は「連続的に映し写されていくイメージの切れ目のない移行性」なのだ[p318]と重要な側面がいわれる。

    また、「ここ」から「むこう」(ほか)へ過ぎ去っていく時間を獲得するための容器、「器」(ウツわ)[p329]などの示唆。

    カルチャーセンターの記録がもとのまとまりのなさで、弱いか。

  • 多少全員に読みやすいわけじゃないので星4つ。セイゴーせんせに怒られそうではあるが。

    日本文化のなんとなく知ってると思っているが説明できないようなもやもやしたものをキーワード(山、道、神、風、鳥、花、仏、時、夢、月)に分けて原初をたどりつつ意味を理解しその現代における意味を探るって云う。セイゴー入門としてはやさしい の かな。我々の普段埋没している所作や土地や廃れてしまった風習やそんな中にある意味やなにかを明晰な言語で再構成してくれる本(たぶん)。ただ『再構成してあげよう』というサービス精神ではないところは注意。日本再認識、というには全体の情報量が膨大なので見返しつつ理解という感じではありますが、いろんなものの見える意味が変わって見えることは確実かな と。個人的にはまれびとの下りと『佐伯』氏の話あたりがたいそう印象に残っています。

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著者プロフィール

一九四四年、京都府生まれ。編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。一九七〇年代、工作舎を設立し『遊』を創刊。一九八〇年代、人間の思想や創造性に関わる総合的な方法論として″編集工学〟を提唱し、現在まで、日本・経済・物語文化、自然・生命科学、宇宙物理、デザイン、意匠図像、文字世界等の研究を深め、その成果をプロジェクトの監修や総合演出、企画構成、メディアプロデュース等で展開。二〇〇〇年、ブックアーカイブ「千夜千冊」の執筆をスタート、古今東西の知を紹介する。同時に、編集工学をカリキュラム化した「イシス編集学校」を創設。二〇〇九~一二年、丸善店内にショップ・イン・ショップ「松丸本舗」をプロデュース、読者体験の可能性を広げる″ブックウエア構想〟を実践する。近著に『松丸本舗主義』『連塾方法日本1~3』『意身伝心』。

「2016年 『アートエリアB1 5周年記念記録集 上方遊歩46景』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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