ミーナの行進 (中公文庫)

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著者 : 小川洋子
  • 中央公論新社 (2009年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122051584

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ミーナの行進 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • 物語の始まり、朋子を優しく迎えてくれた一家はまるで夢の中の住人のように完璧な存在に思えた。
    朋子がお姫様であるかのように接してくれる伯父さん、入学式についてきてくれる伯母さん、優しく部屋に招き入れてくれるおばあさん、愛情たっぷりのご馳走を作ってくれる米田さん、静かに見守ってくれる小林さん、愛らしいポチ子、そして聡明な美少女ミーナも。
    なんて素敵な家族だろうと、朋子と一緒になって感激してしまう。

    物語を読み進めていくと、彼らが最初に考えていたような完璧な人達ではないことが分かってくる。
    そして、夢の住人に見えていた時よりもずっと好きになってしまっていた。

    私はミーナのマッチ箱の物語がとても好きだ。
    彼女の点す美しい明かりを見てみたい。
    朋子とミーナがローザおばあさんと米田さんにバレーボールを披露しているところが見たい。
    出来ることなら参加したい。
    一緒にジャコビニ流星雨を待ちたい。
    2人の少女の宝石のような秘密の時間を一緒に過ごすことが出来たらどんなに素敵だろう。

    …なんてことを考えてしまうけれど、この物語は十分に夢のような時間を与えてくれたとも思う。
    とっても幸せな優しい時間を。

  • 主人公の朋子、ミーナ、伯父さん、叔母さん、龍一、ローザおばあさん…

    『ミーナの行進』に出てくる人は皆それぞれ心のどこかに埋まらない隙間のようなものを持っていて、それがところどころに顔を出す。ミーナのか弱さ、叔母さんの病的なまでの誤植に対する執着、龍一の父に対する屈折した思い… その隙間が大きく口を開いていて、そこへ顔を埋めることで充足を得るような物語も世の中にはあると思うけれど、この物語に描かれる隙間は、後で時に笑いを交えながら語ることのできるようなものだ。「この傷、子供の時にちょっと転んだ時のやつ」などと見せびらかすような傷。悲しみに満ちた感情も、この小説の中ではどこか愛おしい。

    馴染みがある土地が多いのもよかった。伯父さんの工場のある阪神尼崎は親戚が住んでいてよく行ったし、伯父さんの通うマンションのある江坂は自分のホームからごく近い。それゆえに彼女らのことをとても身近に感じた、というのもありそうだ。

    読む前からそんな気がしていたが、たくさんの人に読まれるといいなと思える小説だった。

  • ノスタルジー感溢れる優しい小説。登場人物みな暗い面を抱えているので、起承転結のいつ「転」が来るのだろうかと構えながら読んでいましたが、最後まで穏やかな内容で心地良い余韻を残したまま読了しました。

    「写真を見るたび私はつぶやく。全員揃ってる。大丈夫。誰も欠けてない。」

    非常に心に残った素敵な一文。
    自分の思い出の写真に当てはめて、心の中で呟くとぐっと来るものがあります…。

  • 日曜の新聞の別刷りに掲載されていたが、その時は読まなかった。週1回だからボリュームもそこそこあって、なんとカラー刷りでイラストが印象的だった。もしかしたら、新聞を読み始めた小中学生も読者に想定していたかも知れない。
    どこか遠い国のお姫様だったのに、と幼い夢想していたとあるけれど、チョッとありそうな話にしたのが、この小説かな。
    親の都合で叔母さんの家に預けられた少女。お婆さんはドイツ人で、その血をひく叔父さんはダンディで飲料メーカーの経営者。住まいは豪邸で、家事を切り盛りするお手伝いさんも家族のよう。そして、病弱で物語の好きな美少女の従妹、ミーナ。
    叔父さん、留学中の従兄、図書館のお兄さん、と男性は存在感が弱い感じがする。少女の夢は男性はハンサムならそれ以上必要ないのかね。
    しかし、何故コビトカバなんだろう。普通なら白馬、少し譲ってポニーが出てくるところでしょう。確かにカバのお尻に寂しさを感じたけれどね。
    マッチの絵からミーナが語る短い物語。こういう小道具がとても効いている。

