鴨長明『方丈記』 2012年10月 (100分 de 名著)

制作 : 小林 一彦 
  • NHK出版
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (112ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784142230198

感想・レビュー・書評

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  • 小さな庵に暮らす、鴨長明は全ての物を捨て身軽になることで本当の幸福感を味わおうとした。 小さな庵を見ているとその気持ちが良くわかります。四角の小さい中にも琵琶と琴だけが持ち込まれている。 このような住処もも悪くないと思えます。 でもトイレがない。

  • 本書で『方丈記』が「災害文学」だということをはじめて知ったが、前半のこの部分は、後半の方丈の庵の生活の快適さを説明するための布石だと思う。現に、せつせつと自由気ままな生活が、どんなに心地よいかが書かれているようだ。
    でも初めのイメージは、出世もかなわず、運の悪さも手伝って、”世捨て人”みたいに庵に隠遁した、と感じたてなんと寂しい境遇か、と思った。
    しかし、本書では大きな扱いではないけれど、庵のある日野山の番人の息子さん(10歳)がときどき遊びに来て、二人で散歩に出かけ、野草などを採ったりして交友を深めたそうです。”お爺ちゃんと孫”みたいだけど、人間関係(特に親戚)に疲れていた長明にとって、無垢な子どもの存在は、気ままではあるけれど孤立していた寂しさをずいぶん癒してくれたのではないか?と、勝手に想像して泣きそうになった。
    『方丈記』は冒頭がまず大変な名文だが、どうやら長明もたぶん愛読していた、当時流布していた書籍からの”借用”が結構あるらしい。しかし自分流のアレンジが素晴らしく、これぞアウトプットの良き見本じゃないか。
    本書の著者小林一彦さんは、長明は今なら自分のことをまめにツイートしている人じゃないか、といっている。『方丈記』は「住まい」がテーマの一つといい、庵の外観や内部の描写が優れている。テレビの「お宅拝見」みたいにカメラに映しているみたいだといっている。それこそ今なら自撮りしながら己を語るユーチューバーだろう。

  • 12.9.27
    鈴木秀一 激励会

    有楽町 三省堂

  • 方丈記が災害に関する文学だったとは知らなかった。その中でそんなに遠くない立ち位置にいる長明。ちょっと身近に感じるようになった。

  • ゆく河の流れは絶えずして…のお馴染みの書き出しで始まる方丈記。冒頭の締めの文、世の中にある人と栖と又かくのごとし、の意図が、方丈記全体に通奏低音のように横たわっている。有名な冒頭以外に読んだか記憶が定かでない中、安直に解説に頼ると、鴨長明が優れた報道記者であることがわかる。当時の大火、大地震、竜巻、飢饉、福原遷都を余す所なく伝えている。58歳で本書を書き起こしたわけだが、望んだ人生で充足感が得られたか、不鮮明なまま閉じている感が否めない。

  • 方丈記がどのように書かれたのか本文を交えつつ、その背景がよくわかりました。

  • 改めて卒論を読みなおそうと思うが、学生時代に感じていた鴨長明、「方丈記」観と、現在のそれはあまり変わりないと思う。年を取った(知識や経験が増えた)分だけ、その思いは強化されたように思う。

    「方丈記」とは、鴨長明が貴族として生活していた京都時代を、”無常感”によって否定し、日野の方丈での生活を謳歌喧伝したものだろう。しかし、日野での生活を高らかに書き記せば記すほど、その裏側に京都時代への未練がにじみ出る。”やせがまん”かっこよく言えばハードボイルド。だが、老境の身に迫りくる死の恐怖から、最後の最後には”やせがまん”もできず、絶対の救済者・阿弥陀仏に救いを求めるべく、取る物も取りあえず、”南無阿弥陀仏”を唱えた。

    死の恐怖の前にひれ伏してしまった、死を超越して生きることができなかったのは鴨長明が生きた末法思想に支配された時代ゆえかもしれないが。

    「不請の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ」を”阿弥陀仏を二、三回唱えて止めてしまった”とする解釈(=仏門につかえる身としても中途半端)と位置付ける本書の結論には違和感を覚える。そう捉えてしまうと、末語の「桑門の蓮イン・・・」との一貫性が取れなくなってしまうように思うのだ。

    800年前のつぶやき(ツイッター)、自分史、災害ルポ、・・・といった解釈は納得できるが。→まえがき、あとがき参照。

    若いころは貴族のおぼっちゃまとして何も自分でする必要のない生活を送っていたという視点は、学生時代にはあまり考えなかった。→最新の研究成果を読む必要があるかも

    ハイデッカー、実存主義、死を超越して生きる。

  • (2012.11.05読了)(2012.10.05購入)
    【平清盛関連】
    『方丈記』が書かれたのは、1212年で、ちょうど今年は、800年目にあたるのだそうです。
    鴨長明が58歳のころの著作ということです。長明が亡くなったのが、1216年ということですので、亡くなる4年前の著作です。
    福原遷都の話とかが出てきますので、平清盛の全盛のころのことが書いてあります。平清盛が生きたころのことが、当時生きた人の筆で記録され、今も読めるというのは、すごいことです。
    けじめとして、この本を読む前に、『方丈記』全文を読んでみました。あまり長いものではないので、この本を読むだけでも、かなりの部分が引用されているので、間に合ったかな、という印象です。
    もっと早くに読めていれば、とは思うけど、とにかく宿題の一つが終わったという感じです。古典と言われるものでまだ読んでいないのは、『土佐日記』『蜻蛉日記』『和泉式部日記』など、いくつかまだありますが、順次読んでいきたいと思います。

    【目次】
    【はじめに】八百年目のツイート
    第1回 知られざる災害文学
    第2回 負け組 長明の人生
    第3回 捨ててつかんだ幸せ
    第4回 不安の時代をどう生きるか?

