音楽と文学の対位法 (中公文庫)

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  • 中央公論新社 (2010年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (331ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122053175

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音楽と文学の対位法 (中公文庫)の感想・レビュー・書評

  • ピアニストにして文筆家の青柳いづみこさんが、モーツァルトとムージル、ショパンとハイネといったような、同時代で関連の深い音楽家と作家を比較して、それぞれの魅力を分析している。
    それにしても、取り上げられている作曲家たちはモーツァルト、シューマン、ショパン、ワーグナー、ラヴェル、ドビュッシーと、専門的に音楽を 学んでいなくても耳にしているし、楽譜も手に入りやすくて聴くことも弾くことも可能であるのに、比較されている作家のほとんどを読んでいない。ひとえに私の勉強不足であるが、音楽については、勉強したわけじゃないけど聴いているし弾いている。勉強不足を差し引いても、音楽がボー ダーレスということは、間違いないだろう。時代、国、文化、あらゆる境界のなさ。そして無知であっても感情のままに飛びこむことができるのも音楽である。
    この作品 を読みながら、文学者たちが音楽家を贔屓にしてメロメロになっていく様子が目に浮かんだ。
    そんな中でボードレールが心酔してフランス芸術家たちの間にひろめたのが、ドイツの音楽家ワーグナーだった。耽美で繊細なフランスの音楽に対 して、勇壮で大仰なワーグナーの音楽は、性質を異にするからこそ愛されたのだろう。青柳さんは、頽廃し不能だったフランスの芸術家が、ワーグナーの示したまっ すぐな男性的性的能力の強さに憧れたのではないかと述べている。そういえばヒトラーやヴィスコンティもワーグナーを愛した。歪んだ性格の持ち主 だった彼らも、ワーグナーのそういうところに惹かれたのかもしれない。ヴィスコンティの「ルードヴィッヒ」では、若き王に対してワーグナーが父性的な対象 のように描かれていた。パリのサロンでもワーグナーは父性的な存在だったのだろうか。

  •  へ〜。と思えるところもあるけれど、結構全体的に難しい…?

  • ピアニストであり、作家でもある青柳いづみこさん。本著は各項ごとに一人の音楽家と一人の作家を照らし合わせて、それぞれの創作の奥に眠る「アーティストのこころ」を浮き出していくものです。

    クラシック音楽の時代を生きた人々をテーマにしているとはいえ、特別何の知識も必要なく、心のままに読み進めて当時のアーティスト達の心に想いを馳せることができました。

    なめらかに音楽と文学の間でウエイトを変えていく文章はとてもみずみずしく魅力的。作品のテーマが筆者の創作を体現しているようでした。

  • 独自の視点と感性を事実関係で裏付ける技に惚れ惚れ。上手い…

  •  作曲家と同時代の文学者を比較した芸術論。

     *モールァルト
     *シューマン&ホフマン
     *ショパン&ハイネ
     *ワーグナー
     *ラヴェル&ルーセル
     *ドビュッシー&ランボー

     音楽は言語に縛られていると、常々思っていた。
     言語に縛られているからこそ、フランス人の曲はフランス的で、ドイツ人の曲はドイツ的でしかない。6ヶ国語以上を自由に操っていたというモーツァルトは、だからこそ無国籍の匂いに満ちいている。

     人は、言葉で考える。
     そして、音楽は思想であり、思いなのだ。

     毎度ながら、青柳いづみこの文は、明晰で潔い。
     と同時に、彼女の祖父がフランス文学者であったという、DNAというかもしくは環境が培った素地みたいなものが、見え隠れしていて、決して一朝一夕ではなしえない芸術の深淵を垣間見た気にもなった。

     にしても、もうちょっとマニアックな作曲家も取り上げてほしいですよ。
     ま、それじゃ売れないからだめなんだろうけどね。

  • ワーグナー、モーツァルト等の社会的背景が、音楽と文学、絵画の世界を自由自在に行き来しながら平易に斬新に叙情的に描かれる。

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