    内田樹さんの本に、ずっと一緒にいられないという思いを共有するのが家族だとあった。どの本にあったか忘れてしまったし、正確な文言を書けないけれど、この本を読みながら、内田先生の言葉をついつい思い出してしまった。
    だが、巻末にはそれほどの寂しさを感じなかった。素敵な思い出を共にしたという思いがあれば幸せということかな。

    世代的に、ラジオ英会話のマーシャ・クラッカワさんとかミュンヘンオリンピックの男子バレーとか、普通の読者以上にそれよく知っているよと思う処が多かった。

  • おもしろかった。わくわくすると同に心がほっとするような感じ。
    ホラーめいた奇妙な話とか悲しげな話が苦手なので、小川洋子って避けていたふしがある(スミマセン)のだけれど、これはそういう要素がなく(ファンタジーっぽさはあるけど、これくらいはわたしも受け入れ可能)、とてもよかった。
    やっぱり文章が美しいなーと。ときどき、読んでいると、ぱあああっーという感じで目の前に風景が広がるような感じがした。
    小川洋子さんのエッセイとかも読んでみようかな。

  • 完璧なようでそうでないからこそ素晴らしい、そんな家族と過ごした素敵な一年の流れが柔らかく描かれていて、読み終わるのが勿体なくなってしまった。

    ポチ子が死んでしまった後の朋子の少女らしい気持ちに切なくなった。


    「朋子。月が二つ。だってお月様は二つないもの。ないものなのにこうして二つある。同じ大きさで横に並んでる。」
    「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや」
    好きな台詞です。

  • 1972年、ミュンヘンオリンピックの年に親戚の芦屋に住むことになった朋子。一歳年下のミーナとその家族の一年間を描く物語。
    大きな事件が起こるわけではないが、出会いから別れまでの場面の一つ一つが実に印象深い。コビトカバのポチ子の存在も見事で、この家族を物言わぬ一頭が象徴している。家族の個々に問題や悩みはあっても、底知れぬ包み込むような大きな何か(私は『信頼』を読み取った)があるから、この一家に温もりを感じる。

  • 小川洋子さんの小説らしく、ほっこりとする読後感。
    芦屋のお金持ちの親戚の家に居候した1年間の出来事が、これっと言った大事件もおこらず、淡々と進んでいくのだが、やはり小川さんの小説らしく「ファンタジー色」はあった。
    コビトカバの「ポチ子」がかわいい。
    そして、ミーナが強い女性になっているのも、朋子が図書館で働いてるのも、なんだか嬉しかった。

  • ミーナと過ごした、1972年。
    月日が流れ、あの場所がなくなってしまっても、誰かが天に召されていなくなってしまったとしても、心の中で決して色あせることはない、きらきらした思い出たち。

    終わりが近づくにつれて涙がこぼれたのは、きっと、そんな美しい物語をもっともっと聞かせてほしかったから。

    寝る前におかあさんがそっと読んでくれたような、秋の夕暮れ時のやわらかな日差しが似合いそうな、暖かみのあるほんわりとした物語だった。

  • 朋子は母娘二人で暮らしていたが、将来を考えた母が東京の洋裁学校へ一年修行することになり、その間大坂の叔母の家へ下宿する。そこでは個性豊かな人々が、深く色濃い独特の世界を形成していた。

