あなたのための物語 (ハヤカワ文庫 JA ハ 6-1)

著者 :
  • 早川書房
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感想 : 107
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  • Amazon.co.jp ・本 (429ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150310363

作品紹介・あらすじ

西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、ITPテキストで記述される仮想人格"wanna be"に小説の執筆をさせることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である"感覚の平板化"の解決に捧げようとする。いっぽう"wanna be"は徐々に、彼女のための物語を語りはじめるが…。

感想・レビュー・書評

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  • SF的な展開と人間的な描写と、そのレベルが双方高く、それでいてちょうど良い塩梅になっている。

    ITPという人工的に作られた人格が、この小説のSF的な核。他には、未来社会のテクノロジーとして登場する紙状端末や全自動車、羊水ベッドなどのパーツがもよかった。さらに、SFの名作たちが引用されるのはこれまたSFファンの心をくすぐる。しかも、未来世界での、著作権が切れたフリー蔵書というのがまたメタSF的。

    人間描写も良い。ITPというテクノロジーを媒介として、人間とは何かを再発見するような作品。そこでは多面的にテーマが描かれる。信仰と科学。死と生。肉体と精神あるいは知性。人間と人工知能。都会と田舎。科学的真理と世論。死と愛。変わるものと変わらないもの…等。複合的なテーマを多軸で扱う、力量がある作家と見た。

    それからシンプルに、文章の醸し出す雰囲気がよい。日本人作家が書いているのに、どこか海外ドラマチック。映像的で、海外的。だけど日本語で書かれたのだから、失敗した翻訳にありがちな読みにくさはもちろんない。

    物語の終盤には驚くほど没頭した。広げた世界の収斂のさせ方が巧すぎる。

    サマンサは wanna be が解き放たれた様に救われた。そして「過去の自分」に物語を与えることで、自分自身も救った。と読んだ。また、そこでは「人間性の境界」が規定された。それはとても分かりやすく、結末として収まりが良かった。

    それにしても、最後まで「物語」で貫いてみせるのは、上手いねぇ。読者もまた「物語」られているというメタ構造。

    面白かった。これまで読んできた国内SFの中でも、ベスト5に入るんじゃないかってくらいの傑作。再読必至。数年後にまた読み返したい。

    (書評ブログもよろしくお願いします)
    https://www.everyday-book-reviews.com/entry/2021/02/11/%E3%80%90%E6%AD%BB%E3%81%AE%E8%81%96%E6%80%A7%E3%82%92%E5%89%A5%E3%81%90%E3%80%91%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E_-_%E9%95%B7%E8%B0%B7%E6%95%8F

  • 死の物語です。
    死に直面し、呪い、足掻き、目を逸らし、誤魔化し、悪罵を撒き散らし、孤立して、苦しむ。
    そして力尽き尊厳を奪われ動物のように死ぬ。
    そんな物語を単行本1冊費やして描いたSF小説。
    強力なAIや脳の編集技術の登場で個性や人格から聖性が奪われ相対化されゆく未来が舞台。
    テクノロジーの発達を配置することで可能になった人の死の意味への純化した問いかけを徹底的に突き詰め、残酷なほどに端的に、結論を差し出し作者は言う。
    これは「あなたのための物語」だよ、と。
    私の、そして君にも、いつか必ず訪れる最期の物語。
    心の弱ってる人は読んだらダメな物語。

  • 読了するまで、海外作家作品の翻訳本かと思ってしまった。それだけ設定が近未来的(SF久しぶりだからそう感じただけの可能性もある)で、さっぱりとした語り口だった印象がある。
    それだけにラストが切ない。

  • 面白かった。SF苦手だけど楽しく読めた。
    死についてふわっとしか考えられてなかったのかも、と思った。

  •  人間が死ぬということ。

     SFってカテゴリ作ってないからその他エンタメで登録しておくわ。ちょっと気になったので読んでみた。ミステリじゃないSFを読む機会って、今までなかったかもしれない。
     森ミステリを読んできたから、こう、科学者が人間くさいことが新鮮でした。科学者だろうがやっぱり死ぬのは怖いんだなぁ。
     こう、脳の信号を言語化する、人間の脳をそこまで分解してきたのであれば、もう少し自分に対して冷静であってもいい気はしたんだけどな。そこまで割り切って考えることができなかったから、だから彼女は「ここまで」だったのかもしれない、って今思った。
     哲学における同一性の問題の思考実験みたいだなって。頭の中身をそっくりうつすことができたら、そのPCにも人権を認めるべきか否か、みたいな。マトリックスにも似てる。水槽のなかの脳。
     結局「肉体」を持つことが、「人間」であることの条件の一つ、みたいな結論だったと理解しました。や、まあ、そこに異論は唱えないけどね。
     ただこう、まあ、読んでてすっごい胃に来るというか、腹が立つというか、苛々するというか。書き方が上手いんだろうなぁとは思いました。結局なんだろうねぇ、自分は「唯一」であり「特別」であるということを知りたかったのかなぁ。要は「自己愛」だよな。肉体を持つ人間はどこかそういう面がある。肉体を持たない神様とかデータベースだとそういう面がない、だから「死」ってものをあっさり受け入れることができるのかな。主人公がどこまでも傲慢で、人間くさい話でした。
     一番ぞっとしたのは物語中盤、「空白の三秒」「灰色」のくだり。ここはつまり、「死」というものをデータ上で理解した、ってことなのかなって。こうなる、という具体的な状態、自らが経験したことにより付随する感情を目の前に突き付けられたら、冷静ではいられないよなぁ。
     正直もうちょっと酷い終わり方をいろいろ考えていたんだけど、どこまでも現実に即した絶望がありました。
     最後の最後で《wanna be》が「死」を選んだ、という進め方はとても好き。
     抜粋。《wanna be》の言葉より。


