ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

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著者 : 伊藤計劃
  • 早川書房 (2010年12月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150310196

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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)の感想・レビュー・書評

  • 「病のない世界って、どんなだろう」
    僕はそんなことを呟きながら、さっきコンビニで買ってきたシュークリームに齧り付く。ちなみに朝食だ。
    「病気がなくなったって、死ななくなるわけじゃないんだろ」
    蛹はコーヒーを飲みながら、そんなことを言った。朝食は先に済んだのか、もしくはスキップする気なのかもしれない。ソファの向かい側で、カップを片手にぱらぱらと本を捲っている。

    僕は言う。
    「長生きできる保証と、苦しまずに死ねる保証があれば、やっぱり社会のあり方は変わると思うよ。少なくとも医療の観点から見れば、理想に近いかもしれない」
    「……朝っぱらから糖分と脂肪分を摂取しながら言うのはどうかと思うんだけど」
    的確なツッコミだけれど、できれば言わないでおいてほしい。僕の脳細胞は、糖分を摂取しないと初動すらままならないんだ。
    それはともかく。
    蛹は先を続ける。
    「でもさ、先生。これは、身体のことだけじゃないだろ」
    どういうこと、と問う代わりに、僕は首を傾げる。
    「お互いに傷つけないように、思いやって、大事にして、そのために互いのことがよく分かるように個人情報を売り渡して、っていう話だろ」
    「それが不満?」
    カスタードクリームと格闘しながら、僕は問う。
    「気持ち悪いね」
    蛹は吐き捨てるように言い、コーヒーを啜る。
    「結局、思いやりとか、優しさとか、他人の痛みに寄り添うとか、聞こえはいいけど全部、自分と他人の境界を曖昧にしていくことじゃないか」
    なるほど、と僕は相槌を打つ。
    「それが、お前の言う、気持ち悪さ、かな」
    「多分ね。他人が自分の感情を勝手にトレースして、でもそれは俺が本当に感じていたこととは違っているとしたら、結局感情ってなんだろうってさ」
    心を守るために心を無くすという矛盾を、彼は気持ち悪いという言葉で表現したのだと思う。
    じゃあどうすればいいのかなんて分からないけど、蛹なら、「人と人がわかり合う必要なんてないんだ」と切り捨ててしまうのかもしれない。心の守り方も人それぞれだ。

    「ところで、もし誰かひとり殺さなければ死ぬ、ってことになったら、どうする?」
    僕は、蛹が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、そんなことを尋ねてみる。
    「うん? 先生を殺すかな」
    ああ、やっぱりね。それが僕の役割のような気はしているんだ。今日もコーヒーは苦い。
    「言うと思ったよ。でもって、お前はそのあとに自殺するんだ」
    「そうだよ。だって、下らないし」
    それ、僕は死に損じゃないかな。
    僕も、誰か殺しておいた方がいいのかな。でもそうすると、殺す相手は蛹くらいしか思い浮かばないし、それが多分、彼が期待している次の言葉なんだと思う。

