歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書)

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著者 : なかにし礼
  • NHK出版 (2011年12月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140883662

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歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書)の感想・レビュー・書評

  • 藤圭子のインタビューから,歌謡曲つながりでこの本を.
    著者の定義によれば歌謡曲は「ヒットをねらって売り出される商業的な歌曲」=流行歌.そしてその始まりは大正3年の「カチューシャの唄」であって,音楽の嗜好が拡散し全国的なヒットがなくなった昭和の終わりで歌謡曲の時代も終わるというのがその説.なかにしさんは昭和13年の満州生まれ.引き揚げを経験した世代として国民歌謡としての軍歌の功罪もきっちり取り上げている.

    私は昭和20年代,30年代の曲で知っている曲が多いのに驚いた.たぶん両親の若かった時代とかさなるのだろう.逆になかにしさんが活躍しはじめた30年代後半から40年代の曲はあまり知らない.私たちの世代が歌謡曲を一生懸命聞いたのはアイドルの時代の始まる頃.著者と同世代の阿久悠の曲は今思うとたくさん聞いている.そして昭和の終わる頃から興味がなくなり他のジャンルを聴くようになった.

    私の記憶が確かならば,そのころ,歌謡曲の作詞をやめたなかにしさんはFM fan 誌に連載で自分をそだててくれた音楽のことを書いていて,読むのが楽しみだった(のちに「音楽への恋文」という単行本になった.)同じころか,芥川也寸志,木村庄三郎といっしょにN響アワーの司会をやっていて,毎回三人の雑談を聴くのが楽しみだった(芥川さんの笑顔!).

    こういう本を読むと,いろいろ昔のことを思い出す.音楽というのは過去を思い出させる力があるな.

  • 2016.8.6市立図書館
    BS再放送でハマっている朝ドラ「てるてる家族」の原作者にして作詞家のなかにし礼による著作。「カチューシャの歌」にはじまった、詩、曲、歌手の三拍子が揃ってマスコミやレコード会社がヒットを狙って売り出す「歌謡曲」の時代は、CDが普及した昭和の終焉とほぼ時を同じくして終わったというメディアを中心とした昭和史になっている。
    戦時下の身の処し方と戦後の作品の雰囲気が対照的な服部良一と古賀政男を比べた第5章が印象深い。第6章からは「てるてる家族」の時代となり、第7章は先ごろ読んだ「安井かずみのいた時代」とも重なる。「演歌」という言葉がそう古くからあるわけではなく「歌謡曲」には人が思うよりずっと多彩なジャンルが含まれていること、歌へのあこがれが薄れ歌の力が弱くなってきた理由、メディアと音楽出版社の関係など、勉強になることも多かった。
    紹介されている歌の多くが、曲名と歌詞のイントロだけでだいたいわかるのがわれながらすごいと思った(昭和歌謡を多く取り入れた「クインテット」や「てるてる家族」を楽しんでいるおかげだと思うが)。

  • ディスクユニオンふらふらしてたら目に付いたので衝動買い。

  • 政治は藝術の敵

    藝術が人間の心に訴える力は強い。だから政治は藝術を利用したがる。しかし政治と藝術は両立しない。藝術は精神の自由を必要とし、政治はそれを否定するからである。

    大東亜戦争(アジア太平洋戦争)中、日本政府は国民の士気を鼓舞するため、さまざまな藝術を利用した。なかでも強い影響力をもったのが音楽、とくに歌である。作詞家・小説家のなかにし礼は本書で、軍歌を中心に歌と国家との関係を論じ、「作家はどんな国も支持してはならない」と説く。

    中国事変(日中戦争)開始直後の昭和十二年(1937)八月、内務省はレコード関係者との懇談会で、「退廃的絶望的な歌をつくらないこと」「悲しげで軟弱な曲調は避けること」といった事実上の指示を出した。これを受け、レコード会社はこぞって自己規制に走る。歌謡曲の基調は、それまでのジャズ、シャンソン、ポップス、新民謡、日本調など「何でもあり」の多彩な色の世界から、「軍歌・軍国歌謡が幅をきかす単一色の世界」へ転換するのである(62-63頁)。

    昭和十六年(1941)十二月の太平洋戦争開戦以来、軍歌の数はぐっと増える。そのなかには名曲もある。なかにしは「空の神兵」「若鷲の歌」「同期の桜」を挙げたあと、「エンジンの音轟々と」で始まる「加藤隼戦闘隊」(詩・田中林平、朝日六郎、曲・原田喜一、岡野正幸)の歌詞を引き、「まさに名文句。歌謡史に残る傑作である」と高く評価する(89頁)。

    だがなかにしは軍歌に名曲が存在することを認めたうえで、賢明にも、別の視点からの批判を忘れない。上記の引用に続けて、こう記す。「しかし――と私は思う。いい歌であるからこそ、多くの人が愛し、戦闘意欲をかき立てられた。いい歌であるからこそ、人は勇躍、戦地へと赴いたのである。軍歌は人を煽り、洗脳し、教育するときには大変な効果を発揮するものなのだ」。そしてこうつけ加える。「だから軍歌は、いい歌であればあるほど、名曲であればあるほど罪深い。このことを決して忘れてはならないのである」

