フランス革命史〈上〉 (中公文庫)

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制作 : Jules Michelet  桑原 武夫  樋口 謹一  多田 道太郎 
  • 中央公論新社 (2006年12月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (473ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122047884

フランス革命史〈上〉 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 【小倉孝誠・選】
    150年以上も前に書かれた革命論だが、いまだに色褪せていない。共和派の歴史家ミシュレにとって革命はまさに近代の始まりだった。革命をめぐるさまざまな神話と寓意はこの書を起源とする。

  • 典型的な革命万歳史観で,そろそろこういうのも一冊読んでもいいかなと思って読みました。情熱的な文章で,「人権」「自由」が一種の信仰であることがよく分かります。連盟祭とシャン=ド=マルスの重要性や,亡命貴族が民衆にもたらした心理的重圧の大きさは,こういう本を読まないと分かりません。

    (使えそうなところ)
    ◆(三部会は)千二百人の代表のほかに,四千人の傍聴者を収容できた。(p96)
    ◆議会は,三つの演説を聞かされた。国王,国璽尚書,そしてネッケルの演説である。…演説は,三つとも金のことばかりを問題にしていた。権利の問題,万人の魂を満たし,昂揚させていた平等の権利の問題などについては,ほとんど,あるいはまったくふれられなかった。美辞麗句がたちまち粗野なことばに変わる。不器用な感激調のなかで,国王とふたりの大臣は,問題は要するに税金,お金,生計,そして胃袋のことにすぎないと思いこんでいるようであった。(p96~97)
    ◆「第三身分だけでは,三部会を構成できぬとおっしゃる。……いかにも,それこそもっけのさいわい。第三身分だけで国民議会をつくろう」そう言いはなったのは,またしてもシエースである。「第三身分,それがすべてだ」というみずからの革命理論を現実化しようというわけである。(p108~109)
    ◆ここで忘れてはならないのは,この時期(テニスコートの誓いのころ)の議会は,すべてひとりの例外もなく王党派だったということである。忘れてはならないのは,議会が十七日,みずから国民議会という名を選んだとき,「国王万歳!」と叫んだことである。(p110)
    ◆ひとりの青年,カミーユ・デムーランがフォア・カフェをとびだして,テーブルの上にとびあがり,剣をぬき,ピストルをふりまわす。「武器をとれ! シャン=ド=マルスのドイツ人部隊は,今晩パリにはいって,住民を刺し殺すぞ。記章をつけよう!」彼は,木の葉をひきちぎり,自分の帽子につけた。みながこれにならい,木という木は丸坊主になってしまった。喪章をつけられたネッケルとオルレアン公の像を先頭に,デモ行進がパリを横切る。ヴァンドーム広場でドイツ人竜騎兵が襲いかかり,群集をけちらした。…国王の軍隊の暴行の知らせは,たちまち全パリに広がった。…七月十三日,月曜日の早朝,まだ六時というのに,パリ全市の教会という教会の鐘が鳴りだした。八時には,人民が市役所に満ちあふれ,武器を要求してやまない。…だれひとり信念を説く者はなかった。だが,すべての人が確信をもち,すべての人が行動した。街路で,河岸で,橋で,大通りで,群集が群集に叫んだ。「バスチーユへ! バスチーユへ!」そして,ひびきわたる警鐘のうちに,すべての人が聞きとったものは,「バスチーユへ!」(p130~134)
    ◆できることなら,バスチーユそのものを根絶したかった。日時計の飾りをなしている石の奴隷を石でたたきつぶした。塔へのぼって,大砲につばをかけた。多くの者が塔の石に恨みをかけ,これをはずそうとして手を血らだけにした。(p157)
    ◆イギリスにおけるような権利請願はここでは問題にならない。成文法や,疑義のある憲法や,中世以来の真偽不明の諸自由にうったえたりする,そうした動きはここフランスではみられない。アメリカにおけるように,各州の認める原則を州から州へともとめ歩き,それを要約し,一般化し,そこから連邦が認めるような全般的法則を帰納的に構築すること,それもここでは問題にならない。皇帝や法王にみられるような至高の権威をもって,上から新時代の“信仰箇条”をあたえること,それがフランスでの問題なのであった。(p172)
