- Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
- / ISBN・EAN: 9784122052420
感想・レビュー・書評
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ピアニストによるピアニスト列伝。
音楽家で本を出している人は大勢いるが、その文章の中に文才を感じることは、ほとんどない。別にそれは悪いことではない。音楽家の出す本は、何かをわからせるためのもの——例えば、演奏法や楽曲の解釈、作曲家のことなど——なので、言いたいことがきちんとわかれば、それで十分役割を果たしているといえるからだ。それに、そもそも、文才などというものは初めから期待などしていない、意識していないのが普通だ。
しかし本書を一読すれば、その文章の優れていることに気づかずにはいられないだろう。
著作は日本一有名なピアニストだったが、文才にも秀でていたということがすぐにわかる。専門の文筆家に勝るとも劣らない、読み手を惹きつける文章を書く。これはすごいことだ。
一般的に時間をかけて練習すればするほど物事は上達する。文章も小さい頃から書いて、量をこなしていれば、上達していくが、著作のように3歳からピアノばかり弾いていた人が、これほどの文章を書けるというのだから驚いてしまう。きっと書くのが好きで、文章も多く書いてきたのだろう。
本書の前作である、「チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代」と並び、クラシック音楽ファンなら、楽しめること請け合いの名著である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『赤頭巾ちゃん気をつけて』で有名な庄司薫の奥さん。庄司薫も寡作なので今では知る人も少ないかも知れぬが、ピアニストである中村弘子さんの文章はとても理知的でユーモアに満ちている。世界的に優れたピアニストについて紹介しているのだが、ピアニストそのものを知らなくても、音楽家というものの魅力が伝わってくる。中でも明治になって突然西洋に向かって門を開いた日本に登場する二人の女性ピアニスト、タスマニアでカンガルーと共に巣立った裸足の少女や二十歳を過ぎてコンサートピアニストを目指し、のちにポーランドの初代首相となった人物など、さまざまな魅力的なピアニストが登場する。
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2016年に亡くなられたピアニスト 中村紘子さんが90年代に雑誌に連載した世界ピアニスト列伝。
僕は音楽はほとんどわからない人間だが、昭和の人間にとってピアニストといえば 中村紘子 さんになるんじゃないだろうか。(どれほどなのかは実感できていないが)その名声と美貌、そしてインスタントコーヒーやカレーの CMなどでもよく目にした。
あるテレビ番組ではコンサートにおけるピアニストについて、自分がいつも弾き慣れたピアノを運ぶことはできないから、常に行った先のピアノに合った演奏を強いられる演奏家と言っていて、成る程確かにそうかも、と感じた事がある。
この話を取り上げたのは中村紘子さんという人がやはりピアニストでありながらも、言葉で表現する事にも優れた人だと感じたからだ。
この本は自分と同じピアニストというピアノに取り憑かれた「種族」として、海外の有名ピアニストや、不遇に終わった日本初の女性ピアニストの生涯を取り上げて語っている。その話の運び、横道へのそれ方などなど全て素晴らしく、読者を惹き込む読ませる文章なのだ。
雑誌の連載だから文字数の制約などもあったと思うのだが、ちゃんと盛り上がりや、結末に向けての収束の仕方など、まさにコンサートで観客をピアノで魅了するのと同じ感覚の構成力なのだろうか? -
ピアニストにしか書けない内容。だから興味深い。読みやすいです。
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中村紘子さんといえば、カレーのCMに出ていた……というのは古い人間でしょうか。
中村紘子さんは、チャイコフスキー・コンクールにも入賞なさった世界で活躍なさるピアニストの先駆けで、品の良い、私とは全く違うタイプの方に思えるのですが、その方からピアニストが蛮族だというお言葉が出るとは。
この本は歴史上の様々なピアニストについての人生について語られています。
で、読み進めていくと、歴史に名を残すピアニストはやっぱり変。常識では計り知れないところがあるんだなあと思いました。
例えば、ロシアのピアニスト、ホロヴィッツ。イタリアの音楽一家、トスカニーニ家のワンダと結婚してからというもの義理の父にも嫁にも厳しくダメ出しをされて精神的に病んでいったなど、波瀾万丈の人生です。
明治期に日本でピアノを学んだ久野久がベルリン、ウィーンで受けた本場の洗礼、その後の自殺と、涙無くしては読めない章もありました。
ご自身も名だたるピアニストだけに、演奏家に対して、変ではあると書きつつも優れた演奏家への敬意を感じます。そして、客がいるなら何処へでも演奏に行く、中村紘子さんのその言葉にプロ魂を感じます。