    ***

    小川洋子さんの書いたお話にしては明るかったですね(※妙な偏見)。いつも通り浮気ネタも入っていましたが、比較的ライト(※妙な慣れ2)。ラストの収束も前向きでびっくりしました(※妙な慣れ3)。
    さて、タイトルの『ミーナの行進』。作中の印象的な場面、ポチ子(※カバ)にまたがったミーナの登下校の様子を指しています。カバは常に表面から赤い汗が出ているはずですが、ミーナの服は無事なのでしょうか……。まあ、それはさておき、もちろんミーナwithポチ子の登下校=行進にはおさまらないと考えてもいいでしょう。ミーナは読書によって、実にいろいろな世界を渡り歩いています。それは司書のとっくりさんも舌を巻く(※実際にはミーナに対してではないですけれども)ほど。最終的には日本を飛び出していってしまうのですから、ミーナの行進範囲は広い。その内宇宙にでも行っちゃうんじゃないですかね。
    空間の面から考えると、いろんな空間があるんで面倒くさいのですが、印象的だったのは光線浴室でしょうね。そもそもミーナの住む家自体が、とても実在するとは思えない設定なので、現実世界と隔離されている住居と捉えられそうです。その中でも光線浴室はさらに隔離されている。しかも、中には大体シミーズ姿の少女二人が寝っころがってたり、こっくりさんしてたりするんですから、かなり異様。こうした隔絶された空間で、迷信めいた治療やこっくりさんなどを行っているので、ここは原始的な意味合いを感じることもできますし、神聖な空間とも思えそうです。フラッシーを信仰するご家庭っていう時点で、けっこうあの家自体が浮世離れしている場所だとも思います。
    で、山火事の時に一度御屋敷から、おじさんの会社の寮へ移り、そのたった一晩でポチ子が急逝します。見様によっては、俗世へと家族みんな(※ポチ子除く)が降りたら、幻想的な世界の要素として柱を担うポチ子が死んだ。とすれば、ポチ子はなんだか信仰の対象の一部ともなっていたのではないかなー、と思います。アマゾンという原始的なイメージの場所からやってきたこともありますしね。

    ひっくるめて、『ミーナの行進』は世界を開拓していくお話だったと言えそうです。もともと俗世とは程遠いお屋敷に住んでいたミーナが、さまざまな出来事によって次第に世界を現実へと広げていく。それをポジティブに描き切ったことによって、小川洋子さんにしては明るい(※妙な偏見4)となったのでしょう。
    ただ、どこか心に空洞を感じました。小川さんの小説を読むたびに感じる寂しさなのですけれども、これが今回のような前向きな展開に対してどうして起こったのか、自分でもよく把握できていません。おそらく、伯父さんの浮気がうやむやに終わったようである事とか、米田さんとローザおばあさんとの遠い世界へ旅立つ境界越えのイメージだとか、そういうのが原因かなあ、と思います。
    よく聞くお話かと思いますが、子どもやお年寄りが神聖視される文化を日本は持っているといいます。それとリンクさせると、ミーナはかなり現実と離れた世界にいたといえますし、ローザおばあさんの米田さんの死後は、確実に違う世界へと入っています。
    とすれば、ミーナが世界を開拓した、とさきほど述べました意味がさらに延長されます。いいかえれば、ヒトが生まれ生きて死んでいく過程を、世代別に描いていったのではないかということです。それを現実世界と現実ではない世界との混じりあいや越境によって表現したのかもしれません。
    そう思うと、いずれミーナはまた違う世界へと入り込んでしまうかもしれませんし、他の登場人物たちも旅立って行ってしまうで... 続きを読む

  • 少女時代の思い出が宝物のように詰め込まれている。誰もが大切にかかえているそれぞれのシーンを思い出したのではなかろうか。「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや。」とっくりさんのこの言葉にふるえる。センチメンタルだわ。時代はどうしようもなく移ろぎゆく。

  • 小川洋子の作品にはやや珍しい純リアリズム小説。ポチ子のエピソードにしても、かなり奇想天外ではあるものの、基本的にはリアリズムの枠組みから逸脱するものではない。1972年は、作中にも描かれるようにミュンヘン・オリンピックの年だが、小川洋子にとって特別な思い入れがあったのだろうか。作者は当時10歳。ちょうどミーナの年齢だ。芦屋の洋館を舞台に、岡山からやってきた朋子が過ごす夢のような1年。ある意味では、そこでの日常が描かれるだけなのだが、その時間の彼方に、我々読者もまた静かな郷愁と感動を共にする物語である。

  • 朋子が、お金持ちの親戚の家で過ごした一年間のお話。舞台は1970年代の芦屋。
    従妹のミーナが、集めたマッチ箱をもとに紡ぐ物語がとても素敵♪
    朋子たちの生活がとても魅力的でほっこり読めた。

