今こそルソーを読み直す (生活人新書)

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著者 : 仲正昌樹
  • NHK出版 (2010年11月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140883334

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今こそルソーを読み直す (生活人新書)の感想・レビュー・書評

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  • ルソーに強く「共感する」(=同意する、ではない)著者による、ルソー解説書。アーレントなどはルソーについてボロクソに言ってる。アーレントについても類似タイトルの著書(『今こそアーレントを読み直す』)をものしている著者が、果たしてルソーについて何と言うのか。興味深く読んだ。

    著者は論旨が一貫せず、多く矛盾を含むとも、ときには極端な主張も辞さない思想家にすごく共感を持っているのだろうな。ルソーもバリバリの「矛盾した」思想家である。『人間不平等起源論』と『社会契約論』でも書いてることだいぶ矛盾するし。ルソーの著書間で一貫した思想を読み取ろうとするのは無駄ではないかと主張する著者は、そこで各著書を独立したものとして読み込む。とは言っても、もちろん、何のテーマもなく、バラバラに読み込んでも仕方がない。著者が立てるテーマは「社会と自然」「みんなの意思は可能か」といったものだ。

    ルソーの矛盾。たとえば、人民が契約を結ぶにしても、まず、最初には「全員一致」が必要だとルソーは考える。「多数決で決めるべき」ということ自体が1つのルールだ。このルールを用いるべきということが決まるまでは、このルールによっかかって決定できない、という理由があるからだ。しかし、厳密に考えれば、多数決だけではなく、他にも様々な「決定の仕方」について、事前に全員一致で決定しておく必要がある。・・・と、ここまで考えても全員一致の「全員」って誰だとか、ルール決定方法に関するルールは誰が起草・立案するのかとか、その立案者がどのように正当化されるのかとか、ちょっとつっこんで考えてみると「どうなってるの?」と思えるところは多い。が、ルソーはこれについて『社会契約論』の中で、解決策を提示していない、と著者は述べている。

    素人考えだけど、『社会契約論』を読んだとき、ぼくは「この多数決で決めるかどうかも、まず、最初に、少なくとも一度全員一致がなければならない」の解決策として、「社会契約」が出てくる、と自然に解釈していた。正しいかどうかわかんないけど、こういうことだ。ルソーによれば、契約をしなければ(正しい)社会は生まれない。契約には、契約をするものにとってメリットがなくちゃいけない。社会契約を結ぶ頃には、契約を結ばなければ人類は滅びるくらいの外的環境にある、つまり、個人は自分の身を滅ぼしてしまうと仮定している。だとすると「みんな」=全員、今後の契約の根本となる、社会契約には同意するはずだ、この提案に逆らう人はいないはずだ、と、ルソーは考えているんじゃないか。

    まあ、仮にそうだとしても、「多数決で決めていい」と全員一致で決めるまでは、多数決は使えない。同じ無限敗退に陥っちゃうわけだが、「最初の全員一致」の内容には、もう少しいろいろ織り込めるのではないかと疑問に思ったので、今度、ルソー読み直してみる。

    また、全体主義とルソーの関係も、しばしば指摘されるところだ。タルモンやアーレントはルソーを全体主義的な思想家だとして批判しているが、本書ではこれについても取り上げ、検討している。一般意思にしたがって生きること=自由になることとするルソーの考えは、集団的個体に個人を埋没させてしまうし、自由にするのだということを錦の御旗に、様々な義務を市民=臣民に負わせることを正当化してしまう、統治者に都合のよい考えである(タルモン)、社会の仮面を剥ぎ取った人間の自然を、人間本性を社会契約に持ち込むことで、「徳のテロル」を正当化してしまう(アーレント)といった批判だ。

    こうした批判に対し、著者は「ルソーは私的事柄は一般意思の管轄外だとしている」「不平等論と社会契約論をつなげて読むべきではない。ルソーは自然的自由と市民的自由を区別している」と考え、これを退けている。
    個人的には、その理屈にあまり説得力を感じなかったけど。

    というのも、ルソー思想の中に、そうした全体主義へと至る危険性を排除するような仕組みを明確に見出せないし、全体主義的な記述(皆のために死ねと言われたら死ななきゃなんないとか)も著作にあるから。「一般意思」という概念が不明瞭なため、なおさらその危険性は高いんじゃないかと、ルソーを読むといつも思ってしまう。「一般意思は誤りえない」という主張も、理想の記述でしかないことは百も承知だけど、「一般意思だから間違っているわけがない」と社会に言わせてしまう危険があるのは間違いない。もちろん、「誤っているのだから、それは一般意思ではない」と言う可能性にも開かれているんだけれども、

