猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)
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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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わたしは『ボコノンの書』を開いた。内容をまだそれほどくわしく知らないので、宗教的な安らぎが得られるかもしれないと思ったのだ。『第一の書』の扉にある警告を、わたしは急いで読み飛ばした――
馬鹿なことはやめろ! すぐこの本を閉じるのだ! <フォーマ>しか書いてないんだぞ!
<フォーマ>とは、むろん、嘘のことである。
― 269ページ -
そういえば、ボコノンはこう教えている。「神は優れた劇を書いたためしがない」
― 245ページ -
しかしわたしはそんなものよりも、一九二九年にボコノンが空欄に書きこんだ言葉のほうに興味をひかれた。あらゆる機会を見て、彼は宇宙的な視野を持とうと努めていたに違いない。ここでも彼は、人生の短さと永遠の長さとを考えに入れていた。
ボコノンは副業を「生きていること」と書いていた。
本業を「死んでいること」と書いていた。
― 143ページ
みんなの感想・レビュー・書評
127もの章からなる作品で最初は驚きましたが読んでみるととても読みやすい。
芯をつく皮肉はここまで正当性を持ってしまうのかと読みながら感心し笑ってしまう。
ゆりかごもない。猫もいない。嘘っぱちのお話。
名前に隠された「こうであろう」ラストがとてもすき。
本書はカート・ヴォネガットの長編小説で、63年発表作で、『タイタンの妖女』からは四年、『母なる夜』からは二年の歳月が流れている。『タイタン』と比べれば、SF色が消えて筋の通った話を書くようになっていて、これは『ローズウォーター』までつづく流れでもある。 物語では、キリスト教からボコノン教に改宗したジョーナが語り手となって、フィーリクス・ハニカー博士と、彼が生み出した架空の兵器「アイス・ナイン... 続きを読む »
『ミエナ彼女とミエナイ僕。』P90 僕(ボビー)が好きなボネガットの作品。アリーシャとの会話で登場する本。
ごくまともな小説 題は「あやとり」の意味。 世の中楽に生きようと思えば、嘘で周りを固めればよい。本の表紙にある「猫のゆりかご」を見ても、そこには「猫」も「ゆりかご」もないんだ。 皮肉家であるヴォネガットの口調は、本作ではまだ丸い。(後半の作品に見られるように)ストーリーにも狂気が含まれていない。 きわめて読みやすく、シンプルに現在社会への憎しみと人間への愛が伝わる作... 続きを読む »
村上春樹が影響を受けた作家さんと聞いて読まずにはいられなかった作品。序盤〜中盤のシニカルさと終盤のシリアスさのギャップにやられました。他のヴォネガット作品も読んでみたくなりました。
ヴォネガットがこの話で何か伝えようとしていたとするなら、それはこんなことだと思う: 人間はちっぽけで愚かだけど、そして沢山の間違いを犯すけど、でも人間てそんなに悪くないよ、ぼくは人間のことが好きだよ、たとえ結末がどんなに寂しいものになっても。 そして、もうひとつあげるなら、見方を変えなよ、ということ。 真面目すぎる視線を流して、斜めから受け取る方法をこの本は教えてくれるはずだ。ボコノ... 続きを読む »
アイス・ナインというクールなアイテム、
形而上学やそれに支えられた近代的社会へのまさに妙薬であるボコノン教。
このような独特な場面設定が、この作品にカルト的な魅力を与えていることはまちがいないだろう。
しかし、敢えてもう一つこの作品の核を挙げるならば、
それは「孤独」である。
アンジェラ、フランク、ニュートそれぞれの孤独。
巨大な破壊力が孤独な人の手に渡ったとき、
何かが起こるのはもはや必然ではないだろうか。
ありふれた孤独を前に、理性は、あまりにも頼りない。
ボコノン教的な意味において、私はボコノン教徒となった。ヴォネガットの素晴らしい作品に見られるアイデアがふんだんに散りばめられた、素晴らしい小説。ただ、これほどせっぱ詰まった後半になってしまうのは、時代なのだろうが、今読むと辛い。確かに状況が好転しているわけではないのだけれども。
「一つボコノン教徒に同感できる考えがある。宗教は、ボコノン教も含めて、みんな嘘っぱちだということさ。」
「わたしは最低の科学者だよ。一人の人間が楽になるなら、わたしは何でもする。たとえ、それが非科学的なことだろうと。すこしはマシな科学者なら、こんなこと言いっこない。」
「いったい、これには何の目的があるのですか?」と人はていねいにたずねた。
「あらゆるものに目的がなければいけないのか?」と神はきかれた。
「もちろん」と人は言った。
「では、これの目的を考えだすことをあなたにまかせよう」と神は言われた。そして行ってしまわれた。
読み手との相性しだい。良い意味で特異な言葉、文章、設定であるとは思うが、正直意味が分からない。悪い意味でまったく想像がつかないため自分をその世界におけない、というか。入り込めないというか。
タイタンの方は楽しめたのだが。
タイタンの幼女、スローターハウス5ときて猫のゆりかごを読んでみた。スローターハウス5がいちばん好きだったけど、3作ともとても滑稽で悲しくて美しい世界観に心が揺さぶられた。
先に読んだ2作もそうだけど、猫のゆりかごに出てくる人間も、ユニークで憎めないどうしようもない人たち。クールに見える主人公でさえ、美女と権力に心が躍る。その美女は頭がカラッポだし、与えられたのはろくでもない国なのにも関わらず。
『こんな男には気をつけろ。何かを学ぼうとしてさんざん苦労し、学んだあとで、自分が少しも利口になっていないと気づいた男。そういう男は、自分の愚かしさにたやすく気づいた人々を殺したいほど憎んでいるものだ』
『泥のわたしがこんな思い出を持つことができるなんて!』
どうしようもない人々の中で、フィーリクス・ハニカー博士がいちばん好きでした。
架空の宗教「ボコノン教」の考え方が印象的。
ただ、言葉の使い方や文章が読みづらく。
内容も含めて、自分には相性が良くない本だった。

最初から最後までニヤニヤさせられた。
モナの
「もしできるんだったら、この人たちを生き返らせたいと思う?早く答えなさい。だめ、答えが遅すぎるわ」三十秒ほどしたところで、愉快そうに言った。
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