    〈生きていることを特別視しすぎではありませんか。すべてはデータなのだから、終わったら終わったでいいのではありませんか〉


     肉体を持たないテキストだからこその考え方。

     ちょっと追記。六ページから抜粋。


    百人の他人に見守られようと、人は孤独に死ぬ。そして、外界は人格の基盤だから、それをうしなう断末魔は、自然に動物的なものとなる。


     ここにすべてが詰まってたような気がした。

  • 未来設定のSF。SFは頭に余裕がないと設定についていけそうにないような気がして、仕事にバタバタしている間ずっと積んだままになってたのですが。仕事にバタバタしてるのは引き続きにもかかわらず、読みたくなって読んでみました。

    面白かったー。予想に反して全編にわたっていろいろな葛藤や、絶望や、エゴイズムに溢れてて、でも読み進めるのがいやにはならなかった。綺麗事にはならないんだけど、自我の芽生え方には心を打つ描写があって、それがなかなか主人公の思い通りにはいかず、わざとらしくなさすぎてよかったです。

  • 物語自体は 残酷で エグくて 重い
    でも だからこそ主人公の傍でサマンサだけの物語を書き続ける《wanna be》の存在がとても綺麗だった

    この物語を読んで感じたよろこびや哀しみをITPに繋いでテキスト化したい

  • 宗教を否定し、科学の力を持って「生」「死」に抗う主人公・サマンサの人生を、死に至るまで克明に綴った小説。SFというカテゴライズじゃ収まらない気がします。あちこちに鏤められた言葉を拾い始めると、読み手も哲学的にならずには居られません。
    「地には豊穣」を読んで興味を持った作家さんです。
    情景描写も心理描写も緻密でくどい程にキッチリ描き切る筆力が如何無く発揮されていました。正直、此処まで書かなければ半分の頁数で済むんじゃないかと思う程。その緻密さあってこその、最後の一文の重さ。
    読んでいる間はまさに「言葉を奪われ」ている状態でした。
    スタンディングオベーション。

  • 読んでいる途中で、「あ、これ日本の作家が書いたものか」 と気付いた。
    それくらい 「海外のSF小説っぽさ」 がある。
    登場人物が外国人だから、というわけでもない、心理描写や会話のテンポなどにそういった雰囲気がある、のかなぁ?

    主人公が非常に強い精神を持っている女性で、かたくなで、時に利己的。
    そのかたくなな面と、精神的に成熟した思考をする傾向、そして死病を患っている設定から、どうしても30代の半ばという年齢に思えず、読んでいてると50代くらいの女性を思い描いてしまう。個人的に。

    内容的には、量子コンピューター上で実験的に作られた仮想人格が、主人公との関わりの中で、「人間」を理解していく面が面白い。
    そこには当然、仮想人格設計担当の主人公の死病や病状を通して、コンピューターが「死」をどう理解するか、という点もテーマとなる。
    が、そこがこの本の主題ではなく、主人公の女性:サマンサの「死を前にした時のかたくなな生き方」が強く伝わってくる。

    少し残念なのが、全体を通して読みづらい・変に理屈っぽい印象があった。
    それと、主人公サマンサが、過去に1つくらいは恋などをしたであろうはずが、一切描かれていない。
    そのために人間味を欠いている。
    両親との関係にも距離のあるため、そういう人間臭いのが嫌いな人なのだろうけれど、死を前にしたとき過去に深く知り合った人間のことを思い返してみたり、すがってみたりするのは、あってもいいんじゃないかなぁ。
    そいう弱い部分が描かれていないのも、主人公の強さの表現方法かもね。

  • 尊敬もへったくれも無い、生々しくて痛々しい「死」の描写から始まる。
    主人公のサマンサの周囲や社会、死に対する抵抗《プロテスト》な生き様が、余計に読んでいて精神にハードパンチしてくる。

    『小説を書くためだけに開発された仮想人格』の「ワナビー」はサマンサのために、彼女を喜ばせるために、膨大なサンプルを吸収して小説を書く。

    では、人類は誰のために、何のために太古から小説を書いて来たのか?
    別に小説でなくても良い。漫画でもイラストでも彫刻でもアニメーションでもクリエイトするものなら何でも良い。
    需要と供給のあるビジネスだから?それだけでは無いはずだ。
    作中の言葉を借りれば「自己愛」なのかも知れない。

    サマンサに「恋」したワナビーは、たった一人の読者の彼女のために愛を込めて、小説を書く。
    コンピュータのお決まり文句の「何かお役に立てることはありますか?」が《彼》の愛の言葉であった。
    サマンサの死に対する抵抗と怒りの狭間で、仮想人格のワナビーの愛の言葉が紡がれる。それが余計に痛々しい。人工物であるが故に。
    そして、サマンサとは対照的に《彼》の死は儚くも美しい。

    では一体、そもそもこの作品は誰のための物語なのだろうか?

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著者プロフィール

「戦略拠点32098 楽園」にて第6回スニーカー大賞金賞を受賞。同レーベルにて「円環少女」シリーズ(角川書店)を刊行。「あなたのための物語」(早川書房)が第30回日本SF大賞と第41回星雲賞に、「allo,toi,toi」が第42回星雲賞短編部門にそれぞれノミネートされた。

「2018年 『BEATLESS 上』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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