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この作品に関連する談話室の質問
みんなの感想・レビュー・書評
失礼ながら楽しそうな題名には見えないけれど、あまり楽しそうでも困るような気もする。真面目な本である。自由を考える。「そんなの考えずにもっと自由にやろうよ~」と提案したいところだが、いや、考えないということこそ自由を「放棄」するのに近いのかも分からない。真面目にやろう。 まえがきに、こうある。 「本書はむしろ、理論に興味のない読者にこそ読んでもらいたい」 「自由とは何か」「自由の意味は... 続きを読む »
東さんと大澤さんは、監視カメラによる監視社会や国民総背番号制などの議論をよくしている。テレビなどでは議論されないが、自由について議論することは、重要だと思う。この間「そうだこれから正義の話をしよう」がベストセラーになったが、正義や公正さを語るには自由についても議論する必要があると考えている。
ウォール街占拠デモやアラブの春など、世界では正義と自由の問題は大きなテーマになっていると思う。ただ、それが日本で起こらないのはやはり、自由について議論する風土がないからだと感じた。自由というのは、お上から与えられるものでなく、やはり個人・市民レベルで議論しなければ、自由に関する議論足りえないから。
『自由を考える』東浩紀・大澤真幸 『文明の内なる衝突』『虚構の時代の果て』 9・11のテロで既視感。オウムを見ているから 『マクドナルド化する社会』。マクドの消費者管理としてイスの硬さ。長い間座っていられず、消費者回転。BGMの音量は込むとUP 権力のタイプ(フーコー) ①規律訓練 ②死ではなく生命の管理 = 東の言う ①規律訓練型権力 ②環境管理型権力 ... 続きを読む »
「人文的な方法で解決するしかない」がちょっとアレだけど
面白かった。すっきりする。
管理社会/監視社会/アーキテクチャ/環境管理型権力/ハッカー倫理
このタイトルじゃどう考えても私興味ないのに,読んでみた。 デリダもアガンベンもヘーゲルもアーレントも・・・あと誰だっけ,とにかく現代思想に一秒も触れたことがない紗くらが読んでもよくわかる哲学?の本。 対談て言う形がよいんでしょう。聴衆を意識して簡単にわかりやすく話してくれるのと,前提知識まで説明してくれるのがたいへんよろしい。笑 哲学って,大半の人にとって,なんのためにあるのかよくわ... 続きを読む »
内容としては東浩紀「情報自由論」の先取りの内容なので、東の発言については、その論考を噛み砕いて語ったものと解してよい。また大澤も同様の主張を様々な本で行っているので、大澤真幸(2008)『不可能性の時代』(岩波書店[岩波新書1122])などを参照するといい。 9.11以降、セキュリティ化と情報化・ネットワーク化が日常生活の細部にまで浸透してきた社会。ネットショッピングや検索などインターネット... 続きを読む »
大澤真幸と東浩紀の対談。そのテーマは<自由>。
われわれは取り敢えず自由な社会に生きている。
しかし、それは本当に自由なのか。大澤真幸も東浩紀も、広範囲に渡って例示を出し、
自由という一つのテーマのもと、フーコーの「規律訓練型社会」から「環境管理型社会」のシフトについて考察したり、
カフカの『審判』の話題を二人とも独自の解釈に基づいて、ささやかに火花を散らしたり、といったように
様々なキーワードのもと語られる二人の言葉は、対談だけあり生き生きとしている。
この対談が後に大澤真幸では『<自由>の条件』での仕事に存分に活かされており、その伏線とも言える一冊である。
口語体なので読み易いし、よく編纂されていると思う。さすが、NHK出版。
2008.07 ちょっと難しいけどなんとなく、両著者の不自由な現代社会への危機感を理解することができたかな?
心に引っかかった部分と少量の自分のコメント いろんなことがこの世界で起きているが、それが何であるかわからない。そのとき解明してくれるに違いないとあてにされる知識人というのがいる。それが現代風の「第三者の審級」。人がそこに「真理」を帰属させる超越的な他者。日本ではそれが長い間、文芸系の知識人によって担われていた。ところがそういう期待がなくなっていてこれも第三者の審級の失効、との事だが、これは論... 続きを読む »

[ 内容 ]
9・11以降、人はセキュリティと引き換えに自由を権力に譲り渡し、動物のように管理されようとしているのではないか。
「安全」を求める人々の動物的本能が最重視される一方で、イデオロギーや...





