流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫 SF テ 1-8)
- 早川書房 (1989年2月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150108076
感想・レビュー・書評
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なんという人間らしいSFだろう? この物語の主人公は稿の8割方を彼が占めるところのタヴァナーではない、語られる世界を生み出した主体たるアリスでもない、愛する者を失い崩れ落ちるバックマンだ──そして同時に三者いずれもが主人公であり得る。
中ほどでルース・レイが語る悲しみと愛についての言葉は、コンテクストから切り離された状態でさえ主題と深く関わっていることを悟らせる力がある。「悲しみは自分自身を解き放つことができるの。(略)愛していなければ悲しみを感じることはできないわ(p198)」「悲しみはあんたと失ったものをもう一度結びつけるの。同化するのよ。離れ去ろうとする愛するものや人とともに行くのね(p200)」工藤直子の詩──好きになるとは心をちぎってあげるのか、だからこんなに痛いのか──を思い出す。心を動かす軋み、つらくてもやめることの叶わない人の営み。
アリスの見た夢にタヴァナー他が巻き込まれたという構図はまさに、「鏡の国のアリス」でディーとダムに「あんたはこの赤のキングの見てる夢さ」と宣告されるアリスを思い起こさせて暗示的だ。物語の世界設定と各所に鏤められたガジェットがSFであるだけで、その実は普遍的な文学を描いていることが感じられる。この逆転したアナロジー(夢を見たのはアリス)はもう少し突き詰めても面白いかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ディックの名作とされる作品。ただ後半はよくわからなかった。なぜ警官はタヴァナーに罪を押しつけなければならなかったのか。タヴァナーが世界を異動したことの意味、エピローグの意味は何なのか、とか。もう一度読む必要があるか、、、。
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不気味で奇妙な事件に巻き込まれる主人公と周囲の人間たちのお話……。ディック作品の人間たちの描写は繊細で優しくて儚い。
物語の舞台は未来だが、音楽はLPレコードで掛けていたりと、ところどころ古臭さがあって良い。
スイックスなどの独特の用語については「そういうもの」としてはっきり説明されずに物語が進む感じが何だか好き。
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かなり文学的というか作者の感性が多種多様な登場人物によって語られる。個人的にはSF要素のオチも嫌いじゃない。名作なんだなあ。
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飽きることなく(一気に、とまではいかないにしても)読み進められる。かなり読みづらいんだけど、不思議なことに。
二部終盤辺りから凄く面白くなって、そこから加速度的に面白くなるのに、膨らみ切らずに終わってしまったような印象を受ける。いつも思うけど、ディックと自分の関心は別のところにあるんだろうな。ストーリよりもむしろ、葛藤とか、アイデンティティクライシスみたいなところに、凄く神経を割いている気がする。
あとは、人物の考えや、話の方向性がころころ変わったり、事実と虚偽が同列に並べてあって分かりづらい。いつものことと言えば、そうかも知れないけど。
また今回は更に、単語の説明も少ないと感じた。作中のアイテムや単語に関してキャラクターがべらべら説明しないのは、それが彼らにとっては当然のものなんだし、理には適っているんだけど。こういう部分も含めて、ディックの見えていた世界が映し出された未来観かな、と思った。大学や強制収容所という単語にさして説明がないのは、(後者はともかくとして)そういう単語が出てきた時点で、発表されたリアルタイムだったらば、「今のこの事態を発展させたものね」という感じでするっと理解できるからなのかな、と。また、世相という点のみならず、自伝的な内容であるらしいという観点からも、ディックの視点を通じて描き出された小説だったといえるかもしれない。 -
「いったい何が起こっているんだ?」
主人公を襲う、夢なのか現実なのかわからないサスペンス劇、かと思いきや……?
「これからどうなる?」というドキドキやハラハラで終盤まで引っ張り、昨今のエンタメに慣れた人にも面白く読める。そして明かされた謎……も良くできているが、この作品の本題はそこではないのだろう。
真実が明かされた後に描かれる人間の葛藤・ドラマにこそ、その真価がある。愛と涙。心が洗われるようなラストシーン。哀しみは美しくすらあり、最後にはどこか暖かい気持ちが残る。そして迫ってくるタイトルが、あまりにも秀逸だ。 -
面白くはあるけど展開に納得できなくて…。