スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
- 早川書房 (2010年11月25日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150117870
作品紹介・あらすじ
少年は、14歳の誕生日のあと間もなく、農場を出て街をめざす自分を、毎夜夢に見るようになった。だが、彼の行動はある強固な意志によって制御されていた…。現代SFのトップランナー、イーガンによる本邦初訳の表題作。スタージョン記念賞を受賞したマルセクの究極のVRSF「ウェディング・アルバム」ほか、ブリン、マクドナルド、ソウヤー、ストロスら現代SFの中心作家が、変容した人類の姿を描いた全12篇を収録。
感想・レビュー・書評
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ポストヒューマンをターゲットした12人のSF作家アンソロジー。
『死がふたりをわかつまで』ジェフリー・A・ランディス著:★☆
わずか8ページの超短編。選ばれて掲載されているのだからそれなりのインパクトがあるのかと思ったら、単なる構想としか言いようのないものだった。敢えてまとめるなら、イーガンの記憶の物質化と、楳図かずおのイアラを足して2で割ったようなものか。恐らくは本人も構想だったものをいたずら心で提出したら意外に通ってしまった、という程度のものではないか。少なくとも自分的にはそう思えた。
『技術の結晶』ロバート・C・ウィルスン著:★★☆
ロビン・ウィリアムズ主演映画『アンディー』を彷彿とさせる作品。衰え始めた体に小さな変化を求めているうちに抑制が効かなくなり、ついには体のほとんどを人工化する男の物語。SF的というより現実的風刺的な内容で、体の改変により高度なものを求めるとそれなりに金がかかる。男は一線を踏み越え、自分の資産や収入では到底購入できないものを求めた結果、ついには特殊な環境で働く工員となり、やがて自慢の体はボロボロに錆びついてしまうという流れだ。これだけで十分な話にもかかわらず、エピローグに妻が登場することで、話の流れが不自然になる。夫婦のなれそめはともかく、実質的に妻と別れて工員となったことに加え、妻は夫の変化を認めないという状況にあったのだから、二人の関係はそこで切れたと考えるのが普通に思える。しかしなぜか、最後になって最新のメカに身を包んだ妻が現れる。その説明は書かれていない。というわけでストレスが溜まる作品となってしまった。
『グリーンのクリーム』マイクル・G・コーニイ著:★★☆
設定は近未来だが、中身は比較的陳腐。人間が生身の体で暮らすことができるのは限られた期間。残りは意識を矩形の箱に金属の手脚が伸びただけの機械に飛ばし、人生を過ごす。VRの本格版と言ったところだろうか。違いは本人がほぼエネルギーを消費しない仮死に近い状態にあること。その結果、地球は大量消費による資源枯渇を免れているという。ピリッとした香辛料の役割を果たしているのは、ある老夫婦の、「とっくに離婚した二組」がこの次代のルールにより、実体での再会を許されないなか、仮想世界で繰り返し逢い続けることで、過去の過ちを乗り越えようとし、それを知った主人公が、純粋だが苛立ちを感じる妻への横柄な態度が何をもたらすかに気づくという設定だろうか。設定と展開に食い足りないものを感じるが、悪くはない。
『キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)』イアン・マクドナルド著★★☆
極度の神経症から純粋精神に昇華されることを望んだキャシーと、キャサリンという聖女の名を冠した機関車の物語が入れ子で進む。ほどなく、この鉄道はキャシーの望んだ精神の象徴であることがわかる。巨匠だけあって設定は興味深かったが、終わり方がステレオタイプだと思った。機関車の原動力となるカプセルに閉じ込められた精霊は怒りによってパワーを生み出しているとの説明があるが、この精霊をキャシーの純粋精神にするか、あるいは分身にすると、物語はもっと締まると思えた。
『ローグ・ファーム』チャールズ・ストロス著:★★★
リアルな世界はますます生きることが難しく、人々の耐性も劣化していた。一部の人たちは人生哲学を同じくする仲間と合体し、肉体と精神の共生を図った。共生を認められぬ者にとり、それは極めておぞましいものであったが、主人公のパートナーは、密かにおぞましき存在への融合を図るのだった。主人公はパートナーの、半ば裏切りとも思える行動に驚くとともに、バックアップを取ってある彼女の意識を、新しい体に再生しようとするところで話は終わる。しかし冒頭近くで、意識を新しい体に移植するのはとても難儀であることを仄めかしていることから、パートナーはことあるごとに同じ結論に行き着き、姿を消していたのだろう。そして主人公はブツブツ言いながら、人生をやり直すために大金と手間をかけてパートナーを再生する。山椒は小粒だが…を地で行く、ちょいと良い話だ。
