- Amazon.co.jp ・本 (343ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150103965
感想・レビュー・書評
-
電気羊だけがディックじゃない!と思わせる一作。
1964年発刊。その30年後の1994年の火星が舞台。そこには人類が植民していますが、まだ社会基盤が脆弱なために水不足に悩まされていたり、闇取引が横行している世界。他に、人類と共通の祖先である原住民のブリークマンがいたり、ある種の精神疾患を持つ人間は未来を見る事ができるという設定がされています。
これを書いている現在、1994年からちょうど30年経っていますが、いまだに火星に人類が足跡を残していないのが面白いですね。
あらすじは、修理屋を営むミスター・イーのもと、雇われているジャック・ボーレンは、依頼のあるままにヘリコプターで飛び馳せる毎日。ある日、依頼元の酪農場に修理に向かう途中、国連の保護対象である原住民ブリークマンの遭難を知らされます。現場に急行すると、同じく知らせを聞いた火星で絶対的な権力を持つ水利組合長アーニー・コットと出会い、口論を経つつも技術力を買われたジャックはイーとの雇用契約を買い取られて、アーニーの下で働くことに。実はアーニーには、ある秘密の計画があり、ジャックは思わぬ事件に巻き込まれて行きます…
タイトルにタイム・スリップと付いていますが、一般的に想像するものとは異なり、精神疾患者との時間認識の差異を利用して表現しています。そのため、途中でループしているような感覚や現実が崩壊していくような不思議な感覚を覚えます。いろいろな登場人物たちが出てきますが、それらがラストに向かって収斂していく後半は読み応えがあり、ラストのオチも好きですね。
ただ、こういう世界はリアルでは体験したくないです。健常者との時間感覚の差から、他人の喋っている言葉が理解できず「ガブル、ガブル、ガブル」としか聞こえないなんてね…
ところで、作中にブルーノ・ワルター指揮『モーツァルト:交響曲第40番ト短調』が出てきて、久しぶりに第25番とのカップリングCDを聴いています。ディックも好きだったんだなと思いつつ、彼が聴いていたのはレコードだったと思うと羨ましい限りです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ディックの諸作品はどれも印象的なタイトルだ。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」や「ユービック」など、どれもインパクトのあるタイトル。そんな中で「火星のタイムスリップ」というある意味ベタなタイトルのこの作品。黒の背景にスタイリッシュなデザインを施した新装版ラインナップにもなかなか入ってこず、どうなのかと思ってました。
が、陳腐なタイトルにだまされてはいけない。傑作!
なんだ、この不安でいっぱいの居心地の悪さにもかかわらず、どうしても読んでしまうこの感覚。まるで本にとり憑かれてしまうようです。
ヤク中の変なおっさんなんて思っててごめん。ディック恐るべし!
この秋はディック祭りだな。 -
ディック祭り4冊目。
「火星」「タイムスリップ」とSFなガジェット二つを組み合わせたタイトルながら、どっちもあまり関係なく、非常にサイケデリックでディープな話。
未来ってつまりは「物は壊れ、人は死ぬ」ということだよなー、
それが見えたら虚無と絶望でしかない、というなんとも恐ろしくバッドトリップな話。
これって、「アンドロイド・・・」でいうところのキップル理論と一緒?
さらに、恐怖なのは、死なせてくれないこと・・・・。
ただ、その絶望を克服するのは「愛」!
ディックって素直に「愛」の力を信じているんじゃないかなー。
ガブル!ガブル! -
この作品がこのタイトルではもったいない!
タイトルでは表しきれない深い何かが、人間の心のあり様というか、善悪と心の病と人間の背負い続ける業とでもいうか、そういうものがある。
同じ時間の同じような場面が少しずつ違ってきたりするあたりが興味深かった。
しかし、正直なところラストが突然すぎて驚いた。どうしてああなったのかが分からない。
他のディック作品を読み、また時間をおいて再読したい。
追記:
くらくらするアタマでぼんやり考えていたらなんとなくあのラストが理解できた気がした。
マンフレッドは救われたんだね。 -
これまで読んだディックの他作品に比べて、死と性の気配が色濃い作品だと感じた。
様々な立場・考えを持った登場人物たちが登場し、彼らの人生が交錯していく様子を追いかける形で物語が展開する。途中途中で挿入される、精神病(とされている)の少年の見ている世界が、なんとも気味が悪く、文章だけでその恐ろしさが伝わってきて良かった。 -
精神分裂病が引き起こす、時間感覚の崩壊。ディック作品おなじみ現実崩壊感の別バージョンな感じ。序盤では描写される火星開拓の行き詰まりがリアルに感じられて面白い。中盤は火星の住民たちと分裂病患者をとりまく人間ドラマが印象的。終盤でタイムスリップがキーとなって物語を飛躍させ、SFらしい驚きの感動を与えてくれる。ディックで一番好きという声が多いようで、確かに他の長編に比べて読みやすかったと思う。ギミックが難しくなく、人物の感情の流れもわかりやすいからだろうか。個人的に自閉症や神経症に縁があるので、そのあたりの著述も興味深かった。
-
現実との境目が曖昧になっていく感じが好きだった。
三人称の中に一人称があっても混同せずに読める。
人妻っていいよね。セールスマンにおれもなりてぇよ。 -
現実とは何かを問う傑作SF。つーか、ディックってすごすぎ。誰か映画にして。