    だから、言ってやらない。絶対に。

  •  WHO憲章だったか、健康である権利というのを学校で習ったとき、不健康でいる権利はないのかなどと思ったのは、やはり私も思春期だったのだ。しかし、その後、健康への圧力は強まり、健康増進は法律で定められ、たぶん、人生の価値を名誉でも財産でもなく、健康に置くと言う人(本音はどうあれ)が増えたのではないだろうか。手狭になった病院が郊外に移転するとそのまわりに家が建ち、ショッピングセンターができるなどという街作りも稀ならずみられるようになった。不治の病に冒され入院をくり返した伊藤計劃は、病室から延長する将来の世界を見すえていたのだろう。と思ったら、やはりインタヴューでそんなことを答えていたようだ。
     世界の病院化が進むと、人々は体内に健康状態をモニターするデヴァイスを入れ、それをコンピュータが管理することで病気は克服され、自己身体は公共的リソースとなって、互いが互いをいたわり合う愛に満ちた時代がやってくる。そんな時代を伊藤計劃は「ハーモニー」と称する。これがタイトルのひとつの意味。森岡正博なら無痛文明というだろう。
     「ハーモニー」に息が詰まるような閉塞感を覚える女子高校生たちが、自殺を試みるというあらすじをみて、『虐殺機関』とはずいぶん違った作品なのかという予断を持っていたが、実は『虐殺機関』のある種の続編。『ハーモニー』の社会は『虐殺機関』で描かれた世界が、虐殺と限定核戦争という破局にまで突き進み、その後の再建の中で生まれてきたものなのだ。上述のような病院化社会は先進国の多くを覆ってはいても、そこからあぶれる地域紛争地帯も残っている。13年前、自殺を試み失敗した「わたし」トァンは、紛争地帯で停戦監視団のような仕事に就いて、息詰まる社会から半分逃げている。ところが、数千人が同時に自殺を図るという信じがたい事件が起こり、トァンはそこに、自殺を主導し、死んだはずの同級生ミャハの影を見る。
     伊藤計劃は『虐殺機関』でいとも論理的に「虐殺こそあなた方の平和に必要なのだ」と示してみせてわれわれを震撼させたが、同様の問題圏から違った解を導いたのが『ハーモニー』である。『ハーモニー』では──ネタバレになるのでぼかして書くと──「平和のためにはある意味で人間をやめるのが正しい」という解を導いたのだと思う。その解法は至極論理的で、まったく正しいように思われるが、『虐殺機関』では「社会」の水準の解法を適用しているのに対して、『ハーモニー』では「人間」の水準の解法を試みているのが大いに違う。私にはこの解法は十分論理的に思えるのにも拘わらず、やはりこの解は違うのではないかと思う。
     何でもありのフィクションに対して「違う」を言っても仕方がない。それはそうなのだが、伊藤計劃はたぶん脳漿がにじみ出すほどに考え詰めて、このストーリーを生み出したのだ。思想書並みに読むのが礼儀というものだろう。

  • ひさびさにSFを読んだ。
    SFだけじゃなくミステリーや哲学的な要素も含んでいて面白かった。

    21世紀初頭に発生した<大災禍>。
    それは全世界規模で不安が巻き起こり核爆弾を互いに打ちまくった大災禍。
    人類は社会の要素である価値観を植えつけた世界に移行し、健康であり争わない高度な医療経済社会を築いていた。

    高度な医療経済社会では、身体の状況や感情がすべてサーバーに送られ、悪い変化の兆しがあるとあらゆる処方箋を提示し実行できる支援をしてくれる。病気も肥満もない健康体。つまり身体の状態管理維持支援をフルアウトソーシングしている。

    みんな同じ肉体。みんな理想の肉体。
    体調変化に気を配る必要がない世界はスマートかもしれない。
    世界は進化するけど個は退化ですよね、やっぱり。

    この小説は「人ってなに?」を突きつけてくる。
    身体の状況をフルアウトソーシングすることを許容するならば、「意志」も第三者にアウトソーシングしてもいいのではないか?
    脳も身体の一部じゃないのか?と。

    争い、病気、自殺、不安をなくし進化させる世界を突き詰めた到達点にあるハーモニー(調和)とは...。

    たどり着くハーモニーな世界の仕組みは理論的に正しいのかもしれない。
    でも感情が正しいと理解しない。
    理論的に正しい、統制的な世界を望むのか。
    統制されていない理不尽な世界が遺る個の感情・意志のある世界を望むのか。

    統制的な世界に、個を認識できない、個を知らない世界に生まれてしまったら、それが世界でありとても生きやすい世界かもしれないですね。
    でも争いがあるからこそ、矛盾を抱えるからこそ進化するんじゃないかな。
    ハーモニーは計算されつくした世界だけじゃなく、ノイズからも生まれると思う。