    アーレントのルソー批判も、『不平等論』と『社会契約論』を単につなげて読んだものだとも言い切れないんじゃないか。ルソーはもちろん全体意思と一般意思を区別してるわけだが、それでもアーレントは『革命について』の中で、ルソーにおいては意思=利害となってしまっていること、一般の「同意」ではなく、一般「意思」であることを問題にしている。社会=一般意思だとすると、一般意思には有効な外部がない。社会構成員に共通する利害=意思が、「一般意思」とされてしまいがちだし、ルソーの理屈からもそうならざるを得ないんじゃないか。

    最終章、デリダ的読解からすると、ルソーのテキストを「透明なコミュニケーション共同体」という、ありえないフィクション、法=一般意思という完全なエクリチュールを何とか打ち立てたいという夢想かもしれないと指摘した後、次のようなコメントをしてるんだけど、この「ネット知識人」って誰のことなんだろう。デリダ研究者でないことを祈る。

    「この”透明な共同体”は、単なるフィクションではない。「法=一般意思」という、(「自然状態」あるいは「幼年時代」の)危険な「代補」は、”我々”に、未だ実現したことのない「完全な民主主義」の夢を見させ続けている。ネット技術の発展を通じて”私”たち相互のコミュニケーションが限りなく透明に近づき、いつの日にか直接民主主義が現実化すると夢想する現代のネット知識人たちは、この「代補」に感染してしまった人たちなのかもしれない。

    あ、それとルソーの有名な「不平等三段階説」(不平等は3つの段階に分かれ、最後は専制となり、専制となると逆説的に全員が「平等」になる)を取り上げて解説してるところ(p.78)。著者は専制になると、逆説的に「自由」になると書いてあるけど、これ、「平等」になる、の間違い、ミスなんじゃないの?って思った。いくら『社会契約論』と『不平等論』を繋げて読まないと言っても、「人間はいたるところで鎖につながれている」というのがルソーの現代認識であるとこは変わんないだろうし、不平等起源論を読んでも「自由」ではなく「平等」って書いてある。

  • 著者:仲正昌樹
    校閲:大河原晶子
    DTP組版:岸本つよし


    【目次】
    目次 [003-006]

    序章 今、なぜルソーなのか? 007
    ルソーの定番的説明  民主主義と自由主義の矛盾  「みんなの意志」は可能か?  社会契約論の再評価  ネット民主主義とルソー  人間本性をめぐる捻れ  「幸福な自然人」という矛盾  ルソーをいかに読み直すか  本書の構成

    第1章 なぜ「不平等」が生まれるのか?――ルソーの格差論 029
    フランス啓蒙主義の特徴  ルソーの二面性  「進歩」がもたらすもの  外観が内面を汚染する  『学問芸術論』の限界  自然状態論の本格的展開  「自然」と「欠如」  コンディヤックの言語起源論  言語が先か? 観念が先か?  パロールとエクリチュール  音声中心主義の罠  デリダの批判  「代補」の問題  社会が自然を「代補」する  善悪の起源  労働から所有へ  不平等へ至るプロセス  「所有」と「自由」  近代人はなぜ野生人に憧れるのか  「自然回帰」に懸かれた人たち

    第2章 「公正な社会」をいかに作るか?――ルソーの国家論 091
    「理想の社会」にいかに到達するか  自由と鎖のジレンマ  自然的自由から市民的自由へ  「私」と「私たち」をどう結合するか  「権利」とは何か  奴隷との契約は成立するか  「人民」になる  人民をめぐる無限連鎖  「私の意志」と「私たちの意志」を一致させる方法  「共同的自我」の誕生  一般意志論は全体主義か?  「団体の意志」のメリット  公的生活と私的生活  一般意志と全体意志はどう違うのか  共通の利益=正義の原理  ルソーとロールズ  一般意志論の現実的側面  法の一般性  「法のエクリチュール化」をめぐる難問  「立法者」の条件  「社会的精神」はいつ生まれるのか  神々という権威?  「神々」の正体  政治と宗教の融合  「近代」という神話

    第3章 「自然」と「理性」のバランスをどうとるか?――ルソーの教育論 171
    多数者の専制  「古代人の自由」と「近代人の自由」  ルソー=全体主義?  タルモンの批判は正当か?  アーレントとルソー複数性の喪失  自由の一弓の系譜合意と意志一般意志から「徳のテロル」へ  「偽善の仮面」を破壊せよ!  「同情=共感」の負の効果  アーレントの批判の難点  二つの理想的人間像  階級闘争史観への影響  「人間」を作るか「市民」を作るか  都市に生きる自然人、エミール  国制教育  「見せかけの法」の効用  エミールをめぐる矛盾  「理性的自然」で全ては解決するか  ルソーの矛盾とどう付き合うか