    ◆大革命の原則とは,善にせよ悪にせよ,各人は自分のしたことにだけ責任があるという正義の原則なのである。きみの祖先のやったであろうことは,その祖先の肩にだけかかる。きみになんの関係もないことだ。きみにかんするのは,きみ自身として行動することなのだ! こうした考え方でゆくと,先祖の功績を譲り渡すということ,つまり貴族制度ということはありえないのである。また同様に,先祖の過誤の譲渡ということもありえない。…もはや功績の譲渡はない。したがって貴族制度の廃絶。もはや罪過の譲渡はない。したがって死刑罪は罪人の家族を,その子どもらを傷つけない。(p230)
    ◆パリは王がいなくても大丈夫だった。王の逃亡は状況の正体を白日のもとにさらした。つまり,王権は妨害物としてのみ存在していたのだ。(p313~314)
    ◆フランスは,九一年には,無垢の青年さながら,自由の乙女さながらだった。全世界がフランスに恋をした。ライン地方,ネーデルランド,アルプス地方からは求愛の声が聞こえる。フランスは国境を一歩踏み出すだけでよい。大歓迎をうけたはずだ。フランスは,一つの国民としてではなく,正義として,永遠の理性として来たり,人々に,みずからの最良の思想を実現し,みずからの権利に月桂冠をあたえることをもとめるだけなのだ。自然な併合,つまり同じ言葉を使い同じ人種であるリエージュとサヴォワの二人民を併合するほかは,フランスは何もほしがらない。世界じゅうで一片の土地も他国から奪いはしなかったろう。いまでもだれひとり知らぬことだが,この神聖な瞬間においてフランス以上に非征服的なものはなかった。フランスが利害にひかれ不正になるためには,時が,妨害が,危険の誘惑が必要だった。一七九一年にはフランスは,自己の力づよい処女性を自覚していた。頭を多角あげ,心は無垢,自己の利害を度外視して前進していた。自分が愛らしいことを知っており,じっさい,諸国民から愛されていたのだ。(同じような記述は他にも多数,p351~352)
    ◆立法議会ほど年の若い議会は空前絶後である。議員の大多数は二十六歳にもなっていない。(p353)
    ◆毎日千八百人の義勇兵がパリを発った。やがて二万人にもなった。もし抑えなければ,もっと多く義勇兵が出ただろう。議事録を刷らせるための印刷工を仕事場にくくりつけておく必要を,議会は感じたのである。武器をつくるのに必要な職工,たとえば金具工などはかってに出発してはならないと,布告せねばならなかった。さもないと,武器をつくる人間がひとりもいなくなってしまう。…中央市場の貧しい女たちは,四千フランの醵金をした。たぶんこれは,安ものの宝石,結婚指輪を売ってつくった金ではあるまいか。(p444~446)
    ◆フランスの地表に一大異変がおこった。外国軍が通ると,フランスは突如姿を変えたかと思われた。フランスは砂漠となったのだ。穀物は姿を消した。そして,あたかも竜巻がそれをもちさったのかごとく,穀物は西に去った。進撃する敵のために残されたものとしはただ,青いぶどう,病と死のみであった。…困苦は両軍ともほぼひとしかった。雨,糧食の欠乏,まずいパン,まずいビール。しかし,士気のちがいは大きかった。フランス軍は歌をうたい,ぶどう酒を心にもっている。燕麦や黒麦を食べても,自由というパンのうまみを心ゆくまで味わったのである。…彼らはつぎのことに気づいたはずである。すなわち,彼らが相手にしているのは一つの軍隊ではない,フランスそのものを相手にしているのだ,と。(p460~466)
    ◆プロシア軍は,いまなにものを相手にしようとしているのか完全に知らなかったので,彼らはデュムーリエをとらえたと思い,その退路を断ったと思っていた。亡命貴族たちの言うところの浮浪者,仕立屋,靴職人のこの軍隊は,大あわてでシャロンやランに逃げこんでしまうものと想像していた。…この連中は大部分が大砲の音を聞いたこともなく,したがって六十の砲門がいっせいに火をふけば胆をつぶすだろう,ぐらいには思っていた。ところがフランス軍の六十の砲が応戦した。…ブラウンシュヴァイクは望遠鏡を向け,そこに,驚くべき,異常な光景をみた。ケラーマンの手本にならい,フランス兵はいっせいに,サーベル,剣,銃剣の切先に帽子をかぶせ,大歓声をあげているのだ。……三万人の雄叫びは谷間いっぱいにひろがった。歓喜の叫びのようではあるが,驚くべく長い。十五分はたっぷりつづいている。いったん終わると,また前に増した勢いでふたたびはじまる。大地は,ために震えた……。その声は,「国民万歳(ヴィヴ・ラ・ナシオン)!」…才知あり経験を積んだ将軍は,正面に対した軍隊のなかに,宗教戦争以来ほとんどみかけたことのない一現象――すなわち狂信者の軍隊をみてとったのであった。…(将軍が王に作戦困難であることを主張したため,王は不機嫌となり)王はみずから,参謀をつれ,敵陣に近づき,間近にこれら激昂者,未開人の顔を見た。(p469~473)
    ◆他にも教科書ではさらっと流されているけど重要な「信教の自由」「貴族的身分の廃止」を改めて確認させられたことや,マラーのキャラクター,ヴェルサイユ行進がいかに危機的な状況であったか,ヴァレンヌ逃亡事件の詳細と影響について細かく見ることができました。

