フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明

  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140817124

感想・レビュー・書評

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  • 「科学道100冊2021」の1冊。

    アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769~1859)は、博物学者・探検家・地理学者である。ゲーテやシラーと同時代人。革命家のシモン・ボリバルとも親交があった。

    今でこそ英語圏では一般的にはほぼ忘れ去られているような人物だが、後世に残した影響は大きい。フンボルト海流、フンボルト山脈、フンボルト山といった地理的な名称にその名を残し、多くの記念碑や公園もその名を冠している。その対象は世界各地にまたがり、実に南北アメリカ大陸からグリーンランド、中国、ニュージーランド、南極、欧州に渡っている。地名だけではなく、300種の植物と100種を超える動物が、フンボルトの名に由来する。さらには鉱物、そして月面にまで彼の名から命名されているものがあるというから大変なものだ。

    本書はそのフンボルトの本格評伝。
    貴族階級出身で、戦乱が続く時代に、南北アメリカへ旅し、ロシアへも旅したフンボルト。先々で各種標本を集め、最先端の機器で観測も行った。
    プロイセン王に侍従として仕える一方、植民地主義を非難し、中南米の革命を支えた一面も持つ。
    科学的な姿勢を持ちつつも、書斎に閉じこもるのではない行動派で、熱帯雨林に分け入ったり、活火山の炎を観察したりした。60歳になっても1600km以上、辺境の地を、若い同行者に負けぬ速さで旅した。
    当時はナポレオンに次ぐ有名人と目されていた。「科学界のシェイクスピア」とも呼ばれた。
    性格は温和で面倒見がよく、困っている人の相談にもよく乗ってやった。年間数千もの大量の手紙を受け取り、その返事を自ら書く筆まめさもあった。
    晩年は、大著「コスモス」の執筆に励んだ。最終巻の草稿を書き上げ、世を去ったときには、多くの人がその死を惜しんだ。

    彼の一番の功績は独特の自然観を生み出したことである。自然とは多くのものが織りなす「総体」であると見るのだ。個々の生き物をそれ1つだけ切り離すことはできない。すべては相互作用の結果である。
    「生命の網(Web of life)」。すべてのものが関連し合い、世界は成り立つ。それは後の生態学につながる考え方であり、自然保護運動の萌芽でもある。

    フンボルトの姿勢はダーウィンがビーグル号に乗る背中を押し、ワーズワースやコールリッジはフンボルトの自然観から詩想を得た。ゲーテ(cf:『形態学論集・動物篇』)には、「フンボルトと数日共に過ごすことは『数年生きる』のと変わらない」と言わしめた。エルンスト・ヘッケル(『生物の驚異的な形』)も、『森の生活』のウォールデンもフンボルトの著書に大きな影響を受けた。

    さて、それほどの人物であるのに、現在の評価がさほどでない、あるいはほぼ忘れ去られているのはなぜか、ここまでくると不思議なくらいなのだが、著者は2つの理由を上げている。1つは第二次世界大戦後、英語圏では反ドイツ感情が高まったこと。第二には、フンボルトが提唱したのが自然そのものの概念であり、それがすでにわれわれの世界観の一部をなしていて、はっきり「それ」と示しにくいこと。
    前者はそれこそ同時代人のゲーテが世界的偉人のままであることを思うと妥当なのかと思わないではないが、後者についてはそうした一面はあるかもしれない。

    なかなか読み応えのある評伝である。

  • ダーウィンが進化論を確立するきっかけとなり、ゲーテの「ファウスト」のモデルと言われるとともに、世界で初めて人間の活動が環境に与える影響を指摘し、後世の環境保護活動に先鞭をつけるなど、数々の輝かしい功績を残した19世紀の博物学者兼探検家アレクサンダー・フォン・フンボルトの伝記。たまたま入った雑貨店の本棚に飾りのように並んでいるのを何となく手に取り、読み始めるとあっという間に引き込まれてしまった。

    18世紀末のプロイセンに生まれたフンボルトは、並外れた記憶力の良さと、動植物に対する飽くなき好奇心と探究心から、19世紀当時はまだ未開の地であった南米やロシアを調査のために探検し、詳細な標本や記録を残すとともに、それらをヨーロッパのものと比較することで共通点を見出し、そこから「生命の網」(ウェブ・オブ・ライフ)、すなわち自然を巨大な生き物として捉え、人間もまたその一部であるという考え方に辿り着く。啓蒙主義が自然と人間とを切り離し、学問が専門領域ごとに細分化していく時代の流れに逆らうかのように、自然を感情を通じて表現し、学際的に研究することで、フンボルトは人間を含めたあらゆるものが相互作用によって形成する一体性をもったシステムとしての自然観を確立した。

    本書を読むと、今日我々が当然と認識している自然についての概念の多くが、フンボルトの冒険による調査研究に負っていることがわかる。19世紀当時の彼の影響力はゲーテのような芸術家からトーマス・ジェファソン米国大統領といった各国首脳にまでおよぶ一方、ダーウィンを含め彼を慕う後の世代の研究者たちへの支援を惜しまなかったことや、植民地での調査から奴隷制に反対し、さらには無計画な農業振興がもたらす環境問題を世界で初めて指摘した点も特筆に値する。冒険物語としても自然科学書としても第1級の価値ある良書。

  •  フンボルト海流やフンボルトペンギンなど、多くの事績・地名・動物等にその名を冠された、ドイツの博物学者・探検家アレクサンダー・フォン・フンボルトの伝記である。

