グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

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制作 : Francis Scott Fitzgerald  村上 春樹 
  • 中央公論新社 (2006年11月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784124035049

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村上 春樹
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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)の感想・レビュー・書評

  • 村上春樹訳につられたわけではなく、上映中デカプリオ主演につられたわけでもなく読みました。

    実はどっちも購入意欲に火をつけたのですが。

    1920年代前半、アメリカがちょっと凄い意味での勢いのある時代の富豪、
    ギャツビーという男の謎の面鮮やかさ。わきを固める男女の人間臭さも語り手の友人ニックの好感度もすべてストーリーに素晴らしい色を加えてくれました。
    訳者あとがきがまた良くて、お得感とともにしみじみと本を閉じるのでした。

  • もうずいぶん前のことだけど、野崎訳を買って読み始めた。けれど、最初の2章ほどでストップしてしまった。そしてそのままになっていた。その本を買ったのも、もちろん村上春樹が最も影響を受けたと言っていたからだ。そして今回、村上訳が出るということで、すぐに書店で買い求めた。読み手(私)の姿勢が違うためか、最初の段落からぐっと心が引きつけられた。もっとも、2章、3章はやはりちょっと退屈気味ではあった。ところが、4章後半から、一気に読むテンポが速くなった。それからどうなるのか、ということが早く知りたくなった。えー、そんなことに・・・。小説の内容は具体的には書きません。ただ気になったことを2つ。1つめ、デイジーは結局どうなったのか。罪の意識を持ちながら生き続けるのか。それとも気が狂ってしまうのか、自殺するのか・・・。何もかも忘れて普通に生活をされたら、いくらなんでもと思ってしまう。2つめ。5章でデイジーとギャツビーが再会する場面。「あがっている」という言葉が二度使われている。どうも、この言葉に違和感を感じる。確かに以前は、受験のときとか、ピアノの発表会とか、あがってうまくいかなかった、などと言っていた。しかし最近はどうもこの言葉は使わない。緊張するとしか言わない。そして、あがる=緊張する、ならば、この場面ではふさわしくないような気がする。それで気になって野崎訳も見てみると、同じ訳語だった。さらに原著に当たってみると、“embarass”という単語が使われている。辞書を見ると困惑とかまごつくという訳が当てられている。それも違う。何と言えばいいのだろう? そのときのギャツビーの気持ち、すごく分かるんだけどなあ。

  • 大学の英文和訳の授業で読んでいたのを、村上春樹訳の日本語で読み直した。
    村上訳を選んだ理由は、彼の作品の中でしょっちゅうフィッツジェラルドが出てきたので、そんな村上春樹がこの作品をどう日本語におとしこむかに興味があったから。
    英語で読んだ時も勿論良かったが、私はすらすら完璧に読めるほど英語力が高くなかったので(笑)、訳書で読んで改めて理解を深めた。翻訳の出来としてもいい方だと思う。なかなか忠実に、そして読みやすいように仕上がっていると思う。
    そして内容の感想だが、やはりいい。しみじみとした深い感動が広がる。冒頭の文章は折に触れ思い出され、闇夜に浮かぶ緑の灯は度々目の裏にちらちらとともる。
    (ちなみに冒頭だけでも原文を読んでみることをおすすめする。本当に味わい深い名文だから)
    2013年公開のレオナルド・ディカプリオ主演の映画版も観たがそちらもなかなかよかった。でも映画好きなら1974年ロバート・レッドフォード主演の方も観てみるといいと思う。

  • 印象的だったのはギャツビーとデイジーが他の人(夫含む)が居るのを無視して二人の世界で語り合うシーン。あの瞬間が二人のピークだった。あのときはたしかに二人は愛し合ってたのに、人を好きになることと、そのことに必ずついて来る現実的な煩わしさとか、愚かさ、醜さとか。

  • ずーっと読みたかった村上春樹訳の『グレート・ギャッツビー』。こんなアメリカの田舎なのに、近くの図書館で見つけた!
    村上春樹が一番好きな本だけあって、彼が訳したこの本はとっても面白かった。

    「ギャッツビー」は原本は読んだことないけど、Robert Redford の映画と最近のLeoの映画は見たことあるので、頭の中でいろいろ比較しながら読んでみた。
    村上春樹の訳はレッドフォード「ギャッツビー」の情緒的で叙情的な映画の感じを、上手くレオ「ギャッツビー」の現代的な文体に訳されてて、すんなりと世界に入ってこれた。

    でも、このギャッツビーに出てくる人物たちはレッドフォード「ギャッツビー」のイメージなんだよな~。

    ギャッツビーの光と影、明と暗のギャップが上手く書かれてて、人の世の儚さがとても浮き彫りになってる。
    そこが映画では味えなかった貴重な部分だったので、読み終った後の寂しさはかなり重い。
    それでもニック・キャラウェイの素敵な文章(村上春樹の訳のすごさ)で、きれいに終わってるのが、海の引き潮をイメージさせる。