『引き潮』メアリー・S・リー著:★★★
少しずつ知性を削がれ、肉体の機能を失う娘に寄り添う母親の話だ。小洒落た作品だと思う。ペーソスもたっぷりだ。しかし、設定が近未来だとしても、この作品はSFとは言い難い。とは言え、人物の造詣描写に優れている点は評価したい。
『脱ぎ捨てられた男』ロバート・J・ソーヤー著★★
病魔に冒された男が全記憶をデータ化し、金属のボディーに転送した。原理的には不老不死を手に入れたわけだ。残された生身の体は人間としての権利を失い、名を変えた介護施設のようなところで暮らすことになった。しかし男はそれを後悔しはじめ、大胆な行動に出る。人質をとってもう一度世の中へ戻ることを要求したのだ。しかし最終的に要求は拒絶され、男が人質を殺害すると同時に男も殺された。ロボット化したもうひとりの彼は、目の前で死んだもう一人の自分を見て、自分が殺したのだという思いにつきまとわれる。その思いは日増しに強くなり、やがて自死を選ぶ、という物語だ。全体に必然性に乏しいと思ったのは穿ちすきなだけだろうか。訴えるものは少なかった。
『ひまわり』キャスリン・A・グーナン著★★★
ゴッホの「ひまわり」がキーワードの、止めどない脳の活性化が起こす「死」について、生命や時間、空間、価値、結果などをまとめて引き受けた男が最後に知る世界と、それを手助けした女の話。ユニークに思えたので評価はしたい。
『スティーブ・フィーヴァー』グレッグ・イーガン著★★★☆
さすがイーガン。プロットがしっかりしていて、映画を鑑賞しているようにイメージが湧き、展開はスムーズで、しかも意表性を突く。子どもの、自宅からの脱走劇からはじまるのだが、なぜ脱走なのか、一般住宅だというのに厳重なセキュリティーがあり、子どもはそこを抜け出すのに、刑務所からの脱走レベルの計画と慎重さを求められるのかについてはほどなく判明する。ただ残念ながら、エピローグについてはプロローグほどのすっきりさはない。説明に終始し、語るに落ちるとまでは言わないが、それに近いものは感じた。
『ウェディング・アルバム』デイヴィッド・マルセク著★★★☆
意識がデジタルデータとなると、コピーが可能になる。人生のさまざまな節目で作られたデータ意識がそれぞれ出会い、錯綜した記憶を集積していく過程で、最後(老年)の自我に抗い、自らを抹消しようとするものの…。(ここでまとめを止めてしまうとほぼ確実に忘れてしまうので、エピローグも記載することにした。)最後に残されたベンジャミンとアンの記憶は、今まさに結婚式を遂げようとして、幸せの絶頂にある意識だった。しかしそれはやがて訪れる不幸の予感でもあり、アンは記憶の削除(データとしての死)を選択し、ベンもそれに同意する。しかし醜く変身した老ベンジャミンはデータ消去を阻止し、観光客に見せて一儲けすべく、永遠に2人の色魔際の記憶をリピートするのだった…という話だ。冒頭は、はっきり言って読み飛ばそうという欲求に抵抗するのが大変なほどだったが、やがて少しずつ輪郭(意味のある流れ)が見えてきて、アンの悲劇が明確化し、その悲劇がさらなる悲劇で糊塗されるというアイロニーで終わる。悪くない作品だと思った。
『有意水準の石』デイヴィッド・ブリン著★★★☆
有意水準という単語は訳者が付けた言葉で、原語の Significance は、単に「意味」で良いのではないかと思った。全能の神が人間だけでなく、動植物や仮想現実を生きるロボット、小説内の登場人物にまで生きる意味を与えた。それは努力して本物の生命を勝ち取れという、全能の神にとっても究極のアイデアだと思えた。彼ら仮想現実にはひとつの石が与えられる。この石が発する光が最大値になると勝利を得るという仕組みだ。ある日、神がいつもの仕事を終えて帰宅すると、そこには彼の努力を示す「石」が置かれていた。それはつまり、神自身も神というロールエクスペクテーションとして、一演者に過ぎないことを示唆していた。このアイロニーは面白いアイデアだし、「思考」あるいは「意識」、あるいは「ひとつの人格」というものは、集合体が創り上げるという感覚も興味深い。この路線を広げた『スタータイド・ライジング』をいつか読んでみたい。
『見せかけの生命』ブライアン・W・オールディス著★★★
