儒教三千年 (中公文庫)

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著者 : 陳舜臣
  • 中央公論新社 (2009年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122051485

儒教三千年 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 新書文庫

  • 儒教のことを学びたかったので読んだ。
    わかったようなわからなかったような……。

    天と地、祖先を祀り、恥じぬ生き方
    わりと漠然とした心のあり方?
    だけど受験科目になったり、礼を重視したりして人を縛ってる

    日本はいいとこ取りしたっぽい

  • 中国のひとつの側面をすこし知ることができた。

  • 儒教の歴史・変遷がよくわかる。

    そもそも儒教は宗教なんだけど、日本はその倫理だけを輸入し、科挙の仕組みも取り入れなかった。だから儒教の悪い部分が広がらずにすんだのでしょう。
    多様な価値観を認める重要性を改めて感じる。

  • 儒教=論語=孔子と、単純に捉えていたが、そんなものじゃないんですね。

  • 儒教という言葉は嫌いだ。儒学、儒が宗教的になり、封建制度を支えるバックボーンとなって(日本でも徳川時代の武士の学問)、本来の孔子の教えとは違ってきている。この本に書かれている儒の歴史は儒の中にもそういった体制に取り込まれた儒を批判する動きもある事が詳しく書かれている。最後にプリンストン大学の余英時教授の言葉が印象的だった。現代儒学を「遊魂」と表現している。「西方の勢力に解体され儒学は死体から解放された。」今自由になった儒は本来の姿に戻って今の時代によみがえってきているのではないかと思う。

  • 一章・儒のルーツ
    二章・「礼あり、名あり」
    三章・儒の変貌
    四章・中華思想の周辺
    五章・思弁への道
    六章・儒と近代

    以下備忘メモ。

    殷の時代、儒家のルーツはシャーマンであった。殷の終わり頃にはシャーマンの勢力が衰え周の時代になって儒家の占いは力を落とす。儒家は葬儀の専門集団と成って旅をするようになり方々を回り見聞を深めて知識を持つ集団と成る。

    中国には友情を歌う相聞歌が多い
    日本には男女の愛情も歌う相聞歌が多い

    中国にキリスト教の宣教師が不況にきた際、祖先礼拝、孔子崇拝は追憶のシビルであるかどうかを巡って論争が起こる。イエズス会は適応主義をとって、孔子崇拝はシビルであるとした。ドミニコ会とフランシスコ会は宗教儀礼であるとした。背景にはポルトガルとイスパニアの対立もあったと考えられる。

    論語の一節「述べて作らず」
    祖述者か創始者かといえば、祖述者であるとする態度。
    謙遜とも受け取れる。

    儒教は学問史上主義、専門家軽視、そして形式主義に陥る危うさ、傾向を内包している。それは農民、職人軽視につながる危険もある。
    芸術に秀でても学問一般ができないと二流とされる風潮も生む。

    お受験儒学、科挙のメリットとデメリット。

    羅貫中は元末期の人。
    科挙制度が廃止された元では文芸、音楽、芸術などが栄えた。

    論語
    形而上なるものが道、形而下なるものが器
    和魂洋才
    これは日本でも広く語られた。

    伊藤仁斎の引用も多数

    衛霊公第十五
    15-09
    子貢問爲仁。子曰。工欲善其事。必先利其器。居是邦也。事其大夫之賢者。友其士之仁者。
    子貢、仁を為さんことを問う、工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす
    しこう、じんをなさんことをとう。こう、そのことをよくせんとほっすれば、かならずまずそのうつわをするどくす。

    儒教は長らく論語等の古典に注釈をつけることに専念し、新しい哲学的体系を作らなかった(祖述)。それに対し仏教が着々と体系的な思想体系を作り上げていった。儒教は宋の時代に入ってから体系化される。朱子学には道教の影響も強い(気についてなど)。それまで鬼神を敬遠していたのがぐっと宗教性を帯びたように感じた。

    中国では昔から現代に至るまで儒が宗教であるか思想であるか議論が盛んに行われた(前述の孔子崇拝がシビルかなどもその一例)。それに対して、日本では儒教は思想としてとらえられ、そのような議論は起こらなかった。儒教が民衆に浸透するには少なからず宗教性を持っていないといけない。日本の儒教は宗教性が薄く民衆に広がりづらかった。

    叔父叔母、いとこ、中国での表記は非常に細かい。これは儒教の先祖祭祀で序列がとても大事だから。日本の儒教は先祖祭祀をせず、親族の呼び方もルーズ。日本には同姓娶らずの原則がない。韓国には同姓かつ同本質(本籍地)が同じ人は法的に入籍不可。

    儒の立場では二朝に仕えてはいけない。
    出典は『史記』の「賢臣、二朝に仕えず」か?

    儒教批判は李卓吾から始まる。吉田松陰は李卓吾に傾倒した。譚嗣同は平等の視点。

    スペシャリスト軽視、マルチ人間を推奨する背景は、儒教ではなく科挙の弊害である。さらに言えば科挙ではなく権威主義の弊害である。もっとも難しい試験に受かった物が最も優れている。ほかの教科などいらない。

    約250ページ

  • 「儒教は中国の等身大である」ということが繰り返されるけど、儒教から読み解く中国と副題がつけられるぐらい思いのほか多くを包括している本。丁寧な語り口が特徴。
    儒教は先祖を祀る点で宗教っぽくはあるが、亡き人を追憶することは宗教的な意味合いでの祈祷とは違う。
    中国においてイエスズ会の布教活動は儒教が宗教でなく倫理であるという判断に因って行われた。
    ありのまま主義の老荘に対して形式的。
    国教化と科挙の登場によってより為政者に都合の良いものになる。結果的に近代化を遅らせる。
    ばらばらの論語を体系化→仏教、道教の影響を受けながら朱子学が出来る。
    日本では教養として以上の浸透はなかったのに対して韓国は強く影響を受けている。

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