人間以前 (ディック短篇傑作選)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150119812

作品紹介・あらすじ

12歳未満の子供は人間と認められない……衝撃の近未来SFほかを収録する傑作選最終巻

感想・レビュー・書評

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  • 「地図にない町」を含むファンタジー色の少し強い短編集。ファンタジー色が強いとは言っても、日常に感じた違和感に対して自分が狂っているのでは?と疑問を抱かせる描き方はディックそのものです。足元から揺らいでしまう不安感がたまらないです。

    風変わりなところでは「妖精の王」、「欠陥ビーバー」(冴えないビーバーが主人公の寓話なのです!)。印象的なのは「宇宙の死者」急速冷凍された遺体が半生者となっているという設定など「ユービック』に通じる不気味なものがあります。子供の教育を扱ったものや、人工妊娠中絶を扱って炎上した表題作など、作品に現代が追いついてきた感がある作品集です。コロナで隔絶された日常をディックが経験したらどんな作品を著したでしょうか?

  • 「短編集なんですね」
    「うん」
    蛹が頷くと、葉月は待っていましたとばかりに目次を開いた。
    「またこのパターンなの?」
    「万有引力や質量保存の法則を、パターンとは言わないでしょう?」
    「君が言うほど、物理法則は自明じゃないよ」
    ふたりは蛹の家の居間で、ソファに座って向かい合っている。テーブルの上には、コーヒーが入ったマグカップが二つ。
    「物理でもなんでもいいんですけど、とりあえず一つ目いきましょう」
    そうして、短編のタイトルを読み上げる。手短に紹介してくれ、ということだ。

    「『地図にない街』」
    「ええと、過去が書き変わることで今が絶え間なく変わっていく感覚。こういう世界も面白いんじゃないかな。手にしているものが次の瞬間には失われるかもしれない、手にしていたことすら忘れて。いい世界だ」
    それから、蛹は少し首を傾げる。
    「今回は前からいくの?」
    「ご不満でも?」
    「いや、どちらかというと、俺が思うディックっぽさの強い作品は、後ろの方に集中している印象だったから」
    「ああ、シビュラの目とか、タイトルからしてそれっぽいですもんね。じゃあ頑張って最後まで行きましょう」
    蛹は少し疲れているらしく、面倒くさそうにコーヒーに手を延ばした。
    「次、『妖精の王』? 童話?」
    「うん。妖精の王さまになって妖精王国に行く話」

    「可愛いですね。次。『この卑しい地上に』」
    「神だろうと天使だろうと、この世界に取って変わるものではないんだよ。全世界の人間がみんな君になったら迷惑だろう?」
    「ホラーですか?」
    間違ってない、と蛹は言う。
    そしてコーヒーを一口飲む。

    「『欠陥ビーバー』」
    「ビーバーがコインを集める話だ。よくわからないけど浮気をしたり文通したりもしてる。正直一番よくわからなかった」

    「そうですか。じゃあ、『不法侵入者』」
    「なんていうか、ストレートにSFっぽいSF。宇宙人との付き合い方について考えさせられる作品だった」

    「多いですもんね、お知り合いの宇宙人...じゃあ次、『宇宙の死者』」
    「『ユービック』の世界観だから、そっちが既読なら、するっと入っていけるかも」

    「ああ、あれ面白かったですね。『父さんもどき』」
    「身近な誰かが、そっくりな何かとすりかわるというのは、一般的には恐怖だってこと。もちろん、そこには日常に安心や安定が存在していたという前提があるけれど」

    「『新世代』」
    「昔はもっと色々な匂いがして、まあ、汚かったと言うね。何世代か先に、都市が無菌室のようになれば、俺たちのような人間は獣臭くて仕方ないと思われるようになるのかもしれない」
    「うっわあ...」
    「実験動物のような匂いがする生き物か、実験動物のように生きる生き物か、どっちがいいかというと、まあ、俺としては死にたい」
    「それ、選んでませんよね。別にいいですけど」

    ここで葉月は一旦顔を上げ、一息ついた。
    「作品数、結構多いですね」
    「うん。内容も濃い。一つ一つ丁寧に読むと、結構時間がかかると思う」
    「じゃあ、気を取り直して」
    「あ、今の、ここで諦めるっていう意味じゃなかったんだ……」

    「次、『ナニー』」
    「お手伝いロボットたちの飽くなき抗争を描いた作品、かなあ」
    「いや、戦っちゃダメでしょ。家事しましょうよ」
    「飽和した市場において需要を作り出すには、他社製品を壊してしまうのが早いんじゃない?」
    「……正論ですね」

    「『フォスター、おまえはもう死んでるぞ』」
    「別に死んでなかった」
    「そうですか」
    「死ぬかもしれない、という恐怖に勝るステマはないっていう話」

    「『人間以前』」
    「子供は人間以前の存在だ。大人によって許された子供だけが生きられる。そうでなければ処分される。そういう世界だ。人間が人間以外の存在について決定権を握るという傲慢さの、なんていうか、亜種かもしれない」

    「えっぐいですねー。んじゃ、最後。『シビュラの目』」
    「今あるこの世界は、過去に生きて歴史を積み上げてきた人たちにとって、救いと成りうる世界だろうか、って」
    「私たちは、過去のために何かなすべきだと?」
    「いや。そんなものは一切顧みるべきではないと言われているような気もするね」
    「シビュラって、結局何なんです?」
    「観察者はね、審判者ではないんだよ」
    そして蛹は、これでおしまい、と、残っていたコーヒーを飲み干して席を立った。

