ゲイルズバーグの春を愛す (ハヤカワ文庫 FT 26)

  • 早川書房
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感想 : 110
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  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150200268

感想・レビュー・書評

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  •  私が読んだのは、正確にはこの表紙の版ではなく、1972年に発表されたハードカバー版であったが、こちらの版の、あの人だとすぐに感じ取れた麗しき女性の絵の表紙も、切ないものがあっていいなと思った。

     そして、私が読んだ本の帯に書かれていた『フィーリング小説集』というのも、何とも絶妙に思われて、理解するのではなく感じることの大切さというのは、いつの時代に於いても人々の心の中に、そっと秘めてあるものなのだなということを、改めて実感させてくれる。

     ジャック・フィニィの作品は、大分前に、「盗まれた街」を読んだことがあり、その内容は殆ど覚えていないが、SFやスリラー、ミステリといった、単純に一つのジャンルに収まるものではない、複雑な中にもお洒落な感覚があったことは、何となく心の片隅に残っているようで、そんな感覚は本書も同様だが、短篇集である点に、フィニィの更なる複雑で奥深い人間性が垣間見えるような気がした。

     それでも、10の短篇全てに共通するものとして、訳者の福島正実さんのあとがきに書かれていた、『現実への拒絶感』を色濃く漂わせることがあり、そうした思いを伝えるためにフィニィは、感性豊かなアイデアに裏付けられたSF的手法・神秘的手法を、男性特有のセンチメンタリズムにのせて届けてくれる、それらの作品(1952~62年)に古びた感覚は全く無く、何故ならばいつの時代に於いても、それらに思いを馳せる人が間違いなく存在するからである。

     いくつかの短篇で取り上げられたテーマとして、過去に存在したものに対する愛と敬意を込めた物語があり、それはかつての建築様式(19世紀)や街の作りだけに限らず、人そのものへの思いも描いている点に、単なるノスタルジーではない強いものを感じさせられ、それは表題作の、古い立派な邸宅のあったところが、全く特徴のないアパートビルになったり、美しい田舎の道に醜いコンクリート・ブロックが敷かれてしまったりといった、それぞれの美的感覚の違いの問題とも思われそうだが、そこには過去にそれを造った人の思いや歴史、そして人生を否定したようにも思われたのが、何ともやるせない気分にさせられる。

     そんな過去と現在との見えなくとも密接で確かな繋がりを実感させながらも、フィニィは、それをしているのは私達だと自虐的な表現をしている点に、どうすることも出来ないもどかしさを抱いており、それを発散させるかのように展開させた表題作は、超常的現象を思わせながらも、怖いというよりは儚さがより増した印象であった点に、フィニィが何故、こうまでして訴えたかったのかが、痛いほど私の心に伝わってくるようで、そこには過去に生きたものたちは、決して過去なんかではなく、今も何かしらの形で生き続けていて、そんな私はここにいるといった思いを殊更に強調したいが為に、時に謎めいた不思議な出来事が起こるのではないか、といった、解釈が出来るようにも思われた。

     また、そんな思いを人間が抱くとどのようになるのかを切なくも狂おしく描いたのが、「おい、こっちをむけ」であり、どうしても誰かに自分の存在を知って欲しい思いが、ここまで行き着いてしまうと、まさに怨念とも取られかねない執念深さであるが、それが真剣さの裏返しであることを実感すると、冷静に見て怖いものも、やはり最後には哀愁へと変わっていく、生きることの難しさや人間の繊細さがない交ぜになった、そんな感じに、とても他人事とは思えない逼迫感があった。

     そして、表題作の過去と現在との繋がりの可能性を美しく受け継いだのが、最後に掲載された「愛の手紙」であり、確かに現実への拒絶感として書いているものもあるとは思うが、私は読んでいる内に、そこに込められた人の気持ちを侮ることは決して出来ないのではないかといった思いが芽生え、その悲しいほどに真摯な美しい精神が、時に思いもよらない奇跡へと変わることだってあるのではないか、そんなフィニィの思いを強く感じられて、改めて、彼の見えないものへの愛情溢れる眼差しには、かつてそこに存在した、私はここにいるという思いを、誰よりも敬意を込めた姿勢で温かく見守っているような、失ってしまった絶望感というよりも、確かにそこにいるんだという肯定感の方が際立っているように思われたのは、文体からも滲み出ていた彼特有のセンチメンタルな優しさなのであろう。


     なんて書きましたが、単純に物語として面白いものもいくつかあり、歴史のある街同様に、時に説明のつかない奇妙なことが起こりそうな刑務所を舞台にした、心温まる「独房ファンタジア」や、人間を過去の世界に送り込むことは可能なのかだけで一つの物語を描ききった「時に境界なし」、この願望は最早中学生男子レベルか!? と思わせた「悪の魔力」等々、多彩な内容であることと、予想の上を行く一筋縄ではいかない意外性のある結末も特徴的であることを、最後に記載しておきます。

  • ド派手なSF感も、強烈なサスペンスも無いけど「不思議な話」の家庭料理を味わっているような感じ。
    近代化の波がよせる町に起こる過去からの不思議な力、モノや場所に宿る不思議な現象を描いた物語たち。
    2篇読み、味わい方を理解してどの作品も楽しめた。最後の「愛の手紙」の余韻が良い。

  • 古き良き時代のアメリカの、ノスタルジックな世界の中で繰り広げられる
    とってもロマンチックな世にも奇妙な物語。
    新しく変わっていこうとする現代と、古き良き時代の過去の時間とが交差する
    ファンタジックなロマンチックホラーの短編集。