     多くの日本人にとって、フンボルトは「名前は知っているけど、何をやった人なのか、よくわからない」存在だろう。私にとってもそうだ。
     欧米等でも事情は同じらしい。本書によれば、フンボルトは「英語圏ではほぼ忘れ去られている」という。

     だが、存命のころには「世界でナポレオンに次ぐ有名人」とも呼ばれ、「科学界のシェイクスピア」などという輝かしい異名を持っていた。

     フンボルトの業績として、「等温線」の考案、「磁気赤道」の発見、「植生帯」「気候帯」の概念の提唱などがある。
     しかし、彼のなし遂げたことで最も重要なのは、「私たちの自然観を根本的に変えた」ことだと、著者は言う。

     自然の中のあらゆるものに関連性を見出し、「この壮大な因果の連鎖がある限り、独立して考えられるものは一つもない」と、フンボルトは書いた。現代の「生態系」の概念、地球を一つの生命体と見なす「ガイア理論」などは、フンボルトの自然観から生まれた“子ども”なのだ。

     フンボルトは、人類の営為によって気候が変わってしまう危険性を初めて指摘した。つまり、「環境保護運動の父」でもあるのだ。

     また、フンボルトは終生奴隷制否定論者であり、あらゆる民族は平等な価値を持つと考えた、先駆的な人権感覚の持ち主でもあった。

     フンボルトが独自の自然観を構築するまでの道筋を、著者は丹念に辿っていく。その自然観は、長期的な南米大陸探検など、フンボルトがくり返した探検調査によって培われたものだった。
     何度も命の危険にさらされた、書名通りの「冒険」であったそれらの旅を、著者はつぶさに描き出す。作家・歴史家である著者の文章は映像喚起力に富み、臨場感と豊かな詩情を併せ持っている。

     また、フンボルトが交友を結んだ綺羅星の如き人々――生涯の親友ゲーテや、南米解放の革命家シモン・ボリバル、第3代合衆国大統領ジェファーソンなど――の横顔も綴られ、それぞれ興趣尽きない。

     そして後半では、フンボルトが後代に与えた広範な影響についても、詳述されていく。
     ダーウィンは、フンボルトの著作に強い影響を受けて、歴史的なビーグル号の航海に出た。ダーウィンの進化論もまた、フンボルトの影響下にあるのだ。
     ほかに、『森の生活』のソロー、「生態学」の概念を提唱したヘッケル、自然保護の父ジョン・ミューアらがフンボルトの強い影響を受けていることが、それぞれ一章を割いて明かされていく。

     本書は丹念に書かれた第一級の伝記であり、科学史/科学ノンフィクションとしても抜群の読み応えがある。
     フンボルトの子ども時代が綴られる序盤はやや退屈だが、そこを超えれば、印象的なエピソードの連打で一気読みできるだろう。

  • フンボルトという名前を、日本で知っている人は少ないかもしれない。フンボルトに影響を受けたダーウィンの方が有名だ。しかし、このフンボルトという人は本当にすごい。生粋の冒険家だ。まだ未開の地に足を踏み入れ、目にするものはすべて採集、記録し、山ほどの標本や書物を作成した。ジャングルでの野宿もあたりまえ。昔の重たい実験道具を持って標高の高い山にも登った。とても分厚い本だけれど、意外にサラッと読めてしまった。装丁もとても美しい。

  • 分厚さに気後れしていたが意外に面白かった。
    まずはフンボルトの人生自体が生き生きしていて面白く、「超天才博識早口限界オタクの一生」の伝記を読んでいるようで飽きなかった。
    さらにはゲーテやトマス・ジェファソンやシモン・ボリバルやダーウィンなど、誰でも知ってる歴史上の人物が次々登場したのも予想外だった。
    彼らはダーウィンの人生に深い影響を与え合ったことがよくわかった。

    ダーウィンの冒険や自然に対する情熱や、それに没頭するあまり人とのコミュニケーションに難があったり生活が疎かになるかんじは、「天才早口限界オタク」そのもの。
    あまりに異常で優秀なオタクぶりがすごい。
    ものすごい熱意で南米行きを望むのに、戦争でなかなか実現せず骨を折っていた様子を見ると、私はフンボルトみたいに何も成し遂げてないのにホイホイ好きなところに旅行に行っていて申し訳なくなるな。

    そして私に本書を勧めてくれた、
    どうでもいい情報ばかり追わなければならない目の前の仕事に嫌気がさした時にフンボルトの冒険に思いを馳せた上司のセンスに惚れ惚れする。

  • 強烈な人間、冒険者、科学者。
    ゲーテとも交流し、お互いに影響し合った。
    ダーウィンも彼に憧れた。
    ソローも彼の本を参考にした。
    アメリカの国立公園を作ったミューアも、彼の思想に感化された。

    彼は、環境問題を取り上げたパイオニアでもある。
    まさに、自然科学者、Naturalistのパイオニア。

    18世紀の末、彼は植物学者ボンプランとともに、スペインから帆船ピサロ2号に乗って、南アメリカを目指す探検に出た。
    目的は、「自然のあらゆる力がどう関連し絡み合っているか」を知ること。
    (第4章、南米)

    彼の著作が読みたい。

  • #科学道100冊/科学道クラシックス

    金沢大学附属図書館所在情報
    ▼▼▼▼▼
    https://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BB22947225?caller=xc-search

  • 『生命の網』地球はひとつの生命である。
    19世紀、世界中の人々をこんなに魅了した人物がいたのか。
    ゲーテ、ダーウィン、、不勉強な私でも聴き覚えのあるような人物が次々に登場する中で、名前すら知らなかった。


    ソローの『森の生活』読みたくなった。

  • 科学の道100冊 2020

  • 請求記号 289/H 89

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