    地球を滅ぼさないハーモニーを構築しつつ、ノイズを許容できる世界が訪れますように。


    著者が生き続けていたら読み応えのある作品にもっと出逢えたんだろう。
    残念です。

  • 世界観や設定が卓越して面白かった。だが私のような原始の感覚の至上主義者からすると氏の合理的すぎる思考には物足りないところがいくつもあった。そうであることに安心する。この作品は小説であるが、作中の事件が、ある意味では現代に起きてもおかしくない危うさを含んでいるからだ。故に、「氷でできた刃」のように美しく感じるのかもしれない。早逝が惜しまれる。

  • 伊藤計劃の前作である虐殺器官よりさらに精錬された作品だと感じた。HTML風のタグ(ETMLという言語らしい)が目を惹いて、こういう趣向なのだと最後まであまり気にせず読み進めたが、最後の最後に伏線として見事に回収されていてカラクリの巧妙さに感動した。特に<null>タグの使い方が的確で下を巻いた。

  • “WatchMe”という医療分子が大人になった個々人の体内に埋め込まれ、健康状態を常に外部で監視、事前に発見・通知してくれる医療社会。心身に害と見なされた嗜好品は徹底的に排除され、優しさと思いやりの精神が根付いた社会は、健全な精神と健康な体を手にした人で溢れ、まさに“ユートピア”であった。
    “わたし”が“わたし”のままでいるために、社会の歯車の一部に組み込まれないために、少女3人は餓死することを選択する。それから13年後。当時“死に損ねた”主人公・トァンは、医療社会で起こった突然の大量死の謎に、かつて死んだはずの友人が関わっていると推測する-。

    健康な身体。安定した精神。人が人を慈しむ調和のとれた世界。そこは果たしてユートピアか。
    前作『虐殺器官』と同様、自身の倫理観が根底から揺さぶられるようなテーマです。いつの日か技術がより進化した時、こんな世の中が訪れ、同じような事態に悩まされる日がくるかもしれない。SFなのか、はたまた近未来なのか、そう思わされるほど現実味があります。
    十代に読んでいたらもっと別の衝撃がありそう。

  • ラスト、涙が止まらなかった。悲しいなんて一言も書いていないのに、「ある意味でハッピーエンド」と著者も言っているのに、なぜこんなに悲しいのだろう、悲しいというよりもっと深く、喪失が空を覆い尽くして、心臓を手づかみで揺すぶられるような痛みが息つくたびにこぼれ出る気がする。
    ラストシーン、ミァハと対峙する場面、その結末は、言ってしまえば類型的だし予想の範囲内。でもそれでも平気だし、へんな小細工する必要なかったんだ、この話では、って思う。ミァハが目指していたのは混沌じゃなく寧ろハーモニクスの方だ、と知れたときの衝撃、それだけで。
    「さよなら、わたし」と、わたしがnull値に帰す瞬間、トァンが感じたせつなさが、クロウカシスの白い雪の落とす灰色の翳が、きっとこんなに痛いのだろう。
    なくてもいいもの、進化の過程でたまたま残ってしまったもの、他のものすべて外注に出した以上邪魔でしかないもの、意識。
    トァンとヌァザたちが固執したのは私には分かるし、今の人間たちはきっとみんなそう。だけどスイッチを押したら、何が残る? そう思っていたことに何の意味がある?
    その問いかけが宙に浮かぶからせつない。ミァハが、それでも自身の壊そうとする世界を愛していたことも、パラレルな同じ大きさのベクトルとして悲しい。(ならば重なるの?)

