キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)

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制作 : Mike Resnick  内田 昌之 
  • 早川書房 (1999年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (479ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150112721

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宮部 みゆき
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キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)の感想・レビュー・書評

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  • 初めて読んだのがSFマガジンに掲載されていた「空にふれた少女」で、図書館だったというのにもうボロボロに泣いてしまった。

    たとえそこが楽園であったとしても、その場で停滞することをよしとしない、人間の宿業のようなものを感じた。
    楽園というものは知恵の実を食べた者をとどめておけば崩壊してしまうものらしい。
    途中までは住民個人に関する悲喜劇のエピソードが続くが、「ロートスと槍」あたりからキリンヤガの構造そのものに話が及んでくる。
    日本だってどちらかと言えばここに出てくる「ケニア」に近いから全くの他人事ではない。似たテーマのSFもいくつかあったように思う(「金春屋ゴメス」など)。
    でもさすがに国民の大半がヨーロッパ系の名前を持つとか、日常的にヨーロッパ系の言語を話すとか、キリスト教会が社会的に重要な位置を占めるというところまではいってない。
    日本がアフリカほど徹底的に文化破壊されなかった理由はいろいろあるだろうけど、もしキクユ族がこのへんで止まっていればコリバは妥協できただろうか?

  • 寓意に満ちたオムニバス長編SF。絶滅に瀕したアフリカの種族・キクユ族は自らのユートピアを築くため小惑星・キリンヤガに移住する。文明社会で教育を受けたコリバは祈祷師として、その楽園を護るため孤軍奮闘するのだが・・・。
    伝統的社会と文明、村と個人、理想と現実等、様々な対立や問題がコリバの語る寓話やキリンヤガでの出来事を通じて読者に問いかけられ、深い余韻を残す。

    卑怯だなと思いつつも、「空にふれた少女」はやっぱり素晴らしい。

  • これがSFかと目から鱗が落ちるような作
    表紙   7点田口 順子  内田 昌之訳
    展開   8点1998年著作
    文章   7点
    内容 730点
    合計 752点

  • 世界の先住民族は入植者に依って駆逐され、殺害された歴史がある。入植者達の技術や思想、全てが悪なのだろうか?

    ユートピアとは何なのか?を、今では形骸化し、ヨーロッパの文化に晒されてしまったケニアのかつての部族民の生き残りを通して描いた大作。

    舞台は近未来で、主人公である祈祷師自体も欧米での教育を受け、更に自身が生まれた時点でケニアは近代化していたため、時代錯誤も甚だしい話ではあるが、かつての欧米文化入植前の世界=ユートピアを追い求めるが、段々と老害化してしまっているのが悲しい。
    トータル500ページ近くの容量だが、複数の短〜中編で成り立つ「火星年代記」を彷彿とする構成に加え、会話中心の物語でかなり読みやすい。

    「ある社会がユートピアでいられるのはほんの一瞬なのだ。一旦完璧な状態になった後は、どんな変化があってもそれはユートピアではなくなってしまうのだが、社会というのはそもそも成長して進歩するものなのだ」

  • 「知らなければ幸せでいられたのに……」誰しもそんな経験や思いをしたことがあることと思います。人はそれぞれ立場というものがあり、知る必要のないこと、自分の力の及ばないことなどは、あえて知らないままでいるほうが賢明なのかもしれません。
     ですがそれはあくまで個別の事例であって、もし学ぶことそのもの、自分の頭で考え、物事の善し悪しを判断し、成長することそのものを否定されたとしたらどうでしょうか?「そんな馬鹿な話があるか!」ってなりますよね。わたしもそうでした、この本を読むまでは……

