日本の歴史〈3〉奈良の都 (中公文庫)

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著者 : 青木和夫
  • 中央公論新社 (2004年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (585ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122044012

日本の歴史〈3〉奈良の都 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • ‪名作の誉れ高い3巻ですが,個人的には時系列がしばしば前後するのがいやで,前2巻に比べるとほんの少し落ちるような気がしました。ただこの時代に書かれた歴史書にしてはかなり生活史への目配りがあって,奈良の街を知る,という目的があるならかなり有意義な本だと思います。‬文体は若干固めですが風情とユーモアのバランスが取れています。

    (使えそうなところ)
    【奈良時代の記録と人口】
    ◆記紀万葉のみならず日本古代の文献は8世紀になると急増する。『続日本紀』はこの時代における最も重要な史料であるが,他にも日本最古の詩集である『懐風藻』や,『藤氏家伝』『唐大和上東征伝』などの伝記,および『律』や『令』とこれに関連する書物など,枚挙にいとまがない。その数は約1万2千点に達するという。その99%近くは,奈良の正倉院から見つかっている。なお,7世紀全のそれが20点あまり,9世紀前後からの平安時代400年の文章は合計しても1万点に達しないだろうと言われている。といっても,この時代において私的な記録はほとんど残されていない。独立した個人というものがまだ成熟していない時代であり,私的なものは公的なものにおおわれ,個人も肩書や身分でのみ判断されていた。肖像画や肖像彫刻のほとんどないことからもそれはうかがえる(鑑真像などは例外だが,これも大陸の影響というべきである)。だから,この時代には国民を「百姓(ひゃくせい)」と呼んでいた。
    ◆当時の日本の百姓はさまざまな史料から数学理論を用いてはじき出すと約600万人となるらしい(唐の約1/7~1/8)。今から1200年前の政府には,時の全人口が分かっていた。7世紀末の持統朝以来,全国の戸籍は6年ごとに作成されていたし,さらにその戸籍を簡潔にした租税のための計帳は毎年8月までに都に送られ,9月にはこれに基づいて予算を編纂していた。租税のかからない人まで含めて全人口を定期的に調査した政府は,のちの明治政府まで,日本には存在しなかった。9世紀以後も政府は戸籍制度を続けたが,6年ごとは12年ごと,やがて数十年に一度となり,10世紀にはもうできなかった。徳川幕府も人口調査を行ったが,それも相手は百姓・町人で,自分たち武士の仲間うちは除外していた。
    ◆人口密度を考えると,無数の先祖によってくまなく開拓された現在の日本とは違い,住める場所も限定されていたので,北九州・中国東部・近畿・東海沿岸にかえって人口が集中していた。とはいえ,20世紀前半と比較すれば,それら先進地帯でさえ,日本の岐阜県北部や兵庫県北部などと同じくらいの人口密度であった。逆に人気のない地域は,陸奥・出羽・飛騨・日向・薩摩・大隅である。これらの地域には律令国家の力が完全には行き届いていなかった(飛騨は調や庸の代わりに飛騨匠という大工を毎年50人ばかり都へ送ればよいという特殊な課税区域であった)。都の人口は,20万人程度であった。そのうち官人は1万人余り,さらに蔭位の制に守られた上位の者は百十数人,そして政府中枢にあたる公卿は十数人であり,これが8世紀初頭,大宝律令を公布したころの日本の藤原京,さらに平城京に築かれていた役人のピラミッドであった。

    【律令国家】
    ◆701年の3月,藤原宮では即位や新年の拝賀におとらない盛大な式典が挙行された。大宝律令の公布式である。式典は黄金献上の儀から始まった。それまで日本にはないと思われていた金山が対馬で発見されたのだという(実際は嘘だったが)。これを瑞祥として年号を大宝に改めることになり,これ以後年号は現代にいたるまで絶えず継続することになる(初の年号は大化であったが途絶えがちだった)。このとき制定された官名は明治維新まで,位階も戦前まで存続し,勲等は勲章というかたちで現代にも残っている。この式典から約2か月後,大宝律令に随う... 続きを読む

  • 日本古代の展望台に到達し、国号を日本と定めた朝廷は、律令制度を完成し、国富を集中して華麗な奈良の都を造る。貴族は惜しみなく富を七堂伽藍にそそぎ、民衆は悲喜交々の歌を万葉に託す。貴族と民衆の織り成す史劇を、古代人の心に分け入って構成しながら、奈良時代の実像に迫る。

  • そう言えば通史というものは、高校の教科書以来読んだことがなかった。まあ、それも記憶に残っていないし、いまさら教科書でもあるまい。何か適当な本はないかと、『日本書紀』の現代語訳を買ってみたのだが、10分で眠くなった。

    日本の通史を死ぬまでには読んでおこうと思い立った以上、最新の岩波に投資してもよいのだが、いかんせん敷居が高い。その点で原本が1965年から1967年とちょっと古くなったけど、中公文庫の日本の歴史は著者も名前くらいは知っているので、トライすることにした。

    まずは、好きな奈良ということで、『日本の歴史3 奈良の都』を選ぶ。井上光貞氏からスタートしてもよかったのだが、パラパラめくった感じで文体が平易な青木和夫氏を選んでみた。

    とにかく数字がよく出てくる。規模感が分かると、今と違った政治都市である平城京が見えてくる。

    但し、解説で丸山裕美子氏が指摘しているように、その後の研究成果により推定数字は問題がないとは言えなくなっている。例えば「都の人口二十万」という説は、もっと少なく十万と見る見解が有力なのだそうだ。半世紀前の研究水準であることには注意することが必要だ。

    谷沢永一先生が言っているように、どんな著者の話でも鵜呑みにしてはならない(『本はこうして選ぶ買う』)。

    索引まで入れて585頁あるので、電車の中で読んだらいつ読み終わるかわからないけど、しばらくはバックに入れておきたい。

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日本の歴史〈3〉奈良の都 (中公文庫)の作品紹介

日本古代の展望台に到達し、国号を日本と定めた朝廷は、律令制度を完成し、国富を集中して華麗な奈良の都を造る。貴族は惜しみなく富を七堂伽藍にそそぎ、民衆は悲喜交々の歌を万葉に託す。貴族と民衆の織りなす史劇を、古代人の心にわけ入って構成しながら、奈良時代の実像に迫る。

日本の歴史〈3〉奈良の都 (中公文庫)はこんな本です

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