    伊藤計劃のSFは、根本的な問題、主題というものが非常にクリアに言い切られている物語だなぁと感じる。「虐殺器官」もそうだった。受ける雰囲気が非常に似ていて間違いなく同じ著者だと思う。私は「ハーモニー」の方により衝撃を受けたかな。
    これ読んで、ああ、なんで死んじゃったの、って痛感した。Project Itohにはまだ書きたい、書かなきゃならないものがあったでしょって。この2作だけじゃ書き切れなかったでしょって。本人は「今の時点の限界」と言ったらしいけど、そのギリギリさがこんなに涙をこぼさせるのかな。

  • 究極の平和な世界とは何か。


    〇絶対的平和=ハーモニーとは

    伊藤計劃氏のオリジナル長編第2作。
    伊藤計劃は何を考えていたのか。
    そこを知りたくて書を読む。
    虐殺器官の衝撃から続く
    第2作は究極の平和を追求した。

    天才(とあえて言うが)SF作家であり
    若くして逝った彼を思うと
    心が痛くなる。
    彼の病室での思索の結晶が
    この本である。

    物語は人々が体内にWatchMeを入れて
    健康であり続ける近未来が舞台。

    伊藤は主人公に3人のヒロインを置いた。
    カリスマの輝きをもつミァハ。
    語り手の私トァン。
    3人のバランスを取っていたキアン。

    子どものころに健康的な社会に反抗し
    自殺を図り、失敗。
    大人になり再び出会うところから
    物語は動き出す。


    〇社会と個の対立。

    ここで描かれているのは
    古典的テーマでもある
    社会と個の対立だ。

    人々を包み込み、健康を見守る社会。
    健康であることを求める社会。
    どこか日本の今が投影されている近未来。

    伊藤は現代の技術から未来を俯瞰して思考した。

    包み込む社会によって
    孤独は喪失されるものか、否か。

    印象的なフレーズがある。

    ミァハが語る。
    「持久力という点では本がいちばん頑丈よ」
    「孤独の持久力」

    財布と貯金箱の比喩も意味深い。
    「財布が使いこなせれば、貯金箱はいらないはずなのにね」

    欲望と意志。

    意志は、実はつぎはぎのものだ。
    短期的欲求と長期的欲求が葛藤して
    生まれているのが、意志なのだ。

    こうした思索をヒロインたちは重ねる。
    それは病床での伊藤の思索と思えてくる。

    そして、強権的優しさの社会が包み込もうとしていく。

    生物としての人間にかろうじて宿った意志。
    その意志が物語の後半で大きくクローズアップされていく。
    意志をもつことが幸せなのか。
    意志があるから不幸ではないのか。

    物語は、強権的な優しさをもつ世界に
    刃を突き付けたミァハに
    螺旋監察官となったわたし=トァンが挑む形となっていく。


    〇少女の物語。

    今なぜ少女の物語なのか。
    それはアニメにも散見する。
    現代という鋭利な刃物に
    研ぎ澄まされた少女こそが、
    ある種の抑圧の中でヒロイン性を体現するからか。


    〇一人称と三人称の対立。

    そして。
    伊藤は一人称へこだわる。
    この物語も一人称で展開する。
    実は、このことがこの物語の大きな仕掛けを生んだ。
    それは読んでのお楽しみということになる。


    一見静かな思索の物語。
    平和な世界に突如事件は起こり
    世界を巻き込んでいく。
    その中心にかつての少女たちがいる。
    これ以上にドラマチックな
    “意志”についての物語はないだろう。

  • 読むのがモッタイナイ気がして、とっておいた本。

    「意識」ということが語られている訳だけれど、もう怖いとしか言いようがない。
    はじめから終わりまで緊張してとてもリラックスしてなんて読めない。

    時勢にあったテーマでもある。
    「自己アピール」してなんぼの世の中。
    不特定多数の人に見られることを前提としたネットの世界と現実を行き来する現代人にとってこの小説は怖い。


    とても面白く読んだし、著者はすごいと思ったけれど、もう十分。
    八方塞がりで身動きが取れないような気分になる。

  • 近未来に対する設定がすごい。よく考え抜かれているなぁ。未来が舞台ながらたまに参照される古典や歴史の事実。人という種の定義やその限界。独特なタグ表記の意味。とても楽しめました。なんか、EVAの「人類補完計画」みたい。最後のシーンだけちょっと消化不良かなぁ。。

