ベルクソン~人は過去の奴隷なのだろうか (シリーズ・哲学のエッセンス)

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著者 : 金森修
  • NHK出版 (2003年9月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (112ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140093085

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ベルクソン~人は過去の奴隷なのだろうか (シリーズ・哲学のエッセンス)の感想・レビュー・書評

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  • 空間支配から逃れ、いかにして純粋持続的に生きられる否かが人生の質を決定するんだろう。自由に対する意識は持っていたが、結局は空間の中での自由でしかなく、無意識に空間支配されていた事に気がついた。本来的には存在の奥底から完全に自由であるハズなのに、自ら過去の奴隷となっていた。これは驚くべき発見だ。
    持続する過去が我々を圧倒し、後ろから押してくる事により、本当の意味で<いま>を生きていない。過去の記憶が現在の知覚に押し寄せてくる。よって現在は過去から逃れられない。と同時に記憶によって支えられているとも言える。
    ただでさえ対象を形骸化してしまう知覚という行為は言語による先鋭化によって知性となる。その事でスッキリもする。が、そもそも論として、経験や体験を哲学的に語る事の矛盾も感じてしまう。

  • メルロ=ポンティとベルクソンのどちらを先に読むかの参考として読んだ。コテコテの哲学者というよりは哲学の周辺で学問している方が書かれたものなので親しみが持てる。いよいよ学者としての集大成というところで亡くなられたのが惜しまれる。『物質と記憶』から読み始めようとしていた自分を止めてくれたことに感謝。「純粋持続」「純粋知覚」「純粋記憶」。ベルクソンという人はどうしてこう読んだらなんとなくわかった気になるけど全くイメージできない概念がポンポン思いつくのだろう。

  • ベルクソンの哲学を「純粋持続」をキーワードに読みほどく。薄いけれども単なる要約ではなく、大変わかりやすく、また読んでいると明るい気持ちになる。個人的には記憶が身体に蓄積されているというふつうの空間的イメージを否定しているところが面白かった。それならどこにどう存在しているのか、それはいろいろ想像の余地があるのがよい。

  • とても平易な解説だし、著者の熱い思いがあふれ出してきそうな良書。
    哲学というとただ形而上の小難しい概念を小難しい顔してこねくり回しているという印象があるかもしれないけど、本来はこんなふうに、熱い衝動から生まれるべきものなのだと思う。

    が、しかし。。。
    それでも僕には「純粋持続」の概念がわからない。いったいこれはなんなんだーー!!

  • 私にはまだ難しすぎた。よくわからなかった、という意味での低評価。改めてチャレンジしたいとは思うので★2つ。

  • なんとなく手に取ってみた。
    ベルクソンは前々から気になっていたが、本書の副題「人は過去の奴隷なのだろうか」という問題提起に引き込まれたからだ。

    全体的に哲学者の書という感じで少し冗長な感じではあるが、原著を紐解かなくてもベルクソンの主張を追う事ができるので良かった。
    特にはじめにでのドリーの死やマイノリティリポートなどの下りは本論前に引き込むにはとても興味深い展開だった事を記載したい。

    本書では第一部で「純粋持続」についての解説がなされ、第二部では「知覚」に関する話が展開される。
    時間に関する自称では純粋持続がコアだと思うのだが、なかなか自分の中に落とし込めない概念だ。ベルクソンの言葉を記載しておく。
    『要するに、純粋持続は、質的変化が次々に起こること以外のものではないはずであり、その変化は互いに解け合い、浸透し合い、正確な輪郭を持たず、互いに対して外在化するといういかなる傾向もなく、数とのいかなる近親性もない。それは純粋な異質性のはずだ。』
    ということのようだ。むずい。

    また、知覚に関しては人間の脳の側にあるという主張ではなく、対象物の表象に存在する物として定義づけている点はなかなか理解に及ばない。現代科学で否定されているようにも思えるが、走馬灯の話であったり、アフォーダンス的な観点では応用できなくもない考えなので、なんだかなぁという印象である。

    とりあえず、人は過去の奴隷ではないという結論だが、なんとも言えない読了感であった。

    目次
    第1章 純粋持続を探せ
    (量と質との戦い/純粋持続とはなにか)
    『創造的進化』にまつわる間奏曲
    第2章 押し寄せる過去と、自由の行方
    (知覚という謎/記憶のありか/自由の泉)

  • ちょっと触りたい人には良いのではないでしょうか。若干逃げの姿勢が気になりますが、それはそれとして読み物としては悪くないと思います。

  • 「純粋持続」-時間を考える上(かつ私が生きる上で)で重要なこの概念を丁寧に本書は解きほぐしている。私自身、ベルクソンはかじった程度なので、これを機に原著を深く読み込んでみようという気になった。

    以下、気になった記述。
    ・「要するに純粋持続は、質的変化が次々に起こること以外のものではないはずであり、その変化は互いに溶け合い、浸透し合い、正確な輪郭を持たず、互いに対して外在化するといういかなる傾向もなく、数との近親性もない。それは純粋な異質性のはずだ。」
    ・それは日常の功利的要請や実際的価値のせいで空間化されている、心の比較的表層の部分を突き抜けて、判断し、情愛を感じ、決心するといった、心の中でも最も重要な部分を、より純粋な形で見出すということでもある。
    ・「因果性と同一性は完全に合体することはない。」
    ・(概念は)検証とは違う性質を持つ生産性なのである。
    ・知覚とは、なによりも対象の固定であり、対象の省略的で概略的な把握、対象の形骸化を意味している。
    ・ことばは、世界を固定し安定させるための、この上ない武器なのだ。
    ・年をとればとるほど先細りふうに選択肢が減っていくという表象自体、きわめて空間的な表象。

  • 一切知識がなくても、興味さえあればなんとかわかった様な気になる。
    つぎは再読するか、本人著を読むか。

  • [ 内容 ]
    日常生活をおおい尽くす「空間的なかさぶた」。
    その下から聞こえてくる持続のつぶやきに耳を澄まし、自分自身を発見する旅へと誘う。

    [ 目次 ]
    第1章 純粋持続を探せ(量と質との戦い;純粋持続とはなにか)
    『創造的進化』にまつわる間奏曲
    第2章 押し寄せる過去と、自由の行方(知覚という謎;記憶のありか;自由の泉)

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