    ●『方丈記』に出てくる五大災厄(17頁)
    安元の大火 1177年4月28日
    治承の辻風(竜巻) 1180年4月29日
    福原遷都 1180年6月 11月平安京に戻る
    養和の飢饉 1181年から翌年にかけて
    元暦の大地震 1185年7月9日(滋賀県と京都府の境界付近)
    ●福原遷都(22頁)
    福原遷都は、平清盛が政権を確実にわがものにするため、貴族の既得権益に縛られた京都を捨て、福原(現在の神戸)に新都を建設しようとした一種の暴挙です。もともと福原に住んでいた人たちは土地を奪われるので大迷惑でした。京から移る人々も、新しい土地に住まいを普請しなければいけないので、大変な負担となりました。
    ●方丈記の読み直し(26頁)
    多くの作家(内田百閒、林芙美子、佐藤春夫、堀田善衛)が折に触れて『方丈記』を読み直し、その時々に長明の文章からいろいろなものを受け取ってきたわけですが、いま改めて考えると、『方丈記』という古典は、人が個人の力ではどうしようもない困難に見舞われたときに読み直されているようです。
    ●長明の得意分野、和歌と音楽(37頁)
    歌に関しては俊恵という当代きっての歌人に師事し、その家で開かれる「歌林苑」と呼ばれるサロンに通い、熱心に活動しました。
    音楽のほうでは、とりわけ琵琶にこりました。中原有安という師匠に師事して精進しました。琵琶奏者としての長明の腕前は相当なものだったと伝えられています。
    ●一流の歌人(39頁)
    1201年、長明47歳のとき、
    時の上皇である後鳥羽院から声がかかり、勅撰集である『新古今和歌集』のために御所内に設けられた「和歌所」という特別編纂チームに、「寄人」として迎えられたのです。和歌所の寄人は当代一流の歌人であることの証明でもあり、歌人ならだれもがうらやむポストでした。
    同じ寄人だった面々には、藤原定家をはじめ、九条良経、飛鳥井雅経、慈円、藤原家隆、寂蓮などがいました。
    ●鎌倉へ(42頁)
    和歌所以来の友人で蹴鞠の達人としても有名な飛鳥井雅経が鎌倉政権との仲立ちをしてくれて、若き三代将軍源実朝の和歌の師匠となる話が舞い込んだのです。
    長明は1211年11月、雅経とともに京を発ち、道中、連歌などをしながら風雅に「東下り」をしました。(採用されませんでした。)
    ●紫式部は地獄へ(79頁)
    仏教の教えでは嘘は絶対に許されません。和歌を詠むということは、それ自体が仏の教えに背きかねない行為です。長明の時代に成立した『今鏡』に、「紫式部堕獄説話」というものがありますが、そこでは、紫式部は光源氏というありえない人物の物語を作って人心を惑わせた罪で現在地獄に堕ちている、と記されています。

    ☆関連図書(既読)
    「平家物語(上)」吉村昭著、講談社、1992.06.15
    「平家物語(下)」吉村昭著、講談社、1992.07.13
    「平清盛福原の夢」高橋昌明著、講談社選書メチエ、2007.11.10
    「平清盛-「武家の世」を切り開いた政治家-」上杉和彦著、山川出版社、2011.05.20
    「平清盛 1」藤本有紀原作・青木邦子著、NHK出版、2011.11.25
    「平清盛 2」藤本有紀原作・青木邦子著、NHK出版、2012.03.30
    「平清盛 3」藤本有紀原作・青木邦子著、NHK出版、2012.07.30
    「西行」高橋英夫著、岩波新書、1993.04.20
    「西行」白洲正子著、新潮文庫、1996.06.01
    「白道」瀬戸内寂聴著、講談社文庫、1998.09.15
    「方丈記」鴨長明著・武田友宏編、角川ソフィア文庫、2007.06.25
    (2012年11月6日・記)

  • 冒頭ばかりが有名だが、出色は結末。

    ---
     静かなる暁、このことわりを思ひ続けて、みづから心に問ひていはく「世を逃れて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむとなり。しかるを、汝、姿は聖人にて、心は濁りに染めり。すみかはすなはち、浄名居士の跡をけがせりといヘども、たもつところはわづかに周利槃特が行ひにだにおよばず。もし、これ貧賤の報のみづから悩ますか、はたまた妄心のいたりて狂せるか」
     そのとき、心、更に答ふる事なし。ただかたはらに舌根をやとひて、不請の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。
    ---

    ここに語られる言葉に揺さぶられ、支えられている気がする。

    番組を観てはじめて方丈記に触れたのだが、入門としてよかった。100分de名著シリーズはずっと続けてほしい番組だ。

  • ■2012.10 TV 全4回

    ●TVメモ
    無常という力=揺らぐ力



    名著16 鴨長明『方丈記』:100分 de 名著
    http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/16_hojoki/index.html

    無常という力―「方丈記」に学ぶ心の在り方
    http://booklog.jp/item/1/4104456071

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