    軍歌が「名曲であればあるほど罪深い」とすれば、当然、軍歌によって国民を「煽り、洗脳し、教育する」ことに協力した作詞家や作曲家の「罪」が問われる。なかにしは「個人を責めるのは酷かもしれない。私自身、面識のある人の非をあげつらうようなことは慎むべきかもしれない」(93頁)とためらいながらも、軍歌と作家の責任について考察を進める。具体的に言及されるのは著名な作曲家三人で、それぞれ特徴的で興味深い。

    一人目は、山田耕筰である。管弦楽、歌曲、歌劇などほとんどの音楽分野の日本における開拓者であり、「ペチカ」「赤とんぼ」などの童謡でも知られる山田は戦時中、「燃ゆる大地」「米英撃滅の歌」など多数の軍歌を書いた。敗戦の昭和二十年(1945)の暮れ、音楽評論家の山根銀二が新聞紙上で、山田は戦争中の「楽壇の軍国主義化」について責めを負うべき「戦争犯罪人」であると批判する。これに山田はこう答えた。なるほど私は、「戦力増強士気高揚の面にふれて微力」ながら働いた。祖国の不敗を希(ねが)ふ国民として当然の行動をとったのだ。戦時中国家の要望に従ってなした「愛国的行動」が戦争犯罪になるのなら、「日本国民は挙げて戦争犯罪者として拘禁」されなければならない、と(90-91頁)。

    山田の反論に、なかにしはこう異を唱える。

    <私は、「愛国的」つまり「日本のため」と言うこと自体、藝術家として根本的な誤りであると思う。問題を軍歌にしぼれば、作詞家であれ作曲家であれ、作家というものはどんな場面にあっても、最高の作品をつくろうと力を尽くすものである。それ自体はもちろん悪いことではない。しかし、その結果、作家の卓抜な技によって煽り立てられて戦地に赴き、戦死したり苦難を強いられたりした若者が大勢いたことに、作家たちは罪の意識... 続きを読む

  • なかにし礼の歌謡曲史に関する考察をまとめたものです。Eテレの"佐野元春のザ・ソングライターズ"に出演した時の話がベースになってます。歌謡曲の歴史や産業など多面的に書かれています。歌謡曲シーンの第1線で活躍していた人だからこそ、ここまで書けるんだと思います。本書の定義である"歌謡曲=ヒットをねらって売り出される商業的な歌曲"という前提であれば、特定のターゲットだけを狙った昨今の歌曲は歌謡曲ではないし、これらを培ってきた土壌が崩壊してしまった今、新たな歌謡曲が生まれる可能性もないというのは同意です。

  • 2011.12.10.初、並、帯なし
    2012.12.3.伊勢BF

  • 昭和から平成へと時代が変わって二十余年、日本の音楽業界は激変した。なかでも象徴的な例は「歌謡曲の衰退」である。自身のルーツもあわせてヒットメーカーの筆者が語る『歌と昭和』について記されたものです。

    現在では表現の活動を作詞から小説などにシフトしている筆者ですが、もともとは作詞家としてヒットメーカーの一人であることはいうまでもありません。筆者が作詞をしていた理由というのは「昭和」という時代に対する愛憎から来るものだ。それが昭和の終焉とともに自分の中で終わってしまったのだそうです。

    そんな筆者が「うた」という観点から「昭和」と言う時代を読み解くというものでございます。そこには「歌謡曲」をはじめとして「軍歌」や「演歌」などその時代時代を反映した歌の数々が筆者の解釈とともに提示されていて、「人は世につれ、世は歌につれ」でという言葉を頭の中で思い浮かべながら、ページをめくっておりました。

    筆者自身の作詞観や「名曲」が生まれる瞬間のエピソードはもちろん、現在はなぜ「国民歌」とも呼べるような、誰もが知っている歌がないのか。さらに、歌手や作詞家と大手レコード会社との楽屋裏などの話も読んでいて『なるほど、こういう裏話があったのか』ということを知って、思わずうなってしまいました。特に音楽番組とテレビ局が所有しているレコード会社との関係については考えさせられましたね。

    僕はここまで『うた』について筆者のような思考を重ねたわけでは無論ないわけではありますけれど、古代からひとの心に寄り添ってきた歌の変遷というものを振り返ってみるということで、読んでいて意義のある本でございました。

  • プロの作詞家の観点から昭和の歌を評価している意見を読めて楽しかった。
    57調を使わないという著者のこだわりもなるほどと思えたし、歌は詞・曲共に足りない部分を補う、完璧な詞は詩であるという話もなるほどと思えた。

    時代が変わり、老若男女を問わず皆で口ずさめる歌が出来なくなったから作詞家から身を引いたというのは潔く思えるが、些か残念に思える。

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歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書)の作品紹介

昭和から平成へと時代が変わって二十余年、日本の音楽業界は激変した。嗜好する楽曲の分散化、ジャンルの細分化、パッケージの簡素化…。なかでも象徴的な例は「歌謡曲の衰退」である。ラジオやテレビを通して全国津々浦々に行き渡り、ヒット曲ともなれば国民の誰もがそれを知っている-そんな歌謡曲=流行歌はいま、どこへ行ってしまったのか?数々のヒット曲を生み出した実作者だからこそ語れる「昭和歌謡」の真髄。

歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書)はこんな本です

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