ほんとうの構造主義 言語・権力・主体 (NHKブックス)

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著者 : 出口顯
  • NHK出版 (2013年11月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140912102

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ほんとうの構造主義 言語・権力・主体 (NHKブックス)の感想・レビュー・書評

  •  主体は他者との相互作用で形成というのではなく、主体ができる前に言語があり、人はすでに他者である。これが構造主義だという。
     そして、レヴィストロースを扱いつつ、神話論を述べていく。
     神話は、神話を考えていく。私たちが神話を考えるわけではないのだ。主題を押し付ける超越的作者はおらず、内容が変わっても公式的一定の構造は存在するが、秘められた統一性はなく、始まりも終わりもなく、すべてが中心になりえるし、派生でもありえる、中心的主題はなく、ある問題を解こうとするとさらに問題が現れ続ける。それが神話であるという。
     フーコーのパノプティコンについて、「不可視の権力によって個人が生成する。権力なしの個人はない。主体は権力で生成され、主体とは自立した存在ではない、権力に隷属してこそだ。キリスト教の告白もその一つだ」と述べるのは面白かった。反権力として使われそうな単語だけど、そうではなく、パノプティコンは、主体と権力の密接な関係を明らかにしただけであり、だからどうしろというのではないのだ。権力は悪の外部ではなく、権力的諸関係があるから自由や主体的な個人があるのだという。
     バルトは言語だ。バルトはパリの5月革命について、「人々は圧殺されていたものを蘇らせるのだというが、そうすることでほかのものを圧殺していることに気が付かないのである」と述べている。そして、そもそも言語そのものが権力が刻み込まれており、ものを分類したりすることがすでに圧政的であると指摘する。
     ラカンについて「父の名を受け入れて、エディプスコンプレックスを解決して、人は他者を欲望する主体たりうる」と述べている。ラカンも、フーコーと同じく、権力(父)が個を作るという。
     これを読むと、ツイッターに見かけるようなリベラルは、「権力のない個」を甘く見過ぎているとしか言いようがない。古代や同性愛や友愛を持ってくれば、権力のない個はできあがるかもしれないが、でも、そううまくいくものか。それこそバルトの言うように、「別の圧殺のはじまり」になっていくだけだろう。
     保守はその個を保証する権力にあたる部分を、明治や江戸といった伝統に求め、保守になじめない人は、その権力にあたる部分を実は保守以上に国家に求め、もしくは世界国家のような理想郷のようなものに、己の個を保証させているように思える。
     構造主義の考え方は、一つの、冷静になるためのツールとして非常に重要だろうと思う。格物致知の思考に近い。ツイッターに構造主義を。

  • レヴィ=ストロース、ラカン、バルト、フーコーの4人の思想を読み解きながら、「構造主義」と呼ばれる人文科学の方法論的革命の意義を論じた本です。

    著者は、構造主義からポスト構造主義への発展という図式を退け、レヴィ=ストロースの神話分析の中に、ラカンの『S/Z』やフーコーのマグリット論、あるいはラカンの鏡像段階論と共通する志向を読み取ろうとしています。4人の仕事に共通しているのは、他者を巻き込み他者に巻き込まれる中で主体や自己が形成されるという発想であると著者は主張します。神話や文学作品などの対象を分析的に捉える西洋近代の主体を相対化することは、自己の視線が他者の視線と輻輳する場へとみずからを開くことであり、そうした志向が彼らの仕事の根底にあることが明らかにされています。

    また著者は、そうした構造主義の発想に基づいて、代理出産をめぐる「生=権力」の分析や、マリリン・ストラザーンと平野啓一郎の「分人」批判を展開しています。

    若干議論が拡散してしまっている印象があるものの、論じられているテーマはおもしろいと思いました。

  • 一般書とは云えかろうじて専門書ではないという程度か。それなりの意識がないと読み通せない。

    ルネ・マグリットの絵についての論述を読んで思うのは、現代美術の不幸は作品を視覚的なものとしてとらえることを前提的に拒否していることにあるのではないかということ。そこまで裏読みしなければ作品の真意を掬い取れないというのは不幸に思える。だがもっと不幸なのは、そうしたところに現代美術の面白さがあるということだ。

    シニフィアンとシニフィエの関係についても面白かった。シニフィエ(=意味)が言葉であらわされる限り、シニフィエと思われるものもシニフィアン(=表示)であるのは避けられず、結局シニフィアンしか言語世界には存在しない。循環するシニフィアンには限り=終着点がないが、では、人はどこに中断点をもとめるのか。どこかで中断=区切りをつけなければ、いやつけることによって、知覚が生まれるのだから。

    最後に。著者は純粋に哲学的論議を展開しているのであろうが、どうしても、そこに、言説の片隅に、イデオロギーを感じてしまう。善なるものと邪悪なるものの基準があることが垣間見えてしまう。善悪(の基準)は論議に前提をもたらしてしまうがゆえに哲学には導入してはならないと思うのだが…。

  • 文化人類学者による構造主義の解説書。

    (読後)
    時間がないので読み流した。最後に、なぜか量子論が出てきた……。


    【目次】
    はじめに 003
    序章 シベリアのラカン 015

    第一部 主体と作品の解体
    第01章 作者はなぜ死んでいるのか 026
    第02章 言語は何を伝えるか 039
    第03章 「構造」とは何か 052
    第04章 「神話が考える」とはどういうことか 077
    第05章 類似から相似へ 099
    第06章 権力はいつ変容したか 127

    第二部 権力と主体の解剖
    第07章 代理から代替へ 140
    第08章 古代における「主体化」 165
    第09章 言語の権力を揺さぶる 175
    第10章 悲劇の人格論 186
    第11章 「ない」という「ある」ということ 201

    第三部 今こそ読み返す
    第12章 人を喰う社会と人を吐き出す社会 224
    第13章 分人論を先取りし、のりこえる 244
    終 章 新世界のレヴィ=ストロース 257

    注  釈 263
    あとがき 281

  • 和図書 116/D53
    資料ID 2013104238

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ほんとうの構造主義 言語・権力・主体 (NHKブックス)の作品紹介

二十世紀なかば、構造主義は思想界を一変させた。その思考は今なおあらゆる学問分野の底流となっている。構造主義者は、日常生活に潜む権力、他者を排除する仕組み、そして「オリジナル」という観念が幻想であることを暴いてきた。では、現代、構造主義に読み込める最も重要な知見とは何か。それは、他者を巻き込んで成立する自己像を発見したことである。「絆」が称賛される一方で他者への不寛容が強まっている現在、異質な存在を包摂する個人のあり方をこそ学ぶべきなのだ。原典を丁寧に読み解き、来るべき社会の構想に及ぶ"再入門"書。

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