  • 小川洋子さんの小説では必ず「死」が描かれる。

    もちろん、この作品でも多くの「死」が描かれている。
    主人公の少女である「私」のお父さんの死に始まって、
    川端康成の死とその後を追い自殺した老人の死、
    猿の車掌「サブロウ」の死、
    ミュンヘンオリンピックの黒い九月事件とそこから連想されるアウシュビッツ、
    猫田勝敏の死、
    流星雨を見に行って滑落死した名もなき男性の死、
    コビトカバの「ポチ子」の死、
    「米田さん」の死、
    「ローザおばあさん」の死、
    なによりもう一人の主人公「ミーナ」自身が非常に病弱であるという設定だし、彼女が死について強い関心を抱いていることは、ミーナから「私」に送られる物語が如実に示している(ちなみにミーナが借りた本のなかで特に話題になるのは川端康成の『眠れる美女』とマンスフィールドの『園遊会』であり、この2つの小説のテーマが「死」であることが「私」の口を通して語られる)。

    人間にとって「死」は決して結論のでることのない問題で、小川洋子さんほど、このテーマに真摯に向き合い続けている小説家も少ないのではないだろうか。
    僕がこの小説に胸打たれてしまうのは、決してストーリーやプロットの巧みさにあるわけではないと思う(大人の男性に淡い恋心を抱く少女に共感できる三十路男はなかなかいるもんじゃないだろう)。
    小川洋子さんの小説の面白さは、生きている人間が決して触れることのできない「死」の、その輪郭がおぼろげながらでも見えたような気がするその感覚にあるんじゃないだろうか。
    そしてそこから敷衍されて、生きることの尊さに気付くことにあるんじゃないだろか。

    そんな気がする。

  • すべて完璧な人なんかいなくて、欠点があるからこそ愛しいし、その欠点を補いながら生きるために家族がいるんだなあ。

  • 少女が芦屋の従妹一家と暮らした1年間の思い出。
    心温まります。

    朋子は小学校を卒業するとすぐに、母の姉の嫁ぎ先に預けられます。
    女手一つで育ててくれている母が、東京で専門学校に行くためでした。
    1972年、開通したばかりの山陽新幹線で、岡山から新神戸へ。
    駅に迎えに来てくれた伯父は、栗色の巻き毛をした紳士的な男性。
    フレッシーという健胃効果のある清涼飲料水を作っている会社の社長でした。

    スペイン風の豪華なお屋敷に、驚く朋子。
    中も、夢のように素敵なインテリアなのです。
    伯父の母はドイツ人で、おっとりしたローザおばあさん。
    家事一切を取り仕切る家政婦の米田さんはローザおばあさんと仲良しで、家で一番権威があるらしい。
    庭仕事をする小林さんは、カバの世話が重要な仕事という元々飼育係だった人。
    広い庭には、なんと本物のカバがいるのです。
    ポチ子は、コビトカバで、背は子どもの腰までぐらいですが、誰でも庭にカバがいるとなればビックリでしょう。いぜんはミニ動物園だったというほど広い庭。
    そこの生き残りでした。

    長男の龍一さんは留学中で、家にいる子どもはミーナ(美奈子)だけ。
    一つ年下のミーナは美少女だけど、6年生には見えないほど小柄でぜんそく持ち。
    朋子はすぐに仲良くなります。
    ミーナはマッチ箱を集めていて、マッチ箱に描いてある絵にちなんだちょっとしたお話を書きためていました。
    このお話が小川洋子らしい…

    ミーナに頼まれて、代わりに図書館へ通うことになった朋子。
    司書の男性にほのかな好意を抱いて、自分はろくに本を読まないのに、ミーナの受け売りで感心されます。
    初恋でした。

    理想的な一家に見えたのですが、少しずつ抱えている問題も見えてきます。
    伯父さんは、どこかへ出かけたまま戻らない日も多い。
    伯母さんは一人で部屋に隠れてお酒を飲んだり煙草を喫んだり、文章を読んでは誤植を見つけるのを趣味にしていました。
    長男の龍一さんが一時帰国したときは、父親の顔をまともに見ようともしません。