    これは、是非、本を購入してもう一度読みたい。

  • 名作といわれる作品には、ハードルが高いような気がして、あまり手を出して来なかったけど、ふと目に留まり挑戦してみた。
    デイジーのずるくて、軽薄で、いかにも「女」なところがリアル。そしてギャツビーは過去のデイジーや彼女との想い出を美化し過ぎてしまい、今のデイジーと対峙するにはあまりにも純粋過ぎたのかなあと。原作が素晴らしいのか、やはり村上春樹の訳が良いのか、読みながら情景や風景がカラフルに鮮やかに浮かんでくるのは、読んでいて面白かったし、そのお陰で思っていたよりもするすると読めた。
    翻訳って、原文の直訳では意味がなくて、そのエッセンスを伝えるためには、小説を自身でかける位の文章力と想像力がないとできないよなと常々思っていたので、実のところ村上春樹のあとがきが一番興味深かった。
    [2014.10.05読了]

  • 村上春樹はグレートギャツビーを今まで読んだ本の中でNo.1と言っていたが正直自分にはそこまでと思える作品には思えなかった。もちろん読み応えがあり面白い作品ではあるが
    映画版の翻訳は村上春樹訳を使っているのだろうか?台詞の訳がほとんど村上春樹訳の小説と同じだったと思う。

  • 「よくわからなかった。」というのが
    初めて呼んだ感想だった。

    それと同時に「また読みたい」とも思った。
    はじめは少し読みづらいと思って読み進めていたが、
    いつの間にか、のめり込むように読んでいた。

    最後は感動も悲しみもなく、
    終わってしまった。という感情だけが残った。
    「よくわからなかった」というのは、あとがきでも書いてある通り、
    理解できていないだけだと思った。

    また、沢山の本を読んだあと
    ゆっくり読み直したい。

  • 高校生くらいの時に読んだギャツビーを、村上春樹訳で再読してみました。10代のころは全く理解できてなかったな、この小説の深さは(笑)。淡々とした状況、心理描写が続く中に、登場人物たちの微妙な心理のかけひきが展開される。それぞれの人物の過去が徐々に明らかになっていくプロセスにもそそられる。そしてラストに向けての一気の展開。
    また、村上さんがあとがきでも書かれているように、小説の冒頭と最後の文章のリンクの美しさもまた素晴らしい。
    途中、状況設定が細かくてついていけなさそうにもなったけど、やっぱり5つ星かな。

  • 村上春樹の本に出てきた作家がスコット・フィッツジェラルドというだけで大学の図書館に入りびたり、フィッツジェラルド全集等を隅から隅まで読んでいたあの頃。しんとした図書館の人気のない片隅の古い紙の匂いがよみがえります。大学の近くの小さい本屋さんでは文庫本しか買えず”華麗なるギャツビー”の映画のロバート・レッドフォードとミア・ファローが表紙の偉大なるギャツビーを手元に置いて何度も何度も読んだはずなのに・・・・

    いつの間にか手元にはその本は無く、そしてショックなことに内容さえおぼろげ。
    先日サリンジャーの本も何冊か再読したんですが、それもかなり覚えてなかった。こんなに若い時に読んだ本って覚えてないものでしょうか?「長距離ランナーの孤独」や「土曜の夜日曜の朝」はタイトルだけは鮮明なのに中身は?たぶん覚えてない。。。

    自分の脳にがっくりしながらこの本を熟読。初めて読むような気がするのは翻訳者が違うからではなく
    私の脳細胞が劣化しているからなのでしょう。しかしその初めて読む感じがとても新鮮で瑞々しく読めたのは儲けものでした。

    フィッツジェラルド作者自身についての情報も知っていて且つ他の作品も同時期に読んでいてこの作品を読むのであれば古い文体での翻訳でもいいのではないか?と感じる人もいるのではないかと思うのですが、この本だけに注目して読むのならば現代の物語になっているという事が読み進めるうえで重要なポイントになっているのではないかと思います。

    それは日本の古い小説を読むときにも感じる事で、慣れていないととても簡単に読み進められません。
    文章を理解するのに必死で本の内容に集中できないのです。純粋に楽しめない。面白いはずの内容が文体や表現方法のせいで頭の中に入っていかない時ほど歯がゆい時はありません。この本はそう言うストレスがまるでない!これだけでも現代の日本人にとても優しい翻訳だと思います。

    文章の端々に村上春樹を感じたのはもちろん私だけではないでしょう。丁度「騎士団長殺し第一部・第二部」を読み終えてすぐでしたからね。尚更書き出の部分や小説の舞台等々・・・そして訳者あとがきは素敵なプレゼントでした。