  • ⚫︎あらすじ(本概要より転載)

    人間と認められるのは12歳以上、12歳未満の子供は人間と認められず、狩り立てられてしまう……衝撃のディストピアを描いた表題作を、新訳で収録。長篇『ユービック』と同一設定の中篇「宇宙の死者」、ディック短篇の代表作として知られる現実崩壊SF「地図にない町」(新訳)、侵略SF「父さんもどき」、書籍初収録作「不法侵入者」、晩年の異色作「シビュラの目」ほか、幻想系/子供テーマSF全12篇を収録する傑作選。

    [収録作品]
    地図にない街
    妖精の王
    この卑しい地上に
    欠陥ビーバー
    不法侵入者
    宇宙の死者
    父さんもどき
    新世代
    ナニー
    フォスター、お前はもう死んでるぞ
    人間以前
    シビュラの目


    ⚫︎感想(ネタバレ)
    少し怖かったり、奇妙だったり。印象的だったものをメモしておく。

    ・地図にない町
     不思議な話。パラレルワールド。

    ・この卑しい地上に
     天使?悪魔?生き返ったら全員シルビアになった

    ・父さんもどき
     脱皮

    ・フォスターお前はもう死んでいるぞ
     シェルターを買う話

  • 図書館で見かけて。「人間以前(まだ人間じゃない)」と「父さんもどき」が既読。「地図にない町」「この卑しい地上に」は好きですね。完成度が高いと思う。
    「ナニー」とか「フォスター、… 」とか、広告、宣伝、行きすぎた資本主義を批判する作風のも多いですね。ファンタジックだったり社会風刺的だったり、どちらも面白い。中途半端だと失敗するけど、突き抜けると傑作になる。

  • フィリップ・K・ディックという名前とハヤカワ文庫の表紙の絵を見て買ってから半年くらい積んでいた本。
    中でも「地図にない町」「この卑しい地上に」「人間以前」の話が理解しやすく特に印象に残っている。
    「地図にない町」は架空の世界を知覚してしまったことによって自分のいる現実の世界にまで影響をあたえ変わってしまう恐怖を感じた。
    「この卑しい地上に」は結婚相手をだけをもとに戻したいという思ったために、世界全体に影響を与え、一個人の問題で収まらなくなった事への焦りを感じた。
    「人間以前」は何もできない子どもと勝手な大人の対比が表されていて面白かった、また、中絶が魂があるかどうかで12歳まで中絶として処理されてしまうこの話は、中絶について考えさせられる話だった。

  • いくつかのファンタジー短編のあと、SF短編が続く。
    SF初期の空気が感じられて面白い。
    個人的には、表題作の「人間以前」が凄いと感じた。
    確かに、突き詰めれば、そういうことだよな。

  • 《目次》
    ・ 「地図にない町」
    ・ 「妖精の王」
    ・ 「この卑しい地上に」
    ・ 「欠陥ビーバー」
    ・ 「不法侵入者」
    ・ 「宇宙の死者」
    ・ 「父さんもどき」
    ・ 「新世代」
    ・ 「ナニー」
    ・ 「フォスター、おまえはもう死んでるぞ」
    ・ 「人間以前」
    ・ 「シビュラの目」

  • フィリップ・K・ディック短篇傑作選第六弾。ファンタジー寄り、子どもが主役など、幅広い作風のタイトルを集めた12篇。
    <地図にない町>が断トツの名作。日本での「世にも奇妙な物語」にピッタリの内容(あるのかな?)。モダン・ファンタジーと紹介されていた<妖精の王>と<欠陥ビーバー>は期待していたものとは違ったが、ディックらしい面白さ。<宇宙の死者>はやや長めの中篇。「ユービック」と世界観を共有するミステリーで、もう少しふくらませて長編にしてくれてもよかった、続きが読みたいと思わせる内容。後半は子どもが主役ながらシニカルな結末の作品が多い。ディストピアを描いた<人間以前>は社会風刺的で、中絶に関する思想に切り込んでいる。<シビュラの目>には驚かされ、本書では一番好き。晩年の神学系作品につながる神秘体験がもとになっているらしく、SFと神学が重なり合う感覚にワクワクした。

  • 表題を含む12篇のSF短編を収録した本。
    著者の他の作品と同様かそれ以上に、独特な世界観が繰り広げられている。

    個人的には、8番目の『新世代』が皮肉たっぷりで話の落としどころも意外で面白かった。
    子どもの人格が歪むのは全て親の養育が関係しているため、18歳まではロボットに人間の子どもを育てさせようという社会の話。
    親の身勝手さへの風刺、全て親の養育に原因があるとする理論への風刺、見方によってはどちらとも取れると思われる。

    また、最終作の『シビュラの目』は、最後、
    著者の、自国への祈りにも似た愛が感じられて胸を打った。

  • 現代的ファンタジーから古典的なSFまで12+1編を詰め込んだ短編集。冷戦時代のアメリカを痛烈に批判する姿勢を強く感じる。
    描写は飛び飛び&奇想天外な部分もあり若干読みづらいが、尖ったアイデアはどれも秀逸。
    私のベストは『新世代』『ナニー』『フォスター、おまえはもう死んでるぞ』

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