    ミーナは学校まで20分ほどを歩くのも難しいということで、ポチ子に乗って行くことが認められます。
    特製の鞍を乗せ、小林さんが付き添って行くのですが、なんともファンタジックな光景。

    ミュンヘンオリンピックまで男子バレーボールの応援に夢中になる二人。
    ドイツ生まれのローザおばあさんは、日本とドイツを両方応援していました。
    選手村での思いがけないテロ事件で、ローザおばあさんの過去を知ることに。

    哀しい別れもあるけれど、意外なほどハッピーエンド。
    もっと複雑な陰影があるかと予想していました。
    病弱なミーナもしっかり成長していくのですよ~。

    昭和の雰囲気や具体的な出来事を伝えると同時に、少女時代の普遍的なものもきらきら含んでいます。
    憧れや驚き、好奇心、ときめき、小さな嘘、涙、優しさ…
    多くの方に読んで貰いたい物語です。
    2006年4月発行。

  • 小川作品のなかでも
    とくに大好き!

    ゆったりと時間が流れてて
    心地よかった*°

    読み終わるのが
    もったいなく感じた!

  • きっと誰にでも、こんな宝物のような、子供の頃のかけがえのない思い出ってあると思う。
    ミュンヘンオリンピックやジャコビニ彗星など、キラキラした記憶がちりばめられていて、何とも心温まるお話でした。
    こんなことさりげなく物語にしてしまうなんて、すごい。

  • 月日が流れ、たとえ逢う機会がなくなっても、ますます色濃く胸の奥に深く根差す少女の頃の記憶…。

    中学1年生の1年間だけ、母と離れて芦屋の山の上の洋館で暮らすことになった朋子。
    そんな朋子の夢のような温かな日常は、大人になって思い返しても忘れることが決してできない大切な宝物。
    コビトカバのポチ子に乗って小学校へ通ういとこのミーナ。
    丸々とした胴体から伸びる可愛らしい脚で歩くポチ子の上に股がって悠然と行進するミーナは、やがてポチ子の背中を降り、自分一人の力で行進し続ける。
    エールを送りたくなる清々しい物語だった。

  • 子どもから見た大人の世界の描き方がなんとも良かった。子どもって言っても、中1で、何も分かってないわけでもなく、でも、全てを分かることができるわけでもなく、主人公の朋子の目線で、伯父さんや伯母さんなどの大人たちを見て、朋子と同じように、不可解さや侘しさを感じたりした。
    なかでもやっぱり、ミーナの家では完璧にステキな伯父さんが、定期的に家をあけることについて伯母さんや他の大人たちも、怒るでもなくただ悲しんで過ごすだけ、という状況はもどかしく、私だったら我慢できないだろうな、と思いつつ、そうするしかできないのもなんか分かって、伯父さんが悪人でないことも分かるから、だからこそ哀しいなと思った。

  • ミーナの凜としたところがすごく素敵。マッチ箱の彼がなんかもう…幻想的で美しいところと、現実の切なさとか厳しさが合わさってて胸がぐーっとしました。

  • マッチ箱のお話が、ぞわっとしました。
    人の中にあって、でも気づいていないような
    気づいているような「闇」を描いているような気がします。

  • 人生には忘れられない年、特別な思い出がひとつはあるものだ。
    朋子にとってそれは、芦屋で過ごした一年間だった。
    とても不思議でとても濃厚なその年の記録の物語。

    コビトカバ、検索したらとてもかわいかった。

  • 舞台が芦屋で朋子とミーナは僕とほぼ同年代.打出の図書館やら阪急芦屋川が出てきて当時が眼に浮かぶ.お菓子に火をつけたりする喫茶店はアンリシャルパンティか?もう少し関西弁が多く出てきても良かったと思う.上品な関西弁で.コビトカバが出てきたりちょっと不思議で全体的には長いスパンで人生を感じさせる小川洋子らしいお話でした.

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ミーナの行進 (中公文庫)の作品紹介

美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない-ミュンヘンオリンピックの年に芦屋の洋館で育まれた、ふたりの少女と、家族の物語。あたたかなイラストとともに小川洋子が贈る、新たなる傑作長編小説。第四二回谷崎潤一郎賞受賞作。

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