    終章 なぜ「透明なコミュニケーション」に惹かれるのか? 231
    言語の両義性  「法の絶対視」が悲劇を生む  自然的記号への憧憬  矛盾の本質  「透明なコミュニケーション」に取り懸かれた人たち

    ジャン=ジャック・ルソー年譜 [243-245]
    あとがき(二〇一〇年七月三十一日 金沢大学角間キャンパスにて 仲正昌樹) [247-251]

  • 中川八洋氏(タルモン、アーレント)によると、「ルソーは自然人を理想として人格を改造し、一般意志に従属するロボットとして、全体主義を導く」はずであったが、仲正氏によると、それは誤読で、ルソーはそんなことを主張していないとのことである。そうすると、非難されるべきは、ルソーの思想を利用したロベスピエールやレーニン、スターリンである。それにしては被害者の数が桁違いに多い。中川氏はそこを問題にしているのだろう。

  • 表題の通り「ジャン=ジャック・ルソー」の紹介的入門書。『言語起源論』を基底に、『学問芸術論』、『人間不平等起源論』、『社会契約論』、『エミール』を読み解いていく。類書と異なる点は、現代の哲学者——ジャック・デリダ、ジョン・ロールズ、ハンナ・アレント、ジョルジョ・アガンベンらに言及されていることである。また、著者の問題意識を規定するインターネットに対する批判が随所に見られるが、キャス・サンスティンに明示的に言及しながら東浩紀に全く触れていないのは知的廉直性に反するのではないか。誤字を二箇所確認したが、それ以上に「特定の個人や集団に主権を全面的に譲渡するホッブズ的な社会契約論」(122頁)というホッブズ理解、また、ノージックの自然権論的最小国家論を「古典的な社会契約論の論理に立ち返る」としているのは端的に誤りであって批判されるべきであろう。

  • デリダによる音声中心主義批判にさらされ、アレントによって全体主義の元凶とされたルソーを、仲正昌樹が「読み直す」ということで、かなり期待して読み始めました。

    「終章」で文芸批評家のスタロバンスキのルソー解釈に依拠しつつ、「透明なコミュニケーション共同体」を語った「壮大なフィクション」としてルソーの著作を読み解くという方向性は刺激的に感じました。ただし本論は、現代思想的なルソー解釈がきらびやかに展開されるというわけではなく、『言語起源論』や『人間不平等起源論』『社会契約論』『エミール』といった著作にある程度立ち入って内在的に読み解こうとしています。著者の各種「入門講義」でもそうなのですが、現代思想的な解読をそのつど参照しながら、まずは内在的にテクストをたどっていくという姿勢が本書でも示されているように思います。

    著者らしい「キレ芸」は本書にはほとんど見られませんが、「過激なくせに、どっちつかずの態度を取るところが、ルソーの思想の奇妙な魅力になっている」と語る著者に、イロニーの思想家の面目を見てしまいます。

    なお、「2ちゃんねる」や個人ブログなどで哲学や思想などの話題にいっちょ噛みしたい(つまり私のような)有象無象に対する辛辣な啖呵が著者の本の持ち味の一つなのですが、本書ではそうした発言は控えられています。それほど著者が、ルソーその人について語りたいことがあると、見るべきなのかもしれません。

  • つまんなくて断念。ごめんなさい。また時間あるときにチャレンジします

  • 再読。
    でも、やっぱりよく分からない。「一般意志」がどうしても、しっくりこないんだな。
    なかでアーレントの「リバティ」と「フリーダム」の2つの自由に対する概念の違いはおもしろかったかも。前者がフランス革命で、後者はアメリカ独立戦争戦争ってわけだ。
    なんとなく雰囲気は伝わるんだけど、ルソーからは離れていっちゃうんだな。

  • 2013年11月現在、H大学の博士課程に所属し、ルソーについて研究をされている院生の方から勧めて頂いた一冊。

    【まとめ】

    【感想】
    本書の帯に、「彼はここまで見通していた!」とある通り、ルソーの持っていた慧眼を、仲正氏が巧みに描き出している。また仲正氏は、ルソーの著したテクストごとの解釈に忠実であり、テクストに内在的に見られる矛盾や記述の不十分さを、無理をして統一しようとは試みていない。そのため、ルソーという人物が辿った思考の軌跡を、読者は無理なく追うことができる。

  • わかりやすいです。お薦めします。
    なぜかデリダとアレントがよく出てくるルソー入門本。終章が示唆的。

  • ルソーの入門書という謳い文句ではあったが、難しくてわからなかった!!

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