  • 再読。

    これは間違いなく、命と引き換えに書かれた物語です。

  • 世界中が平和である世界は怖い。
    白いのに黒い。
    そんな感じ。

  • とても面白かった。主人公が女性であったり、生命保持のために全てが統制された平和な世界が舞台。虐殺器官のような直接的なものとはまた違ったハードコアさがある。
    各章のタイトルが全てナインインチネイルズの曲名(もしくはそのもじり)から取られているのも、この物語の性格を表している。
    今の「つながり」を大事にした社会の、一つの行き着く先のよう。SFがエンタメであると同時に、未来の考察でもあるということがよく分かる。

  • めちゃくちゃ面白かった!今年読んだ本の中で一番面白かった。
    ちょくちょく出てくるプログラミングみたいな書き方も斬新で楽しい。そのような書き方をする訳も明かされるし伊藤計劃さんはすごいと思う。
    文章も読みやすいのですらすら進んだ。表現や描写が丁寧で、シーンのイメージも容易にできる。

    おそらく虐殺器官のラストが〈大災禍〉で、その後の世界なんだろうと思う。
    技術がこれだけ発展していれば、ハーモニーの世界もありえそうで怖い。
    舞台設定などもぴったりだった。
    難しい話ではあるが、話の運びが丁寧なのでわかりやすかった。
    人間の幸福の究極のかたちがこの物語の通りなら恐ろしい。確かに一見完璧な調和に見えるけれど、それと引き換えに失うものが大きすぎる。


    退屈させないペースでキーポイントが出てきたり話が進んだりするので飽きずに読めた。
    SFはあまり読まないが、こういう形のSFもあるのかと感動した。

    「財布を使いこなせれば、貯金箱はいらないのに」
    「良いこと、善、っていうのは、突き詰めれば「ある何かの価値観を持続させる」ための意思なんだよ。」
    「しかし考えてみたまえ、人間が身体を日々医療分子によって制御し、病気を抑えこんでいるというのに、脳にある『有害な』思考は制御してはならないという理由があるのかね」
    「かつて、かつて、かつて。
    それは過ぎ去った環境と時代に向けられる弔いの言葉。」
    「文字は残る。もしかしたら永遠に。永遠に近いところまで。」
    「進化は継ぎ接ぎだ。」

  • 時代設定としては前作『虐殺器官』後の世界の、さらに未来のお話。ありうべき未来としての設定の綿密さは相変わらずですが、テーマとなるのはやはり、そんな近未来のシステムそのものではなく、人間の内面の器官のほう。今回もなるほど、と思わされましたが、前作ほどのインパクトはなかったかなあ。しかし主人公が女性で、高校生時代の3人の少女の友情が物語りのベースになっていたので、その点は感情移入しやすく読みやすかったです。

  • 人間が病気で死ぬことがなくなった世界。WhatchMeと呼ばれる監視機構により体内のバランスは常に監視され、健康な状態を維持される。また、社会全体として、リソース意識なる言葉で、自分の健康に気を使わないのは、非道徳的であるという価値観が蔓延している社会。真綿で首を占めるように自らを律するそんな社会に違和感を覚えた三人の少女は、自殺を決行する。その結果、ミァハは亡くなり、トァンとキアンは生き残った。大人になった二人は…

    人間とは何か。完璧な社会とはどんなものか。これをとことんまで突き詰めた作品。主人公トァンの一人称視点で話が進むためか、一見平和で幸福な社会に見える監視社会も人間を無理矢理、理想郷に押し込んだためか、奇妙な軋轢と苦しみに満ちているように感じられる。

    読んでる最中は、中盤の全世界への脅迫とかつてのミァハの姿が重ならず、納得がいってなかったが、ミァハの過去に触れ、本質を知るに連れて、その思想の流れが理解できるようになった。

