いのちを“つくって"もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義

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  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140816943

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  • 著者は、1997年にクローン羊のドリーが誕生したことを受けて、当時の橋本首相が設けた生命倫理委員会に参加し、それ以降生命倫理の問題について第一線で取り組んできた、現・上智大学神学部教授である。本書は、NHKテレビテキスト『きょうの健康』に2013~2015年に連載された「いのちとモノ」をもとに加筆・再構成されたもの。
    本書は、「現代のバイオテクノロジーや最先端の医療が目指しているものが、ほんとうに私たち人間の幸せをもたらすのだろうか」という問いをテーマにしており、著者は次のように考察を進めていく。
    ◆現代のバイオテクノロジーと医療は、私たちの欲望を限りなく満たす方向、即ち「幸福に満ちたいのち」を求める方向に進んで行こうとしているのではないか?
    ◆再生医療の進歩は「からだを取り換える」ことを可能にし、遺伝子工学の進歩は「遺伝子から人をつくり変える」ことを可能にするが、それらは、医療の本来の目的である「治療」を越えた「エンハンスメント(増進的介入)」を促進することになりかねない。身体を「改造」すれば幸せになるのだろうか?
    ◆バイオテクノロジーの進歩は、様々な出生前診断を可能にし、いのちは「授かるもの」から「選び取るもの」に変わろうとしている。更に技術が進めば、親が遺伝子レベルで好ましいと思う子どもを意識的につくる、即ち「デザイナー・ベビー」をつくることにつながる。そのようないのちの選別を続けていけば、将来的におかしな事態が起こってくるのではないだろうか?
    ◆ES細胞やiPS細胞のような万能細胞の発見は、人間と動物のキメラをつくる(例えば、豚の体の中で人間の内臓をつくる)ことを可能とするが、これは一体どこまでが人間でどこまでが動物なのか、種の境界を揺るがせかねない。また、万能細胞から「生殖細胞」がつくられれば、万能細胞という人工的な細胞から「いのち」そのものを生み出すことが可能となる。
    ◆欧米では、ES細胞をつくる際に「いのちの始まりを壊す」(ES細胞は受精卵を壊してつくる)という観点で倫理問題が議論され、また、中絶が一般に認められていないが、いずれもキリスト教の思想に基づくものである。また、「脳死」が比較的疑問なく受け入れられているが、それは、心と身体(精神と物質)を二分する二元論的思考、近代文明を築いてきた科学に対する強い信頼感、個人の主体性・独立性を強調する考え方などを背景としており、いのちを「個としてのいのち」と捉える傾向が強い。
    ◆日本では、かつて堕胎や間引きにより、共同体が一つのいのちとして生き延びていくために人口の調整が行われていた時代があり、また、「脳死」を受け入れ難いと感じる人の割合が高いが、それらはいずれも、いのちを「つながりのなかのいのち」と捉えることを反映している。
    ◆生命倫理に関する考え方は、文化的・歴史的背景の違いにより異なるが、バイオテクノロジーの進歩が行き着く、「そこから何ができてしまうのか」という究極の問題は「人間の未来のいのちの形」を問う問題であり、文化や歴史の相違を越えてしっかり議論を深める必要がある。
    今考えるべき生命倫理についての全てがわかりやすく説明されており、若い世代を含めて全世代必読の一冊と思う。
    (2016年5月了)

著者プロフィール

島薗進(しまぞの・すすむ) NPO東京自由大学学長、大正大学客員教授、上智大学グリーフケア研究所客員所員。著書に『現代救済宗教論』『現代宗教の可能性』『スピリチュアリティの興隆』『日本仏教の社会倫理』『明治大帝の誕生』『新宗教を問う』ほか多数。

「2023年 『みんなの宗教2世問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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