    表題作の「ゲイルズバーグの春を愛す」を含む十のショートストーリーは
    どれにも温かな読後感が漂います。

    いちばんのお気に入りは
    ・もう一人の大統領候補
    次いで
    ・独房ファンタジー
    ・時に境界なし
    ・大胆不敵な気球乗り  

    そして、とあるストーリーの中では
    30年前に暮らしていたことのある街が出てきて吃驚。とても小さな田舎町で
    めったにお目にかかれない...だけどごくたま~に小説や映画に
    登場することがある街で、あの頃車で何度か走った峠に
    まさかこんなところで出会えるとは思いもしなかった...。

    私の中の古き良き思い出とも重ねて合わせて回想の旅をする
    心温まる幸せなひとときを過ごしました。

  • ファンタジーのようにもちょっとホラーのようにも読める短編集です。
    古き良き麗しのゲイルズバーグの街に押し寄せる近代化に、過去の遺物たちが声なき抗議をしている表題作がノスタルジックで好きです。「愛の手紙」も、SFめいていますが、時間を飛び超えて交わされる愛が切ないです。

  • 懐かしさ、自分が自分であると同時に、もっと大きな存在を共有しているのだという感覚。
    「誰でもなく、どこでもない」。それでいて、「誰もがあなたであり、その時である」。自分は直接「それ」を知らないのに、ひたすら懐かしい。個人を飛び越えた記憶と、より大きな「私」の話。

    恋愛メインの話は2話しかないのだが、全体的に、不思議なときめきを感じる。甘くて、ロマンチックで、軽妙で。それでいて、潜在意識をくすぐられる感じがたまらない。どことなく、読んでいて初期の恩田陸作品を連想する。

    私は特に、「クルーエット夫妻の家」を読んで、胸がいっぱいになった。
    愛された家、魂が吹き込まれた家の話。主人公は家そのもの。でも、擬人化などでは決してない。時代を飛び越え、人の記憶を移させる、そんな家のお話。
    この短編の最後で、私はどうしようもなく切なくなって、涙ぐんでしまった。だって、これは、夢のような話だもの。「私たち」の話であると同時に、「もうどこにもない」人たちの話なのだ。そのことが、あまりに切なくて、でも美しくて、私はこのお話を読んで、苦しくなってしまった。

    だからこそ、この本の「訳者あとがき」を読んで、私は妙に納得すると同時に、少し、悲しくなってしまった。
    そっかぁ、そうだよね、と思ったのだ。つまり、この本の訳者・福島正実さんの言うことを「確かに」と思ったのである。
    福島さんは言う。フィニイが描くのは、積極的な現実拒否なのだ、と。現実世界にそっぽを向いて、自分からファンタジイを、自分の思い描く理想の世界を、作り上げているのだ、と。

    私の感じた「心地よさ」も、きっとこのせいなのだろう。現実からの逃避、自分を優しく迎え入れてくれる世界への憧れ。それをフィニイは、甘く、切なく、そして懐かしく描いているのだ。自分の生きている現実を否定したい人間にとって、それはまさに、夢のような世界だろうと思う。

    けれども、それだけではこんなに「懐かしい」気持ちにはならないだろう、とも思う。ただふわふわと夢を追っているだけで、<現実>というものから逃れられるほど、私たちの<リアル>は甘くないのだ。
    それでもフィニイがそれを「懐かしさ」として掬い取ることができるのは、やはり彼の感覚の鋭さ、「大きな無意識」を文章として著す確かなセンスがあるからなのだろう、と思う。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「「懐かしさ」として掬い取ることができる」
      巧い!一言で言い表しましたね。。。
      「「懐かしさ」として掬い取ることができる」
      巧い!一言で言い表しましたね。。。
      2014/06/20
  • ロマンティックファンタジーの短編集というところかな。古き良き時代を懐古するような、ノスタルジー漂う作品が多い。
    最後の「愛の手紙」が一番好きだな。

  • ガチガチのSFというよりは『すこし不思議』な雰囲気が強め、という印象を受けた。非日常的な現象が起きつつも、それを踏まえた人々の生活や人生を面白おかしく描いているため、メルヘンチックな話としてどれもこれも面白かった。描写の美しさが気に入ったので、『ゲイルズバーグの春を愛す』が一番好きかも。

  • SFでも特にこういう抒情的・郷愁的な時間旅行ものに弱い。しかも表紙が幻の内田善美様。時間旅行と一口にいっても、実は旅行したりしなかったり(通信手段だけタイムリープしたり)様々である。運命の恋人が同時代にいるとは限らない、というよりも出会えなかったはずの二人が出会ってしまったことによって運命の相手になる、というロマンティシズムが、胸を打つ所以だな。

  • SFファンタジィ短編集の傑作。どれもこれも初めて読むのに不思議と懐かしく心地よい物語ばかり。なのにとても新鮮。50年も前に書かれた作品ですが、全く色褪せることなく、今後何度読んでも楽しめそうです。タイムトラベルものが多いのですが、タイムマシーンで冒険!という派手なものではなく、ごく日常に実は起こっていて、私たちが気付いていない不思議な出来事を綴っているものが多く、切なかったり、コミカルだったり、ほっこりしたり。小さな一冊に多くのものが詰め込まれています。街並みと一緒でいつまでも守りたいそんな一冊。

    表題の『ゲイルズバーグ~』『愛の手紙』『独房ファンタジア』『コインコレクション』『クルーエット夫妻の家』がお気に入り。『愛の手紙』は万城目さんの長持ちの話や、朱川さんの本の栞の話の原点のような作品ですね。

  • 作家のフィニィは短編SFの名手。彼の得意とする”時を越え”る人の想いの切なさを描いた名作「愛の手紙」収録の、ベスト作品集であり、表紙の挿画が内田善美であることも含め、完璧な一冊。ひたすらに懐かしく、ささやかで、美しい。

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