    『キリンヤガ』 マイク・レズニック著

     約10年ぶりの再読です。100年以上未来のお話。絶滅の危機にあるアフリカの種族、キクユ族。その文化と伝統を守るため、ユートピア議会との協定によりテラフォーミングされた惑星「キリンヤガ」に造られた人造ユートピア。そこは外界との交流も情報も隔絶された星で、キクユ族たちはそこで前近代のアフリカのままの姿で生活していました。主人公のコリバはキクユ族の祈祷師として人々を指導し、まじないを行い、また唯一神ンガイの預言者として部族の掟を人々に厳しく守らせています。じつはこのコリバは地球で西欧の高い教育を受けており、それ故に自分たちの伝統が失われていくことに強い危惧を抱いていました。彼の預言者としての力の秘密は、惑星を管理する「保全局」の存在と、気候の操作も含めた惑星全体のシステムを掌るコンピューターを操る権限です。キクユ族の人たちは当然そのことは知らず、コリバのことを神の代弁者として畏れ敬っていました。
     物語は連作短編の形式をとっていて、時間軸にそった一連のエピソードが集まり一冊の長編を成しています。とくにオススメしたいのがその中の一編「空にふれた少女」です。
     キクユ族の幼い少女カマリはある日コリバの家で、本とコンピューターを見つけます。外の世界について教えてくれるそれらにカマリは強い興味を抱きます。しかしそれは部族全体の純潔を守るためには許されることではありませんでした。さまざまな手を使ってカマリをコンピューターから引き離そうとするコリバ。しかし聡明なカマリは裏をかいていろいろな知識を手に入れていきます。ひとたび禁断の知識を手にして、なお学ぶことを禁じられたカマリには当然の帰結として悲劇的な最期が待っていました……。
     カマリの悲劇は、賢すぎたこと、そして自分たちの部族を愛していたことです。「保全局」のつけた条件として、誰でも望む者は「キリンヤガ」を出ていくことができるというものがありました。しかしどうしてカマリにそれが出来たでしょうか。カマリは言いました。
    「キリンヤガを離れたくないわ!ここはあたしの家。ここにいるのはあたしの仲間。あたしはキクユ族の娘よ。マサイ族の娘でもヨーロッパ人の娘でもないわ。いつかは、夫のために子どもを産んで、そのシャンバを耕すの。薪を集めて、食事の支度をして、着物を織って。いつかは両親のシャンバを離れて夫の家族と一緒に暮らすわ。そのことには何の不満もないのよ、コリバ、ただ読み書きを学ぶことだけ許してほしいの!」

     読んでいて、複雑な思いとともに強く感じたのが、「学ぶ」ということの普遍的な価値です。僕が学生のころよく言われたことに「思考とは言葉である」というものがありました。「構造主義」の名のもとに(正直言ってこの辺の理論は難しくて、今もよく理解していないのですが……)、人間の無意識は言語として構造化されていて、その構造をもとに世界はつくられているというのです。わかりやすく言えば、人間の思考だけでなく「存在」そのものも言語的な成り立ちをしており、思考も存在も言語を通してはじめて人間にとって意味を持つものになるということです。したがってわたしたちはどこまで行っても、この言語的なリアリティというものから抜け出すことができません。
     言葉とは対象を抽象化する行為に他なりません。対象を突き放して捉え、徹底して観察し分析するその行為は、西欧の近代化の論理そのものです。野蛮で迷信的(もちろんそういう側面もあるのですが)なものと捉えられがちだった前近代のアフリカの非言語文化圏にも、その地における知の体系といったものがちゃんとあったわけです。むしろ純粋に個別的、純瞬間的なものを捉える感性の点では彼らの方が優れていたかもしれません。
     ですが現代において(作品の中では未来ですが)「学ぶ」とは「西欧の学問」を学ぶということであり、そこからもたらされる様々な恩恵は、彼ら非言語文化圏の知の体系が相対的に「劣ったもの」であることを強要されることに他ならないわけです。これは明らかに、伝統の瓦解であり、彼らのアイデンティティの危機であるのは間違いありません。こうしてみると狂信的な指導者コリバの行為にもそれなりに意味があるように思います。
     もちろんコリバに感情移入する人はほとんどいないと思います。神ならぬ人間が、神の不在を理解しているにもかかわらず、自分の信じるユートピアを人々に押し付け、それを支持する人たちを隔離し、無垢な子供たちを洗脳し、己の意に反する危険な人間は排除するという、ほとんど全体主義国家の狂信的な独裁者と構図は同じわけですから……。ですが作者もあとがきで述べているように、コリバと彼の作った社会のもつその両義性が、この作品を奥深い名作たらしめています。