    人間はどこまで人間なのか。SFでは、まま見られるテーマだが、今作のこれはインパクトのある結論だった。完璧な社会には、人間の意思は不要である。寧ろ、邪魔をするのみである。人間は、意思を捨て、動物を辞めることで、完全な調和を持った理想的な社会を実現できる。
    実に気持ち悪い結論ではないか。福祉国家の極致が、社会主義の極致と一致するのは、よく考えてみれば理解できることである。
    ミァハは、意思無き人間を当然のように受け入れられるが、私のような一般人には思い浮かばない発想だ。後書きの筆者のインタビューにて、今の私の思い描く世界の極致はこれが限界だとある(少し違うかも)。出来れば、この作者が次に描く世界にも触れて見たかったが、残念ながら、この作者は今はもういない。残念でならない。

  • 近未来の大戦後に作られたユートピアの話。
    世界観は前作の虐殺器官に続いている。

    この作家は言葉の力をすごく信じている。
    前作はそのままだったけど今回もそれを節々に感じられた。

    人が病気を駆逐した世界ってどんなものなんだろう。
    いまいちピンとこない部分もあった。
    ひとつの病気が無くなったら、さらに違う病が出そうだけど。
    でも極端な世界観は読み手の想像が広がるなぁ。
    これがSFなのかな。

    実は本編よりも解説の方を読んでハッとしました。
    病室でこの作品を書くというのはどういう心境だったんだろう。
    想像すると改めて畏怖した。

    亡くなられているのを知りませでした。
    もっと伊藤計劃の読みたかった。
    もっとすごい作品がかけただろうに。
    残念です。

  • 戦争や病気で苦しむひとが減り身体を機械に管理され、嗜好品と呼ばれるもの全てを禁止される未来の話。
    結局私達にとって本当の幸福とか平和ってなんだろうと考えてしまいます。
    トァンが起こした行動はとても人間らしくぐっときましたが、その後の切なさったらない。

  • ハーモニー、という題名と、伊藤計劃作品ということで、何となくイメージしていたとおり、もしユートピアが実現したら、という物語。そして、ユートピアとはどういうことか、ということに深く追求している。

    自然と非自然を分かつもの。それが人間と動物との違いであるという認識。全ての病を克服した状態で、みな他人に善意を押し付ける。その善意の源は、「リソース意識」。数少ない人間は、立派に育って社会の役にたつべきリソースである、という認識。

    良い高校、良い大学、良い会社に入って、結婚し、社会に貢献し、まっとうな人生を歩む。そんな全世代的な考え方の痛烈な批判とも受け取れるが、最後の章でそれを軽く乗り越えられる。人間は、完全に非自然的な存在になったとき、果たしてそれが幸福なことなのか否か、読者自身に考えさせるラストとなっている。

    まあ、思春期の葛藤の成れの果てで、全人類の運命を左右してしまったとも言えるが、思春期の葛藤ほど自我というものを痛烈に意識させるものがないということだろう。

    別の切り口から見ると、昨今のいじめ問題。この世界では、いじめなるものは一切存在しない。それなのに、子供の自殺は(作品内には統計は出てこないが)増加の一方である。いじめをなくす、思いやりのある人間に育てる、いい子に育てる、が、必ずしも自殺の減少にはつながらないのではないか、という指摘にも見える。一番大事なのは、型にはめることではない。自我を尊重すること。ハーモニーの社会を描くことで、そのことを一番訴えているように感じた。

  • おもしろかった!
    こんな世界が、近い未来に迫ってきているようで恐ろしい。汚いものを排除すれば綺麗なものだけが残るわけではないから、“わたし”は自分で選びながら生きていきたい。

  • 面白かった!
    虐殺器官から読むべきなのだけど、見つからなくてこちらから読んだけど話は十分単体で読めました。

    健康が管理されきった世界で餓死を試みた少女は死ねなかった。
    13年後、タバコや酒で体を傷つけながら生きていた彼女は目の前で友人が自殺する。その真相とは…?