この小品も、『有意水準の石』に似ている。人類崩壊のはるか未来に、外観も思考も遙かに超越したその末裔である主人公が、博物館という名の人類史を振り返りつつ、自分は決定者なのか、あるいはそれを演ずるに過ぎない役者なのかの間で、揺れ動く。答えは出ないだろう。おもちゃの電池が切れたときのように、生命の終わりが来ればやがて静寂だけがすべてを支配する…と。興味深い話ではあったが、小説は読み手との接点をあまりに切り離してしまうと、その世界は閉じてしまう。読者を選ぶ作品と言い換えれば無難なのかもしれないが…。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
《目次》
・「死がふたりをわかつまで」 ジェフリー・A・ランディス
・「技術の結晶」 ロバート・チャールズ・ウィルスン
・「グリーンのクリーム」 マイクル・G・コーニイ
・「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」イアン・マクドナルド
・「ローグ・ファーム」チャールズ・ストロス
・「引き潮」 メアリ・スーン・リー
・「脱ぎ捨てられた男」 ロバート・J・ソウヤー
・「ひまわり」 キャスリン・アン・グーナン
・「スティーヴ・フィーバー」 グレッグ・イーガン
・「ウェディング・アルバム」 デイヴィッド・マルセク
・「有意水準の石」 デイヴィッド・ブリン
・「見せかけの生命」 ブライアン・W・オールディス
・ 編者あとがき――ラヴ・メタモルフォス・プラス -
コロナの時代だとSFが身にしみるってことで「ポストヒューマンSF傑作選」。好きなタイプは時間SFの方で、どちらかというとこのジャンルは小難しくて苦手なのだけど、読んでみるとどの作品もとても示唆的で、SFは現代社会を解くための優れたフレームワークだってことが良くわかる。後書きに本書のテーマが「テクノロジーによって変容した人類の姿、そしてそれにともなって倫理観や価値観、さらには人間性の意味や人間の定義までもが大きく変化した世界の物語」とあるが、実際にいま、世界は大きく変わりつつある。テクノロジーが変えるというより、テクノロジーは変わることを手助けする。例えばVRは去年まで必然性を感じなかったのに、今は突然、必要な技術のように感じる。VR技術が世界を変えるのではなく、世界が変わらざるを得ないときに、VR技術がそれを後押しするのだ。
以下、印象に残った作品。
メアリ・スーン・リー「引き潮」ラストシーンの眩さに泣ける。
デイヴィッド・マルセク「ウェディング・アルバム」意識までは記録にとどめたくないな。
ロバート・J・ソウヤー「脱ぎ捨てられた男」何と無くオチはそうなのかなと思いつつ、ジレンマに共感。
ブライアン・W・オールディス「見せかけの生命」ロマンチックなグロテスクのような。
デイヴィッド・ブリン「有意水準の石」こちらもオチはあ、そうかと思ったけど、設定がかなり魅力的だった。
そのほかの作品。
ジェフリー・A・ランディス「死がふたりをわかつまで」
ロバート・チャールズ・ウィルスン「技術の結晶」
マイクル・G・コーニイ「グリーンのクリーム」
イアン・マクドナルド「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」
チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」
キャスリン・アン・グーナン「ひまわり」
グレッグ・イーガン「スティーヴ・フィーヴァー」 -
スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
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これだけ、何故かどのお店でも売ってなくて読むのが遅れた。
なんでだったんだろうか。
他の2冊と同様、傑作選の名に相応しい品揃えだった。
「SF」の世界は本当に奥が深いなあ・・・。 -
小説
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SF。短編集。
初めての作家さんの作品を気軽に読めるのが、アンソロジーの良いところ。今作では、以前から気になっていたロバート・J・ソウヤー、何作か挑戦するも一度も読み切れなかったグレッグ・イーガンを読めたのが収穫。
イーガンの表題作は、著者としてはかなり読みやすい作品なのではないか?
ベストは、ソウヤー「脱ぎ捨てられた男」。
世界観が気に入ったロバート・チャールズ・ウィルスン「技術の結晶」、ベタに感動するメアリ・スーン・リー「引き潮」も好き。