    この本ならまたボロボロになるまで私の傍にいてくれるのではないかと思います
    え?小説の内容?
    それはそれぞれがそれぞれに楽しむ物ですよ。はははは・・・・

  • 如何ともしがたい哀しみが残っている。哀しい哀しい物語だった。人間の身勝手さ、ことの理不尽さ、夢の儚さが詰まっていた。デイジーが「過去にあったことは変えられないのよ」と言ったところが個人的にはハイライト。最後の一文はとても重く響いた。
    我々は本当に未来に向かっているのか? 本当は過去に沈んで行っているのではないか? 時間的には絶え間なく未来に進んでいても、その実は変えられない過去だけが積み重なり、届くかもしれなかった未来はどんどん遠ざかっていく。人生の普遍的な深い悲しみを味わった。

  • ギャツビーの住んでる家がいいんだよなー、
    豪華で、寂しげで、常にとても不穏。

  • 文章は綺麗だと感じたし、とても雰囲気のある小説であった。海外の書はいつ読んでも最初頭に入ってこないのは相変わらずだったが、雰囲気と登場人物のギャツビーのキャラクターに引き込まれた。ドライにも感じる引き際が良いのかなと。

    あとがきも力が入っていて良かった。翻訳者の想いが伝わった。

  • レオさんがオスカーを受賞した記念に「グレート・ギャツビー」を再読。
    この作品は以前読み、レオさんのギャツビーも観たのだけれど、そのときには正直言ってそれ程良い作品だろうかと思った。
    過ぎた恋にしがみついて、調べたらわかってしまう嘘をついて愚かしい男、そう思った。
    しかし今回読み返してみると、とても引き込まれた。

    はじめて読んだときは、多くある比喩表現が読みにくく、かえって状況をイメージしにくかった。村上春樹さんの独特な表現が苦手ということもあったのかもしれない。
    今回読み返すと以前は気になって読むことに集中出来なかったところも抵抗なく読み進められた。依然として村上春樹さんの文体は余り好みではないのだけれど。

    登場人物それぞれにも魅力を感じられなかったが、今回は愚かしい男であったはずのギャツビーがとても素晴らしく感じた。
    どうしてなのか自分でもよくわからない。
    ここに出てくるひとの中で誰よりも汚れなく生きていたのがギャツビーだと感じたからだろうか。
    これは何故ギャツビーはグレートなのかにも繋がるのかもしれない。

    過ぎた過去は取り返せないという当たり前なことに躍起になったギャツビー。
    どうしてギャツビーはそこまでこだわるのか。
    フィッツジェラルドがギャツビーを通して何を伝えたかったのか、残念だけれどそこまではわからない。でも読んでいると時々フィッツジェラルドに重なるようにも感じられる。

    もしかしたらこの作品は一度より二度、二度より三度と読み深めていったほうが見えてくる世界が深く拡がるように感じる。
    読み終わってすぐにもう一度読みたい、しみひとつない不朽の愛に生きたギャツビーにまた会いたいと思う。

    映画はレオさんで観ただけなので脳内再生するときにはレオさんになりがちだったが、ロバート・レッドフォードのギャツビーも観てみたくなった。

    村上春樹さんの作品への熱い思いをあとがきで読める楽しみもある一冊。

  • 悲しく美しい小説なのは分かるけど、村上春樹がそこまで誉めたたえるかまでは分かりません。
    文学オンチなのでしょうか、私は(涙)。
    毎度ながら訳者あとがきは読ませる。

  • 大学時代に買って、ウイルソンの店が出てきたあたりで挫折して、かれこれ8年くらい埃がかぶっていたものを読んだ。ちなみに、カバーも7年前のとは違っているので、アイテムを登録するのにも一苦労しました。
    再読してみて、なぜ8年前の自分が挫折したのかわかる。最初のほうのよく言えば透明感があり、悪く言えば何がいいたいのかわからないような文章。引き込まれるようなストーリーを求めていた自分には、読み進める根気がなかったんだろう。

    舞台はNY郊外・ロングアイランド。主人公はロングアイランド鉄道を使い、毎日マンハッタンの証券会社まで通勤している。今の感覚だとふつうだし、訳も新しいから現代っぽく読んでしまうけど、1920年の話と思うと不思議で、もちろん文章の中には当時を思わせる部分(ホテルにも映画館にもクーラーがないの?)も出てくる。