    世界設定の緻密さ、後半の疾走感
    もっと知られていい作品だと思います。

  • 放射能で汚染された土地にヒマワリが植えられてるエピソードが出てきたりしていたので、3.11後に書かれた作品だと思っていました。(実際は2008年発表)また作者は2009年に早逝していて、この人がどんな3.11後を描くのかを見られなかったことをとても残念に感じます。
    話はあらゆることが完璧な「ハーモニー」を奏でている近未来の世界。健康も生活もすべて専門家がデザインをしてくれる、穏やかな世界に対して三人の少女たちは小さな抵抗を試みます。それから13年後。世界中で同時に大量の自殺者が出たことから、世界は大きく動きだし・・・。
    SFは小説のジャンルとしては苦手なのですが、これはリアリティがすごく
    あって面白く読めました。

  • 「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、築かれたのは高度な福祉厚生社会。
    医療分子がフィジカル・メンタル両面での健康状態を常にモニター(監視)し、健康と優しさ、倫理に包まれた“ユートピア”(※トマス・モアの著作に近い意味合いにおいて)。
    そんな社会にて3人の少女が餓死することを選択することから始まる物語。

    早逝の鬼才伊藤計劃による最後の作品です。

    動物の進化の延長としての「人間」と、社会的存在としての「人」との矛盾点がこの作品のメインテーマ。

    ただし、SF作品ならではの観点として、よくある個人の自由と公共性の対立に収まらず、高度に発達したシステムに対する人の意思・意識といったものの必要性まで踏み込んでいます。

    現在でも、投資ロボットが一定の運用成果を出していたり、経営に関する基礎データを元に簡単な現状分析・戦略提案・実施シュミレーションはシステムが自動で行っています。

    一方で、氷点下での体内機能維持のために糖尿病という形質を獲得したように、人間は種の存続を目的として動物的要素を多分に有し、平和で理想的な「社会」にとって非合理的かつ不確定な存在です。
    (※作者は前作「虐殺器官」においてこの動物的要素と紛争、テロ、虐殺との関係性に言及しています。)

    最近の実際の事件を見ても、人間が社会的観点から誤った判断、意思決定、行動を繰り返すのは自明であり、そうした前提事項へのアンチテーゼとして切りこんだ作品として本作は大変面白いと思いました。

  • 映画を見てから読んだので、かなり映像に助けられたような気がする。皮肉な結末…というかデストピアに息が詰まりそうになった。遺伝子には無駄がなく劣性遺伝子でもイザという時のための備えなのかもしれない。ひとの体の奥底に眠る設計図について色々考えさせられた。

    “文字は残る。”=334ページ=
    が切なかった。

    最後で、え…、と絶句までいかないけどページをめくる手が止まってしまった。なんだかすごい。次は『屍者の帝国』を読む予定。出来れば劇場版『虐殺器官』を見に行きたいけど、行けるかどうか…かなりあやしい。

    2017年積本消化12冊目。本棚で保存。

  • 伊藤計劃の傑作SFファンタジー。
    世界を滅ぼしかけた核戦争〈大災禍〉後に築かれた完全福祉社会に馴染めぬまま大人になった、嘗ての少女の視点から語られる、ユートピアにしてディストピアの物語。

    この手抜きし過ぎ感のある表紙は一体どうしちゃったわけ??そして作中でちょこちょこ挿入されてくるHTMLタグは一体何??と激しく疑問に思いつつ、どんどん読み進めていって最後のページに辿り着いた瞬間には「もうこの作者天才だろ!」と心の中で叫ばずにはいられなかった。

    確かに安全安心の理想郷かもしれないけれど、個々人の自由や可能性まで駆逐されてしまった社会は、人間が生きる意味を最初から失ってしまっているのも同じということなんだろう。それなら感情を手放してしまっても何の問題もないし、人類は幸福になれるのかもしれないけれど、想像するだに恐ろしい近未来。。。
    作者はほんとすごい、すごすぎる。34才という若さで早世されたことが悔やまれる。

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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)の作品紹介

21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する"ユートピア"。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した-それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る-『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。第30回日本SF大賞受賞、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門受賞作。

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