     ユートピアという概念自体、崩壊の芽という矛盾したものが内在しているのでしょうか。コリバが守ろうとしたユートピア「キリンヤガ」は外部の人たちからすれば、必ずしもユートピアといえるものではありませんでした。内部のキクユ族の人たちも、外部の人たちとの接触によって徐々にそのことに気づいていきます。少女カマリの純粋でひたむきな好奇心とその哀しい結末は、詩的な叙情性をも感じさせ、美しくも、あまりに切なくやるせない気持ちにさせてくれます。

    10年ぶりに読んでもその感動は全く色あせませんでした。SFファン以外にもぜひ読んでいただきたい名作です。

  • ソクラテスの本を読んでいるみたい。いろんな寓話と問答を読むだけでも楽しめる。
    主人公はどう考えても狂信者でしかないんだけど、なんだか感情移入してしまって、徐々にユートピアが崩壊していくさまははかなく、切ない。なるほど、こういうSFもあるのかと思わされる。

  • 古き良き時代を懐古する…。子供を永遠に子供のままにしておきたい気持ちと似ている。でも子供はいつしか成長し、変化していく。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

  • ムンドゥムグと呼ばれる、村の呪術師という役割を、呪術ではなく、テクノロジーで解決する。これは、ありだと思う。つまり、それを知るかどうかという知の力なのだから。
    でも、呪術の力というのは、本来は人が信じるところに由来するのだから、彼が、村人からの信頼を失った最大の原因が、テクノロジーの行使から来るというのが皮肉。
    そして、彼の成功を祈っていただけに、虚しくなる。
    「ヤノマミ――国分拓」を思い出す崩壊。

    ユートピアが個人の描く幻想であり、それらを束ねた共同幻想なら、人の理想が完全にかみあうことはないのだから、この世には、理想の夫婦も生活とないと思えば、楽にならないか。

    知識を欲しただけだったのに、環境のせいで、女だからって、それが得られない少女。
    ムンドゥムグの言い分もわかる。が、それで押し込められる人間の精神、それは、虐待だ……
    人の心を壊すのは簡単だけれど、何かを求める心を殺すのは、簡単ではない。
    つらい話。

  • 無くなってしまったアフリはキクユ族伝統社会を宇宙でユートピアとして再現しようとする男の話
    ユートピアを作る話がいつもそうであるようにこの社会は恐ろしげなディストピアになる(伝統にしたがって逆子は殺され、双子は殺され、女は所有物となり,病は放置され,井戸を作ることすらままならない).一応いつでも星を出ていけるという点でやや希望があるが伝統にしたがって皆文盲でキクユ社会に完全依存しきっているためほとんどのものは出て行かず中には死を選ぶものもいる.
    最終的に主人公の老人は地球に帰って自分一人の王国を作るがそこまで到達するのにどれくらい人を不幸にしたのだろうか虚しい男の話だったこの男に必要だったのは実は息子に認められることだったのではないか。現代社会の代表である息子はちゃんと父親の蘇らせようとしている社会の悪を、ダメなところを、矛盾点を完膚なきまで指摘すべきだったのだろう。

  • 2001.1.31 読了

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キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)の作品紹介

絶滅に瀕したアフリカの種族、キクユ族のために設立されたユートピア小惑星、キリンヤガ。楽園の純潔を護る使命をひとり背負う祈祷師、コリバは今日も孤独な闘いを強いられる…ヒューゴー賞受賞の表題作ほか、古き良き共同体で暮らすには聡明すぎた少女カマリの悲劇を描くSFマガジン読者賞受賞の名品「空にふれた少女」など、ヒューゴー賞・ローカス賞・SFクロニクル賞・SFマガジン読者賞・ホーマー賞など15賞受賞、SF史上最多数の栄誉を受け、21世紀の古典の座を約束された、感動のオムニバス長篇。

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