マルベリー作戦 下 (ハヤカワ文庫 NV シ 21-2)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (422ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150409517

感想・レビュー・書評

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  • ノルマンディー上陸作戦を巡る英対独の諜報戦を描いたスパイ・スリラーで、1996年発表作。シルヴァはこのデビュー作で評価され、以降ベストセラー作家として大成した。題材として近い〝ケン・フォレットの傑作「針の眼」(1978)に迫る面白さ〟という評判は知っていたが、果たしてどうか。

    反攻の機会を窺う連合軍が上陸するのはノルマンディーか、カレーか。さらに、侵攻作戦に大きく関わると推察するイングランド南部で建造中の膨大な大型構造物とは何か。いまだ連合軍の狙いをナチス上層部は掴んでいなかった。一方、英国情報部(MI5)は国内に潜入した敵国工作員を排除し、利用価値の高い者だけを二重スパイに仕立て上げていた。間近に迫ったDデイ。ドイツに対して〝上陸地はカレー〟を刷り込む陽動作戦に着手するが、同時に英国内での不審な動きも捉えていた。実は、開戦前夜に潜伏していたドイツ国防軍外国諜報局(アプヴェール)のスパイは、まだ数人がスリーパーとして生き残っていた。その一人に行動開始の命令が下る。英国人に成り済ましていた女スパイは、渡英してきた米国人技術者にアプローチを掛ける。この男は建造物設計に深く関わっていた。女は巧みに男を誘惑し、極秘情報を入手する。間もなく、その存在に気付いたMI5は、女を即刻抹殺するか、泳がせて逆に利用するか判断に迷う。かくして両国は、大戦の行方を左右する重要な情報を巡って、水面下で熾烈な攻防を繰り広げていく。

    「マルベリー作戦」とは、ノルマンディー上陸に先だって英米が密かに準備していた人工湾のことで、侵攻後の補給拠点として実際に使われた。ドイツに対しては沖合に設置する高射砲陣地と擬装する工作が行われ、結果的には騙し通せている。本作は、この史実をもとにしたフィクションだが、残念ながらフォレット「針の眼」で味わった高揚感は得られなかった。シルヴァは、第二作「暗殺者の烙印」(1998)を先に読んでおり、印象は決して悪くはなかったのだが、処女作では生硬さばかりが目立つ。

    まず感じたのが、散漫で粗い構成だった。終始短いシーンを切り替え、過去と現在を行き来するため緊張感が途切れる。これは、腕の立つ作家ならば難なくクリアし、効果を上げる手法だが、後から後から登場する人物の造形がなおざりとなり、総体的に印象が浅くなっている。といっても、シルヴァは手を抜いている訳ではない。逆に過剰なほどに書き込んでいる。しかし、重要な情報と不要な些事を同じ分量で盛り込むため、人物の描き分けが雑となり、厚みを増さない。このジャンルでは〝お馴染み〟のナチス高官らも頻繁に顔を見せるが、ヒトラーも含めてみんな小粒だ。

    主人公ヴィカリーはチャーチルと親交のある元歴史家で、戦時中はMI5に所属し、対ドイツの情報工作担当官として諜報活動を担うという設定。普段は冴えない中年男だが、教養があり、いざという時に力を発揮する。いわば、ル・カレ/スマイリーシリーズやフリーマントル/マフィンシリーズに倣ったいかにも英国人好みの諜報員なのだが、さっぱり魅力を感じない。ドイツの女スパイを狩り、偽装工作に利用する役目を担うのだが、組織の中でがんじがらめとなり、後手後手に回る。その反面、たいして面白みのないヴィカリーの恋愛エピソードに頁を費やし、贅肉をたっぷりと付けている。ナチスのアプヴェール内に諜報戦の好敵手がいるという枝葉も、実を付ける前に枯れている。

    ドイツスパイを追い詰める終盤もうるさいほどに場面転換し、さらに失速していく。相も変わらず端役のどうでもいい背景説明を挿入しているのだが、主役や本筋にしっかりと絡まなければ意味がない。中には、前面に出せば良い味を出すであろうキャラクターもいるが、シルヴァは数多いる駒のひとつとしてしか扱わない。また、むやみに作戦名や暗号を多用するものの、大半がプロットに生かされない雑さにも辟易した。文章も無骨で味気ないため、残りのページ数だけが気になるようになる。
    完成度の高い作品とは、物語の長さではなく、いかに贅肉を削ぎ落とし、引き締まった構成にするかにある。最近のミステリはボリュームだけは増えているが、ふたを開けてみれば単に水増ししただけ、といった作品が多い。本作も典型的な〝薄味〟で、スパイ・冒険小説の大きな魅力となる、非情な諜報戦の狭間で朽ち果てていく工作員の悲哀や、立ちはだかる困難を命懸けで乗り越えていく熱い冒険心、行間から滲み出るような情感などを全く感じなかった。

    どこかで山場があるだろうと読み進めたが、余りにも拍子抜けのクライマックスまで一向に高揚せず、事の真相が明らかとなるエピローグを読み終え、溜め息を付く。あれやこれやと装飾してはいるが、結局は作者の脳内でこしらえた諜報ゲーム/マンハントが絵空事としか映らないプロットなのである。
    若書き故の荒さが目立つのは仕方がないとはいえ、翻訳本の「息をのむ追跡と逆転を描く大型冒険小説」という惹句が空回りしたまま、むなしく漂い消えていく。

  • 今一つ盛り上がりに欠ける。
    針の眼とは比べたらあかんて。

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著者プロフィール

Daniel Silva

「2006年 『告解 美術修復師ガブリエル・アロン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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