  • 新書文庫

  • 著名なフランス革命史の抄訳。上巻では、全国三部会招集からヴァルミーの勝利および共和国宣言までが扱われる。トクヴィルが『旧体制と大革命』で、革命とは距離を取りながら行政システムの連続性を浮彫りにし、革命が革命以前から始まっていたと考えたとすれば、ミシュレが強調するのは革命による「人民」の革命的変化であり、人々が突如情念に突き動かされ、共和国樹立へと邁進していく姿である。その限りで、「共和派」の歴史叙述と言われるに相応しい内容である。ミシュレにおいては、革命当時から国外では非難轟々であった人民の直接行動でさえ、革命の友愛精神の現れであり、ジャコバン派の支配も状況による不可避の選択である。歴史が共和政を最終目的としているという確信が、革命時の様々な残虐行為でさえも、共和政に向かうプロセスの一部として許容されることになる。

  • 2013年10冊目

    ミシュレ:フランス革命史

    フランス革命史とえいばミシュレ、なわけであるが、ミシュレのフランス革命史の根底にあるのは「人民」というキーワードであったように思う。
    フランス革命は人民の意思により誕生し、達成された。時には公会の存在を批判しつつ、徹底的に人民の立場に立つ、それが本書の特徴である。
    それはミシュレの立場にも関係する。ミシュレは時に政治参加の機会があった。しかしながら、徹底した人民の立場から中立的に、どの派にも属さずに歴史を叙述するという信念から政治参加を拒んだ。彼の立場は執筆の観点からみても人民に依拠していたのである。
    そのため、本書の隅々で人民を礼賛する場面がみられる。また、この立場にったからこそ、女性にも幾分か紙面が割かれている。(多くはないが)例えば、1789年10月5日に、女性が国王一家をヴェルサイユからパリへ移住させた事件で女性の役割を説いている。「人民のうちで最も人民的なもの、すなわち最も本能的なもの、それは疑いもなく女性だ」と。革命の発生にはやはり食糧難が背景にあり、このような場合、女性は爆発的な力を生み出してきた。
    その意味でロビスピエールがたたえられている。常に人民の立場に立ったロビスピエールのことを考えれば当然である。

    フランス革命を、冒険小説のように人民が力を獲得していく過程を描く本書は、絶えず革命が偉大であったという印象を放ち続けている。

  • ロベスピエールってヒーローじゃないのか。民衆は家の女房のように気分屋だ。こんな激しい革命は日本人には無理だな。

  • 十九世紀フランスの歴史家ミシュレによるフランス革命史。『フランス革命史』全体の五分の一ほどの抄訳。日本語訳は『革命史』も『フランス史』も抄訳しか出ていないというのが残念でならない。歴史学者としてのミシュレは、史料を駆使した実証的な歴史学を追究したようだけれど、対照的にその筆致はイメージや比喩を多用する傾向があり、詩的かつ文学的で主観的なのがひどく逆説めいている。実証的歴史学の産物としてよりは、むしろ文学作品として扱われがちなのも頷ける。十九世紀の歴史読み物のような印象。

    ミシュレにとっての同時代(十九世紀)への言及もあるので、ある程度フランス史の知識がないと太刀打ちできないとおもわれる。私も読んでいて言葉それ自体を楽しむのとは別に、よく分からないと思う箇所がありました。上巻は三部会の招集からヴァルミの勝利まで。

  • 歴史とは螺旋状に回転する生の集積。

  • リーダー不在の戦争。ヴェネツィアで機能した合議制・共和制が何故他の国ではうまくいかなかったのかな。革命直後に書かれているので革命の息遣いがきこえて新鮮。

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フランス革命史〈上〉 (中公文庫)の作品紹介

あらゆる「近代なるもの」の源泉となった歴史的一大変革と流血を生き抜いた「人民」を主人公とするフランス革命史の名著。上巻は一七八九年の三部会招集から一七九二年のヴァルミの勝利まで。図版多数。革命史年表・ミシュレ年譜・人名解説索引付き。

フランス革命史〈上〉 (中公文庫)はこんな本です

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