    ウエスト・エッグのパーティーの光、ロングアイランド海峡の海、ウルフシャイムのいた薄暗いレストラン、肺の谷など、色彩が豊。

    まんなかを過ぎたあたりで、どんどん物語が進行する。

    読み終えると、消化しきれないものが残る感じ。

  • 後書きを読んで、村上春樹さんがグレートギャッツビーを好きで好きで堪らないのが伝わって来ます。

    確かノルウェイの森の主人公ワタナベ君の寮の先輩も高く評価していた本だったと思います。



    さて、私は読んでこんな事を思いました。

    トム・ブキャナン、ギャッツビー、デイジーの関係を考えてみると、

    古い時代の権威に新しい思想が挑む。
    新しいモノは一時人の心を掴む事が出来るかもしれないが、古い時代のシステムは思っていた以上に頑丈で、人の心は古き時代の心地良さに後ろ髪を引かれてしまう。
    そして、新しい時代は些細な運命に翻弄されて最後はそんな一時があったことすら忘れられてしまう。

    フィクションなのに、現実の真理を捉えていると思ったのは私だけでしょうか?



    それともう一つ、ギャッツビーの葬儀に誰もこない事で芥川龍之介の杜子春を思い出しました。

  • 村上春樹つながりで読み始めたが、良さが分からない…しかし2度読んでしまった…
    語り手がギャツビーという人物像を説明していく形で物語は進行する。それにしても最後の章は悲し過ぎる。
    ギャツビーの屋敷で催されるパーティは大盛況であるのに、彼の葬式にはほとんど誰も来なかった。長年思い続けた女性の姿も見えなかった…

  • 人間、時代、繁栄、愛情、多くの人間が求めてやまないものの虚しさがある。語り手のニックキャラウェイと著者が達観しているように思えるが、彼も絶えず彼らに翻弄される。どの時代にも虚しさはつきまとうのか。

  • まるで目の前で起こってる出来事を見ているようだった。
    思慮のなさで私もひどいことをしたのかもしれません。

  • ギャツビーが漆黒の闇の中、対岸の緑色の灯火に手を伸ばす。あの場面が美しく、彼の自信に溢れた姿が焼きつく。灯火は、手に入らないたった一つの愛情の象徴のように思う。語り手たるニックが彼をgreatとした訳が、おぼろ気に感じられる。ギャツビーの一途さを、称賛と皮肉さを交えてgreatと呼んだのではないだろうか。選び抜いた洗練の言葉で文章を紡ぎ、豪奢な見掛けとは全く異なる虚飾にまみれた生活は、つかみ損ねた愛情を得たい為だけにあった。切なく物悲しい。この小説が人気を博した時代も、空虚な物語が合っていたのだろうか。

  • アメリカンドリームを描いた作品だけあって、物語の主軸となるギャツビーの生涯には爛々と輝く希望と後戻りの出来ない絶望が交互に押し寄せる。彼は幸せだったのか、それとも…。

  • アメリカ文学の代表作として有名なこの物語を村上春樹が翻訳している本書は時間がある時にゆっくり読もうと決めていたが、なかなか手がつけられず、最近に映画が公開されたということもあって、万が一に誰かからネタバレをされる訳にもいかなかったため、引きずられる勢いで読んだ。
    誰かに向かって語りかけるような冒頭に始まり、ギャツビ―という存在に関わりを持っていく主人公は、彼の周りに巡る人間関係に対する、誠実で紳士な対応に信頼を置くようになる。しかし、文中から漂うどこか薄っぺらな、ただパーティーを催している会場、主催者だからと足を運ぶ人々がギャツビ―に向ける意識は、あっさりしていて、それがよりギャツビ―を滑稽にも華やかにも特別にもさせているのだが、信頼から友好関係に発展を持つようになり、その果てが悲劇への序章になっていたというこの構成は、時代の影響もあり、目新しさは感じなかったが、それでも文章がしっかりと空気を作っていることに感動し、読み終えることが出来た。作中に漂う、明るく賑やかで華やかな場所なのにも関わらず、不思議と暗く重い空気が垂れこめていて何故か切なく悲しくなる。

  • 圧倒的な虚無感。豪華な屋敷にパーティー、自称「友達」、真実の愛、みんな全部ハリボテだ、と主人公と同じように気づき私も傷ついた。歴史に残る最初と最後の名文は村上訳が一番ぴったりだと思う。文体も現代的で、デイジー達がすぐ横にいる感じ。

  • 凄いのめり込んで読んだ。海外ものによくある、何回読んでも情景が浮かばない。というのが全くなく、突っ掛からずに読めた。しかも7年前に翻訳されたとは思えない!流石、村上春樹さん♡面白かった!

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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)の作品紹介

村上春樹が人生で巡り会った、最も大切な小説を、あなたに。新しい翻訳で二十一世紀に鮮やかに甦る、哀しくも美しい、ひと夏の物語-。読書家として夢中になり、小説家として目標のひとつとしてきたフィッツジェラルドの傑作に、翻訳家として挑む、構想二十年、満を持しての訳業。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)の単行本

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